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第三十八章

 直巳の部屋で、直巳と高田が向かい合って座っている。

 直巳は正座をしており、高田もつられて正座をしていた。

「大事な話があるからって来たんだけど……どうしたんだい? 椿君」

 高田が不安そうにたずねてくる。Aから、大事な話があると呼び出されたので来てみたら、直巳の部屋に通された。待っていたのは直巳1人だ。

「ああ。大事な話があるんだ、高田――今、準備をするから」

 そういうと、直巳は横に置いてあった中身の見えない袋から、次々と何かを取り出して並べはじめた。その数は数十。直巳と高田の間に、びっしりと敷き詰められていく。

 直巳が粛々と並べているのは、DVDのパッケージだった。DVDといっても、映画ではない。すべてエロDVDや、グラビアアイドルのイメージビデオだ。

「どうしたんだい!? 椿君!?」

 真面目な表情をしながら、無言でエロDVDを並べていく直巳を見て、高田が不安そうにたずねてくる。当たり前だ。

 直巳は並べ終わると、ふぅ、と溜め息をついた。

「さあ! 高田はどれが好きだ! 選んでくれ!」

「椿君!?」

「大事な話なんだ! さあ!」

「椿君!?」

 高田は混乱する。大事な話とは、これのことか。直巳は自分の性癖を調べるために、わざわざ呼び出したのだろうか。何かの冗談か? いや、それにしては直巳の目が真剣すぎる。

 状況が理解できず動けない高田。それを見た直巳が、覚悟を決めたようにうなずく。

「そうだな……いきなりそっちから、ってのもフェアじゃない……まずは、俺が選ぶ!」

「椿君!?」

 直巳は1枚のDVDに手を伸ばすと、それを持って高田に見せた。

「俺はまず……この、優しいお姉さん……マストと言っていい……」

「そ、そんな! 君は実のお姉さんがいるのに!?」

 実姉持ちが、初手から無法の姉ものチョイス。高田に戦慄が走る。

 次に直巳が手に取ったものは、体のラインが出るようなニットを着た、胸の大きな女性がジャケットに映っていた。

「そしてやはり、巨乳は外せない……」

 ジャケットにはでかでかと、「Hカップがどうの!」と書いてある。人前で読み上げるわけにはいかないようなタイトルだった。

 直巳のチョイスに高田は息を呑んだ。

「椿君……どうやら、本気のようだね……巨乳好きなんて珍しくない……しかし、君が……あの伊武希衣と同居している君が言うのなら話は別だ……もし、ばれたら……」

 高田のこめかみから、一筋の汗が流れた。

「姉ものが姉さんにばれたら……巨乳ものが伊武にもばれたら……それを考えると、俺だって穏やかではいられないさ」

「椿君……」

 高田はここで、直巳が本気なのだと思い知った。これは冗談でもドッキリでもない。本当に大事な話なのだ。まったく意味はわからないし、バカバカしいことこの上ないが、とにかく大事なことなのだろう。

 直巳は緊張に顔をゆがめる高田を見た。こちらが本気であることは伝わったのだろうが、動く気配はない。

「そうか……そうだよな……お姉さんと巨乳なんて、ド定番だからな……置きにいったチョイスと思われても、仕方が無い――か」

 そういうと、直巳は視界の端に捕らえていたDVDをちらりと見た。

 もし、直巳がこのDVDが好きだということがクラスの女子にばれたら、恐らく、今後学校で彼女ができることはないだろう。つばめに見つかれば、これまでどおりの関係ではいられなくなるだろう。直巳が手に取ろうとしているのは、そういうDVDだ。

