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エリスの絵日記  作者: Via
第三章 第三親衛隊の崩壊
23/33

3-6 「参謀君、足遅いじゃん」

エリスの身の危険は去ったが、それで万事解決というわけにはいかなかった。エリスがお咎めを受けなかったことから、叛意がないことは間違いない。しかしそれは、むしろノウキン隊員達の予想通りでもあった。


彼らが勝手に思い込んだとおり、噂が事実じゃなくても、だから何と言うこともなかった。事情を全て話せれば、エリスは信頼を取り戻せたかもしれない。しかし、エリスが王女になる予定が事実だとすれば、それを話せば火に油を注ぐことになる。これ以上隊の統率を乱さないためにも、その話はマリーとルキウスに打ち明けるに留めた。


二人は驚きながらも、喜んでくれた。マリーには、王女様になったらドレス姿を見せろと釘を刺されたが。


イルルスでのヴィルヘルム捜索は現場の密偵達に任せ、エリスは本部に留まることにした。ベルナルドや千里眼など、古参の隊員達はかろうじて動かせるが、ほとんどがまともに働かない。落ち着くまで、しばらく様子を見ることにした。


しかし一向に捜査は進展しなかった。イルルス神殿での権力闘争も激化し始め、一部では流血を伴う抗争に発展したとの報告も入る。


「ほんと、第二王子はどこにいるんだろう。そもそも、神殿の視察、調停なんかしてるのかな」


ぽつりとエリスがもらすと、参謀が席を立った。


「そうか。それですよ、隊長殿」


隊長席までやってきて、事態を整理し直す。


「そもそも、第二王子がイルルスに視察に出かけたというのは、王子の館にいた神官達の申告でしかありません。強制捜査を受ければすぐに発覚しますので、実はずっと館にいました、ということはないでしょう。しかし、イルルス以外の地方に逃げている可能性は十分あります」

「え、じゃああいつら嘘ついたの? 王子は仕事をほったらかして、雲隠れしたって?」

「そういうことになります。それならイルルスでいくら探しても見つかりません。まさか、職務放棄して逃走することまでは想定していませんでしたから、見落としてしまいました」

「でもそれじゃ、見つかったときに言い逃れできないじゃない」

「たぶん、どうせ言い逃れできないような状況なんでしょう」


エリスはため息をつき、机を指でつつく。


「じゃあ、人を呼び戻して別なところに送り直さなきゃ」

「手配しておきます」


直ちに新しい指令が出された。イルルスの人員は最小限に抑え、ブランデルンを除く各地に分散させる。しかし動かせる人間が減っているこの状況で、全土に分散させたのでは情報収集は遅々として進まなかった。


もうじき春を迎えるという頃、任務で出張中だったアルベルト、ロリコンが帰還した。泥だらけの鎧と麻袋。得物のハンマーを肩に担ぎ、のしのしと歩いてくる。きわめて不機嫌そうに、報告を行った。


「アルベルト、ただいま戻りました。ご命令だった、山賊討伐、完了してございます」

「ご苦労様。よかった、これで一人増えた」

「あの、隊長、山賊六十人いたんですが」


エリスは首をかしげた。


「知ってるけど?」

「六人って言いましたよね?」

「えー、六十人って言ったよ? 私が忘れるわけないもん」

「絶対、六人と言いました。だからそのくらいならと思って出かけたら、相手百人近くいるけど大丈夫かって心配されて、まさかそんなことないだろうと思ったらほんとにいやがって、死にそうだったんすけど」


エリスは首を振る。


「いやいや、だって最近は領地を失った貴族が山賊化してることが多いから、そりゃあ六十人くらいいるでしょ。もっと多い山賊団もあるし」

「でも、隊長は六人って言ったんです」

「まぁまぁ、いま人手足りなくて困ってたんだよ」

「ごまかさないでください。そんなにボクっ子って言われたのが気に触ったんですか」

「次は六百人用意しようか?」

「すみません、結構です」


ロリコンは頭を下げた。


「ところで、その六十人、どうやって討伐してきたの?」

「あんなの一人じゃどうにもなりませんから、村人を訓練して、弓矢と棍棒を持たせて戦わせましたよ」

「意外と早く終わったね」

「隊長さん、ほんっと、性格悪いですね」

「そういうの、口にしない方がいいと思うよ?」


ロリコンは辺りを見回すと、率直な疑問をぶつけた。


「これから大仕事でもあるんですか? これだけ人が余ってて、人手不足ってのは」

「みんな言うこと聞かなくてさー」

「そりゃぁ、こんな隊長の下じゃ働きたくないっすよねー」


エリスは微笑んで見せた。一瞬だけロリコンのストライクゾーンに入るが、すぐにこいつは魔女だと思い出す。


「でも、なんで急に言うこと聞かなくなったんです?」

「聞いてみたら?」


隊員達は銘々に好きなところに腰を下ろし、仲間とおしゃべりをしている。それでもまだ、ここにいるだけましなのかもしれない。完全に仕事を放棄するつもりなら、町中をふらつくことも出来るのだから。


「ま、ロリコン君はしばらく体を休めておくこと。次私が出動するには、本気で人が足りないから」


突入するとなれば本部から人員を派遣することになるが、情報収集に熟練の密偵を送っているため、ほとんど頼りにならないと来ている。それまでには統制を回復させたいところだったが、それも叶わなかった。


その男が現れたのは、春の風が吹くようになった頃だ。エルティール城に忍び込んだのも、もう一年前のことになる。ローブをまとった男が、第三親衛隊を訪ねてきた。一通の手紙をもち、ただこれを預かったと言って。


