二話 移動中の会話
僕らが通う春羽高校。
この辺ならそれなりに頭のいい高校として知られている。無論、普通科だ。農業科とか工業科などの専門科目などはない。
棟は二つに分かれており、生徒たちのクラスがある一棟と、科学室や音楽室などの授業の教室がある二棟がある。
この二つをつなぐ渡り廊下からは夕陽が良く見え、ちょっとした告白スポットにもなっているのだ。はっきり言って、こんな渡り廊下で告白するなんて迷惑以外のなにものでもないのでやめてほしい。渡り廊下での告白を禁止するという校則を作ってはどうだろうか?名案だな。今度生徒会の目安箱にでも投函しておこう。受理されるかはわからない。モテない男たちにも慈悲を!
まぁ目安箱に入れるかどうかは置いておいて、前を歩く白川さんの後ろ姿はとても綺麗で、自然と目が吸い寄せられてしまいます。……いかん。このままでは本当に通報されるような人物になりかねん。もしかしたら彼女の後ろを歩いているだけで、ストーカーとして110に厄介になるかもしれない。ちょっと怖くなってきた。
「(いや、流石にそれはないか)」
考えすぎだ。この考えが本当だとしたら、一体どれだけの人が110にお世話になっていることだろう。もしかしたら一一○の人ですら110にお世話になってしまう。110のみなさん、ご苦労様です。
と、そこで白川さんが歩くペースを落として僕の隣に来た。僕の心拍数が一気に上昇。
「夢咲君。帰りの時間は大丈夫?」
「え、あ、はい。まだ四時ですからね」
帰りの心配までしてくれるなんて白川さんは優しいなぁ。もしくは弱そうだから遅くまで残すのは危ないと考えているのかも。はは、白川さんは優しいなぁ(泣)。
「あの、アーティスト部って、美術部となにが違うんですか?絵を描くっていうのは想像がつくんですけど」
そこのところは詳しくわからない。わからないのについてきたとか頭大丈夫かとか言わないでくださいね。思考の海から上がった後にすぐ「はい」って言っちゃたんだから仕方ないでしょ。白川さんがいる部活だから変な所ではないだろうし。
「アーティスト部は自分の芸術を追及する部活。美術部みたいに決められた題材とかはなくて、あくまで自分の好きな題材を自由に表現するの。在籍してる部員が直接勧誘しないと入部できないっていうちょっと特殊なところがあるんだけどね」
と、小難しく説明されたが、簡単に言うと、好きな絵を描く部活ということらしい。……だと思う。それに勧誘されないとは入れないって……確かに白川さんのいる部活なんて人が押し寄せてきそうだしな。
白川さんの説明を超かみ砕いて自分なりに解釈すると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて僕に問うた。
「夢咲君は、私が絵に興味あるって知ってた?」
「いや知らなかったです」
即答する。
そもそもあなたと接点なかったでしょう。僕とは住む次元の違う人なんですから。
「お友達は知っているんですか?」
「みんな知らない」
今度は白川さんが即答する。
なぜ友達ですら知りえない情報を僕が知っていると思ったのだろうか。知ってたら完全にストーカーだ。白川さんの後をつけまわして趣味とか色々メモしているような変態……いそうで怖いな。白川さん綺麗だし。
「知っているのは、アーティスト部の部員だけだよ」
「全く誰も知らないってわけじゃないんですね」
「そりゃあ部室で絵を描いてるわけですから。油絵とか」
「そういえば油絵やってるって言ってましたね」
正直そちらの方が驚きだ。絵に興味があるだけなら鑑賞だけで終わる。まさか自分で絵を描いているとは。
白川さんが優雅に絵を描いている姿……素晴らしいですね。ぜひとも人物画のモデルになって欲しい。
「最初の頃は全然上手く描けなかったんだけど、だんだん上手になっていくのが身に染みて実感できて……それが嬉しくて、すっかり夢中になっちゃたんだ」
「あーわかります。最初の頃は上手に描けなくて、才能がないんだって思ってがっくりしちゃうんですよね」
絵の上達というのは目に見えてよくわかる。立体感だったり光の明暗だったり。そういう細かな所を表現する技術が身についていくのだ。完成した絵を見て上達を実感できる。それが絵を描く魅力というものだ。
