裏 子爵令嬢の恋
リクエストを戴いたので、ブレンダ視点を書いてみました。
「あ、あの、殿下、これを落としました」
「ん? ああ、ありがとう。君は?」
「は、はい、ブレンダ・カスクと申します」
私がハンカチを拾った数日後、屋敷に私宛に贈り物が届いたの。
「殿下から? 何かしら」
開けてみると、綺麗なレースのハンカチが入ってた。
これは、私の宝物にしなくちゃ。
贈り物のことを知ったお父様が、夕食の時に聞いてきたの。
「ブレンダ、王太子殿下から何か届いたということだが?」
「はい、この前、殿下が落としたハンカチを拾ってあげたので、そのお礼にとハンカチが届きました」
「そうか。…ブレンダ。明日にでも、殿下にお礼を申し上げろ。
なるべく周りに人がいない時を見計らってな」
「はい! 早速、明日お礼を言ってきます」
翌日、私は朝から殿下を探してみたけど見付からなかった。
なんだか学院に出てきていないみたい。
3日後の昼休み、ようやく殿下に会えた。
「殿下、先日はわざわざの贈り物、ありがとうございました」
「ああ、ブレンダ嬢だったか? いや、こちらこそ世話になった」
どうしたんだろう? 随分と元気ないけど。
「殿下? なんだかお疲れみたいですけど、何かあったんですか?」
「王太子の務めというやつだ。
少し忙しくて、あまり寝ていないのでな」
「無理をすると体に悪いですよ。
あの、少し休んでいったらいかがですか?」
「ん? いや、そういうわけにもいかないだろう。シェリーファがうるさいしな」
「内緒にしておきますから、少しだけ。お昼休みが終わる前には起こしてあげますから」
「ありがとう。では、すまないが少しだけ」
私は、昼休みが終わる少し前まで殿下の寝顔を見て過ごした。
それから、廊下ですれ違った時なんかに、殿下が私に微笑みかけてくれるようになり、私は、内緒の時間を思い出しては幸せな気分に浸っていた。
お父様に、内緒の時間のことは秘密にして、殿下にお礼を言った後、顔を合わせると微笑みかけてくれるようになった話をしたら、すごく喜んでくれた。
「でかした。
殿下に顔を覚えていただけるなど、なかなかないことだ。
貴族としてはほめられたものではないお前の言葉遣いや態度も、殿下ならば珍しいと興味を持たれるのではないかと期待していたのだ。
殿下の婚約者であるニーシュ公爵令嬢は、令嬢の鑑のような方と聞く。
正反対のお前なら、堅苦しいことをお嫌いな殿下にとって心の安らぎとなるだろう」
私といると、殿下は安らぐの? それなら、もっと頑張るわ。
しばらくは、昼休みや放課後に校舎の片隅でお話ししていたけど、ある日、並んで座ってお話ししていたら、眠ってしまった殿下が私にもたれかかってきたの。
殿下はいつも疲れてて可哀想。
昼休みが終わる頃まで寝かせてあげた。
「ああ、すまない…ありがとう、ブレンダ嬢」
「そんなに疲れて、頑張りすぎじゃないですか?」
「この程度で音を上げていたら、シェリーファに笑われる」
「無理してシェリーファ様に合わせなくてもいいんじゃないですか」
「シグルドと呼んで構わない。
さあ、もう戻らないと」
「はい、シグルド様」
家で、そのことをお父様に話したら、また喜んでくれた。
「名前を呼ぶことを許されたか。
その調子で、殿下を慰めて差し上げろ。
このままいけば、側妃になれるかもしれん。
正妃に子が生まれなければ、国母すらあり得る。
ニーシュ公爵令嬢に目を付けられぬよう、慎重にな。
決して敵対してはならん。
公爵令嬢が引き締め、お前がお慰めする。そうやってバランスを取っていれば、お目こぼしいただけるはずだ。
いいか、お前はあくまで殿下の息抜きのお相手だけするのだぞ」
難しい話はよくわからなかったけど、このままいけばシグルド様のお妃になれるってことね。
お妃になったら、ずっと傍にいられるわ。
なんて素敵。
その後も、シグルド様のお昼寝に膝枕してあげたりしているうちに、お茶に誘われるようになって。
そして、
「俺の辛さをわかってくれるのは、お前だけだ、ブレンダ」
と言って抱きしめられたの。
本当は、婚姻まではだめなんだけど、シグルド様に抱きしめられたら、もうどうでもよくなっちゃって、私はシグルド様のものになったの。
それからは、時々シグルド様のサロンに呼ばれるようになって、とっても幸せだったんだけど、嫌がらせも受けるようになった。
最初は、次の講義で使うノートがなくなった。
それは、すぐにシェリーファ様の机から出てきたんだけど、もちろんシェリーファ様は知らないって言ってた。
その後も、次から次へと色々なものがなくなってはシェリーファ様の机から出てきた。
まるで、私の鞄の中がシェリーファ様の机に繋がってるみたいだった。
シェリーファ様は、
「私の机はゴミ箱ではないのだから、いい加減ご自分の物の管理はきちんとなさったら」
