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終章

 くるりが高田の家で暮らしはじめてから、2週間ほど経った土曜日。

 直巳はAの運転する車で高田の家に向かっていた。後部座席にはBもいる。

 くるりは高田に引き取られたのだが、養子にはならなかった。資産家である高田家の養子にすると、くるりも面倒なことになるから、ということらしい。くるりは新たに戸籍を登録しなおし、高田は後見人となった。

 くるりは電話で、新しい名字がついたのだと直巳に教えてくれた。

 新しい名字は、「巻島(まきしま)」だそうだ。これからくるりは、「巻島 くるり」になる。

 巻島というのは高田の親戚筋の名前で、いくつかの候補の中から、くるりが選んだらしい。

 くるりは、「強そうだし可愛い」という理由で、巻島を気に入ったそうだ。

 直巳がアイシャにそのことを伝えると、「巻島でくるりとか、ダブルロールじゃない」と言われた。直巳も思わず、「あ、ほんとだ。ダブルロールだ」と言ってしまったが、くるりに伝えるのはやめておくことにした。気に入っているのに水を差すことはない。

 Aの運転する車が、高田邸の前に駐まる。郊外にある高田の家は、武家屋敷のように大きな日本家屋だった。アイシャの家とは180度違うが、立派で歴史のある家のようだ。

 直巳が車から降りると、その瞬間にくるりが走り寄ってきた。

「なおにーちゃーーん!」

 直巳がしゃがむと、くるりが首に飛びついてくる。直巳はそのまま、くるりを抱き上げた。

「くるり! 元気だったか!?」

「うん! 元気だよ! ご飯もいっぱい食べてるし、お勉強もいっぱいしてるよ!」

 そういって笑うくるりの笑顔に、かげりはない。本当に良くしてもらってるのだろう。

 高田はくるりのために、新たに専用の家政婦と教育係を雇ったらしい。甘やかそうとすると、その2人に怒られるのだと、高田が電話で愚痴っていた。

 それから、Aは高田と何か話があるようで屋敷の中に入っていった。

 直巳は、くるりとBを連れて、裏山に遊びに行くことにした。どうやら、その山も高田の所有物だということだ。

 くるりは久しぶりにあったBと力いっぱい遊び、直巳はそれを見守っていた。

 夕方になり、3人は手を繋いで高田の家に戻る。この後、直巳は高田やくるりと一緒に夕食を食べてから帰ることになっている。

 夕食が出来るまで、直巳はくるりとBと一緒に、縁側で庭を見ながら話しをしていた。

 途中、高田とAが通りがかった時、くるりが夕食が何かを高田にたずねた。

「今日は椿君達も来てるから、奮発してマグロ買っちゃった!」

 直巳は、高田が奮発したマグロなら美味しいんだろうなー、などと呑気に思っていた。

「B、大きな魚がいますよ。見に行きますか?」

「おー……おさかな」

 Aが魚好きのBを誘うと、Bは素直に付いていく。

「大きな魚? 水槽でもあるの?」

 Bは、ひたすらに魚を食べるのが好きなだけで、そこに観賞用、食用という区別はない。

 Bが水槽に飛び込みでもしないかと心配してたずねると、Aは首を横に振った。

「いえ、マグロですよ」

「マグロ? なんで――え、まさか」

「ええ。高田様はマグロを丸ごと1匹購入したようで。これから職人を呼んで解体を行うそうです。珍しいので私も見ておこうかと」

 家の夕食にマグロ1匹。高田の奮発はレベルが違った。

「直巳様とくるり様も、どうですか?」

 Aがたずねると、くるりはなぜだか、もじもじと手遊びをはじめた。

「く、くるりは別にいっかなー……」

 そう言って、くるりはちらちらと直巳を見る。

 直巳にはよくわかっていなかったが、Aはその意図を察した。くるりは、直巳と一緒にいたがっているようだ。

「さようでございますか。では直巳様、食事の仕度ができるまで、くるり様とご一緒してあげてください」

「ああ、わかった」

 直巳もマグロの解体に興味はあったが、乗り気でないくるりを連れていってまで見たいものでもない。

 そして、縁側には直巳とくるりの2人が残される。

 遠くの方から、「B! まだです!」というAの叫び声が聞こえてきた。恐らく、解体前のマグロにかじりつきでもしたのだろう。まあ、予想の範囲内だ。

 くるりは、その声を聞いてクスクスと笑ってから、直巳に言った。

「くるりね。ようじにーちゃんのところにきて、すごくよかったよ。すごく優しくしてくれるんだ。くるり、どうしていいかわかんないぐらい」

 高田が、くるりのことを死ぬほど甘やかしているのは想像が付く。まあ、くるりもそれで調子に乗るような子ではないし、これまで苦労してきたのもある。少しぐらいはいいだろう。

