二十一日目
俺の朝は妹の声を聞いて始まる。
「兄貴、起きて……」
「……い、今起きる」
「朝ごはん並べておくから早く来てね」
「わかった」
いつもに増してなぜか眠く、重い体を何とか起こしてリビングに出る。
リビングに出ると、可憐が朝食を並べ終えて席に着くところだった。
毎朝、起こしてもらって、朝食まで作ってもらって、今更ながら可憐にかなり甘えてるなと思う。
それと同時に、文句言わず毎日やってくれて感謝の気持ちで溢れてくる。
本当に、今更可憐の優しさに気付いたかもしれない。
「可憐、いつもありがとうな」
「どうしたの急に」
「いやぁ……。 いつも文句ひとつ言わずに、起こして、ご飯作ってくれてるから」
「そ、そんなの私の自由じゃない!」
「それでも、やってくれてるのは確かだし……。 だから、ありがとう。 感謝してるよ」
「……もう、ばか」
「何か言った?」
「なんでもない!! 私、先に行くからね」
可憐はそう言って食器を下げ荷物を持って学校に行ってしまった。
(可憐、顔赤かったけど大丈夫かな……)
軽い家事を済ませ、身支度をし、家を出ると優香ちゃんと玲奈ちゃんの二人と鉢合わせる。
「おはよう二人とも」
「おはよう(ございます)」
「お兄ちゃん。 可憐は?」
「可憐、なんか先に行っちゃったんだよね。 ごめんな」
「あ、それなら。 さっき、私に連絡してきてたよ」
「そうか。 それなら良かった」
「良くないよ! 可憐のやつ、私に連絡よこさなかったよ!」
「玲奈、落ち着いて。 きっと、私に連絡入れてるから玲奈にも伝わってると思ってるだけだよ」
「全く……。 私にもよこしなさいよね」
(可憐とこの二人は、ほんとに仲がいいんだな)
「そういえば、可憐。 家を出るとき顔赤かったけど大丈夫かな」
「それは、大丈夫だと思うよ。 玲君」
「え、なんでわかるの」
「私と可憐ちゃんの仲だからです」
「そ、そうか」
「お姉ちゃん。 私も、わかるよ」
「そうだね」
「なんか、三人秘密的なのでもあるの?」
「玲君はもう少し、気づくべきです」
「え? それって……」
「良く自分で考えてみて下さいね。 あ、もう学校に着きますね」
優香ちゃんは、少し速足で行ってしまった。
俺はそこで少し、優香ちゃんに言われたことを考えていたが、結局言っている意味が分からず終わってしまった。
(気にはなるけど、とりあえず今はテストに集中しないと……)
教室に入りテストが始まるギリギリまでテスト勉強に集中し、他のことを考えないようにした。
「成未、いつまで教材を出している。 早く片付けろ。 じゃないとカンニングとみなすぞ」
「す、すいません。 すぐ片付けます」
「よろしい」
(集中しすぎて、チャイムが聞こえなかった……)
配られたテストに集中し、ギリギリまで粘ったおかげか、かなり手ごたえがあった。
残りの教科もいつもよりも出来がいい気がした。
(この調子を維持できれば、今回のテストかなり上位にいけるかもしれない……)
帰りのホームルームが終わり、教室を出ようとしたところを優香ちゃんに声をかけられた。
「玲君。 テスト、どうだった?」
「今日はなんだかすごく調子が良かったよ」
「そうですか」
「うん。 優香ちゃんはどうだった?」
「私はいつもと変わらない感じだと思います」
「そっか。でも、それはそれでいい感じなんじゃない?」
「そうだね。 あ、あの……」
「なに?」
「少し、お話したいことが……」
「ど、どうしたの? 改まって」
「あ、あの……。 私、玲君のこと??」
「??あ、ごめん。 ちょっと電話かかってきた」
「分かりました」
「もしもし?」
「遅いわよ! いつまで、待たせるつもりなの?」
「か、可憐……」
「下駄箱で待ってるんだから、早く来なさいよね」
「お兄ちゃん。 お姉ちゃんもそこにいる?」
「優香ちゃんなら今目の前にいるよ」
「そっか。 じゃあ、連れてきてね」
「ちょっと玲奈! 私の携帯勝手に取らないでよ」
「これくらい別にいいじゃない」
「良くないわよ」
可憐と玲奈ちゃんがじゃれ合っているのが聞こえてすぐに電話が途切れた。
携帯をポケットに直し、優香ちゃんに向き合う。
「ごめん。 それで、何の話だっけ?」
「なんでもないよ」
「そ、そうか?」
「うん」
そう言って彼女は笑顔を見せた。
だけど、その笑顔はどこか悲しげな雰囲気を纏っていた。
「玲……くん。 行こ?」
「そうだな。 可憐、怒ってたし早くいかないと……」
二人は可憐たちと合流し、学校を後にした。
帰路で優香は一人、さっき電話で遮られてしまったことについて考えていた。
(??玲って“また”呼んでいい?)
