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五話 部長襲来

昨日の分を取り戻すように長めです。

 その部長さんが部室へとやってきたのは、それから数分後のことだった。


「遅くなりました」

 そう言いながら入ってきた美女に、僕は手に持っていたコピー紙を落としそうになる。その時の僕は黒瀬先輩の描いたイラストを見せてもらいながら、彼とイラストについて話をしている真っ最中だった。


「葵。遅い」

「ごめんなさい。日誌を書くのに時間がかかりました」


 神林先輩と親し気に話す彼女は、芸術品かと思われるくらい綺麗だった。

 綺麗なシルバーブロンドの髪を腰まで伸ばし、色素の薄い茶色……金と表現してもいい色合いをした瞳。女性にしては高めの身長、平均より大きいと思われる二つの双丘。世の女性が憧れ、男が理想とするプロポーションを誇っていると言ってもいい。

 そんな美しいを体現したような美女は、神林先輩から僕に視線を移すと、真っ直ぐにこちらへと歩いてきた。

 そして、至近距離から僕の顔を観察するように眺める。


「ど、どうしましたか?」


 綺麗な女性から至近距離で見つめられ、緊張を隠せず上擦った声で美女に問いかける。なんだか今日は至近距離から綺麗な女性に見つめられる、という状況に遭いやすい。一体どうしたの今日の僕。


「似ています」

「へ?」


 彼女がなんて言ったのかわからず、思わず聞き返す。

 すると突然、彼女は神妙な面持ちから一変し、とても嬉しそうな顔になった後、僕を抱えるようにして抱きしめた。


「んぐッ⁉」

「璃乃さんに似ていますっ!」


 美女は僕を抱きかかえながら、喜びしか含んでいないような声でそう言う。が、僕の意識は完全に顔に押し付けられている柔らかい感触の方に集中していた。

 いや、これは不可抗力だから仕方ない。僕だって望んでこんな変態じみたことに意識を集中させているわけじゃないんだ。振りほどこうにも、彼女の細い腕からは信じられないというくらい強い力で拘束されている。ひ弱な僕ではどうしようもない。無念。


「まさか璃乃さんの弟さんが自分からこの部に入部してくれるなんて……勧誘する手間が省けましたっ!」

「………」


 何か言っているようだが、苦しくてそれどころではない。あ、なんか目の前に川が……向こうにいるのは三年前に亡くなった爺ちゃん?なんか鎌持って手招きしてる。え?なに?こっち来いよだって?


「瑠璃川葵。そいつを放してやらないとそろそろ死ぬぞ」

「はっ!ご、ごめんなさいっ!」


 黒瀬先輩の一言で、美女が慌てて拘束を解く。危うく爺ちゃんのいる向こう岸に渡ってしま所だった。というかなんで爺ちゃん鎌持ってたんだよ。死神になったのかよ。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、はい。ちょっと死んだ爺ちゃんに会いましたけど」

「それは大丈夫じゃないだろ……」


 頭大丈夫か?みたいな感じで僕にそう言う黒瀬先輩。いや、本当に大丈夫ですよ?爺ちゃんが死神になっていたことはびっくりしましたけど。

 一度大きく深呼吸し、改めて目の前の美女へと向き直る。


「えぇっと、部長さんですよね?」

「はい。アーティスト部部長の、瑠璃川葵と申します。よろしくお願いしますね、伊万里さん」


 そう言って、部長は弾けるような笑顔を僕に向けた。可愛い。


「さっき、璃乃がなんとかって聞こえましけど……」


 璃乃というのは、先ほど話した大学生の姉の名前。恐らく、姉と親しかった人なのだろう。


「去年、色々とお世話になったですよ。あの瑠璃さんの弟さんが入学してくると聞いて、ずっとお会いしたかったんですっ!」


 キラキラした瞳で僕を見つめながらそう言う部長。

一体姉にどうお世話になったんだろうか?随分と姉のことを崇拝してらっしゃるようだけど。あ、もしかして他にも姉を崇拝してらっしゃる方々がいらっしゃるとか?ヤバいな超怖い。

と、本気で不安になっていると、部長が突然僕の頬に両手を添えた。


「伊万里さん、放課後に探してもどこにもいないですし、もしかしたら私避けられてるのかと思っていましたよ……」

「そ、それはなんとも」


 申し訳ない。やることがたくさんあるため、教室に残っていることはほとんどないのだ。もし帰宅部の大会があるなら、専門誌に掲載されるくらい素晴らしいスタートダッシュを決めて速やかに帰ってしまう。正に帰宅部のエース。帰ることに関しては右に出るものはいないと自負しているくらいだ。


