第三十九章
それから、1週間が経過した。
今日は、くるりが高田の家に行く日だ。
くるりを見送るために、椿家の前にみんなが集まっている。直巳と伊武とアイシャ。AとBも、つばめと、それから他の悪魔達も。
もちろん、ユアとカサネもいる。
くるりに荷物は無い。元から着ていた服だけだ。その服はつばめが繕って綺麗に洗い、今朝、くるりが着る前にきっちりアイロンをかけてくれた。
「それじゃ、くるりは高田のにーちゃんのところにいってきます!」
くるりが、全員に向かってぺこりと頭を下げる。
「様子、見に行くからな。元気でな」
直巳がくるりの頭を撫でる。くるりは、くすぐったそうに、嬉しそうに笑った。
「……元気で」
伊武はそれだけだった。冷たくしたいわけではない。ただ、何を言っていいのかわからないのだ。それでも、くるりは元気良く、「うん!」と答えた。
「では、私ですね――みなさまに、これを」
Aはそういうと、くるりの近くにユアとカサネも呼んで、全員に小さな指輪を渡した。それは、四葉のクローバーをモチーフにした、可愛らしい指輪だった。歯の真ん中には、小さなダイヤが輝いている。
「わ……えーねーちゃん、これ……どうしたの?」
くるりが、受け取った指輪を色んな指にはめてみている。人差し指にピッタリだった。
「アイシャ様からの餞別ですよ。あなた達の健闘を称えての記念品であり――」
Aはユアとカサネを見る。2人も色々と試した結果、人差し指にはめていた。
「これから別れるあなた達が、お互いのことを祈れるようにという、お守りでもあります」
Aの言葉を聞くと、くるり達は顔を見合わせた。少し、困ったような顔。でも、その後すぐに笑顔になった。
「ありがとうございます!」
3人がアイシャに向かってお礼を言うと、アイシャは、「うるさい」と言わんばかりに、ひらひらと手を振るだけで答えた。
そして、Aがポケットから、もう1つ、同じ指輪を取り出した。
「実は、指輪は4つ作ったのですよ。予備、という意味もあったのですが――これをどうするかは、みなさんにお任せします」
Aは指輪をくるりに握らせた。
くるりは、ユアとカサネの顔を見る。2人は、「うん」とうなずくと、Bの方を見た。
「B! こっちきて!」
「……お?」
くるりに名前呼ばれて、Bが反応する。
「ほら、呼んでるぞ。行ってこい」
直巳がBの背中を押して、くるり達の方へと歩かせる。
Bがくるり達の元へ来ると、くるりはBの手を取って、その指輪をはめた。
Bは人差し指にはまった指輪を、ぼーっと見る。
「クローバーはいつも一緒」
ユアが言った。
「お前が入ってくれれば、クローバーも四つ葉になれるだろ?」
カサネが言った。
「四つ葉のクローバーは、幸運を呼ぶんだよ!」
くるりが言った。
4人は指輪をはめた手を出して、指先を同士を合わせた。
四方向から伸びた手は、四つ葉のクローバーのようだった。それぞれの指には、小さな指輪が光っている。
「アイシャ、かっこいいことするじゃん」
直巳がにやにやしながら言うと、アイシャは、うるさいというように顔をしかめた。
「チッ……女の子が装飾品の1つも持ってないってのが、気に入らないだけよ」
舌打ちとは荒っぽい照れ隠しだ。アイシャが、なぜ彼女達に指輪を贈ったのか。Aが言ったように、彼女達へのエールなのかもしれない。お守りなのかもしれない。
でも、もっと単純なことのような気がする。
辛い目にあってきたんだから、少しぐらい、良いことがあってもいいじゃないか――アイシャは、そんなシンプルな理由から指輪を贈ったんじゃないかと、直巳は勝手に思っていた。
子供達は、ひとしきり指輪を見せ合ってはしゃいだ。それが一段落したところで、ふと沈黙が降りる。いつまでもみんなで騒いでいたいが、そういうわけにもいかないだろう。
