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第六章

 全員が朝食を終える。学校へ向かうまでには、まだ少し余裕があった。普段、直巳と伊武は学校に遅刻したり、休んだりはしないようにしている。緊急事態であればしょうがないが、出来るだけそれは避けたい。

 だが、朝のうちに全員で共有しなければならない話もある。それを両立するために、朝は早めに仕度を終えることにしている。

 そして今朝は、どうしても話しておくべきことがあった。もちろん、伊武の敗北についてだ。

 リビングには全員が揃っている。直巳達、高宮家はもちろん、つばめもだ。これまで、つばめは話も聞いていないことが多かったが、悪魔の護衛もついたことだし、アイシャが、状況だけは理解させておくべきだと、こういった話し合いに参加させることになった。

「じゃ、まれー。早速、昨晩のことを話してもらおうかしら」

 アイシャに言われると、伊武は昨晩の出来事について、順を追って話していった。

 まず、天使降臨には間に合い、無事に狩ったこと。天使遺骸の1つは、その場でアブエルに食わせたこと。

 そして、その後、謎の人物に襲われたのだと言った。

「伊武がやられたのは、天使じゃないんだ。人?」

 直巳が聞くと、伊武はしっかりとうなずいた。

「人……だと思う……少なくとも……人型……」

「他に、覚えてる特徴とかは?」

「背は……157から……160センチ……ぐらいで……細かった……」

「ん? 身長、ずいぶん具体的な数字ね?」

 アイシャがたずねると、伊武は身振りをつけながら説明した。

「倒れてるバイクの……横を……通った……それと比較して……」

「なるほど。わかったわ、話を止めて悪かったわね。続けてちょうだい」

 アイシャはこれで、伊武の発言の信頼性を確かめることができた。自分がやられた状況で、伊武はどれだけ冷静に観察できたのかを疑っていたのだが、問題はないようだった。

「全身黒ずくめで……顔は隠してたから……見てない……髪は黒くて……長かった……」

 決して高いとは言えない身長。細身。長い黒髪。直巳が、そして全員がイメージしたのは。

「……女の子、かな。下手したら、俺達より年下の」

「まだ決められないけど、、可能性としてはあるわね。恐ろしいことに。で? その華奢な襲撃者は、どうやって攻撃してきたの?」

「背後から……突然……殴りかかって……きて……武器は……金属の棒……結構重くて……長かった……それを……両手で持って……殴りかかってきた……」

「伊武の背後を取って、そんな重い武器で殴りかかってくるって、相当強いよね?」

「魔力強化は……してたと思う……じゃないと……あの動きは……奇襲は……無理……」

 魔力強化――魔力を使って肉体を強化する魔術。襲撃者は魔力強化を使っていなければ、奇襲とはいえ伊武の背後を取ることはできないだろう。

「それで……相手の攻撃は……片手で受け止めて……その後……何かされて……脇腹が……おかしくなって……倒れて……天使遺骸を……奪われた……以上」

 伊武はそれで、話は終わったとばかりに黙り込んだ。

 襲撃者が殴りかかってきたところまでは想像できる。それを受け止めたこともだ。伊武は打撃で倒れたわけではないのだから、その後が問題なのだろう。

 だが、襲撃者の動きを考える時に、一つ気になることがあった。

「ねえ、伊武。襲撃者の攻撃を受け止めた後、襲撃者は武器を捨てて、もう一度襲いかかってきたの? 何か、違う武器とかで」

 直巳の質問に、伊武は首を横に振った。

「ううん……私が……攻撃を片手で受け止めて……相手は……両手が塞がってて……そのまま……何かされて……倒れた……の」

「相手の両手は塞がってた……なら、足とか頭とかで攻撃されたとか?」

 その質問にも、伊武は首を横に振った。

「違う……足も頭も……使ってない……どこか動かしたようには……見えなかった……ただ……脇腹に……何か触れたような気は……する……」

「何もしてないのに……何か触れた……か……」

 直巳と伊武のやり取りを聞いていたアイシャが、首をかしげながら言う。

「体を使ってないとすると、魔術とか呪術……かしらね……でも……」

 アイシャはそう言うが、何か違和感がある。はっきりと言い切ることができなかった。

「なぜ、遠くから、または背後を取った時点で魔術を使わなかったのか、ということですね」

 Aが言うと、アイシャはうなずいた。違和感の正体はこれだ。わざわざ殴らないで、最初から魔術を使えばいいのではないか。

「接近しないと使えない魔術、とか?」

 直巳は自分で言っておきながら、安直な意見だと思った。ただ、状況に合わせて考え、思いついたことを口にしただけだ。そんな都合の良いものが、実際にあるかどうかもわからない。

