表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/41

第三十四章

 直巳の元にやってきたくるりは、直巳とゴウトの顔を交互にみる。

 どちらも殴り合いのせいで、ひどく腫れ上がっていた。

「――ばかっ!」

 くるりが直巳をベチベチと叩く。くるりなりに本気なのだろうが、まったく痛くない。くるりは人の叩き方を知らない。

「く、くるり?」

「ばかっ! ばかっ! なおにーちゃんはばかだ!」

 くるりは直巳をべちべちと叩き続ける。

「くるり、痛いよ! いや、まったく痛くないけど!」

「……なおにーちゃん。ゴウトにーちゃんのこと、離してあげて」

「え? で、でも……」

 直巳が動揺しながらくるりを見ると、くるりは涙を流していた。

「なおにーちゃんを……人殺しにしていいわけないでしょ……それで、くるりが……みんなが喜ぶはずないでしょ……」

 くるりの涙と、その言葉で、直巳の中にうずまいていた毒気はどこかに消えてしまった。

「――ごめん」

 直巳が、ゴウトから手を離す。ゴウトは、そのままゆっくりと地面に膝を付いた。

「へっ……なら、やっぱりくるりが僕を殺すか?」

 ゴウトが言うと、くるりはゴウトをべちっと叩いた。

「ばかっ! くるりはアホだけど、ゴウトにーちゃんはばかだ!」

「いてっ……やめ、やめろくるり! なら、どうするつもりだ!」

 困ったようなゴウトを見ると、くるりはにこりと笑った。

 そして、ゴウトの頭を抱きしめた。

「なっ――くるり――」

 ゴウトが何か言う間もなく、くるりの体がぼんやりと光り出した。くるりは、ゴウトに、「少女贄」を使い始めた。ゴウトの顔から、体から、殴られた腫れが、痛みが引いていく。

「やめろ! やめろくるり!」

 ゴウトは暴れるが、くるりにしっかりと抱きしめられているため、身動きが取れない。

 結局、くるりは、「少女贄」で、ゴウトからすべての傷と痛みを奪ってしまった。

「へへっ……なおにーちゃんのパンチ、痛いね」

 ゴウトから離れたくるりの顔は腫れ、傷だらけになっていた。

「バカ! 何してるんだ!」

 直巳に怒られるが、それでも、くるりは笑う。

「痛みを取るのは得意だから出来たけど、治すまでの魔力がなかったや」

「治す……? くるり、魔力があれば、その怪我を治せるのか?」

「うん。くるり、超回復っていうのがあるから」

「超回復能力――そういうことか」

 直巳は、くるりが自分の傷を奪った時のことを思い出す。あれは深い怪我だったが、その後、くるりは一切、怪我のことを気にしていなかった。超回復能力で治ったのだろう。

「くるり。今から魔力を分けるから、すぐ治せよ」

 直巳はくるりに右腕で触れて、神秘呼吸で魔力を与えた。ゴウトから十分に吸収していたので、溢れるほどの魔力がある。

 くるりは、ゴウトよりも魔力蓄積量が少なかったため、かなりの余裕を残して、魔力を完全に回復することができた。

「おおー……なおにーちゃん……すごいね」

「感心してないで、早く治せ!」

「あ、そっか――うん。すぐ治るよ」

 そう言ってからすぐに、くるりの傷は治り始める。直巳が殴ってつけた傷も痛みも、すべてくるりが溶かしていく。

 10秒ほどで、くるりが奪った傷も痛みも、すべて消えてしまった。派手な怪我ではあるが、しょせんは殴り合いの傷だ。命に関わるようなことでなければ、すぐに治る。

 すっかり傷も痛みなくなったゴウトは、ぼうぜんとした顔でくるりにたずねた。

「くるり……どうして……どうして俺を治した……」

「ゴウトにーちゃん、昔っから痛いの嫌いでしょ。くるりは痛いのへーきだから。ね?」

 そういって、にこりと笑うくるり。

 ゴウトは、くるりの笑顔を黙って見つめていた。

「ん? どしたの? まだ痛い?」

 くるりが、ゴウトの頬に触れた。痛みが残っていれば、自分がそれを引き受けるためだ。

 くるりの笑顔。心配してくれる優しさ。小さな手の柔らかさと温かさ。

 ゴウトの目から、スッと、涙がこぼれた。

「くる……り……僕は……どうして……僕は……お前を……お前達を……」

 とめどなく涙を流すゴウト。それを見て、くるりは困ったような笑顔を浮かべた。

「ゴウトにーちゃん、泣き虫だったんだな」

 くるりは、ゴウトの頭を抱えるように抱きしめた。

 ゴウトはされるがまま、くるりの胸に抱かれ、涙を流し続けた。

「これじゃ、くるりがおねーさんみたいだ」

 くるりは笑いながら、ゴウトを抱きしめる力を強める。

「くるり……ゴウトを許すんだな」

 直巳が言うと、くるりは、「うん」とうなずいた。

「ゴウトにーちゃんはさ。そりゃ、たしかに悪いこといっぱいしたけどさ。かずきおじさんに褒められたかっただけなんだ。あたしに、ユアとカサネしかいなかったみたいに、ゴウトにーちゃんには、おじさんしかいなかったんだ。だから、何でも言うことを聞くしかなくて。ゴウトにーちゃんも……かわいそうなんだ」

