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エリスの絵日記  作者: Via
第四章 正当後継者
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4-3 「大丈夫。秘密を守るのは大得意」

魔女がイルルス王に捕縛された。魔王の使者が捕らえられたとなれば、帝国軍の出動も間近だろうと、戦争が危ぶまれるようになった。


だが、多くの者達は戦争を望んではいない。ブランデルンも、イルルスも、帝国も、この戦いで失うものはあっても、得るものがないことを理解している。それでもいくつかの勢力が、主戦論をたきつけた。


籠城戦も限界を迎え、内部崩壊で自滅目前となったランカプールにしてみれば、この騒動が最後の救いの糸になる。帝国の一軍を引きつけている間に、誰かに一旗揚げてもらう以外に道がなかった。


ベネディット派の大神官にしても、神殿の独立性を重視する神官にしても、信心深い貴族にしても、ランカプールが残っている間しか強気に出られないことが分かっている。逆に言えば、今はまだ、帝国軍も大規模行動に出づらいことも想定内だ。


だから今だけ、この時期だけは多少強硬的な態度を取っても、すぐに討伐されることはないだろうと踏むことが出来た。本気で戦争をするつもりはないにしろ、帝国の介入を弱めるくらいの交渉は可能とみた。


だがその交渉の後見人は、イルルス王だ。アルベルトに息子を殺されたと激怒している王こそが当事者であり、軍事力を担う背骨でもあった。帝国と平和的交渉を望むものであれ、対決を選んだものであれ、王の意向に背くことは出来ない状況となっていた。


王の右腕と評されるロンバルド伯による視察を、どうして神殿が拒絶できるだろうか。送られてきた視察員が、どう見ても人種混合部隊で、ロムリア人が少なくないかと疑問に思っても、ロンバルド伯の配下を名乗られては口答えも出来ない。


魔王が神殿を懐柔するのに手間取り、まったく進まなかった現地調査が、急激な進展を見せた。


ベネディットに任命されていた大神官の多くは、個人的な傭兵を引き連れて神殿に立て籠もり、新任の大神官の着任を妨害している。神の御座で血を流すのを嫌った神官達は、説法と法律によって自らの正当性を主張したが、武力によって阻まれていた。


ヴィルヘルムの死が伝えられて以降は、ベネディット派にも名分が生まれた。第二王子が反乱を企てていたことは、第三親衛隊によって、すなわち宰相アルベルトによって暗殺されたことからも疑いようがない。ならば、そのような謀反人による人事は無効とすべきである、と。


神官達も派を分けて、どちらにつくべきかを決めあぐね、未解決のままに時が過ぎたというわけだ。


神官達の主張を元に地図に印をつけていくと、ベネディットの息がかかった神殿は、およそイルルスの半数に達していた。どこからどう手をつけていくか、それを考えるべき頭脳を失ったエリス達が悩んでいた頃、相手の方から動きが起きた。


不当に居座っているベネディット派の大神官を、イルルス王国の軍によって排除してもらえないか、というのだ。神殿を掌握し次第、全資料を王国と帝国に提出することも約束する。どこにどんな隠謀があったにせよ、なかったにせよ、それを明らかにすることには全面的に協力する、と。


もはや各神殿にどれほどの資料が残されているか、あまり期待は持てない。だが、やらない手はない。やっと事情聴取以上の捜査が可能になる。


直ちに王国軍が出動した。神殿の独立性に配慮して、これまで静観を保っていた軍が、ついに動いた。動いてしまえば一瞬だった。わずかばかりの傭兵など蜘蛛の子散らすように逃げ去り、大神官自身は剣を振るって戦死した。


期待はしていなかったが、神殿に残されていた書類は、エリス達の求めるものではなかった。神殿の公式行事に関する記録や、様々な伝聞、言い伝えを残したどこにでもあるような文書しかない。


「まぁ、そうだよねぇ」


一通り目を通したエリスは、牢獄の中で背中を伸ばした。ここは地下牢の一番奥。滅多なことでは誰も近寄らない区域。ある意味では、一番安全な部屋だった。


「参謀君ならここからでも何か気づくのかも知れないけどなぁ」


毛布の上であぐらをかき、そのまま後ろに倒れた。重罪人として幽閉こそされているが、環境は悪くない。日を浴びるのに、いちいち外に出してもらわなければならないことを除けば、水も食事もそばにあり、厚い毛布もあった。旅をしていた頃よりましだろう。


