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エリスの絵日記  作者: Via
第三章 第三親衛隊の崩壊
20/33

3-3 「ぼくっこって何?」

ロムリア帝国は、宗教には寛容な国だった。あらゆるものに神が宿り、人はそれぞれ好きな神を信じ、奉る。商売の神、農業の神、戦いの神、結婚の神、目に見えるものや名前を与えられている概念なら、何にでも神がいる。


誰でも好きな神を信じてよいが、地方ごとに主神となる神は定められていた。争乱の絶えない地方だったブランデルンでは、戦いの神が最高神として崇められる。主神はその地の人々の本性を表す存在だった。


ロムリア地方で最高位に祀られるのは、運命の神、ロムルスとレムリアだった。一対の男神と女神として知られるが、どちらが男でどちらが女かは諸説ある。地方によって異なるが、ロムルスが男神、レムリアを女神とすることが多い。


この二柱の神は幸運と不運を司る。後に大帝国の礎を築くことになるロムリア人にとって、成功と失敗は運命によるものであり、運次第だと考えられていた。人間は神の定めた運命の中で、時折サイコロを振って成功や失敗の度合いが変わるだけなのだと。


それだけにロムリア人は慎ましく、戦争で大勝してもはしゃがなかった。今回はたまたまうまく行っただけなのだと、神の思し召しに感謝した。図に乗ることもなく、征服した民も虐げず、いつ立場が逆転するか分からないことを肝に銘じた。そうして征服した地方を本国と同等の同盟国として扱う政策により、いつしか六王国を統べる大帝国に育っていった。


地方王国が帝国の実権を握るようになっても、ロムリア皇帝の地位が脅かされず、長い間傀儡として保護されてきたのにも事情があった。不必要に地方の憎悪を受けていなかったことと、ロムリア人自身が、運命として受け入れる傾向があったからだ。


すでに事実上の帝位はブランデルン王に移っているが、それでも帝国の中心地はロムリアだった。地理的に中央に位置するという都合もあるが、政治的対立を軽減する意味も込めて、他の有力者も納得するロムリアを維持している。


帝国各地の神殿を統括する責任者も、帝都にほど近い都市に館を構え、王に次ぐ待遇を受けて過ごしていた。それがアルベルトの第二王子、ヴィルヘルムだ。


ロムリア帝国の神殿は、それほど大きな権力は持たない。例外を除けば政治に関与しないからだ。あくまでも儀式や祭礼、施しや教育を受け持つ組織に過ぎない。人々の心と生活の支えとなるのが神官の務めだった。


だが信徒を抱えている以上、ある程度の実力が備わるのも当然だ。その力を使って、世俗権力に取り入る者達が現れるのも必然だった。そのため貴族と関係の深い神殿も多く、神殿を預かる大神官が貴族化した例も多かった。


非公式な権力ではあるが、欲しがる者は多い。貴族が城を奪い合うかのように、神官が神殿を奪い合うことがある。貴族達ほどあからさまに兵力で奪うことは少ないが、上位の神殿、神官と通じることで地位を保証される。役職の購入や、派閥争いが絶えたことはない。


ヴィルヘルムが多数の大神官を罷免したとしても、よくあること、で済まない話とも言えなかった。だが、時期が時期だ。第一王子が謀反を起こすなら、第二王子が起こしても不思議はない。念のため調べてみる必要がある。


そして第三親衛隊が突き止めたのが、不審な人事異動だった。ヴィルヘルムが動かしたのは、すべてイルルス王国の大神官だ。しかも、彼らは皆ここ数年で大神官に任じられたばかり。それ以前の実績が不明な者も多い。


また、近年ヴィルヘルムの側近として名を上げたのがベネディットという大神官だったが、この男も突然近習の任を解かれている。大きな失態を犯した形跡もない。アルフレッドが戦死してすぐ、ヴィルヘルムから遠ざけられている。