 その言葉を聞くと、ゴウトは体をビクッと震わせて、くるりを突き飛ばした。

「くるり!」

 直巳がくるりに駆け寄って、助け起こす。怪我はしてないようだった。

「俺が……かわいそう……だと?」

 ゴウトは焦点の合わない目で、ぶつぶつとつぶやいている。

 これまでのゴウトだったら、くるりの言葉に耳を貸すことはなかっただろう。しかし、ゴウトはくるりに抱きしめられ、心を開いた――開いてしまった。そこに、言葉が刺さったのだ。

「親父……に? そんな……俺が……俺が……そんな……」

「……ゴウトにーちゃん?」

 頭を抱えるゴウトを見て、くるりが心配そうに近付く。

「来るなぁっ!」

 ゴウトが、近寄ってきたくるりを手で制した。

「俺が……親父に利用されていた……? そんな……いや……でも……そうだ……どうして、親父はクローバーの真の力のことを言わなかった……?」

 ゴウトのつぶやきを聞いて、直巳は首をかしげる。

「くるり……クローバーの真の力って、なんだ?」

 直巳がくるりに聞く。

「ああ、それはね――えいっ」

 くるりは天使の腕を発動させて、4本の腕になる。

「くるりが、ユアとカサネの能力をもらったの。今は、「半天使」も、「祝福」も、くるりが持ってるんだ。これが、クローバーの本当の力なんだって――あ、消えちゃった。難しいなあ」

 超回復能力にも驚いたが、今度はユアとカサネの能力をもらったのだという。

「そうか……それで、くるりだけが戦っていたのか……」

 どういう仕組みなのだろうか。くるりの能力には、本人も知らない秘密があるようだ。

 そして、そのくるりの能力のことを、ゴウトは知らされていなかったらしい。

 直巳はうめくゴウトを見る。くるりの優しさに触れた今なら、言葉が届くかもしれない。

 多少、残酷だとは思うが、これはチャンスだろう。

 直巳は、この戦いの筋書きに違和感を覚えていた。違和感には理由がある。特に、この筋書きを書いたのが、用意周到な一樹であるなら、なおさらだ。

「ゴウト――なんで、ここに一樹はこない。なんで、一樹はお前に、クローバーの秘密を言わなかった。なんで、お前1人を危ない目にあわせる」

 直巳は、ゴウトを一樹の呪縛から解放するために、言葉を浴びせ続けた。

「クローバーを呼びつけたのも、この場所を選んだのも一樹だろう。追い詰められたクローバーが、真の力を使うことは、一樹にだって予想できたはずだ」

 ゴウトは何も言わない。だが、話は聞こえているだろう。

 そして直巳は、ゴウトにとっては拳よりも痛い言葉を聞かせた。

「ここで、お前とクローバーが戦う――どちらかが勝って、どちらかが負ける――その時、この場所に残るのはなんだと思う?」

「何が……言いたい……」

 ゴウトは血走った目で直巳を見つめた。

 直巳はゴウトを見つめ返す。残酷な言葉になるだろう。あくまで想像だ。それでも、直巳は自分の考えが間違っているとは思わなかった。

「どっちが勝っても――ここには、「暗殺者クローバー」の死体が残るんだよ」

 くるりが息を呑んだ。直巳が何を言いたいのか、理解したのだろう。

 当然、ゴウトも理解する。だが、あまりにショックだったのか、反応がない。

 それでも直巳は言葉を続けた。ゴウトはわなわなと全身を震わせている。

「一樹にとっては、「暗殺者クローバー」の死体が、くるりだろうが、ゴウトだろうが……どっちでもよかったんじゃないのか? 勝った方は残す、負けた方は生贄……そういうシナリオなんじゃないのか。くるりが勝ったら、全部お前の暴走ということにして呼び戻す。だから、一樹は顔を出さないんじゃないのか?」

 本当に一樹がゴウトのことを可愛がっているのなら、信用しているのなら――この場に来なかったことについては、一樹の安全の問題だと言い訳もできる。だが、クローバーの力を明かして、注意しろと言うことすらしなかったのは何故か。その違和感から始まり、直巳はこの筋書きに辿り着いた。

