第三十章
カサネが一気に攻め込む。ペース配分など考えずに、とにかく攻めた。
何度も武器を振るい、天使の腕でゴウトを掴もうとする。
お互い、相手を魔力暴走にはできるが、魔力暴走に耐えられるわけではない。
ようするに、先に天使の腕で、相手を掴んだ方の勝ちだ。
カサネはひたすらに攻撃を続ける。武器を持たないゴウトは、ひたすらにそれをかわして、逃げ続けるだけだ。
「どうしたカサネ? そんなことじゃ、俺は倒せないぞ?」
「てめーこそ、逃げ回ってんじゃねーよ! チキン野郎が!」
「そう焦るなよカサネ! これが最後なんだ、ゆっくり楽しもうぜ! ゆっくりな!」
「クッソ……この野郎が……」
カサネはさらに焦って攻撃を続ける。だが、回避に徹しているゴウトには当たらない。
そして、休まずに攻撃を続けていたせいか、息の乱れたカサネに隙ができる。
「ほら、危ないぞ」
ゴウトは、その隙を見逃さずに、天使の腕を伸ばしてカサネに触れようとする。
「くっ――当たるかよ!」
カサネは身を捻り、何とかそれをかわした。
「おお、やるじゃないか。今ので終わりかと思ったよ」
ゴウトは余裕たっぷりで、カサネに拍手を送る。
カサネは少しでも多く酸素を取り込もうと、必死で呼吸をする。
この後も、カサネはゴウトを攻め続けるしかない。肺が破れても、筋肉が切れてもだ。
「どうした、カサネ? 疲れたか? 少し休憩するか?」
あきらかに疲れているカサネを見て、ゴウトはにやにやしながら声をかけた。
「――うるっせえ!」
カサネは再び攻める。ゴウトはかわす。紙一重、などではない。鬼ごっこのように、笑いながら走って逃げた。攻撃をする気は、一切ない。
カサネは焦っていた。あれだけゴウトを挑発したのだから、ゴウトは必死になって、カサネを殺しに来るかと思った。
カサネは、そこを狙って、ゴウトと相討ちになるつもりだった。
しかし、ゴウトは逃げ続ける。冷静に――陰湿に、カサネをいたぶってきている。どこまでも嫌な奴だ。
カサネの動きが鈍くなってきた。くるりとユアの声援も、ぼんやりとしか聞こえない。
ゴウトは、あきらかに鋭さのなくなったカサネの攻撃をよけると、にやりと笑った。
「思ったより頑張るな――おい、コーヒー寄越せ」
ゴウトが手を差し出すと、周りで見ていたヒイラギの構成員の1人缶コーヒーを投げた。冬の外気と雨のせいで冷え切った缶コーヒーを受け取ると、カサネに見せつけた。
「カサネ、喉が渇いただろ? お前も飲むか?」
ゴウトはそういうと、缶コーヒーを開けて半分ほどを飲んだ。
「……なめやがって!」
カサネはそういうが、ゴウトに襲いかかることはなかった。
ゴウトは立ち尽くしたままのカサネを見ると鼻で笑い、残りの缶コーヒーを飲み干した。
「ま、この辺が限界だろうな」
ゴウトが缶コーヒーの空き缶をカサネに向かって投げた。
缶はゆっくりとした放物線を描き、カーンと間抜けな音を立ててカサネの頭に当たった。
カサネは一言うめき声をあげると、地面に膝をついてしまった。
「ははっ! お前を倒すのなんか、空き缶1つで十分なんだよ!」
ゴウトはゲラゲラと笑いながら、カサネに近付いた。
「ほら、くるりに治療でもしてもらえ――よっ!」
ゴウトがカサネの腹を蹴り上げる。
「うがぁ――」
カサネが声にもならない叫びをあげて、くるり達の元へ転がっていった。
「カサネ! しっかりして!」
「カサネちゃん……時間が……」
くるりとユアが駆け寄ってくるが、カサネは何も言わずにうめいているだけだった。
「おいおい、あんまり揺するなよ。今のカサネは、全身の皮膚がめくれたように激痛を感じているはずだ――時間切れ、オーバーヒート。くるりの力を借りなきゃ発動できないような能力が、いつまでも使えるわけないだろ」
ゴウトは余裕の表情で言う。退屈そうですらあった。
ゴウトが攻撃しなかったのは、カサネの時間切れを待つため。カサネが攻め続けたのは、時間切れの前に倒そうとしたため。
逃げるだけのゴウト、倒さなければいけないカサネ。どちらが有利かは言うまでもない。
「ほら、くるり。早くカサネを治して、俺の前に立たせろ。カサネに何度もつらい思いをさせろ。カサネが、もう戦いたくないって言うまで続けてやる」
カサネが、「半天使」の能力発現時の激痛に耐えられず、戦いをあきらめた時。自分の意志で、くるりとユアを見捨てる時。ゴウトは、その時を待っている。カサネの心が折れて、クローバーが崩壊する、その瞬間を。
「へっ……ちょっと待ってろや……痛みが取れたら……今度はぶっ殺してやっからよ……」
カサネは痛みをこらえながら、ゴウトに悪態をついた。
まだ、カサネの心は折れていない。
ゴウトはそれを見ると、不愉快そうに舌打ちをした。
「そうかそうか……なら、今度はくるり達も狙わせてもらおうか。そいつらを守りながら、俺を倒せるか……楽しみだな」
ゴウトは懐から拳銃を取り出すと、それをもてあそび始めた。
「次は、これも使うか。さて、カサネはどうやってくるり達を守るのかなぁ?」
「ちっ……どこまでも……きたねえやつだ……」
