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三話 入室、顔合わせ

 部室に入った瞬間、僕は自分の予想していた部活とは違うことを瞬時に理解した。白川さんが絵の事ばかり話していたので、てっきり美術部の派生形かと思っていのだが、それは見当違いだった。

なぜなら、


「楽器?」


 そう楽器だ。チェロやヴァイオリンなどの弦楽器が、壁にそって綺麗に並べられている。とても丁寧に手入れをされているようで、夕陽を反射して輝いていた。

 勿論、絵に使う画材やパレット、筆などの道具も置かれているが、楽器のインパクトが大きすぎてしばらく気づかなかった。

 そんな部室の中には、僕と白川さん以外に二人の生徒がおり、こちらを一瞥もせずに黙々と自分の作業をしていた。

 一人は、机の上で開いたノートパソコンに向かい、手元のペンタブレットにペンを走らせている、黒い髪に赤い眼鏡をした男子生徒。イケメンだ。

 そしてもう一人は、片口で切りそろえられた茶髪を揺らしながら、床に広げられたとても大きいキャンパスに絵の具を叩きつけている女子生徒。綺麗だが、制服が絵の具まみれだ。


「あれ?今日も部長いないんですか?」


 白川さんが二人に問いかけると、男子生徒はマウスを一度カチッとクリックした後に、女子生徒は絵の

具の付いた筆を叩きつけるように振るった後、こちらに振り返った。


「奴はまだだ。彫刻刀が刃こぼれしたと言ってたぞ」

「違う。日直の日誌を終わらせてから行くって」


 恐らく部長の話なんだろうけど、僕は会ったこともないのでわからない。彫刻刀とか言っていたから、恐らく彫刻を作っている人なんだろう。


「神林先輩もこの前筆壊してましたよね?買ったんですか?」

「うん。これ」


 白川さんの問いかけに、赤い絵の具の付着した平筆を掲げて見せる。頬にも赤い絵の具が付いているので、なんかもう人を殺っちゃった後みたい。怖い。


「雑な使い方をするからすぐ壊れるんだ。その点、俺がペンタブを買い替えるのは新しい機種が出たときだけだ」


 ペン回しをしながらそういう男子生徒に、白川さんは「フッ」と笑った後、綺麗な亜麻色の髪を払いながら告げる。


「機種を変えないと描けなくなるなんて、めんどくさい画材ですね」

「テメェ……」


 バチバチと火花を散らす二人。どこのバトルアニメだ。ついていけない。


「……そこの男子が新入部員なの?」


 二人のやりとりをつまらなさそうに見ていた女子生徒が言うと、白川さんは火花を散らすのをやめ、二人に僕を紹介した。


「そうですよ。一年の夢咲伊万里君です。私がこの部活に誘いました」

「よ、よろしくお願いします」


 挨拶と同時に軽く頭を下げる。運動部じゃないので、そんなに堅苦しく自己紹介をしなくてもいいと思う。が、二人のこちらを見る目が少し厳しくなった気がした。


「夢咲、だっけ?」

「は、はい」


 何故か口調が厳しい。何か不快にするようなことをしてしまっただろうか?顔が気に食わないとかだったらどうしようもないんだけれど……。


「二十世紀の画家で、有名な人は?」

「へ?」


 女子生徒にそう問われ、一瞬固まるのと同時に、猛烈な既視感を感じた。確か似たような質問をさっきもされたような気が……。いや、それは後だ、二十世紀……美術に興味のない人でも知っているようなビッグネームは思いつかない。ここは定番だが、ピカソと答えて──


「ピカソ以外」


 どうして僕の言おうとしていることがわかるんですか?と言いたいくらいピンポイントで答えを潰してきた女子生徒。なに?エスパーなの?思考読めちゃう系女子ですか?

 と思った時、女子生徒の後方にある絵の具だらけのキャンパスを見て、一人の画家が頭に浮かんだ。


「ジャクソン・ポロックですかね。抽象表現主義の。一見めちゃくちゃに絵の具を叩きつけているだけの作品に見えますけど、ただ力任せに描くんじゃなくて、ちゃんと強弱をつけて描いていると言いますか……力強さを感じる画家ですね。僕は結構好きです。」


 ジャクソン・ポロック。二十世紀に活躍した画家であり、白いキャンパスに絵の具を叩きつけるようにして絵を描く『アクション・ペインティング』という技法を生み出した人物。

正直、あれの良さを理解しようとすると結構苦労する。というかほとんどの人は理解できないんじゃないかな?キャンパスに絵の具叩きつけているだけだし。絵の具を叩きつけるなんて大胆な技法を生み出した天才……とはちょっと違うか。どちらかというとチャレンジャーと言った方がいい。


「…………」

「ん?」


 女子生徒の方を見ると、何故か両手を胸の前に組み、「ほぉ……」とか言いながら僕を見ていた。一体どうしたのだろうか?


 彼女は僕の前で歩いてきて、僕の手を取り、更に顔を寄せてきた。近い。あと絵の具がつくからちょっと離れてほしい。


「私は二年の神林美紀。よくぞ来た」

「魔王か」


 ゲームのラスボスみたいな歓迎の仕方をされ、先輩であることを忘れて言葉を返してしまった。上下関係とか気にしない人っぽいので大丈夫だとは思うけれど。


「お前も絵画とか彫刻が好きな奴だったか。全く、昔の絵なんかのどこがいいんだか」


 男子生徒はフンと鼻を鳴らしながら嘆息し、僕を一瞥した。

 ペンタブを使って絵を描いているってことは、恐らく二次元のイラストとかそういうのが好きなオタクチックな人なのだろう。いや、予想だけどさ。


「あ、黒瀬先輩。夢咲君はアニメのイラストも描くらしいですよ」

「なに?」


 あ、先輩の目が変わった。


「描くって言っても、ネットで見かけたイラストを模写しているくらいですよ?」

「大事なのは描けるかどうかだ!理想の嫁をな!」


ビッ!っとペンを突きつけて来る黒瀬先輩。

これは重症ですね。イケメンが台無しだ。と、何故か先輩がスケッチブックとシャーペンを僕に向かって投げてきた。危ないです。特にシャーペン。


「ちょっとそこに描いてみろ」

「へ?」

「なんでもいい。二次元美少女のイラストだ」

「はぁ」


 いきなり描けと言われても困るが、手に取ってしまったのは仕方ない。僕はスケッチブックを広げてシャーペンを走らせる。

 なんで入部早々こんなことになっているのだろうか?



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