第二十八章
学校が終わった後、直巳は珍しく寄り道をしていた。Aの言うとおりに行動するのは気に入らないが、たしかに気晴らしはしたかったし、すぐに家に帰る気にもなれなかった。
直巳は雨の中、1人で街をうろつく。久しぶりにハンバーガーを食べて、これまた久しぶりにゲームセンターに寄ってみた。特にやりたいようなゲームもなかったので、見て回るだけだったが。後は本屋に寄ってマンガの新刊をチェックして――それ以上、暇つぶしは思いつかなかった。
みんなはこういう時、どうやって時間をつぶしているのだろうか――直巳はそう考えた自分がおかしくなり、苦笑する。他の高校生は時間をつぶす、などとは思っていないだろう。きっと、遊びたくて時間が足りないのだろうと思う。
そういえば、ハンバーガーショップにもゲーセンにも学生がいて、みんな友達と一緒にいた。1人でうろうろしていたのは、直巳だけだ。
きっと、それが答えなのだろう。暇な時は友達と遊ぶ。で、直巳にはそれができないというだけの話だ。
結局、直巳はいつもより、1時間ちょっと遅くなっただけで帰宅した。
玄関を開けると、布でくるまれた大きなものが転がっていた。雨に濡れているので、部屋に持ち込めず、玄関に置いてあるのだろう。
一体、何だろうと、それ見つめながら傘をたたんでいると、Aが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。濡れているようであれば、すぐにお着替えを」
Aは慣れた手付きで直巳のコートを脱がせて、カバンを預かる。直巳は何も言わず、されるがままになっていた。
「ああ、そういえば――直巳様宛てに、お荷物が届いておりますよ」
Aはそういって、玄関に転がっている、布でくるまれた何かを指さす。
あの謎の物体は、自分への届け物らしい。
「あの布でくるまれたやつ? あれは何?」
「さあ? ついていたお手紙が直巳様宛てだったので、中身は見ておりません」
そういうと、Aは懐から1枚の手紙を取り出して、直巳に渡した。濡れていたものをかわかしたせいで、しわしわになっている。
直巳が手紙を受け取ると、Aはコートとカバンを持って、リビングへと戻っていった。
「俺に……手紙と荷物?」
直巳は何がなんだかわからないまま、玄関に転がる何かと、手紙を交互に見た。手紙と言っても、切ったスケッチブックを折りたたんであるだけだ。まるで、子供が友達に送る手紙のような――そして、直巳は手紙の表に書いてある文字を読んで、誰からの手紙か理解した。
手紙の表には、つたない字で、「なおにーちゃんへ」と書いてあった。
「――くるり!?」
直巳のことをそう呼ぶのは、くるりだけだ。
直巳は急いで手紙を開くと、ひらがなだけで書いてある文章を読んだ。
びー なおにーちゃん いぶねーちゃん えーねーちゃん
くるりです。ごめんなさいしたかったからおてがみをかきました。じがとくいじゃなくてきたないのもごめんなさい。
びーのことがだいすきです。かさねがつきとばしてごめんなさい。いっしょにあそんですごくたのしかったです。
なおにーちゃんもだいすきです。あそんでくれてうれしかったです。かたぐるましてくれてうれしかったです。
いぶねーちゃんはすこしこわいけどだいすきです。おむらいすもはんばーぐもいちばんおいしかったです。またたべたかったです。
えーねーちゃんはよつばのくろーばーをくれてありがとう。くるりはみんなにあえてこううんになれたからこれはかえします。えーねーちゃんもこううんになってください。
それじゃあさようなら。あってごめんなさいできなくてごめんなさい
てんしいがいもかえします。かさねちゃんがとってごめんなさい
た――
最後の2行は、無理矢理詰めて書いてある。後から付け足したのだろう。
そして、最後の行には、「た」とだけ書いてあり、その後は塗りつぶされていた。
そして、手紙にはAのあげた四つ葉のクローバーがはさまっていた。
「A! きてくれ! A!」
直巳が玄関から叫ぶと、リビングからAが戻ってきた。
「はい。なんでしょう?」
「これ、どこに置いてあった! いつごろ届いた!」
「高宮邸の前に置いてありました。恐らく、夕方以降だとは思いますが」
「夕方……クソっ!」
直巳は、意味もなく時間をつぶしていた自分を責めた。もし、早く帰っていれば、くるりに会えたかもしれないのに。
黙って天使遺骸を返してきて、この手紙だ。くるりの独断であることは間違いないだろう。どうして、くるりが独断で行動したか――きっと、そうするしかなかったのだ。ユアとカサネは、くるりのそばにはいないのだ。
何があったか――決して、良いことではないだろう。そんな時にくるりは、何も言わずに天使遺骸と手紙を置いて帰ったのだ。ありがとうと、ごめんなさいしか書いていない手紙を。
こんな状況で、くるりはどうして、こんなことをしたのだろうか。
手紙も荷物も、びしょ濡れになっている。くるりは、傘も差していなかったのだろう。
そんな必死になってまで、ただ謝るために、天使遺骸を返すために――。
「……そんなわけないだろ」
くるりは他に言いたいことがあったはずなのだ。でも、言えなかったのだ。
自分は直巳達に悪いことをしたから。Bを突き飛ばしてしまったから。そんなことを言う権利はないのだと思ったから。
直巳が手紙を握り潰す。Aは冷ややかな目で見ていた。
「A……これ、くるりからの手紙だったよ」
「さようで」
Aはなんの感情もない声で、そう答えた。
直巳は苛立ちを押し殺しながら、Aにたずねた。
「ヒイラギに……何か動きはなかったか?」
もしかしたら、それでくるり達に何があったのか、わかるかもしれない。
