七話 近況報告
「ってことがあった」
『へぇ~、楽しそうじゃん』
夕方。自宅の台所にて。
スマホから聞こえる声にムカッとしながら、僕はまな板に置いたキャベツを千切りにする。スピーカーにして通話しているので、スマホを持ったまま料理をするなんて暴挙はしていないので安心してください。安全第一ですよ。
『伊万里の美術好きは大概だからねぇ』
「それは姉さんもじゃないか」
『いやいや、私はあんたなんかに及ばないよ。部屋中に絵画の模造品飾るまでの重症じゃない』
「いや飾るくらいで病気扱いしないでよ」
心外だ。どこかの眼鏡先輩みたいなことを言わないでほしい。
「姉さんの部屋はどうなんだよ。鍵かけてるからわからないけど、いっぱい飾ってるんじゃないの?」
『残念でした。私の部屋には別の物が貼ってあります』
「それは?」
『思い出の写真』
「聞いた僕が馬鹿でした」
溜息を吐きながら切ったキャベツを笊に移し、まな板を綺麗にしてからエビを取り出してさばいていく。今日の献立はエビフライ。早く帰って来る両親のために、ちょっと手の込んだものを作ってあげようという僕の気遣いだ。毎月家事代は貰っているので、苦ではない。 ちょっとしたバイト感覚だ。
『今なに作ってんの?』
「エビフライ」
『うわ~いいな~。今度お姉ちゃんの家に来て作ってよ』
「嫌だよめんどくさい。食べたいなら自分で作るか、料理のできる彼氏でも作りなよ」
姉さんは普通にモテる。読者モデルなんかやるくらいだから、顔もいいのだろう。姉弟だとそういう感覚がわからないけど。
『……こら伊万里。私に浮気しろって言ってんの?』
「え?彼氏いたっけ?」
いつの間に。
『彼氏じゃなくて、愛しの弟が』
「あーそういうのいらないから」
違った。相変わらず僕をからかっているのか知らないけれど、弟を彼氏代わりにしないでほしい。僕は別に姉さんのこと……嫌いではないけれど、完全に家族愛だからな。
『それにしても葵ちゃんがいる部活か』
姉さんは懐かしそうに部長の名前を口にした。
「仲良かったの?」
『うん。今でも連絡取り合ってるよ』
後輩と連絡とるなんて珍しい。僕は連絡を取る同級生もほとんどいないのに。なんだこの姉弟格差。
『ただ、ちょっと私のこと好きすぎかな』
「あ、なんだ自覚あったんだ」
『そりゃ、遺伝子レベルで私のこと褒めてくるし』
「え?」
『「璃乃さんは素晴らしい遺伝子をお持ちなんですねッ!」みたいなこと言われた』
どんだけうちの姉にベタ惚れなんですかうちの部長は。
だけどまぁ、今ので納得がいった。どうして会ったばかりの僕に対してあそこまで執着するのか。
「同じ材料でできているし、姉さんと結構似てるからか」
『あ、もしかして結婚しようとか言われた感じ?』
「その通りだよ!」
この馬鹿姉さんが余計な許可なんて出したせいで、苦労が増えたのだ。一体どうしてくれるんだ。
そのことを怒りながら告げると、
『え?葵ちゃんなら安心できるから』
悪びれる素振りも見せずにそう言われた。
「なんで僕の結婚相手を姉さんに決められないといけないんだよ。好きに恋愛させろ」
『反抗期?』
「断じて違うッ!」
僕は強引に電話を切った。
やっぱり姉さんと電話すると疲れる。ランニング三キロくらいした気分だ。
猛烈に風呂に入りたい衝動に駆られるが、まずは手元の食材たちを調理してからにしないといけない。ため息を吐きながら、僕はスマホに目を落とす。。
「……まぁ、悪いことばかりじゃないか」
無意識のうちに口元を緩め、画面を眺める。
そこには昨日までなかった、四つの連絡先が表示されていた。