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エリスの絵日記  作者: Via
第三章 第三親衛隊の崩壊
18/33

3-1 「もうこういうことしない?」

帝国全土に広がった内乱は、半年経たずに収束のめどが立った。反乱軍の指導者であったアルフレッドと、アルフォンソが戦死したためだ。


帝都攻略戦で敗走したアルフォンソはペンロッドへと退却し、戦闘を継続した。しかし、援軍として到着したフリードリヒの軍勢によって追い詰められ、最後は自ら剣を取って勇戦して討ち死にを果たした。


フリードリヒは北方蛮族の造反部族を蹂躙すると、改めて休戦協定を結び直した。戦闘では副将として付けられた若き名将が、外交ではフリードリヒ自身が活躍した。早期に北方の安全を回復させたことで、南へと部隊を展開する余裕ができた。


五分の戦況で推移していたペンロッドに新手が投入されたことで、反乱軍の勢力圏は縮小し、アルフォンソは孤立。エルンストによって応援を遮断されたアルフォンソは、潔い死を選んだのだ。


アルフォンソが倒れたことは直ちに広まり、反乱軍を動揺させた。すでに内乱が頂点を越えたことは明らかであり、これ以上戦況が有利になることは考えられない。敗北は決定的であり、負けるならば早いほうがいい。いたずらに動乱を長引かせても、帝国のためにはならないと、アルフレッドは決戦を決意。魔王の主力軍と会戦に及び、敗北して命を落とした。


帝国各地では今もまだ多くの貴族が抵抗を続けているが、盟主を欠いた烏合の衆では、鎮圧は時間の問題に過ぎない。魔王は一足先に軍を引き上げ、都で宰相の仕事に戻った。魔王の帰還を知らされたエリスは、できたての報告書を持って参上した。たっぷりと、主君に嫌みを言ってやるためだ。


できの悪い紙芝居のように、エリスはアルベルトに物語を語って聞かせた。悪い王様がわざと内乱を引き起こそうとして、死んだふりをしたり、囚人を脱獄させたり。このあたりの絵日記は、報告するために描いたものではない。報告するまでもなく、魔王は了解しているのだから。


それでも、とくとくと、今回の出来事について小言を言ってやらなくては気が済まないエリスは、邪悪な笑みを浮かべた傲慢な王様を演じた。


「がはは、儂に逆らう者は皆殺しじゃー、王様はそう言うと、使者を追い返しました」


いくつもの丸が並んでいる場面。二重丸が皇帝で、アンリが停戦交渉に来た時を表現しているのだろう。別に逆らう者を皆殺しにしたかったわけではないんだがと、アルベルトは反論したいところだったが、今のエリスに何を言っても通じない。わずかな隙を突かれて帝都まで敵の攻撃に晒されたのは、確かに魔王の戦略的失態だった。言い訳できる状況ではなかった。


「すると、悪い王様の思惑通り、国は内乱で荒れ果ててしまいました。みんなが疲れ果てたのを見計らったアルフォンソは、防御の薄い都に狙いを定めました」


紙をめくる。エリスには珍しく、地図のようなものが描かれている。中央の帝都を四角で表し、付近の部隊を三角で示している。左端の三角には「役立たずのエルンスト」と注記され、上の三角には「お茶会中の王子様」、左下は「ぼんくら貴族と愉快な仲間達」、右下の二つには「強かった」「お馬さんごめん」。


次の報告書では、六つの丸が話し合いをしている。「にげるがかち」と語っているのが参謀で、「どうしよっかなー」と腕組み・・・しているように見えなくもないのがエリスだ。


「参謀君が、これもうどうにもならないから、逃げませんかって言ってたよ?」

「いやいや、よく支えてくれた」

「何で? どうして都まで敵が来たの? それも一万以上も」

「忙しかったのだ。どこも手が足りず、都に三千も五千も兵を残す余裕はなかった。付近にはエルンストもおるし、大丈夫だろうと思っておったんだが」

「おーさま、もう歳なんだからさ。無理しないで、もっと落ち着いた政治したら? 年寄りが無理してもいいことないよ?」


何一つ言い返すこともできず、ただ苦笑いするしかない。しかも、エリスの指摘は正しい。魔王自身、今回はやり過ぎたと反省するところも多かった。結果的には作戦は成功した。貴族達の勢力は、これで大幅に弱体化するだろう。数十年は、貴族に立ち上がる力は戻らない。だが、薄氷をかろうじて渡りきっただけ、という実感があった。