Aは肩をすくめると、仕方なくと言った様子で話し始めた。
「ヒイラギはつい先ほど――クローバー抹殺の依頼を打ち切りました。自分達で解決したそうです」
直巳の腹から頭の先に、ゾッとした悪寒が走る。
もう、依頼を出す必要はない。自分達で解決をした――それはつまり、クローバーの抹殺が完了したということなのか。
いや――落ち着け。少なくとも、くるりはまだ無事なはずだ。ユアとカサネだって、まだ捕獲しただけで、殺されてはいないかもしれない。
直巳は、握りしめていたくるりからの手紙に、再度、目を通す。
汚い、ひらがなだけの手紙。ごめんなさいばかりの手紙。
そして、最後の1行。消された言葉。
「A。ここ、見てみろよ。なんて書いてあったと思う?」
直巳がAの顔に手紙を押しつけるようにして、無理矢理に見せる。
Aはしぶしぶながら手紙を読む。
「まあ、天使遺骸を奪ったことに対する謝罪の手紙でしょう」
「とぼけるな。お前が気づかないわけないだろう」
直巳は、最後の塗りつぶされた箇所を指差して、Aに読ませた。
「消されていますが、なんでしょうね? ただ、間違えたから消しただけでは?」
Aは興味なさそうに言って、顔の前から手紙をはらいのけるようにどかした。
直巳はAの態度に怒りを抑えきれず、手紙の塗りつぶされた部分を指さして叫んだ。
「――たすけてって、言いたかったんだろ!」
手紙に書いて、塗りつぶした言葉――それはきっと、「たすけて」だ。
くるりは、直巳のところに助けを求めにきたのだ。ユアとカサネを助けてと、言いたかったはずで、言えなかったのだ。自分達が直巳に悪いことをしたから、ごめんなさいとありがとうしか言えなかったのだ。
「ユアとカサネは、ヒイラギに捕まったんだろう……依頼が打ち切られてるのなら、それは間違いないと思う」
「そうかもしれませんね」
「だから、くるりは俺達に助けを求めに来たんだ……他に、助けてくれる人がいないから……」
「――それで?」
震えながら言う直巳を、Aは冷ややかな目で見ていた。
「終わった話の続きを想像して、私に聞かせて……それで、どうしようと言うのです?」
「……本当に、そう思っているのか?」
「ええ。それ以外の感想は、特にありませんが」
態度の変わらないAを見て、直巳はあきらめたように小さく笑った。
Aに何を言っても無駄だ――これは、そういう生き物なのだ。期待する方が間違っている。
直巳は天使遺骸を拾い上げると、靴を脱いで2階へ向かおうとする。
「――どちらへ?」
直巳の前に、Aが立ちふさがった。
「まさか、アイシャ様にご用では、ありませんよね?」
「どけよ」
「どきません。どうか、冷静になってください」
「冷静になっても、俺の答えは変わらない」
Aはバカにするように、大きな溜め息を吐いた。
「――アイシャ様に直接断られる方がつらいですよ。ここで黙って引き下がりなさい。目を閉じて、耳を塞ぎなさい。余計な傷も痛みも、あなたが受ける必要はないのですから」
アイシャと同じ台詞。知るな、見るな、聞くな。何も知らない方がいい。どうにもならない悲しみを知れば、心に消えない傷ができる。消えない傷が生み出すのは、消えない痛みだ。
「傷に――痛みか――」
くるり達は道具として育てられ、身代わりの犯人にされ、反天使同盟に追われ、天使教会からも追われることになった――何一つ、自分達が望んだことではない。
大人達の都合で、彼女達は流され続けただけだ。
そして今、彼女達の物語は、ひっそりと結末を迎えようとしている――悲しい結末で。
傷だらけの少女達。幸運なんてどこにもない、痛みのクローバー。
直巳はAの手を取ると、四つ葉のクローバーを握らせた。
「俺の痛みも、あの子達の痛みも止める方法があるんだよ」
そういうと、直巳はAを押しのけて、2階にあるアイシャの部屋へと向かっていった。
Aは四つ葉のクローバーをくるくると回しながら、直巳の背中を見送った。
「さて……Bはどこにいましたかね」
Aはそういうと、家のどこかにいるであろう、Bを探すことにした。
Bを見つけたら、車もまわしておいた方がいいだろう。
これでも一応、執事なのだから。どんな時でも、足ぐらいにはなってやるべきだ。
その前に、Aには連絡を取るべき人間がいる。
Aは携帯電話を取り出すと、誰かと話しを始めた。
直巳は椿家の2階、アイシャの部屋へと向かった。
扉をノックすると、中から、「どうぞ」と、アイシャの声がした。
直巳が部屋の扉を開ける。アイシャはベッドに腰掛けて、窓から雨を眺めていた。
「よく降る雨ね。でも、不思議。雨音だけは、ずっと聞いていても飽きないわ」
「アイシャ、話がある」
「聞くだけならね――どうぞ」
アイシャは、やっぱり来たか、と言わんばかりに、あきれた口調で言った。窓の外を見たまま、直巳のことを見ようともせずに。
直巳は手紙を強く握りしめて、アイシャに向かってはっきりと言った。
「俺は、くるり達を助けに行く」
「駄目よ」
即答だった。直巳が何を言うか、わかっていたから、考える必要もなかった。
「それは終わった話だって言ったでしょう。続きはないのよ。あれでおしまい」
「そうすることもできる――そうしないこともできる」
直巳は伊武の言葉を思い出す――要約すると、伊武はきっと、こう言いたかったのだ。
「誰が何を言おうと、椿君の好きにすればいい」と。
引き下がらない直巳に向かって、アイシャはさらに言葉を続けた。
「あの子達を見捨ててもね。あなたが失うものは何もないの。そして、助けたとしても、あなたが得るものは何もないの」
失うものは何もない――本当か?