参謀はエリスに、ヴィルヘルムの身辺捜査まで踏み込むことを進言した。王子が相手ではあるが、アルベルト直々の指令でもあるし、乗り込めないこともない。相手としても、今は無礼を理由に拒絶するより、従順さを見せる必要がある時期だろう。


だがエリスはその必要性を感じなかった。


「調べるのはいいけどさ。どうせ反乱なんて起こしようもないんだし、後はほっといてもいいんじゃないの?」

「今となっては起こさないかもしれませんが、起こそうとしていたとしたらどうします?」

「えー、起こす気があったらもうとっくに起こしてない?」


ヴィルヘルムが神殿勢力を率いて参戦していたならば、戦いはもっとずっと厳しいものになっていただろう。反乱を計画していたなら、その隙を見逃すはずはない。


参謀は別な見方をしていた。


「それも自然な考え方です。しかし、もう一つ自然な考え方があります。内乱がもっと続くと予想していた。もっと帝国が弱体化することを想定していた。にもかかわらず、予定外の速度で収束に向かってしまったため、反乱を取りやめた。今は、慌てて痕跡を消そうとしている」

「だとすると、ベネディットが内乱に関わってたことになるよね」

「はい。ベネディットが第二王子をそそのかし、反乱へと向かわせた可能性があります」

「解任された大神官は?」

「おそらく・・・これは予想ですが、ベネディットの息がかかった者達が大神官に任じられていたのではないでしょうか。ベネディットが反乱の首謀者だとすれば、ベネディットとその仲間達を遠ざけることは、潔白を示すために必要な手続きとなります」

「いや、だって、その大神官が任命されたのは、古い人だと五年くらい前なんでしょ? 五年も前から謀反を計画してたの?」

「そういうことになるかもしれません」


アルフレッドだって、最近思い立ったわけではないだろう。何年も前から準備して、それがついに形になっただけのはず。しかし、同じような時期に、異なる勢力が謀反の準備に入るだろうか。


「アルフレッド王子と、第二王子は裏でつながっていた?」

「否定はできません。それを確認するためにも、一度身辺を洗う必要があります。この慌て具合だと、少しつつけばすぐにぼろを出してくれそうです」


第三親衛隊は、さらなる情報収集に奔走した。エリスが出馬するために、もうすこし状況を固めておきたかった。


エリス自身、都で集められる情報は自分の足で集めて回った。いくつかの神殿を訪ね、ヴィルヘルムやベネディットの評判を聞いて回る。魔王にも確認を取るが、第二王子を気にかけている様子はなく、新しい情報は得られなかった。


そうして、隊員達が地味な仕事をこなしていたある日、本部の大広間に人が集まっていた。輪の中心にいるのは、白い目では見られるが、実力は認めてもらえたロリコンだった。ロリコンもだんだんと部隊の雰囲気に慣れ、気さくな仲間と打ち解けるようになった。


ロリコンは部隊に対して、率直な感想を述べた。今まで衛兵として働いてきたが、ここは気楽で過ごしやすいと。


「あとは、俺を変態扱いしないでくれるといいんだけどな」

「ロリコンは変態だろ」


と、お約束になったツッコミが入る。


「俺はロリコンじゃねえって言ってんだろ!」

「じゃあ何なんだよ」

「かわいい女の子が好きなだけなんだよ!」

「ロリコンだ」

「ロリコンでしかない」

「明らかに変態だ」


影でひそひそと噂に上らないだけましだった。ここの隊員は、陰口はたたかない。堂々と、本人に対して悪口を言う連中だった。


ただ二人例外があるとすれば、エリスとアルステイルだ。この二人に対してだけは、面と向かって罵倒など出来はしない。


エリスを悪く言う隊員はまずいないが、ときどき仕事上の愚痴をこぼすことなどはある。余所よりましだとしても、人使いは荒く、こんなの一人じゃ無理だろうという任務を課されることもあったからだ。


だが、今盛り上がっていたのは仕事とは全く関係のない話だった。隊長としてではなく、人間としての、女の子としてのエリスについて語られていた。ロリコン的にはエリスはどう見えるのか。守備範囲内なのか、外なのか。