私は、この出かかっていた言葉を勢いよく飲み込んだ。
あのことを言える日はいつ来るのか。
可憐や玲奈のようにもっと自分をだしたいのに、辞めてしまう。
嫌われるのが怖いから……、ではない、ただただ出せないのだ。
(玲君はきっと覚えてないのだろうなぁ……)
そう、思うと私一人覚えているのが馬鹿らしくなる。
でも、相手が覚えていなくとも、初恋は忘れられない。
正直、思い出してほしい。
だけど、思い出してもらえないのなら今の私を見てもらえるように努力するしかない。
「優香、遅いわよ」
「え?」
「え、じゃない」
どうやら、考え事をしながら歩いていたせいでみんなよりもゆっくり歩いていたらしい。
「ごめん。 気づいてなかった」
「なによそれ」
少し駆け足で、みんなの所へと歩き出した。
「優香ちゃん。 大丈夫?」
「いや、さっき何度か声かけたんだけど返事なかったからさ」
「えっ!? ご、ごめんなさい」
「あ、いや、大丈夫だよ。 大した用事じゃないからさ」
「それでも、無視してたのは良くないから……」
「気にしすぎだよ」
「それで、なんの話だったの?」
「旅行さ、沖縄どうかな?」
「沖縄……?」
「うん。 この間、ほら、具体的な場所言ってなかったから。 それで、沖縄いいかなぁって思って」
「ちょっと、考えてみるね」
「うん。 そうして」
気が付けば、家についていた。
今日は、優香ちゃんと玲奈ちゃんは寄らずに帰るらしい。
可憐はさっさと家に入ってしまったが、俺は二人を家に近くまで送っていった。
テストの話を少ししているうちに家まで来てしまい。
優香ちゃんのお母さんに挨拶をし、喋っていると、帰るのが遅くなってしまった。
「遅い」
「ごめん、可憐」
「昼ごはん冷蔵庫に入れておいたから、ちゃんと食べて片付けてよね」
「わかった。 ありがとう」
「ふん」
(可憐なんだか機嫌悪いな。 連絡もしなかったし、待っててくれたんだと思うと申し訳なくなる)
冷蔵庫に入っていた昼食をレンジで温め、机に運ぶ。
「いただきます」
最近、さらに料理の腕を上げた気がしている。
兄として、料理を教えた身としてものすごく嬉しいのだが、卵焼き一つ作るのにちぐはぐしていた頃の可憐が懐かしく思える。
そんな可憐の成長を感じつつ味わっている間に食べ終わっていた。
まだまだ、食べたりないと感じていたのか、空の茶碗を手に持ちあるはずのない米を箸でとろうとしていた。
気恥しさはあったが、それだけ可憐の料理が美味しかったのだと勝手に納得した。
使った食器を洗い、片付けて、部屋に戻った。
(今晩は何を作ろうかな……)
今日の晩飯を決めるために料理冊子や料理サイトを見ていると電話がかかってきた。
着信画面には可憐と書かれていた。
(わざわざ電話かけなくても部屋に来たらいいじゃないか……)
「もしもし?」
「あ、兄貴。 今すぐ部屋に来て!」
「え、なんで?」
「いいから!!」
何かに追い込まれているかのような焦った声で俺に声を荒げた。
そして、電話は途切れた。
何事かと思い、可憐の部屋まで大急ぎで向かった。
大げさに言ったが、部屋を出て、真正面が可憐の部屋のため、大した距離は動いていない。
「可憐! どうした!」
「兄貴、遅い! あれ……」
震えた声で可憐はベッドの方向を指さす。
その先には、おぞましい生き物が姿を見せていた。
そう、ゴキブリだ。
「お、おい。 ゴキブリは俺も苦手なんだよ……」
「何言ってるのよ! 男でしょ、どうにかして!」
「そんなの関係あるか! 苦手なもんは苦手なんだ!」
「うっさい。 ヘタレ! 意気地なし! 役立たず!」
「おい、そんな言い方はないだろ」
「だったら、早くどうにかしてよ!」