「――そういうことなんでしょうね。だとしたら、最初の奇襲は牽制ではなく、本気だったということかしら。それが駄目だったから、二の矢としてた何かの魔術を使った――その魔術が何なのか、っていうのが問題なのだけれど」

 意外にも、アイシャは直巳の意見に賛同してくれた。解決にはなっていないが。

「A、接近しないと使えない、相手に魔力暴走を発生させる魔術に心当たりは?」

「ありませんね」

 Aは苦笑いしながら答える。知っていれば、当然それを思いついているだろう。

 アイシャは溜め息をつくと、手をパンと叩いた。

「はい、考えるのはここまで。ようするに、まれーがどうしてやられたのかは、わからない、ということ。これは後回しにしましょう。まれー、何か思い出したら、また話してね」

 伊武は黙ってうなずいた。まあ、他に思い出せるようなことはないのだが。

「とりあえず、Aは犯人捜しをしてちょうだい。何としても見つけて」

 Aはうやうやしく頭を下げた。

「かしこまりました。希衣様の仇、何としてでも見つけ出します」

「絶対に見つけるのよ。相手が何者であろうと、どれだけ強かろうと、絶対に見つけ出して、復讐は果たす――高宮の一族に手を出したことを、地獄で後悔させてやりなさい」

 アイシャが力強く宣言する。まるで、部下にゲキを飛ばすマフィアのボスのようだった。

「我々を傷つけ、奪ったことの償いはさせましょう」

 Aがアイシャの言葉にのる。

「ああ! 伊武がやられた分は、お返ししないとな!」

 珍しく熱いアイシャの姿に、直巳もテンションが上がっていた。

「私……別に……高宮の一族じゃ……ない……」

 伊武だけはクールだった。

「な、仲間ってことじゃないかな?」

 燃えているアイシャに水を差すことはないと、直巳がなだめると、伊武は直巳を見て、はっきりと言った。

「私は……高宮じゃない……私が言うことを……聞くのは……椿君……だけ」

「え……あ、ありがとう……で、いいのかな?」

 直巳がそういうと、伊武は薄く笑うだけだった。

 そしてAが、「そろそろお時間ですね」と言って、時計を指差す。もう、直巳達が家を出る時間になっていた。

 話もちょうど終ったので、アイシャが全員を追い立てるように解散させる。

「じゃ、今朝はここまでね。Aはすぐに情報収集。Bは邪魔しないで、とにかくじっとしてなさい」

 アイシャに追い立てられるように、直巳達は玄関に向かい、Aは早速、伊武を襲った犯人の情報収集を始めようとしていた。

 Bはアイシャの話を聞いていたにも関わらず、Aの後に付いていこうとしていたが、豹の悪魔フラウロスに見つかると子猫のように首根っこをくわえられて、つばめの元へ連れて行かれた。


 直巳と伊武が学校へ到着する。途中、クラスメイト達と出会い、簡単な挨拶を交わす。伊武もぎこちないながらも、会釈ぐらいは返すようになっていた。

 直巳が教室へ入り、自分の席に座る。そのままチャイムが鳴り、HRが始まる。

 今日もまた、隣りの席が空いている。もう1週間以上になるだろうか。隣りの席の女子、若林はずっと欠席を続けていた。

 教師が言うには、家庭の都合らしい。病気や怪我ではないのは幸いかなと思ったのだが、こう長く休んでいると気になる。

 若林は社交的な性格で、クラスで浮いていた直巳や伊武にも気さくに話かけてくる。2人がなんとかクラスの一部になれているのは、若林のおかげと言っても過言ではない。

 ふと、離れた席に座っている伊武と目があった。だが、伊武は直巳を見ていたのではなく、若林の席を見ていたようだ。やはり、伊武も気になっているらしい。

 伊武が直巳以外の人間を気にするのは良い傾向だなと思っていた。

 もし、若林に何かあれば力になってやりたいと、直巳は思っていた。

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