 直巳の話は推測でしかない――だが、ゴウトは何も反論しない。そうかもしれないと、思ってしまったのだ。ゴウトは、直巳の話を否定できる材料を見つけられなかったのだ。

 ゴウトは顔中から汗を流して、荒い息を吐いている。目は血走っており、正常とは言えなかった。そして、しばらく自分の頭をかきむしると、大声で叫び始めた。

「うあ――うわああああ!!」

 直巳はくるりを背中にかくまうと、発狂したゴウトを注意深く観察していた。

 そしてゴウトはひとしきり暴れると、突然に笑い始めた。

「はは――はは――嘘だ――嘘だ嘘だ嘘だっ!」

 そして、笑い声をあげながら、どこかへと走り去っていった。

 残された直巳とくるり。2人は顔を見合わせる。

「……なおにーちゃん……ゴウトにーちゃん……どうしちゃったの?」

 くるりは心配そうな表情で言う。何が起こったのか、さっぱりわからないようだった。

 ゴウトは、くるりに抱きしめられて心を動かされ、その隙間を直巳にえぐられた。

「呪縛が……解けたのかもな」

「じゅばく?」

「……お父さん以外に、好きな人が出来たってこと」

「へー……ゴウトにーちゃん、かずきおじさんのこと、大好きなんだけどなー……誰のこと好きになったんだろ」

 呑気な顔でそんなことを聞くくるりに、直巳は苦笑した。

 ゴウトは、くるりのことが好きになったんだよ。

 そう教えてやろうかとも思ったが、黙っておくことにした。

「よし。じゃあ、Bを起こして、帰ろうか」

 直巳は、倒れているBの元に行く。

「すー……すー……ぐ……ぐがっ……すぴー」

 雨が降っているというのに、Bは気持ち良さそうに、ぐっすりと眠っていた。なぜか無呼吸症候群の兆候があるが、あんまり触れたくないので考えないことにした。

 直巳はBの頬に右手で触れて、ゴウトから奪った魔力の残りを、すべて注ぎ込んだ。

「ん……んー……お? なお?」

 十分に魔力の満ちたBが目を覚ます。さすが悪魔。これぐらいの寒さや雨で体調を崩すわけでもなく、ずぶ濡れという以外に、おかしなところはなさそうだった。

「おはようB。色々ありがとうな。さ、帰ろう?」

「B!」

 くるりが駆け寄り、Bの手を取る。

「B、助けてくれてありがとう! すごいかっこよかった!」

「おー……くるり……くるり?」

「そう! くるりだよっ!」

 友達の名前を確認するBの覚えの悪さも、くるりは笑って受け流す。

 本当に良い友達が出来たなと、直巳は微笑ましく見守っていた。

 そして直巳は、迎えにきてもらうためにAに電話をした。

「もしもし? 直巳様ですか?」

 Aはすぐに出た。電話越しに雨音は聞こえない。どこかの室内にいるらしい。

「ああ、そうだよ。終わったから、迎えに来てもらいたくて」

「さようで。もちろん、勝ったのですよね?」

「勝ったよ。全員無事。ゴウトは逃げたけど……もう悪さはしない……と、思う」

「逃げた……なるほど。それは何よりでございますね。では、少ししたらそちらに向かいますので、そのままお待ちください」

「え。ここで? このまま?」

「そうですよ。どうせずぶ濡れなのでしょう? もう少しぐらい、変わりませんよ。その格好で、どこかの店に入るわけにもいかないでしょうし」

「……わかったよ。くるりもいるんだから、早く来てくれな」

「ええ、用事が終わればすぐに」

「――なあ、Aの用事って……」

「ゴウトは倒した。くるり様達は助かった――後、残ったのは何か――わかりませんか?」

 直巳は息を呑んだ。そして、それをくるりに気づかれないよう、平静を保った。

「いや――わかった。大人しく待ってるよ」

「はい。それでは」

 Aが電話を切った。

「もう少ししたら、車で迎えに来るから。ここで待ってろってさ」

「うん、わかった」

 素直に返事をするくるりに、直巳は笑顔で返した。

 そして、少しでも雨が避けられる場所まで移動した。

 直巳がハンカチで、濡れたくるりとBを拭いてやる。ハンカチも濡れていたが、それでも直巳は、この子達に何かしてやりたかった。

「ごめんな。家に帰ったら、ちゃんと拭いてやるからな」

 一生懸命に自分を拭いてくれる直巳を見て、くるりは嬉しそうに笑った。

「なおにーちゃんが優しくしてくれるから……くるり、寒くないよ」

「――そっか」

 くるりの真っ直ぐな視線が、直巳にはくすぐったかった。

「それよりもなおにーちゃん。怪我してるでしょう? くるりが取ってあげるね」

 くるりがそういって直巳に触れようとするのを、直巳は手で制した。

「いや、いいんだ。命に関わるような怪我でもないし」

「え……でも……」

 直巳は、腫れ上がった顔で微笑むと、くるりの頭に手を乗せた。

「いいんだよ。これは俺の傷だ。もう、くるりが痛がるのは見たくないしね」

「……うん」

 くるりは顔を真っ赤にして、直巳に撫でられていた。

「ねえ……なおにーちゃん。くるりもね……解けたかも」

「解けた? 何が?」

「……じゅばく」

 そういって、くるりは照れ臭そうに、にへっと笑った。

 直巳はよくわからず、困ったような笑顔を浮かべるだけだった。

 その後、直巳はくるりと、帰ったら何を食べようか、などと呑気な話をしていた。。

 直巳はくるりに不安を与えないように話しを続けながら、Aのことを考えていた。

 ゴウトがいなくなり、少女達を助け――最後に残った歪み。

 さて、A。お前はその歪みを、どうするつもりなんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