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ドラゴンを解体し終えて、トールはレイナに風呂の準備を頼む。
すると、すでに準備はされていた。
一番風呂は客であるセージに譲って、トールは待つ間セージからの申し出について考えていた。
セージからの申し出であるリトの救出と暗殺についてだ。
救出はまだわかる。
しかし、暗殺とは穏やかではなさすぎる話題だ。
理由を訊ねると、セージは困ったような苦笑を返してきた。
ーー暗殺については、リト様、母の状態しだいですーー
なにしろ、リトを拐ったルベウスという人物は使者を殺害してその首を送り返してくるような人物だ。
彼が実際行ったわけではないが、それでもそういったことを指示できる人物だということになる。
自白剤などの危険な薬の投与や、リトの容姿はとても美しい部類に入る。なので辱しめを受けていても不思議でもなんでもない。
薬物と乱暴の両方を受けて、そういったことに関する訓練を受けていない者がはたして正気を保てているかは怪しい。
仮に無事に救出できたとしても、後遺症で苦しむことになるだろうし、死んだほうがマシという状態かもしれない。
確認してみなければ、それはわからない。
後遺症もそうだが、このことはすでに他の貴族達にも知れ渡っている。
仮に、リトを取り戻すことが出来たとしても辱しめを受けた存在としてくちさがない者達はこぞって聖女のことを悪く言うだろう。
神が定めたこの聖女の認定システムについては、快く思っていない神官の方が多いくらいなのだ。
教会という組織の中でも、上に行くにはそれなりに勉強をして資格を取得、人間関係を構築して出世していかなければならない。
それなりの努力が必要なのだ。
しかし、聖女という存在はそんな努力をしている者を無視した制度である。
場合によっては学も無い、それこそ過去には犯罪奴隷の少女が聖女になったという例もある。純粋な人間族ではなく亜人だったこともある。
努力が報われない制度なのだ。
表だって口には出来ないが、そんな嫉妬を持つ者が一定数存在していることもたしかだった。
聖女の代替わりは、基本、王の代替わりと同時期になる。
しかし、もし聖女がなんらかの理由、たとえば病死とか事故死した場合はどうなるのか?
そうした緊急事態が過去に何度か起こったことがある。
そう言った場合は、聖女の実子が神の神託を受けるのだ。
ただし、これは一時的な代役でしかなくその実子が聖女となる可能性は低い。
「どこが、王の資質は無い、だ」
場合によっては家族をも切り捨てることができる、そんな考えを持つ者が相応しくないわけが無いのだ。
非道な選択を迫られる時も、何人を切り捨てればより多く助かるのかその計算ができている。
いや、だからこそセージは嫌気がさしたのかもしれない。
他人の命に対する責任を、セージはとれない。
それは、リトの暗殺を持ちかけた時の表情でわかった。
顔に出やすいのだ。彼は。
本当は育ての親を殺す指示を、お願いをしたくなんてないのだろう。
しかし、彼はひょっとしたら殺されるかもしれないそんな危険な役回りと、親殺しの指示をだすという汚れ役となってここにきた。
それも親殺しに関しては、完全な独断だという。
父であるアスターにも、誰にも言っていないということだ。
そして、ここに来た。
外国である、ここに。
ニューラグーン民国の辺境である、ここに。
何日もかけて。
ひょっとしたら、なんども殺されかけながら。
上等なマントの汚れもそうだったが、顔のあちこちにも擦り傷があった。
薬草の臭いもしていたから、傷を負っていることを隠していたのかもしれない。
そこまでトールが考えた時だった。
少し慌てたように、レイナがやってきた。
「トール兄さん!」
おろおろとレイナが、セージが風呂場で倒れたことを説明してきた。
トールも急いで現場に向かう。
想像以上に、セージは傷だらけだった。
化膿や変色している箇所もある。
意識は完全に失っているようだ。
とりあえず、レイナに清潔な布と救急箱を持ってくるように指示を出した。
「痛み止め代わりに、麻薬使いやがったな」
先程の会話のことを思い出しながら、中毒の症状などは出ていなかったと思う。
他にも自生している薬草を使って痛みを誤魔化していたようだ。
麻薬の原料になる草は、山や森の中に自生していることがある。
そのままではとうてい使えないが、中には燃やしてその煙を吸引するという方法がある。
今ほど回復魔法も医療も発展していなかった時代には、麻酔薬の代わりにこれを吸わせて治療にあたっていたこともあるくらいだ。
採るのも使用するのも当然国際的に禁止されている。
追っ手を伴った旅では満足に薬を手に入れることが出来なかったのだろう。
「無茶するな、この王子様は」
レイナが救急箱を持ってやってきた。
まずは、傷の消毒である。
この救急箱には、時おりエルフの薬師が売りに来る妙薬も常備してある。
適切な処理をして、その妙薬を飲ませれば麻薬も抜けるし回復するはずである。
それから、数時間後。
セージは意識を取戻した。
取り戻した場所は、トールとレイナの家のなかにある一室だ。
「あ、良かった。思ったより早くおきて」
安心した、と言いたげなレイナの声がすぐ横から聞こえた。
そこには、椅子に座って子供向けの絵本を読んでいたらしい彼女がいた。
そして風呂場で倒れたことを説明してくる。
何気なく、いま寝かされている部屋を見回す。
手作りのぬいぐるみに、木で出来た人形が飾ってある。
壁には大きな本棚がひとつ。ぎっしりと物語や伝説を集めた本が並んでいた。
そして、勉強をするための机と椅子。
子供部屋のように感じた。
それもそうか、と考えながらセージは本当の母親を見た。
どうしようもない理由で、自分達の前から消えてしまった彼女を見た。
彼女は優しく微笑んで、言ってくる。
「お腹は減ってない?」
セージが苦笑混じりに頷くと、一旦部屋を出てすぐに温かいスープとパンを持って戻ってきた。
それを受け取って、食べながらもう一度母を見る。
育ての親の姉でもある女性を見る。
女性は、絵本を読んでいる。
懐かしそうに、読んでいる。
彼が食べ終わるまで邪魔をしないようにしているのだろう。
「その本は?」
「娘が大好きな本なんです、殿下」
その返しに、トールはレイナにセージが知っていると言うことを伝えていないことを悟る。
「娘さん、の部屋ですか」
「すみません。ここしか部屋が無かったんです」
「いえ、こちらこそ。娘さん、えっと名前は?」
一瞬、レイナの言葉がつまる。
しかし、嘘を言っても仕方がないのでそのままレイナは伝えた。
「アルストレーナと言います」
名前を聞いて、セージの中に突拍子もない考えが浮かぶ。
少し、声を弾ませて彼は続けた。
「アルストレーナさん、ですか。部屋を占領してしまったお礼というかお詫びを言いたいのですが」
「申し訳ありません。娘は寮のある学校に行っているのでいないのです。
だから、そんな気を使わなくて大丈夫ですよ」
そう言われ、見るからに残念そうに落ち込む。
パンとスープを食べ終わると、眠気がやってきて。
セージは抗うことなくその眠気に身を委ねた。