「無理だって! 近づくのすら無理なのに、どーやって対処するんだよ!」
「そんなの自分で考えてよ! スプレーないの?!」
「あるけどリビングだぞ。 そ、そうか! 俺取りに行ってくる!」
大慌てで部屋を出ていこうとすると、可憐に服を勢い良く掴まれた。
「おい、離せ可憐」
「置いて行かないで……兄貴…」
上目使いで、半泣きになりながら俺に懇願してきた。
(しかし、どっちかがいないと奴が何処に行ったのか分からなくなってしまう……。 奴の居場所が分からなくなって部屋のどこかに潜んでいるかもしれないと思うと同じ屋根の下に居る身として、ゾッとする……。 くっそ、可愛い妹をこんな目に合わせてしまったのは俺の責任だ)
「可憐、リビングに行ってスプレーととって来てくれ。 俺は、ここで、奴の動向を観察しておく」
「兄貴……。 分かった」
「た、頼むから早めにな」
可憐を送り出し、奴の姿を見失わないようにじっと見ていた。
少し動くだけで、少し身体が反応してしまう。
(早く来てくれ……)
奴が動くたびに後退りしていると、気が付けば壁と背中が隣り合わせになっていた。
そして、突然、身体に勢い良く何かがぶつかってきた。
その後、直ぐにスプレーの音が部屋に鳴り響いた。
額の汗を拭う仕草で、仕事を終えた様な雰囲気を漂らせている可憐は理不尽にもこう告げた。
「兄貴、早くあれごみ箱に捨てて」
「え、マジで?」
「当たり前でしょ」
きょとんとした顔でそう言ってきた可憐に対して俺は何かを言い返す気力も残っておらず、渋々承諾した。
この一連の騒ぎのせいで、二人はかなり疲れていた。
珍しくご飯を作る気が起きなかった。
かといって外食をする気も起きなかったため、ピザを注文することにした。
「可憐、ピザ頼むけど何がいい?」
「何でも良い〜」
「じゃあ、適当に頼むぞ」
「うん」
適当に食べれそうなピザを2枚程、注文した。
(たまには、こういうものも悪くないな)
ピザは思いのほか早く届き、いつもより早い晩御飯となった。
「可憐、たまには良いなこういうのも」
「……そうね」
「どうした? 口に合わなかったか?」
「そんなことない。 ところで、今年はいつ実家に帰るの?」
「あー……。 そうだな、夏休み入ったら直ぐに行こうか。 どうせ、長いこと滞在するんだろ?」
「そのつもり。 兄貴、今年は先に帰っちゃダメだよ」
「分かってるよ。 今年は一緒に帰るって去年約束したしな」
「分かってるならいい」
「なんだ、もう食べないのか?」
「うん。 お腹いっぱいになった」
「なら、残りは俺が食べるぞ」
「うん」
「もう、お風呂沸いてるから先入っておいで」
「知ってるわよ」
そんな会話している間に、食べ終えてしまった。
片付けを済ませて、可憐がお風呂から上がるまで少し、勉強をした。
思いのほか集中していたのか、気がつけばそこそこ時間が経っていた。
可憐に声をかけられ風呂に入る。
「ふぅ……」
よほど疲れていたのか、湯船に浸かると全身の力が抜けていくような感覚に襲われる。
まさか、ゴキブリ一匹相手にあそこまで苦戦すると思わなかった。
ゴキブリ恐るべし。
(実家かぁ……。 やっぱり帰り難いな。 お義母さんに会うのをどうしても躊躇ってしまう)
普段よりもゆっくり入ってたからか少しふらふらしてしまう。
(少しのぼせたか……)
ふらついた足取りで、部屋に戻り、ベッドにダイブするかの勢いで倒れこむ。
(明日で、テストは終わりか。 頑張らないとな)
疲れていたこともあって、そのまますぐに眠りについた……。
はい! どうも恋夢です!久しぶりの投稿になります。
明日でやっとテストが終わりいよいよ夏休みに入っていくことになります。