「あのね。くるり、漢字も書けるようになったし、算数も出来るようになったんだ」

「へえ、すごいじゃないか。勉強、頑張ってるんだな」

「うん。もう少しお勉強したら、学校にも行くんだ……少し、ドキドキするね」

 くるりは、へへっと笑う。初めての学校だ。楽しみだけではなく、不安もあるだろう。人間関係で困ることもあるかもしれない。くるりなら大丈夫だと思うが。

「くるり。もし、学校で何かあったらさ。すぐ、高田とか俺に相談するんだぞ。勉強だって、わからなかったら教えてやるからな」

「うん――くるりは幸せだな。優しいにーちゃんが2人もいて」

 くるりは、縁側で足をぷらぷらさせながら言った。自分を心配してくれる大人がいる。自分は幸せだと、くるりは心から思っている。

「――ユアとカサネは、元気でやってるのかな」

 自分は幸せだ。なら、他の2人はどうだろうか。

「ユアは――仕事が忙しい女の人と一緒に暮らしてて、家事を頑張ってるんだって。そのうち、仕事の手伝いもするんだって言ってた」

 直巳は、ユアとカサネの状況も、高田から定期的に連絡を受けている。

 ユアは、仕事は出来るが家事能力が壊滅的な女性と一緒に暮らしている。面倒見のいいユアにとっては、ピッタリの相手のようで、上手くやっているそうだ。

「カサネは田舎の方で、おじいさんとおばあさんと一緒に暮らしてるって。優しくて、色んなことを教えてもらってるってさ」

 元々、ガサツで乱暴なところのあるカサネは、老夫婦の元で修行とも言えるような日々を過ごしているそうだ。多芸な老夫婦に、家事一般から書道、華道、剣道、柔道を教わり、心身ともに、徹底的に鍛えられているらしい。エネルギーの余っているカサネにはちょうどいいし、老夫婦も、跳ねっ返りと生活しているぐらいが張り合いもあって楽しいよと、喜んでいるそうだ。

「2人とも、くるりと同じで楽しくやってるみたいだよ」

 まあ、要約すればそういうことになる。直巳の言葉に、くるりは安堵の表情を見せた。

「そっか――元気なら、幸せならよかった」

 くるり達は、直接連絡を取っていないそうだ。このご時世、携帯電話の1つでもあれば、いつでも、いくらでも連絡を取ることはできる。持たせようかと言ったのだが、全員にいらないと言われた。緊急の連絡なら、里親同士で出来るから問題ないのだと。

 どうして、連絡を取ろうとしないのか――いや、直巳が気になっているのは、それよりもっと根本的なことだった。

 クローバーはいつも一緒。生きる時も死ぬ時も一緒。クローバーは3人で幸せになる。

 それが、彼女達の誓いであり、生きる意味だったはずだ。なのに、3人はそれぞれが別々の場所で生活することを受け入れたのだ。

 なぜ、少女達がその選択をしたのか――直巳は、その理由を知らない。

「なあ、くるり。聞きたいことがあるんだけど。その、答えたくなかったら、別にいいけど」

「ん? なあに? くるり、なおにーちゃんに内緒のことなんてないよ?」

 隣りに座ったくるりが、足をぱたぱたさせながら直巳を見上げる。

「えっと……くるり達……クローバーはさ、いつも3人一緒で、3人で一緒に幸せになるのが目的だったんだよな? だから、その、天使遺骸を奪ったりとか、したわけだろ? ああ、別に責めてるわけじゃない。そこまでするぐらい、大事なことだったんだろ? 3人一緒に幸せになるっていうことが」

 くるりは直巳の質問を頭の中で整理する。少しの間、うーんと考え込んでから答えた。

「うん、そうだよ――くるり達はずっと、3人だけだった。3人で幸せに暮らす。それ以外に、したいことなんてなかったんだ」

 直巳の考えは間違っていなかった。ならば、なぜ。

「なら、どうして。3人で別々に暮らすことにしたの? 無理をすれば、3人で暮らすことだって出来たはずだろ? かなり無理はあるけど」

 直巳がたずねると、くるりは少し困ったような顔で笑った。これまで見た、どんな表情よりも大人びていて、直巳は少し驚いた。

 くるりは、ゆっくりと答え始めた。自分の気持ちと言葉を、たしかめるようにしながら。

「それも……考えたよ。大人達の力を借りないで、くるり達だけで暮らしていくことも――でも、なおにーちゃんの言うとおりなんだ。やっぱり、それは無理なんだよ。ずっとお勉強もできないで、世間知らずで、ご飯も作れなくて、電車にも乗れなくて、他の友達もできないで――くるり達は弱いまんまで」