「高田――これが――これが俺の本気だ!」

 それでも――だからこそ、直巳はそのDVDに手を伸ばして――。

「待ちなよ」

 直巳の伸ばした手は、高田に押さえられた。

「君は先に2本選んだ。そろそろ――僕にも選ばせてくれよ」

 高田が、フッと笑う。頼もしい、兄のような微笑みだった。

「高田……お前……」

 高田はネクタイを緩めると、不敵に笑った。

「椿君! これが――これが僕の好きな感じのやつだ!」

 そういって高田が手に取り、高々と掲げたDVD。

 それは、直巳にとってまったく予想外のものだった。

「なっ! 熟女! しかも、半端な熟女じゃない!」

「そうだ! 僕は60代ぐらいの熟女が好きだ! 30代後半ぐらいで熟女なんて言って欲しくないよ! 本当は、これで外人だと最高なんだけど、ここにはないっ!」

 ここに並んでいるDVDは、昨日1日でAがかき集めてきたものだ。グレモリイが買い物だと騙されて付き合わされたと、ブツブツ文句を言っていた。エロDVDを大量に買うAとグレモリイ。美形の変態カップル登場に店もざわついたことだろう。

 Aは数々のジャンルを網羅しているようだったが、それでも外人の熟女はなかった。高田はAの予想を超えていた、ということだ。

「な、ならこういうのはどうなんだ高田!」

 直巳がジュニアアイドルのイメージビデオを高田に見せるが、高田は首を横に振った。

「まったく興味がない。彼女達の母親を――いや、それでも若すぎるかな」

 その言葉で、直巳の気持ちは決まった。

 この男は信用できる。

「高田――お前ってやつは――合格だ!」

 直巳が高田に手を差し出す。

「ありがとう! でも、そろそろ説明して欲しいな!」

 高田が、ガッチリと直巳の手を握りながら言った。

「これ、なんなの!」

 高田の素直な感想であり、心からの質問だ。これはなんなのだろう。

「ああ、これはね。高田がロリコンかどうかチェックしたかったんだ。じゃ、合格したからリビングに行こうか」

「……椿君?」

 テストの意図はわかった。だが、なぜそんなテストをされるのか、高田にはまったくわからない。高田は困ったような顔をしながら、直巳と一緒にリビングへ向かった。



 直巳が、テストに合格した高田をリビングへと連れていく。そこには、Aがいた。

「無事にテストをクリアされたようで何よりです」

 Aが高田に頭を下げる。テストをしようと言ったのも、その内容を考えたのもAだ。

「そちらにおかけください。どうして、こんなテストをしたのか説明しますので」

「うん……頼むよマジで……素に戻ったら、すごい後悔してるんだから……」

 高田を含めた3人が、リビングのテーブルにつく。

 そして、Aと直巳が、今回の事件について話しを始めた。「天使の子供達」を中心にして、高田に説明する。

 彼女達は、幼いころに、「ヒイラギ」に引き取られ、戦士として育てられたこと。

 ゴウトの身代わりにされそうになった逃げたこと。伊武を襲ったこと。天使教会にも見放されたこと。子供達だけで生活をしていたこと。ゴウトに捕らえられたこと。それを直巳達が助けたこと。