 真っ直ぐ帰宅、それ即ち、人生の得


 素晴らしい心構え。教室で無駄な時間を使わず、家に帰って好きなことに没頭できる環境で時間を過ごした方が効果的であるということ。帰宅部は全員これを心に刻むべし。

 もう帰宅部じゃないけど。


「放課後は家でやることがあるので、それですぐに帰ってしまうんです」

「そうだったんですか。でも、もう探す手間が省けましたね」


 もう放課後に僕のことを探し回らなくてもいいのだ。部活に大分時間をかけることができるということだろう。姉のことが大好きだからって、そこまでして僕を勧誘しなくてもいいとは思うけれど──


「将来について話し合えますねっ!」

「待ってなんの話?」


 部長のぶっとんだ発言に、僕は反射的にストップをかける。なに?結婚生活?どういうこと?


「私たちが結婚した後のことについてですよ?」

「当たり前のように話を進めないでくださいよ。なんで僕が部長と結婚する話になってるんですかっ!」

「大丈夫ですっ!璃乃さんの許可は頂いていますからっ!」

「なんであの姉はそんな許可だしてるんですかっ!あと許可なら普通両親に貰うものでしょ!」

「璃乃さんはご両親にもお話は通したって」

「何考えてんだうちの親はっ!」


 もしかしたらうちの親は碌でもない人たちなのかもしれない。いや、確かに部長みたいに綺麗な人が息子の結婚相手ですとか言われたらそうなるかもしれないけれどっ!まだ高校一年生、数ヵ月前まで中学生だったのに結婚とか早すぎる。


「おい。そいうことは他所でやれ」

「そうですよ部長。夢咲君が困ってるじゃないですか」


 黒瀬先輩と白川さんが部長へとクレームをいれ、この話は一旦中断。二人が加勢してくれてよかった。

「そうですね。二人きりの時に追い詰めることにします」

「黒瀬先輩。身の危険を感じます」

「大丈夫だ。この部室ではさせない。他は知らん」


 使えない眼鏡だ。


「部長、夢咲君が幽霊部員になったらどうするんですか?せっかく私が誘ったのに」

「そ、それはダメですっ!伊万里さん、絶対退部しちゃダメですからねっ!」

「部長の行動によります」


 もしも貞操の危機を感じた場合、僕は即自主退部させてもらうつもりだ。部長はすごく美人だし、付き合えたら得なんだろうけど、肉食すぎて怖い。


「葵。ひとまず夢咲に部活の説明」


 神林先輩が部長にそう促す。そういえば僕は部長と呼べばいいのか瑠璃川先輩と呼べばいいのかわからない。まぁ、呼び方は人それぞれなので僕の自由にしよう。


「あれ?まだ説明されてなかったんですか?」


 部長が驚いたように僕に問う。


「簡単には。とにかく自分の好きな絵を描くことができる部活という解釈をしています」


 寧ろそれ以外の活動内容だったら帰る。


「そういう解釈で間違いないです。基本的に題材は自由。それが本人の芸術ならば、それは立派なアートです」


 部長は付け加えるように「黒瀬君の作品もアートですよ?」と小声で言う。それに対し黒瀬先輩は「当然だ」とぶっきらぼうに返す。なんとなく、この二人の距離感が理解できた。


「作品は年に二回、春と秋に行われるコンクールに出展します」

「え?コンクールなんてあるんですか?」


 初めて聞いた。ただ自己満足するだけの部活だと思っていたのに。


「はい。コンクールでの受賞を目指して作品を作り上げます」

「以外とちゃんとした部活だったんですね」

「当然ですっ!」


 部長はやる気に満ち溢れているように拳を固める。本気で受賞を狙っているんだな。まぁ確かに、受賞するってことは自分の作品が高く評価されているってことだからな。そりゃやる気にも──


「頑張って受賞して、一緒に美術部を見下しましょうっ!」

「どんな目標だよ」


 やる気になる理由が黒すぎる。


「私たちが美術部より上だってことを証明するんですっ!」

「何があったんですか」

「この部活ができたときに、美術部の奴らから散々馬鹿にされたんだよ。瑠璃川葵はそれを根に持ってるわけだ」


 黒瀬先輩の説明により納得。自分の部活を馬鹿にしてきた美術部にギャフンと言わせたいのだ。


「去年は秋のコンクールで、三人全員受賞できた」

「普通にすごいですね」


 三人全員は普通に称賛するくらいだ。個性強すぎるけど、ちゃんと受賞できるくらいの技量を持った人達なんだなぁ。黒瀬先輩はイラストレーターだからレベルが違うことはわかっていたけれど。