ロリコンは首を振った。


「いやあれはあり得ないって。かわいさのかけらもない」

「でも姉御はまだ十五だろ? そろそろ十六になったか? 十分ロリコンが好きそうだけど」

「違うんだよなぁ。そもそも俺はロリコンじゃねえし、かわいさってのは年齢で決まるんじゃないんだ」

「エリスは黙ってればすっごいかわいいはずだけど?」

「黙っててくれないじゃないっすか。確かにあれでしゃべらなければなぁ」


ロリコンは一人で頷いている。


「そもそもあの口調は何なんだろうな。もっとお嬢様っぽい話し方してくれればいいのに、なんなんだ、あの、ボクっ子のなりそこないみたいなのは」


隊員達が湧いた。マリーもつい噴き出してしまった。


「見た目はお嬢様なんだからもったいないよな。あれか、狙ってるのか? ギャップもえとか言うやつか」

「姉御も昔はやんちゃしてたようだし、そんな上品な生まれじゃないんだろうよ」

「そうかなぁ」

「なにしろ、この部隊は最初みんな囚人だったわけだが、その中で一番やばい理由でとっ捕まってたのが姉御だからな」

「何したんだ?」


ロリコンの問いには誰も答えなかった。それは秘密らしい。


「まぁ、姉御ももうちょっとして大人になりゃ、もっと普通のお姉さんっぽくなるんじゃないのか」

「あんまり大人になられても、怖くなりそうだな。今でも十分怖えのに」

「ここの隊長さんじゃ、嫁のもらい手もなさそうだし、どんどんおっかなくなりそうだ」


参謀はいつもの席にいるが、参謀には聞かれても大丈夫だった。くだらない告げ口をするタイプではない。内心あきれてはいるが、聞かない振りをしてくれた。


隊員達が表情を崩して談笑しているさなか、背後から声がかかった。


「ねえ」


時が止まったように、彼らは笑顔のまま固まった。


「ねえ、ぼくっこって何?」


笑い合ったまま、ゆっくりと振り向くと、エリスがテーブルに片手をついて立っていた。いつの間にか、一緒になって話を聞いていたらしい。


「聞いてる?」

「え、なんでしたっけ」


とぼけるロリコンに、もう一度同じ事を尋ねた。


「ぼくっこって何?」

「え、えっとですね、あの、隊長さん、いつからいらっしゃったんですか?」

「今来たとこだけど?」

「ひ、一声かけてくださればいいのに」

「邪魔しちゃ悪いかなって」


じっと大男の目を見据え、答えを待っている。


「ぼくっこというのは、あれです、自分の故郷の名産品で、なかなかいけるんですよこれが」

「食べ物なの?」

「はい」

「じゃあ今度もらってきて」

「ええ。手に入ったらごちそうします」


急に静まりかえり、話も終わってしまったようなので、エリスは広間を通り過ぎ執務室の方へ向かった。ドアを開けて退出する前に、一声かけた。


「じゃあボク、資料と情報の整理があるから」


エリスが姿を消した大広間は、静寂が支配した。物音一つ立たない、呼吸の音しかしない重苦しい静寂。


どこから聞かれたのかと心の汗を流した。間違いなくボクっ子の時にはいた。口調の話をしていたこともばれてる。


ドアが開き、エリスが顔を出した。


「ああ、そうそう」


びくっと、隊員達が顔を上げて直立不動になる。


「ロリコン君さぁ、ちょっと来てくれる? 新人の腕試しにちょうどいい仕事が入ってるんだよね」


それだけ言ってドアを閉めた。


視線がロリコンに集まる。がっしりとした肩をたたかれ、励まされる。その言葉には、自分が指名されなくてよかったという安堵が含まれていた。


「大丈夫だ。ときどきあるけど、一応、今まで全員生きて帰ってきてる。死にそうな思いはするが、死にはしないはずだから、頑張れ」


ロリコンには、別命が与えられた。諜報部の仕事とは思えない、荒っぽい仕事が。

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