 そして、「天使の子供達」の中の1人。すべての能力を受け取った、くるりを引き取ってもらいたい、ということ。

 話が終わると、高田は腕を組んで考え込んだ。

「ずっと、大人達に利用され続けてきたんだね。かわいそうな話だと思う」

 高田は話を聞いている間から、ずっと難しい表情をしていた。

「まさか、僕の提供した天使降臨の情報から始まったんだね。想像もしていなかった」

「それも縁というやつですよ。お願いできるのは高田様だけなのです。どうでしょう? 良いお返事をいただくことはできませんか?」

 Aがそういうが、高田は首を縦に振らなかった。

「まあ……君達の言うことはわかるよ。僕は独身だし、経済的にも余裕はある。魔術に理解もあるし、魔術を悪用するつもりもない。君達とも知り合いだ――でも」

 高田は言葉を区切ると、苦い顔をした。

「伊武希衣を倒した子がいるってだけでも驚きなのに、その子の能力を取り込んで、さらに強くなってるんでしょ……? そんな子、僕にどうこうできると思う?」

 高田は伊武のことを、最悪の怪物だと思っている。その伊武を倒した子がいて、さらにその能力を手にいれた少女がくるりだ。話の繋がりとしては間違っていない。

 だから、高田はくるりのことを、伊武を超える恐ろしい怪物だと思っている。

 それに気づいた直巳が、慌ててフォローを入れる。

「いや、まだ小さい子だから! すごく可愛くて良い子だよ!? その、こんな言い方あれだけど、伊武みたいな感じではないから!」

「いや……でもさあ……」

「会うだけ! 会うだけあってみて! そうすればわかるから!」

「まあ……会うぐらいならいいけどさあ……襲いかかってきたりしない?」

「しない! 絶対しないから! A! 早く連れてきて! 高田の気が変わらないうちに!」

「はい、すぐに」

 Aはさっさとリビングを出て、2階へ向かってしまった。くるりは高宮家で待たせてある。

 それから少しの間、直巳は何とか高田を安心させようと、くるりはすごい可愛いから、と猛アピールをした。

「可愛いだけならね!? 伊武さんだってアイシャさんだってあれ、見た目は可愛いよ!?」

「そ、それは……」

 直巳は高田の言葉に一切反論できず、気まずい沈黙がリビングを包んだ。

 そして、2階から足音が聞こえてくる。Aがくるりを連れて戻ってきた。

「あ! 来たよ高田!」

「うう……怖いなあ……何かあったら守ってよ……?」

 怯えている高田を尻目に、リビングのドアがゆっくり開いた。

「お待たせしました」

 入ってきたのはAだけに見えるが、よく見るとAの後ろに小さな影が隠れている。

「ほら、くるり様。ご挨拶をしてください」

「うー……はい」

 照れているのか、緊張しているのか。くるりはもじもじとAの後ろから出てきた。

 顔を赤くしながら、真っ直ぐに立って高田のことを見ている。

「え? あんな小さい――え?」

 出てきたのは可愛らしい少女だった。怪物を想像していた高田は、面食らっている。

「ほら、くるり様。あちらが高田様ですよ」

 Aに言われると、くるりは大きく息を吸い込んで、元気良く挨拶した。

「く、くるりです! くるり、バカだけど、お勉強もお手伝いもいっぱいします!」

 そういって、元気良く体を2つに折り曲げてお辞儀をした。

「あ……ああ……高田陽治です。えっと……初めまして、くるりちゃん」

 高田も立ち上がって、同じように頭を下げて自己紹介する。正直、この小さい子を相手に、どうしたらいいのかわからない。

 高田が挨拶して少しすると、くるりがちらっと顔をあげて、高田と目が合った。

 くるりは顔が真っ赤だった。緊張しているのかなと思い、高田は笑顔を向けた。高田は子供が嫌いというわけではない。

 高田が微笑んでくれたのを見ると、くるりは、もうこれで大丈夫、この人は優しい人だと判断した。

 そうなれば、くるりに残っているのは、天性の人懐っこさだけだ。

「ようじにーちゃんだ……へへえ……」

 くるりは少し照れながらも、八重歯を見せてへらっと笑った。

「か……可愛いねえ……」

 くるりスマイルで高田が落ちた。

 それを見た直巳とAが、今だとばかりに高田の両脇に陣取り、これまで、くるりがどれだけの苦労をしてきたかを、とつとつと語りはじめた。

 先ほども大体のことは話したのだが、当事者の少女を見ながら話をされると、かなり効く。

「それでもくるり様は、お友達を守るために逃げずにですね――」

「泥だらけのくるりが、自分達を殺そうとした相手を抱きしめて許して――」

 洗脳のように両耳から入ってくる、くるりの苦労話。しかし、肝心の少女は腐ることもなく、高田の目の前に笑顔で立っている。

「うっ……く、くるりちゃん……き、君って子は……」

 元々、涙もろい高田が号泣しはじめる。普通の人間でも泣くような話だ。高田が耐えられるわけがない。

 そして5分後。高田が完全に落ちた。

「くるりちゃんは僕が育てるよ!」

 おー、と。直巳とAが拍手する。

 くるりは、「ありがとうございます!」と頭を下げた。

 笑顔で。少し、悲しそうな笑顔で。

 すごくありがたい話ではあるけれど、くるりは1人で、高田に家に行くのだ。

 クローバーはいつも一緒。3人で幸せに暮らす。

 その約束は、守れないことになる。

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