「それでさ、おーさま。本当のところ、なんでこんな無理したの? 参謀君が言ってたんだけど、謀反を起こしたのがおーじさまだったら、ここまでしなかった?」


今回の謁見は、またいつも通り二人きりだ。ヒルダが片時も離れられない、というほどの状況は脱していた。


「そうかもしれんな。フリードが相手ならば貴族を決起させる必要もなく、また、それはおそらく悪手だろう」


参謀がエリスに語ったところによれば、今回の騒動は魔王の親心、子を心配する気持ちが大きすぎたせいだった。フリードリヒに軍才がないことは、魔王がよく知っている。アルフレッドが謀反を起こした以上、後継者はフリードリヒになる。将来、貴族達が中規模な反乱を起こした場合に、フリードリヒはそれを収めきれるだろうか。


なんだかんだ言って、謀反人達に一番効果的なのは、最高権力者自ら敵を滅することだ。だいたいこれでおとなしくなる。アルフレッドならばそれができるが、フリードリヒでは無理だろう。だから、中規模の反乱も起こさないくらいに、自分の代で貴族を痛めつけておく必要を感じた。


「だが、そもそもフリードは謀反など起こさんよ。自分が王に向いていないことくらい分かっておる。アルフの片腕として、ちょうどいい身分に収まるのが望みだった」

「へー、じゃあおーさまの後継者は、王様に不向きなんだ」

「そういうことになるな。今はまだ、王は強くあらねばならん。フリードがよき王になるのは、もっと、ずっと後の時代になるだろう」

「じゃ、帝国もしばらくしたらまた大混乱?」

「そうならないために無理をしたんだろう。毒抜きはすんだ。これならばフリードでも国を治められるはずだ」

「なら」


エリスはアルベルトと視線を重ねた。


「もうこういうことしない?」


半分くらい白くなった髭をさすりながら、魔王は頷いた。


「歴史書に記される、儂の最後の活躍は、内乱の無事終結だろうよ」

「そうだといいけど」


エリスは報告書をめくった。


「まだ見たい?」


魔王は首を振る。


「もう十分だ。だいたいの話は聞いておる。そうだ、見たいと言えばおぬしの甲冑姿が見たいのう」

「なにそれ」

「儀礼用の甲冑で戦ったんだろう? 噂が広まるのは早いものだぞ」

「なにそれ」

「そうだ、今度謁見に参るときは、その格好でこい」

「絶対やだ」


エリスは立ち上がる。今日は報告ではなく、嫌みを言いに来ただけなので、言いたいことを言い、聞きたいことを聞いてすっきりした。


「そうそう。おぬしのところに一人、見所のある男を送っておいた。使ってやってくれ。能力に不足はないはずだ」

「どうせ、人格には不足があるんでしょ」

「そうでなければ、ほかで使うからな」


魔王は大声で笑う。


「それからもう一つ、新しい仕事がある」

「なに?」

「ロムリアとイルルスを中心とした神殿で、大規模な人事異動があった。そのあたりの統括はヴィルのやつに任せておるが、アルフのことがあった後だ。念のため、調べておいてくれ」

「いいけど、今更謀反を起こすなんてあり得ないでしょ?」

「今となってはな。だが、それですむ話かどうかが問題だ」


第二王子ヴィルヘルムは、帝国全土の神殿を監督する立場にあった。神官達は内乱の最中も概ね魔王に協力的であり、不穏な動きは見られていない。ヴィルヘルムの統率は行き届いていたと言えるだろう。


叛意があるならとっくに起っている。それほど緊急性の高い案件とは思えないが、隊員の大部分を呼び戻した今、与えるべき新しい仕事があるのは好都合だ。


「分かった。じゃあ調べとく」


エリスが退出し城を出ようとすると、子供に呼び止められた。


「ねーちゃん!」


いつぞやの失礼な子供が走り寄ってきた。このくらいの貴族の子供達、特に男子は武勇伝が大好きだ。エリスの将軍としての初仕事は国中で話題となっており、どこでもかしこでも語られている。当然のように、尾ひれ羽ひれがついて。


やれ神が降りて来ただの、魔女は本物の魔女で召喚の儀を行っただの、エリスが空を飛んで後続部隊を誘導しただとか。もう何でもありだった。


「ねーちゃんだろ! 女神様なんだよな!?」


体にひっつく頭を押しやって、引きはがそうとする。


「私が女神に見える?」

「ぜんっぜん」


さらに力を込めて、子供をどかした。無視して歩き去ろうとするが、子供は後ろを付いてきて、質問することをやめない。


「どうやって戦ったの? 神の力を使って、人の心を操ったってほんと?」

「あんたが聞いた話、全部忘れなさい。全部嘘」

「ねーちゃんがねーちゃんだって話も嘘? ほんとはにーちゃんなの?」


子供はこういう屁理屈が大好きだ。相手をしないのが一番楽だ。反応がなくてもエリスから離れなかったが、城門をくぐろうとすると、足を止めた。敷地から出てはいけないと言いつけられているらしい。


振り向くと、手を振っている。エリスも小さく振り返した。

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