「あなたは、どこの人?」


どうしてこの手紙を渡されたのか、どこで受け取ったのか、当たり前の問いかけには当たり前に答えた。だが、どれもこれも胡散うさん臭かった。エリスもアルステイルもその男の言葉を信用せず、立ち去った跡をつけさせた。


しかし、男についての情報が集まる前に、決断するべき事がある。この手紙を信じるか信じないかだ。手紙には、現在のヴィルヘルムの所在とその動向が記されていた。事実なら、馬を走らせて二日でたどり着ける。その付近で行動中の密偵もいる。連絡を取り合えば、人員も確保しやすいだろう。


だが、それが出来ない。時間がない。ヴィルヘルムは自分の所在を突き止められた事を察知し、また居を移そうとしているらしい。出立は二日後の深夜。密偵に連絡を飛ばしても、集結を待つ余裕がない。


「これ、どういうことだと思う?」

「さぁ・・・」


さすがの参謀も、このあからさまに怪しい手紙をどうすべきか、悩んでいた。一番確実なのは、手紙を持ってきた男の身辺を調査して、それから判断を下すことだが、それでは手紙の情報を活用できないことになる。なんとなく、それももったいない。もしかすると、この情報は事実かも知れない。嘘だとしたら、何のための嘘なのか、それが分からない。


「私たちが総力を挙げられない条件で迎え撃ちたいとか?」

「戦う気ですか? だってそこロンダリアですよ? 今更第二王子と心中してくれそうな貴族なんて、いないと思いますが」

「じゃあ、第二王子以外の誰かが、私たちを引っ張り出して襲撃したいとか」

「だとすると、相当内部事情に詳しいんでしょうね。普段だったら、ここの二十人部隊を襲撃するには、百人以上必要になるわけですから、動きを知られずに襲うことは出来ません。でも、今なら可能性があると知っていることになります」


いよいよ内部から裏切り者が出てきたのかもしれない。だが、いくらエリスが気に入らなくなったと言っても、殺してどうなるものでもないはずだ。隊長が替わるだけ。自分が隊長になれると思ってる人物なのか?


自分が死んだら、誰が跡を継ぐのだろうかと、エリスはちょっと考えてみた。参謀か、ルキウスか、ベルナルドか。候補はこのくらいだろうか。この中で、エリスの暗殺を企てそうな人間はいない。いくら最近へそを曲げてるとはいえ、ベルナルドはそういう人間ではなかった。ルキウスは論外。参謀が隊長になっても得がない。


すると、考えられるのは外部組織。誰かが内部の情報をもらしたことで、どこかの組織が第三親衛隊を攻撃する好機と見なした。心当たりがないわけではない。恨まれる仕事をしてきたのだから、そういうことは当然あるだろう。だが、アルベルトの直属部隊と事を構えればどうなるか、分からないはずはない。そこまでの大規模な動きは全く知らされていない。それも不自然だ。


「念のため、行ってみますか。罠であればすぐ撤退できるよう、慎重かつ迅速に」

「まぁ、ここしばらく何もすることないし、それでもいいけど」


出動するとなると、編成が問題になった。エリスとマリー、ルキウスは間違いない。ロリコンも大丈夫だろう。あの男は、エリスが王女になることを喜んでいる。はやく違う人間に隊長になってほしいそうだ。だが、いくら何でも四人で潜入するのはためらわれた。


アルベルトに登用されるまでは、エリス一人で潜入することも多かった。それを考えれば不可能ではない。が、相手は王子だ。警護も一人二人ではあり得ない。しかも、潜伏先の神殿で働く神官だっているだろう。山賊の住処に忍び込むのとは分けが違った。


「どうしても手駒が足りないようであれば、私も同行いたしますが」


困っているエリスに参謀が声をかけた。エリスは首を振る。


「いいよ。参謀君、足遅いじゃん」


参謀は恥ずかしそうにうつむいた。そこに、ベルナルドがやってくる。


「行くのか、姉御」

「まあね。怪力君は、馬鹿達の面倒見といてね」

「何で俺が居残りなんだ」

「言うこと聞かない人を連れ行ったって、邪魔にしかならないでしょ」

「命令に従わないなんて言ってねえだろ」

「じゃあ、言うこと聞く?」

「そりゃそうだ」


エリスはベルナルドの顔を見上げるが、いつも通りに見える。いつも通りに見えることが不自然なのかもしれない。先ほどの疑いを思い出す。もしベルナルドが離反するつもりなら、襲撃部隊と示し合わせて、内部からも攻撃することがあるだろうか。理には叶っている。


「姉御は何か勘違いしてるようだが、俺たちは別に、姉御が王女様になるのが気に入らねえってわけじゃねえよ」

「あらそう。なら、祝ってくれるの?」


怪力男からの答えはなかった。嘘はつけない男だ。祝いたくはないのだろう。


「ま、いい。じゃあついてきて。あんた達の代表として、怪力君一人でいいや」


そんな些細な嘘すらつきたがらない男が、大がかりな隠謀を巡らしたりするだろうか。やはりベルナルドが裏切り者とは思えない。貴重な戦力として連れていくことにした。


「四人では撤退支援は不可能です。潜入は最終手段とお考えください。神殿に着きましたら、アルベルト陛下の名を出して、第二王子を引っ張り出させてください」


参謀の助言に礼を言い、五人だけの突入部隊が編成された。

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