ゴウトに近付けば、くるり達が狙われる。ゴウトから離れれば、一方的に撃たれる。
自分では守れない――ゴウトには勝てない――それがカサネの結論だった。
「ユア……くるり……あたしの手を握れ……」
カサネが囁き、倒れたまま、2人の手を取る。まだ激痛が抜けていないのか、それだけでもカサネはつらそうだった。
「カサネ! 今、治してやるからな!」
「駄目だ……待て、くるり……」
カサネは、「少女贄」で治療しようとする、くるりを止めた。そして、もう片方の手を繋いでいるユアに話しかける。
「ユア……あれ、やるぞ……いいな?」
カサネの言葉を聞くと、ユアは悲しそうに目をうつむいた。そして、少しの間を置いてから顔をあげて、はっきりと答えた。
「――わかった。もう、しょうがないよね」
ユアとカサネはうなずきあう。
「2人とも……あれって何? 何の話してるの?」
わかっていないくるりが、不安そうに2人を見る。
ユアはくるりの手を取ると、笑顔で言った。
「クローバーの本当の力を使うの。そうすれば、ゴウトさんにも勝てる。みんな助かる」
「本当の……力? 何それ……? くるり、そんなの知らないよ? でも、みんな助かるのなら、くるりやるよ!」
「できれば、使いたくなかったけどな……くるり、お前の力はなんだ? どんな能力だ?」
「あたしの力は、「少女贄」で……人の痛みや傷を奪う能力……カサネも知ってるでしょ?」
くるりが答えると、カサネは首を横に振った。
「それじゃ、半分なんだよ――いいか、くるり。あたしとユアから――」
その時、パンという音がした。ゴウトが空に向かって発砲したのだ。
「おい、早くしろよ。あんまり時間稼ぎしてると、次は当てるぞ」
治療をしない3人に向かって、ゴウトが発砲したのだ。
「――時間がない。くるり! いいから、あたしとユアから、「少女贄」ですべてを奪え!」
「えっ……どういう……」
「くるりちゃん、いいから! 早く!」
ユアとカサネが、くるりの手を強く握った。
「わ、わかった……よし、いくぞ――」
くるりの手がぼんやりと輝き、「少女贄」が発動する。カサネの痛みを奪い、くるりは顔をしかめる。そして、痛みを奪い終わって――いつもなら、ここまでだ。
「くるり! まだだ! 全部奪うつもりでやれ! 何もかもだ!」
「わ、わかった!」
くるりがさらに、「少女贄」を使う。もう、彼女達から奪える痛みも傷もない。それでも、くるりは力を込めて、カサネの言うとおりにすべてを奪おうとした。
「――ええい!」
くるりが力を込めると、くるりの手は、一際強く輝きを放った。ユアとカサネから、くるりに流れ込んでくるものがある。
「――きたな、ユア」
「ええ。成功ね」
カサネとユアは顔を見合わせて笑った。
「何――何が起きてるの?」
不安そうに2人の顔を見る、くるり。ユアは微笑みながら言った。
「――くるりちゃん、ごめんね。1つだけ嘘をついたわ」
「嘘……?」
「ええ――みんな助かるっていうの――あれ、嘘なの――だから、今度こそ、くるりちゃん1人で逃げて……ね」
「ユア……待って! どういうこと! ねえ、カサネ!」
くるりが手を離そうとするが、カサネもユアも、くるりの手を強く握り、離さなかった。
「くるり……おめー、いつまでも泣いてんじゃねーよ……これからは、1人で生きてかなくちゃならないんだからよ……ま、これから苦労するかもしれねー……頑張れよ」
カサネはそういうと、意識を失った。
「くるりちゃん。知らない人についていっちゃ駄目よ。ちゃんと、ご飯食べて……ね」
続いて、ユアも意識を失った。
それでも、2人ともくるりから手は離さなかった。
「ユア……カサネ……」
くるりの手から光が消えた。すべて終わったのだ。
クローバーの本当の力――本当の姿――それが何か、くるりは理解していた。
ユアとカサネが、自分に残してくれたもの。
これまで、くるりのためにわざと渡さなかったもの。
くるりは、気絶した2人をゆっくりと地面に寝かせると、カサネの持っていた武器を拾い上げて、ゴウトの方へと一歩歩いた。
「――何してんだ、お前?」
カサネどころか、ユアまでもが気絶して、前に出てきたのはくるり。ゴウトは何が起こっているのかわからず、怪訝な表情をする。
くるりは袖で涙をぬぐうと、ゴウトの方を向いて、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
「クローバーはいつも一緒! 生きるときも一緒! 死ぬ時もだ!」
くるりは、倒れているユアとカサネをちらりと見る。
2人は逃げろと言ったが、くるりにそのつもりはなかった。クローバーはいつも一緒。
「私は――私達はクローバー! クローバーは絶対に負けない! 負けないんだ!」
くるりがそう叫ぶと、両腕の下から服を突き破って、天使の腕が出現した。ユアやゴウトと違い、しっかりと目に見えている。実体化するぐらいに強力だということだ。
くるりからは、4本の腕が生えていた――まるで、四つ葉のクローバーのように。