「大神官死んじゃったからね。聞いた話だと、死ぬつもりで突っ込んできたみたいだから、やっぱり何かあるんだと思う」


マリーは寝転がったエリスの顔を見下ろす。


「騎士さんさぁ、その資料見て何か思うことない? 何でもいいんだよ。最近神殿の様子がおかしいとかそういうの」


王から与えられた騎士二名も、残念ながらノウキンだった。あまりいい助言は持ち合わせていない。


「そうは言われましても。それがし共は武芸しか修めておりませんので」

「分かる。あんた達はうちの隊員と似てるもの。でもさぁ、たまには神殿にお参りとかしないの?」

「まぁ、強いていえば、大神官殿というのはたいそう儲かる仕事なのだなぁというのが、最初の印象でございましょうか」

「儲かる?」


エリスが体を起こした。


「神殿行事が近年は一段と豪勢になり、武芸大会に馬術大会、芸術大会などもございましたが、神前での行事が増えておりました」


口元に手を当てる。


「神殿の領地からの収入もございましょうし、寄進もありましょうが、よくそれだけ開けるものだと感心してございます」

「最近増えた?」

「そのように感じましたが」

「いつ頃から?」


騎士達も首をひねり、だいたいここ数年のことと答えた。


「今回討たれた大神官の私財の規模は分かってる?」


報告に来た密偵に尋ねる。


「自室と思われる部屋には、貴族のような調度品がありました。それなりに裕福ではあったようですし、神殿領以外にも私有地をもっていました」


エリスは額に手を当てて、目を閉じる。きな臭さを感じた。


「大至急、ベネディットが登場する以前の神殿活動の記録を持ってきて。主に祭りや行事などで行われる、各種大会の規模と頻度に関する情報を」


密偵はすぐさま退出した。


「何か引っかかることでも?」

「そのお金、どこから出てたのかなって思って」

「大神官が儲かる商売なら、不思議はないのでは?」

「ずっと前から変わらないならね。でも、変化してるんだとすれば、変化した理由があるはず」


なるほど、と騎士達も納得したようだ。参謀との会話に慣れていると、どうしてこのくらいすぐに飲み込めないのか疑問に感じるようになる。参謀も、そう思ってたんだろうけども。


「もし変化があったとすればどう考えますか」

「そんな急にお金がわき出すようになるとは思えない。でも、たまたま今回の大神官だけ、何かしらの理由でお金持ちになったのかも知れない。もう一人くらい確かめたいな」

「陛下にお伝えして参りましょうか」

「うん」


騎士の片割れが席を立った。残った騎士が尋ねる。


「急に金がわき出したとすれば、それはどういうことになりましょうか」


すぐには答えが出なかった。エリス自身、まだよく分かっていない。ただなんとなく、不自然だなと思ったに過ぎない。


「そうやって一つ一つ不自然なところを疑うことが大事だ」という魔王の言葉が思い出される。


ベネディットの名が知られるようになったきっかけも金だった。火事が起きた後、祠を作るための費用を出した。そのお金はどこから来た? 確かベネディットは普通の伯爵家の生まれのはず。特筆すべき財力があるわけではあるまい。しかも三男。実家の金を好き放題使えるはずもない。


「もし私財を投げ打ってお金に換え、その上で行事に投じていたのなら、それほどの不思議はない。でももし、それだけのお金を使っておきながら、さらに財産が増えていったのだとすれば・・・それは、どこかからもらってきたとしか考えられないでしょ」

「どこかと申しますと・・・ランカプールから?」

「可能性はあるよね。財力ならランカプールは帝国でも有数だもの。そこから反乱の協力資金としてベネディットを通し、各神殿に配られた。私たちは元々、ベネディットと第二王子が結託して謀反を計画していたんじゃないかと疑ってたわけだから、これで一本話がつながる」


魔王はアルフレッド一人を首謀者と考えて、余計に内乱を大きくしてしまったわけだが、実はヴィルヘルムも準備を整えていた。一歩間違えば、貴族と神殿を同時に敵に回していたかも知れない。


「そうしますと、まだまだ先の内乱は決着がつかぬということになりそうですな」

「ほんとだよね。悪巧みが好きな奴らは、話を余計にややこしくするんだ」


騎士も苦い顔で笑う。その表情を横目で捕らえたエリスが突っ込んだ。


「心当たり、あるでしょ? あんたの所の王様も、そういうの好きそうだもんね」

「い、いや、左様なことは。陛下はあれで、加減をなされておいでであり、お若い頃はもっと度肝を抜くような・・・いや、いやいやいや、な、内密にお願いしますぞ」


満面の笑みで答えた。


「大丈夫。秘密を守るのは大得意」

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