中編 謁見の間の出来事
今回、処罰のくだりで残酷な描写があります。
○○をやったというレベルですが、痛そうな話が苦手な方はご注意ください。
あれから1か月が経ち、私は、陛下の思し召しにより王城を訪れました。
控えの間にいると、シグルド殿下が顔を真っ赤にして足音高く私の前にやってこられました。
城内で謹慎していると伺っていたのですが、歩き回って大丈夫なのでしょうか?
「おい、スコッティの手を潰したというのは、本当か!?」
1か月の間、この方は何を反省なさってらしたのでしょう? 全くお変わりないようです。
「私が潰したわけではありませんわ」
「だが、お前が潰すようマッカーラ家に要求したのだろう!」
「未婚の貴族の娘に勝手に触れた手を、二度とその感触を思い出すことのないよう処分することを求めただけです。
潰せなどと申してはおりません」
そう、陛下は、我が家の要望を容れ、私の肌に触れた手を処分するようマッカーラ家に命じたのです。
結果として、私の肌の感触を忘れるならば、焼こうが切り落とそうが構わなかったのですが、マッカーラ家は、両手をハンマーで潰すことを選びました。
ですから、彼の両手は原形を留めています。
訓練次第では、またものを掴むことも十分可能でしょう。
「ハンマーで手を砕いたと伺っております。
切り落とされずにすんで良かったですわね。
訓練すれば、ものを掴むことも、字を書くこともできるようになりますわ」
「だが、もう剣は握れん!
あいつが騎士になる未来は失われた!
お前のせいだ!」
「守るべき主に向かって振り下ろされる剣がなくなってよかったではありませんか。
どのみち、私に暴力を振るった時点で、彼が騎士になる道は断たれました。
主である殿下の命もなく、主の婚約者に牙を剥くような狂犬は、騎士にはなれません。
むしろ、諦める理由ができて良かったというべきですわ」
「あいつは、ブレンダを守ろうと…」
まだ、わかっておられないのですね。
「それがいけないのです。
一介の騎士が自分の勝手な判断で、守る相手、戦う敵を決めてはなりません。
国や主に害なす者への盾となるのが騎士の本懐、それが理解できない愚か者に、騎士は勤まりません」
「それがお前の言い分か」
「いいえ、陛下の御下命です。
あのような獅子身中の虫は排除せよ、と」
「父上が!? 獅子身中の虫と仰ったのか!?」
「殿下のご学友兼護衛というのが、彼に与えられた役割でした。
殿下が道を誤れば、身を挺してお諫めするのがご学友の勤め。
それが、あろうことか婚約者以外の女性にうつつを抜かす殿下をお諫めするどころか、一緒になって道を踏み外し、王太子の婚約者に手を挙げるなど、陛下のご信頼をどこまで裏切れば気がすむのか。
殿下、それが未だにご理解いただけないとは、いったいこの1か月、何をしておいでだったのです」
私の正論と陛下のお怒りに動揺した殿下は、鼻息荒く私を睨みつけます。
そこに、折良く私の謁見の間に入るよう、お達しがありました。
なぜか殿下も着いてこられますが、敢えて何も言わないことにします。
私が陛下に対し臣下の礼を取ると、顔を上げるよう言われ、王妃殿下から労いのお言葉をいただきました。
「シェリーファ、こたびは、辛い思いをさせました。
まさか、シグルドがこれほど愚かとは思いませんでした。
望みどおり、シグルドとの婚約は撤回します」
このお言葉に、シグルド殿下の顔に希望の笑みが浮かびました。
経緯はともあれ、私との婚約が解消されたことは、素直に嬉しいのでしょう。
きっと殿下の頭の中は、私から解放されて自由になったという思いが支配しているに違いありません。
「母上! それでは、私はこれでブレンダと結婚できるのですね!」
あなたは、まだそんな世迷い言を仰っているのですね。
「それは、不可能というものです」
ほら、王妃殿下にあっさり否定されてしまいましたわ。
「なぜです、母上! 婚約は破棄され、私は自由になりました。
ブレンダの家格のことなど、どこかに養子に出せば…」
「彼女は、既に嫁した身。
王子といえど、臣下の妻を欲することは許されません」
「妻? どういうことです、ブレンダが私以外と結婚したとでも!?」
謹慎していた殿下にとっては衝撃の事実でしょうが、社交界では既に有名な話です。
「ブレンダ・カスク子爵令嬢は、先日、フェデリック伯爵に嫁ぎました。
身持ちの悪い娘で、嫁ぎ先を探すのに苦労したとカスク子爵がぼやいていました」
「お待ちください! フェデリック伯爵といえば、もう40も半ばの…」
「婚姻まで貞操を守れないふしだらな娘が貴族子息に嫁げるわけがないでしょう。
ちょうどフェデリック伯爵が後添いにと引き取ってくれたのです」
「ふしだら…」
殿下は、ショックで放心しておられるようですわね。
「シェリーファ・ニーシュには、改めて王太子の婚約者として王妃教育に励んでもらいたい」
「謹んで拝命いたします」
陛下のお言葉を受けて、私は改めて王太子妃への道を歩むこととなりました。
でも、状況を理解できていない殿下が…
「お待ちください、父上! シェリーファとの婚約は、たった今破棄されたばかりではありませんか!
どうしてそれを…」
「思い違いするな。
お前とシェリーファ嬢との婚約は、破棄ではなく撤回されたのだ。
その上で、シェリーファ嬢には、王太子ウィスカー・アイラン・アルクルと婚約してもらう。
伝えていなかったが、お前は既に廃嫡となっている。
沙汰あるまで、引き続き謹慎しておれ。
以後は、自室を出ることを許さぬ」
陛下の冷たいお言葉は、殿下の胸に刺さったようで、殿下は言葉もなく立ち尽くしておられます。
突いたら倒れそうなほどに。
そう、私とシグルド殿下の婚約は、撤回、つまり初めからなかったことにされたのです。
ウィスカー殿下が兄の婚約者をお下がりされたというわけにはいきませんから、名目とはいえ、これは当然の措置と言えます。
そして、私という婚約者を排除して子爵令嬢などにうつつを抜かし、多くの問題を起こした殿下は、既に廃嫡されており、第2王子であるウィスカー殿下が立太子されています。
何も知らないのは、謹慎していた殿下だけだったのです。
未来の王妃になるべく、私は新たな王太子の婚約者に指名されました。
後編は、9月5日午後10時頃の更新となります。




