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夢を見た。
元々チビなボクが、もっと小さかった頃の夢だ。
夢にはお父さんとお母さんが出てきた。
何てことない、今に続く日常風景の夢だ。
お母さんのお手伝いをしているボク。
そんなボクをお母さんは見ている。
とても愛しそうに見ている。
そして、言うのだ。
『さすが、アスターの子ね』と。
なんだろう?
今まで特に何も感じなかった、むしろ嬉しかったその言葉に酷くモヤモヤした。
死んでしまったお父さん、アスターお父さん。
ボクの銀髪も金色の目も、顔立ちもそのお父さんにそっくりなのだという。
それが、とても嬉しいのだとお母さんは言う。
お母さんの手伝いで料理を作った。
その料理をトールお父さんが食べる。
美味しそうに食べる。
そして、こう言うのだ。
『レイナそっくりの味付けだな、とっても美味しい』と。
小さい頃はそういわれてとても嬉しかったはずなのに、何故かやっぱりモヤモヤしてしまった。
場面が変わって、今度は師匠の授業の夢になった。
問題を出されて正解をすると、とても誉めてくれた。
そして、こう言われるのだ。
『トールに似て聡明だ』と。
ボクはお母さんに似ている。
ボクはトールお父さんに似ている。
ボクはアスターお父さんに似ている。
そして、ボクの中に疑問が生まれる。
「ボクは誰なんだろう?」
その疑問に答えは出ない。
ただ、お母さんの目にはボクじゃなくてアスターお父さんが映っている。
ただ、トールお父さんの目にはボクじゃなくてお母さんが映っている。
ただ、師匠の目にはボクじゃなくてトールお父さんが映っている。
それだけのことでしかない。
でも、だとしたらボクは。
ボクは誰になれば良いんだろう?
わからない。
わからない。
わからない。
眠って見る夢は唐突に場面が変わる。
いきなり周囲が黒く染まったかと思うと、目の前に誰か立っていた。
背格好は自分に似ている。
水や鏡、ガラスに写った自分にとてもよく似ている。
でも、その立っている人物には顔がなかった。
あるけど、認識できないと言うべきか。
ボクは誰なんだろう?
ボクはどんな顔なんだろう?
ボクは、何なのだろう?
わからなくて。
わからなさすぎて。
とても悲しくなった。
そんなボクの頭上から声が降ってきた。
先生の声だ。
オオグ先生の声だ。
『目指すものがあったほうが良い』
目指すもの。
あこがれ。
小さい頃は、本気で妖精になりたかった。
でも現実的ではないだろう。
じゃあ、現実的なあこがれってどんなのだろう?
やっぱりボクにはわからない。
場面が変わる。
場面が変わる。
広がった光景はいつかのバーベキューの時のものだ。
このとき、あぁ、そうだ。
思い出した。
この時、ボクはそんなことで良いのか、と思ったんだ。
それは、やっぱり酷く漠然としていて、でも一番わかりやすい指針だった。
『楽しむくらいじゃないと人生つまらない』
人生を楽しむこと。
それは、きっととても簡単で、きっととても難しい。
楽しいと思ったことをやる。
ボクにはそれがよくわからない。
好きはわかるけど、楽しいは本当のところよくわからない。
ボクはボクの楽しいがよくわからない。
そして、何よりもボクは、他人を好きになるということがよくわからない。
学校に入る前、師匠に友人や恋愛について興味があるのかと聞かれた。
興味がある。
興味はある。
でも、それは知らないからだ。
知らないものを知りたいと思っただけだ。
体感したいとか、体験したいとかではない。
ただ、どういうものか知りたかっただけだ。
学校に入ったのは、編入試験を受けたのは、少なくともボクの意思ではない。
流されただけ。
ただ、流されただけだ。
ボクが学校にいるのは、お父さんとお母さん、そして師匠の意思だ。
そこにボクの意思は存在していない。
ボクの意思はどこなんだろう?
ボクは誰なんだろう?
ハッとして目覚めた。
酷く汗をかいている。
喉も渇いた。
お世話になっている冒険者ギルドの一室にアルストレーナは、レンとそして母と顔立ちがどことなく似た少女、聖ルクシミリオン王国の王女バジルとともに簡易ベッドを並べて眠っていた。
バジルの存在が、さっきまで見ていた奇妙な夢の原因だろうか。
そんなことを考えながら部屋を出る。
喉も渇いたが、催してしまったのだ。
部屋に水差しが用意してあるから、とりあえずトイレだ。
いまいったい何時なんだろう?
ギルドの建物の中はとても静かで暗い。
しかし窓から差し込む月明かりで、なんとかトイレに無事たどり着けた。
そして、用を足して部屋へ戻る途中。
「あ、オオグ先生」
「んー? なんだトイレ?」
「はい」
「そっかー。さっさと寝ろよ」
「あ、あの!」
「んー?」
オオグはとても眠そうに返してくる。
さきほどまで見ていた夢のこともあり、少しだけ話を聞いてもらおうとアルストレーナは彼を呼び止めていた。
この先生には、一緒に過ごすうちに妙な親近感を覚えるようになってしまった。
年齢も性別も、過ごした環境だって違うだろう。
でも、なんだか妙に自分に近い感じがするのだ。
どこが、と聞かれると困るが、あえて言うなら他人と自分の距離の取り方だろうか。
この人は、とても他人に対して冷めている。
「オオグ先生は、その」
「なんだ?」
「こ、こいびと、とかはおられるんでしょうか?」
「は?」
何こいつ意味わからん。
そんな感情が伝わってきた。
「あー、そういうガールズトークはレンやバジル様としなさい」
面倒くさそうに、そして眠そうに頭を掻いて取り合わずオオグはトイレに向かっていった。
さすがに、呼び止めることはしない。
でも、どうしても聞きたかった。
他人に対して冷めている人は、他人を好きになることがあるのか。
それを知りたかった。
この話題はまた今度にしよう。
そう考えて、アルストレーナは部屋に戻った。




