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「それで、父上とあの年増聖女の様子はどうだ?」
ヴェルサス領領主の息子である青年は、人間でも亜人でもないその存在に問いかけた。
青年の名はケイン。貴族ではありふれた金髪を軍人のように短く刈っている。
短気そうな青年である。しかし外見とは違い、その立ち振舞いと声はとても落ち着いている。
「お父上は、こちらの操り人形としてとてもよく動いています。
聖女の方も、噂ほどの人物ではないようで大人しいものです」
彼の養父であるルベウスも野心家であった。
しかしそれ以上にケインはルベウス以上の野心を持っていた。
この国だけでなく、いずれこの神聖大陸を統一しエリア王国より西の大陸までを統一しようと、世界を手に入れようという子供じみた、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑われるような野心を持っていた。
それは、いま彼と話している存在が接触をしてこなければ本当にただの夢物語であり、馬鹿馬鹿しい野心家の妄言で終わったことだっただろう。
しかし、夢に、馬鹿馬鹿しいそんな野心家の妄想に手が届くのではないかという力をその存在はケインに与えた。
それは、失われてしまったと言われている魔神の力だ。
この神聖大陸に国を作った五柱の神々。その神々の時代から歴史に何度か現れる世界の敵である魔神。
その魔神の力の欠片を、ケインは手に入れた。
今、対話しているこの存在、術式を織り込んだ特殊加工されたローブ。
そのフードを目深にかぶった男、ジェフィニスという名の魔族から魔神の力の欠片を渡されたのだ。
その力を手に入れて以来、全てが好転していく。
絶対の支配が出来るという確信を、ケインはその力を手に入れてからずっと感じていた。
ルベウスをはじめとした、己以外の人間や亜人はそれこそ人形のように操れるようになってしまった。
神の加護を受けた者は対象外となるが、それもこの大陸を手中におさめれば関係なくなる。
その神の加護を受けた最たる存在が各国の王であり、この聖ルクシミリオン王国で言うなら聖女も含まれる。
「どこが大人しいと言うんだ。父上を使って犯そうとしたらその一物を隠し持っていた刃物で切り落としたと聞いたぞ」
「訂正しましょう。危害さえ与えなければ、大人しいものです。
ずっと神に祈り続けており、食事や身の回りの世話以外の目的で近づこうものならそれだけで、その者は滅んでしまいます」
魔族らしい言い回しに、ケインは面白くなさそうに息を吐き出した。
「では、まだ聞き出せていないのか?」
聖ルクシミリオン王国の次代の王と、そして次代の聖女についての神託は降りている。
しかし、今の聖女はそれが誰なのか明かしていない。
「はい」
ジェフィニスが首肯する。
「と言うことは、お前の仮説が濃厚と言うことか」
「おそらくは」
ジェフィニスの仮説と言うのは、もはや伝説のどこにもその存在を確認できない、消されてしまった存在のことだ。
五つの国を造った神々。その神々を従えていた存在、聖王のことだ。
神聖大陸のどこの国の文献にも載っていない、実在を消された存在だ。
「聖王の復活か。しかし、本当にそんな存在がいたのか?」
魔族の暮らす地、海の向こうにある魔大陸では、その存在が語り継がれていた。
人間たちの間では建国神話とは切り離されてしまったからこそ、聖王という存在は消えたが、もしも聞き覚えのある言葉で表すなら、子供向けのおとぎ話に出てくる【伝説の勇者】と言ったところだろうか。
魔神を倒せる。神々よりも強い力を持った存在。
矛盾だらけの、神々にも嫌われてしまった存在。
過去、何度か魔神が復活するたびにその聖王、あるいは伝説の勇者と呼ばれる存在は暗躍し、世界を平和に導いてきた。
誰にも感謝されることなく、その存在を認知されることなく。
しかしその運命を受け入れてきた。
聖ルクシミリオンで次代の王と聖女についての神託、その結果を渋る時と聖王が現れる時期は何故か同じなのだ。
神託は降りた。しかし王家がそのことを隠している。
おそらく、聖ルクシミリオンもそうだが他国でもなんらかの情報統制がされているはずだ。
世界から嫌われながらも、世界を救う存在の出現を知っているはずだ。
本来の聖王、英雄、あるいは勇者を手に入れることが出来たなら、裏方として使うことが出来る。
ずっとそうして来たのだニンゲン達は。
ずっとそうして、生け贄にしてきたのだ。
そして、また繰り返そうとしている。
「いました。だからこそ、捕らえている聖女の不可解な行動にも、他国の不穏な行動にも説明がつきます。
聖王を手に入れて、魔神の復活を待ってこれを倒したという流れになれば、聖王を手にいれた国は他の国を精神的に支配できます。
しかし、他国よりも、何よりも先に我々が聖王を手に入れれば話は変わります。
目覚めていないうちに、我々の側へつかせれば、少なくとも過去とは違った流れになるはずです。
聖女の目的はおそらく、我々や他国に聖王を手に入れさせないことかと」
「せめて、手がかりくらいほしいものだ」
ケインの言葉に、ジェフィニスは指を中空に踊らせる。
「可能性としては、聖女を助けにくる存在が聖王の可能性があります。
早かれ遅かれ、聖王はその意思に関係なく運命に巻き込まれることが【決められて】いますから。
よほどのイレギュラーな可能性が加わらない限りは、聖王は常に孤独に苛まれるよう設定されている存在です。
そうして他者から必要とされることを望み、愛されることを望み、しかし表舞台に立つことを許されない英雄となるのです。
理不尽な運命に翻弄され、そして歴史からも消えることが決まっている存在なのです」
人を救っても、それは当然のことだから上部だけの感謝で終わる。
感謝はされるが、評価はされず、そして強大過ぎる力にやがてニンゲン達は聖王のことを神々と同様に嫌悪することになる。
歴代の聖王は、その全てが優しい性格の持ち主だった。
そんな性格だったからこそ、文句を言うこともなくどこへともなく去って、誰にも知られることなく死んでいったのだ。消えていったのだ。
最初に優しくされた場所に、人というものは戻ってくるものだ。しかし、今までの聖王にはそんな場所は与えられなかった。
ジェフィニスは、歴代の聖王の末路の記録と記憶を持っている。
それを見せた上で、あえて選ばせるのだ。
ジェフィニスの考えでは、まだ目覚めていない現代の聖王は今いる場所を選ぶだろう。
この記憶と記録を見せた上で選ぶことに意味がある。
今、手に入れられなくても次第に不信感を募らせて、聖王はこちらを選ぶことになると、ジェフィニスは確信していた。
何故なら、人というものはとても弱いから。
どんなに強大な力を持っていても、誰かと一緒にいたいと考える生き物だから。
歴代の聖王がそうだったから。
「そんな哀れな聖王様を俺達が救うと言うわけか。
せめてその聖王が美しい女であることを願うばかりだ。
それならこちらに来たとき、世界を救うだけでなく俺の子を孕ませることが出来る、将来も安泰だ」