とか言って怒ってた。
私のせいじゃないのに。
廊下を走っててシェリーファ様の足を踏んじゃった時は、転んだ私をすっごく冷たい目で見た後、何も言わずに行っちゃった。
私がシグルド様と仲良くなったのがバレて嫌われてるのかな。
お父様からは、シェリーファ様は怒らせないように言われてるのに、どうしよう。
そして、ある日の放課後、1人で階段を下っていると、踊り場でシェリーファ様とすれ違った。
何か嫌味とか言われるかも! って身構えたけど、何も言われなくてホッとした矢先、背中を突き飛ばされて踊り場から階段を転がり落ちた。
運良く大した怪我はしなかったけど、あちこちぶつけて痛くてしばらく立ち上がれなかった。
誰が突き飛ばした? シェリーファ様しかいないじゃない。
どうしよう? お父様に相談…はできない。
シェリーファ様を怒らせたかも、なんて話になったら大変。
じゃあ、シグルド様に…それもできない。
シグルド様に言って、シェリーファ様との仲がどうかなったら、シェリーファ様に恨まれちゃう。
私を突き飛ばしたのはシェリーファ様以外いないけど、はっきり見たわけじゃない。
あちこちぶつけたけど、怪我はしてないし、黙ってた方がいいよね。
「ブレンダ、この痣はどうした?」
いつものようにシグルド様のサロンでお茶を飲んだ後、抱かれてる時に、シグルド様が私の背中を見て言った。
階段を落ちた時の痣は3日もするとほとんど消えたから安心してたんだけど、背中に残ってたなんて…。
「あの、この前、ちょっとぶつけてしまって…」
「ぶつけた? どこに?」
「あの…」
「誰かに何かされたのか? お前が物を隠されたりしているのは知っていたが、まさか直接暴力を振るわれたのか!? 誰に!?」
「いえ、あの…」
「言えないような相手なのか?
まさか、シェリーファか? そうなんだな?」
「あ、あの、はっきり見たわけじゃ…」
「やはりシェリーファが!」
「階段で、シェリーファ様とすれ違った後、背中を押されて転げ落ちたんです」
「そうか、物を隠したりするくらいならともかく、傷を負わせたとなると許すわけにはいかんな。
ブレンダ、俺が必ずお前を守ってやるからな」
「シグルド様…」
結局、私はシグルド様の気持ちが嬉しくて、謝恩会でシェリーファ様を糾弾し、謝恩会をめちゃくちゃにした罰として停学になった。
停学ということで、一応部屋で謹慎することにした私は、お父様の執務室に呼び出された。
お父様は、ひどく怒っていた。
「ニーシュ公爵令嬢を侮辱したというのは本当か?」
「侮辱なんてそんな…」
「言い方を変えよう。
謝恩会で公爵令嬢に対し、証拠もなしにお前を突き飛ばしたのなんのと疑いを掛けたというのは本当なんだな?」
「…はい」
「この愚か者が!
公爵令嬢とは敵対するなと言っておいただろうが!
あちらを立てていればこそ、お前に側妃の芽があるというのに!
こたびのこと、公爵家はお怒りだ。謂われのない侮辱を受けたとな。
公爵家の令嬢が、公衆の面前で男に組み伏せられ、罪人の如き扱いを受けたのだ。
令嬢を組み伏せたマッカーラの小倅は、罰を受けて再起不能になったそうだ」
「そんな…」
「普通なら死罪となるところだ。温情と言えるだろう。
殿下も、短慮が過ぎると廃嫡になった。
お前が入るべき後宮はもうない。
後宮に入れると思えばこそ、お前の火遊びにも目をつぶっていたのだがな。
公爵令嬢は、シグルド殿下との婚約を撤回し、新たに王太子となったウィスカー殿下と婚約された。
その上で、公爵家から、お前をシグルド殿下に嫁がせてはどうかと言ってきたがな…そんなことはできん」
「どうしてですか!? 私はシグルド様と…」
「シグルド殿下は、恐らく幽閉される。嫁げば、お前も一緒にだ。
下手をすれば、カスク家の取り潰しすらあり得る。
お前は、もはやまともに嫁ぐ先はないが、幸いフェデリック伯爵が引き取ってくださるとのことだ。
伯爵は、ウィスカー殿下の覚えもめでたい方だから、悪いようにはなさらぬはずだ。
どの道、お前はもう学院には顔を出せんから、このまま一月後に輿入れさせる。
よいか、今度こそ伯爵のご機嫌を損ねるようなことはするなよ」
部屋に戻った私は、混乱して何も考えられなかった。
お父様の言葉が、頭の中をぐるぐると回ってる。
わかったのは、シグルド様にはもう会えないってことだけ。
なんとか伯爵って人が誰か知らないけど、シグルド様でなければ誰でも同じ。
殺されてもいいから、最後にもう一度シグルド様に会いたい。
でも、部屋の前にも窓の外にも、いつも誰かが立っていた。
何が悪かったんだろう。
やっぱり、階段のことをシグルド様に言うんじゃなかった。
痣さえ見付からなければ…。
私は泣いて暮らし、1か月が経った。
念入りに化粧されて、ドレスを着せられて、久しぶりに屋敷の外に出て。
私の恋は終わった。