一方人間関係の構築は上達できないとともに、一度失敗すると後戻りはできない。魅力も何もない。僕ももっと友達欲しかったなぁ……。
「ちなみにどんな絵を描くんですか?」
白川さんが描く絵は非常に興味がある。学年のアイドルが、一体どんな絵を描いているのか……。
「私は基本的に人物画かな」
「人物画ですか」
人間関係がうまくいっている彼女らしい。恐らく、部員にモデルをしてもらって描いているのだろう。中学校で美術の時間に二人一組になって人物画の練習させられたなぁ。あの時は友達が先に他の人と組んじゃって、結局残った僕は先生と組むことになったんだっけ……あれ?目から汗が。今日はそこまで熱くないはずだけどなぁ。
「夢咲君は、さっきみたいな有名絵画の模写?」
「一応、風景画とかも描きますよ。あとは……」
「あとは?」
白川さんは続きを促すように僕の言葉を復唱し、僕の目を見つめて来る。
「あとは、絵画に関係ないですけどアニメキャラの模写ですかね」
アニメは中学の頃にはまり、それ以来模写を結構してきた。外で遊ぶなんてことがなかったので、家の中で絵を描くか勉強するか、アニメを見ているかの三つしかしてない。今も昔も変わらない。絶対不変ってかっこいいよね。
「へぇ。アニメとか見るんだね」
「まぁ、面白いですからね。暇なときはよく見て……」
そこで僕はハッとした。リアルが充実している人たちの中には、アニメ好きを気持ち悪がって毛嫌いしている人がいるのだ。もしかしたら彼女もそのうちの一人かもしれない。会ったばかりの人にアニメの話は避けるべきだった。
アニメ好きは嫌いなんですとか言われるかと思い、不安げに隣の彼女を見やる。だが、返ってきたのは全く違う言葉だった。
「夢咲君って、苦手な絵とかあるの?」
「へ?」
その言葉に、僕はきょとんとした表情を作る。
「だって、風景画も描いて、名画の模写もして、アニメだけど人物画も描くわけでしょ?もう絵に関して言えば天才だよ」
「天才って……」
この言葉には、僕は流石に大袈裟すぎると思った。
僕が天才?ないないない。僕なんか絵に関してはちょっと器用ってだけだ。天才なんて言われるようなものじゃない。
「本当の天才っていうのは、僕らが知っている有名画家みたいに美術のために人生を捧げることができる人ですよ。僕は絵のためにそこまでできない。ましてや、ダヴィンチみたいに絵を描くために人体の解剖をしたり、モネみたいに睡蓮を描くために庭を色々と改造するような度胸も覚悟も僕にはありませんよ」
天才というものはそういうものだ。その分野に関する才能と努力を怠らない精神力、そして向上心を兼ね備えて初めて天才と呼べる。僕なんて模写とかその場にある風景を描いたりしているだけで、自分の作品を向上させる気持ちもない。単なる趣味で描いるだけであって、僕は凡人でしかない。
「まぁ僕は天才になるより、凡人のまま自由に絵が描くほうが楽しいと思いますけどね」
多分、天才というのは色々と気苦労も多いんだと思う。それに比べれば気楽になんでも描ける凡人の方が魅力的だ。無駄なストレスは避けたい性分だから余計かもしれない。
「やっぱり面白いね。夢咲君は」
そう言って、白川さんは優しく笑った。
「そ、そうですかね」
自分の顔が熱くるのがわかる。確認できないが、きっと僕の顔は赤く染まっていることだろう。夕陽の色でカモフラージュできていることを願う。
というか破壊力ありすぎだよあの笑顔。あれでドキドキしない人とかいるの?しない人がいるなら、そ
れはきっと病気だ。すぐに精神科か循環器内科に受診してほしい。
「さ、着いたよ」
そんなことを考えていると、白川さんが立ち止まって僕に振り返った。二棟三階の隅っこにある空き教室。その前には、丸っこい字で『アーティスト』と書かれた小さな看板。
「ここがアーティスト部の部室だよ」
看板を見ていた僕にそういった後、白川さんは扉を開けて中へと入室する。
「新入部員を連れてきましたー!」
元気よく、それでいて嬉しそうな声をしながら、彼女は部室の中にいるであろう部員に向かってそう呼びかけた。
せめて看板に『部』くらい書こうよと思いながら、部室の中へと入室した。