 弱いまんま。戦闘力のことでも、魔術のことでもない。それは人間としての能力。学力、常識、社会で生活する能力、未来を選び取る力――くるりは、それが弱いと言っている。

「だからね。一度、みんなで手を離そうって。みんな、1人でたくさんお勉強して、お手伝いして、色んな人と知り合って――それで、強くなろうって決めたんだ」

 そして、くるりは満面の笑みを浮かべて、力強く直巳に言った。

「そうしたらいつかきっと、3人で幸せに暮らせるから」

 一度、みんなで手を離す――いつかきっと――そういうことだったのか。

 直巳は、少女達の決意をあなどっていた自分を恥じた。この子達は、こんなにも真剣に自分達のことを考えていたのだ。

「いつかきっと――か」

 それは、今じゃない。未来のために、彼女達は新しい世界へ踏み出すことにしたのだ。

「うん。くるり達のお話はまだ、途中なんだ」

 女の子達は離ればなれになってしまいました――しかし――お話には続きがあります。

「みんなで大きくなって、強くなって。そうしたら、くるり達は3人で――ううん。みんなで幸せになりました! これが、くるり達の目標! そのために頑張るんだ!」

 くるりは寂しさを吹き飛ばすように、笑顔で元気良く言った。

 3人だけじゃない。みんなで幸せになる――それが、くるり達の願いになっていた。

 少女達の世界には敵しかいなかった。だからクローバーは3人だけで手を繋いでいた。誰も、その世界にいれないために。3人だけの世界を守るために。

 でも、世界には味方もいることを知った。だからクローバーは手を離して、他の人達とも手を繋ぎはじめた。それは、クローバーが別れるということではない。少女達は、そのことに気づいたのだ。

 いつか、少女達は再び出会うのだろう。きっとその時には、心も体も成長していて。色々な痛みや悲しみに負けないぐらい強くなっているはずだ。

 直巳はくるりの頭をポンと撫でると、笑顔で言った。

「そして少女達は幸せになりました――めでたしめでたし――だな」

 直巳に頭を撫でられると、くるりは満面の笑みを浮かべた。

「おーい! 椿くーん! くるりちゃーん! ご飯の準備できたよー!」

 台所の方から高田の声がする。

 くるりは立ち上がると、直巳に向かって手を差し出した。

「なおにーちゃん、ご飯だって。いこ?」

「ああ、いこうか」

 直巳はくるりの差し出した手を取り、2人で長い廊下を歩き出した。



 直巳は、くるりに手を引かれながら、白詰草の草原のことを考えていた。

 くるり達と出会った、あの場所のことを。

 いつかの未来――少女達は、白詰草の草原で再開するのだ。

 痛みを乗り越えた、幸せのクローバー達は、みんな笑顔で。

 その時には、Bだって笑っているのかもしれない。

 きっと草原には、白詰草が咲き乱れている。




本作、「ツバキ黙示録 第四篇 -痛みのクローバー-」を読んでいただき、ありがとうございます。


「ツバキ黙示録」の4作目になります。

今回は、この世界での子供達の話です。

楽しんでいただければ何よりです。


またかなり期間が開いてしまったのですが、

いつもどおり難航していました。

プロット書き直した回数、最多だと思います。


内容について少し。

この、「ツバキ黙示録」の世界では、100年前から天使が降臨し、

世界に魔力が満ち溢れています。

ならば、この世界に適応した子供がいるんじゃないか?

ということをきっかけに作り始めた話です。

直己は、大人と子供の中間にいます。

こんな世界だからこそ、直己には子供を、希望を守って欲しいなと思いました。


新キャラのメインは、くるりです。

シスコンがロリコンになるぐらい可愛くしよう!と思って書きました。

皆様がシスコンでロリコンになってくれれば幸いです。


次作についてですが、アイディアはもうあるので、これが終わったらすぐに取り掛かろうと思います。

いつもどおり、できるだけ早くを目標に・・・・・・もっと厳しくスケジュール作ろうと思います。


最後に。ぜひ、本作についてのご意見やご感想をお聞かせください。

「読んだよ」ぐらいでもすごく嬉しいので、お待ちしております。

アクセスを見ると、結構、読んでもらえているようでありがたいんですが、

もう少し感想がもらえるともっと嬉しいなと、強く強く思っております。

「なろう」にレビューの投稿とかしてもらえたら、超絶に嬉しいです。


また、ツイッターもやっておりますので、フォローしていただければ幸いです。

感想はツイッターでお送りいただいても構いません。

あまり小説のことはつぶやきませんが、よろしくお願いします。


ツイッターアカウント @sasakikeiji


後書きまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

また次回作もよろしくお願いします。

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