「あんまり気負いするなよ?別に受賞できなくても問題ないんだからな」

「まぁ、できる限りの努力はしますよ」


 黒瀬先輩のありがたい言葉に、定番の返事を返す。できる限りの努力を、こう言っておけば、大体何とかなる。仮に受賞できなくても、前に言った通り。努力はしました。という言い訳ができるわけである。素晴らしい文言だ。

 だが、僕がそんな予防線を張る一方、同じく一年生の白川さんがやる気に満ちた声を発しながら、部長と手を取り合っていた。


「私、頑張りますね!頑張って美術部を見下しますっ!」

「その意気です白川さんっ!」


 黒い。二人の周囲に黒いオーラが滲み出ている。

 なに?うちの高校の美少女たちはこんな黒い人たちばかりなの?もしくは美少女という生き物は腹黒い人たちしかいないの?腹黒い人しか美少女になれないの?

 ということは──


「神林先輩も、二人と同じような目的で?」

「違う」


 即答で否定された。

 よかった。僕の打ち立てた仮説が本当だったわけではなさそうだ。


「他の人たちが私より下という証明ができれば、それでいい」

「あぁ、二人より黒かったんですね」


 もはや黒ではない。神林先輩から滲み出るオーラは、もはや黒を通り越して闇だ。闇に君臨する支配者……ぐっ、過去の傷が抉られるっ!


「なにを馬鹿な目標を立てているんだ女どもは……」


 三人を呆れた目で見渡す眼鏡……黒瀬先輩だ。椅子をくるっと回し、なんだか理系大学の教授みたいだ。


「そんな底辺すぎる目標じゃなく、もっと高みを目指せ」


 黒瀬先輩が正論を言うと、部長が目を細め、試すように彼に問うた。


「じゃあ、黒瀬君の目標は?」

「決まっているだろう」


 フッと笑いながら眼鏡をくいっと上げ、黒瀬先輩は高らかに宣言した。


「俺の目標は当然、嫁のイラストをより美しくするための背景練習だッ!受賞したイラストは、次の仕事の背景画とする」

「先輩らしいですね」


 僕はなんとも無感情にそう言った。先輩らしすぎて言葉が思いつかない。辛うじて頭を過った言葉は「キモイ」と「残念ですね」と「現実逃避野郎」の三つのみ。褒め言葉など出てこなかった。


「キモイですよ黒瀬先輩」

「本当に残念な人ですね」

「現実逃避野郎」


 僕が咄嗟に思いついた三つの言葉は全て女性陣に言われてしまった。やっぱりそれくらいしか出てこないんですよねぇ……。


「フンッ、何とでも言え。神と評される俺の作品が理解できないお前らが残念なんだ」

「え?先輩、いつ死んだんですか?」

「死んだから神と言われてるわけじゃないぞ。俺の担当したラノベのイラストが素晴らしすぎて、ネットで神と呼ばれるようになったんだ」


 ああ、そういうことか。他人にそう評価されているからと言って、自分で公言している所が残念だなぁと思いながら、視線を左腕につけられた腕時計に移す。時刻は午後五時を示していた。


「すみません。そろそろ時間なので帰ります」

「あ、なにか用事があった?」

「いえ、夕飯の準備があるだけです」

 白川さんに問われ、僕は答えを返す。今日は両親の帰りが早いので、いつもより早めに夕飯を作らなくてはならないのだ。普段は七時過ぎとかでも全然間に合う。

「家事してるんだ」

「伊万里さん。料理以外なら私もできますからね?」

「いや、家のこと部長に頼むわけにもいかないでしょ」

「寧ろ任されたいです」

「任せません」


 どんだけ手伝いたいんだ。あと、薄々気づいてたけど、部長が好きなのは僕じゃなくて姉の方だ。僕の元に来た時も、姉に似ているとか言ってたし。最近では色んな思想に寛容的になってきたから、一度姉にアタックするのもいいのではないか?

 と、本気でそんなことを言おうか迷ったが、それを言うとまた時間がかかりそうなので、後日にすることにした。


「あ、夢咲君ストップ」

「はい?」


 扉に手をかけたとき、白川さんに後ろから呼び止められた。一体何だろうと思い振り返ると、白川さんははにかんだ笑顔で言った。


「連絡先。交換しよ?」


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