そして、それを切り出すのは、いつだってお姉さん役のユアだ。
「じゃあ、そろそろ行かないとね。高田さん、待たせてるから」
ユアは笑顔でそういうと、くるりの背中をポンと押した。
「――うん」
くるりは小さく返事をすると、高田の車へと一歩近付いた。
くるりが振り返ると、カサネは笑いながら、からかうように言った。
「くるり。1人になっても、泣くんじゃねーぞ?」
「……うん」
くるりは涙声になって返事をする。
くるりがもう一歩、車の方へと歩くと、高田が助手席のドアを開けた。
くるりは乗り込もうとしたところで、突然振り返ると、ユア達に向かって走り出した。
「ユア!」
くるりがユアに抱き付く。
「ユア! 大好きだからね! 離れても、ずっと大好きだからね!」
くるりが泣きながら言うと、ユアはくるりを抱きしめ返した。ぎゅっと、力強く、優しく。
「あたしも大好きだよ……離れても、ずっと大好き……」
ユアの目からも、涙がこぼれ落ちている。
そして、次にカサネに抱き付いた。
「カサネ……くるりも、カサネみたいに強くなるからね!」
カサネは、くるりの頭をくしゃっと撫でた。
「おう。今度会う時までに、泣き虫は直しておけよな」
カサネの胸に、くるりの涙が染みこんでくる。その温かさに胸が締め付けられるようだったが、カサネは絶対に泣かなかった。
そして、くるりは最後にBを抱きしめた。
「B……今度は、くるりがBを守るからね」
「おー……くるり」
Bはきゅっと、くるりを抱きしめ返す。その行動に意味はない。されたことを、同じようにしているだけだ。くるりにも、それはわかっているし、それで十分だった。
くるりは3人と別れると、今度こそ高田の車に乗り込もうとした。
「それじゃ! くるり、行ってきます!」
くるりは満面の笑みを見せると、高田の車に乗り込んだ。
高田はみんなに軽く会釈をするだけだった。大人同士、いつでも会えるとわかっているなら、こんなものだ。くるり達だって、一生会えないわけじゃない。それでも、子供にとっての別れというのは、大人が考えるよりも大きな出来事なのだろう。
高田が車を発進させる。くるりはいつまでも、みんなに向かって手を振り続けていた。
高田の車が完全に見えなくなる。エンジンの音も聞こえなくなる。
「行っちゃったね」
ユアがポツリと漏らした。
「ああ、行っちまったな」
カサネが、車の去っていった方を見ながら言った。
「カサネちゃんは、いつだっけ?」
「あたしは明後日の朝。ユアは?」
「3日後だよ。なら、あたしが最後だね」
「そっか――あたしは見送り、いらねえからな」
「そんなの駄目。絶対見送りするからね」
「なんだよ……するのはいいけど、されんのは恥ずかしいんだよなー……」
カサネが、ぽりぽりと頭をかきながら、家の中へと戻っていった。
直巳達も、次々と家の中に戻っていく。これから、ユアとカサネの出発準備をしなくてはならない。
結局、ユアとカサネも、高田がツテで、引き取り手を探してくれた。ユアは、実業家の独身女性の元へ。カサネは、リタイアした老夫婦の元へ。どちらも高田のよく知った人間で、里親の条件としては申し分がない。
ただ、問題があるとすれば、3人とも遠く離れたところで暮らすことになる。
クローバーはいつも一緒。3人で幸せになる――その誓いは、守ることができなかった。
あるところに、かわいそうな少女達がいました。
少女達は悪い大人に利用されていました。
この後、少女達はどうなったのでしょうか?
少女達は、魔術師や悪魔達の力を借りて、無事に助かることができたのです。
ただ、女の子達は離ればなれになってしまいました。おしまい。
本当に、これでおしまいなのか――これで少女達は幸せなのだろうか。
直巳は、どうしてもそれだけが引っ掛かっていた。