得るものは何もない――本当か?
直巳が感じている痛み。くるり達の受けている痛み。何もないなどと、言えるわけがない。
直巳は首を横に振ると、微笑すら浮かべながらアイシャに言った。
「そんなわけ、ないだろ」
アイシャは、直巳の雰囲気が変わっていることに気が付いた。先日、アイシャに言いくるめられて黙っていた直巳とは、何かが違う。
だから、男の子はやりにくい。少し目を離すと、すぐにこれだ。
それでもアイシャは首を縦に振らず、直巳への説得を続けようとした。
「なら、あなたはこれからも、関係の無い人を助け続けて――」
「俺はアイシャが捕まっても助けにいく」
アイシャが思わず、直巳の方を見る。
「――何よそれ」
「たとえアイシャが、すべての力を失って、普通の女の子になって。つばめ姉さんを助ける力もなくなって、誰かに捕まったとしたら――俺は、アイシャを助けに行く」
直巳は、アイシャの目をしっかりと見ていた。
アイシャは、直巳が持っているくしゃくしゃの手紙を見て、小さく笑った。
「好きにしなさい。あなたの気持ちだって、わからないわけじゃないもの」
「なら……!」
「でも、私は手伝わない――私の気持ちも、わかって欲しいわ」
時に非情な決断をする必要がある。他人を見捨てて罪を背負ってでも、仲間を守る選択をする必要がある。アイシャは自分がその役目を引き受けるのだと、心に強く決めている。
直巳にも、アイシャの言いたいことはわかる。今回だけとか、知り合いだからとか。判断にそういった揺らぎを入れてはいけないのだろうということも。
だから直巳は、くるりの置いていった天使遺骸をアイシャに差し出して言った。
「依頼ならいいだろう――可能な限りでいい。力を貸してくれ」
「それ、元々まれーが盗まれたやつじゃない。最初から、私達のものだわ」
「アイシャは、この天使遺骸は無くなったことにすると言ったよな。だから、これは俺が新しく手に入れたものだ。くるりから受け取って」
アイシャは小さく溜め息を付く。仕方ないな、というように笑う。
「相変わらず屁理屈ね……ま、いいわ。天使遺骸1本――それなら、Bを貸しましょうか。十分でしょう?」
くるりを助けに行くとしたら、連れていくのはBしかいない。
バカで鈍くて、可愛いだけで――くるり達の友達の、Bしかいない。
「ああ、Bなら助かる。こちらからお願いしようと思ってたぐらいだ」
「そう。なら、後はBを連れてって、好きにしてちょうだい」
だが、直巳は部屋を出ていこうとしなかった。
アイシャに近寄り、彼女の前に立つと、しっかりと頭を下げた。
「アイシャにも、力を貸して欲しい――一緒に来てくれとは言わないから」
「今度は、何を思いついたのかしら? ま、いいわ。出来ることならね」
「ありがとう。後で連絡するから、電話だけ持っておいてくれ」
「電話? 電話に出ればいいの? それだけ?」
「ああ、それだけでいい」
そういうと、直巳は天使遺骸をアイシャに渡した。
アイシャはそれを受け取らずに、直巳の腕を掴んだ。
そして、そのまま直巳の腕を強く引き、ベッドに押し倒す。
「直巳、約束よ」
アイシャは馬乗りになり、直巳の顔を覗き込みながら言った。
「私が危ない時には、今みたいに一生懸命になって、助けに来てね」
直巳は真面目な表情でアイシャの頬に触れた。
「アイシャが危なかったら、俺はこんなもんじゃないさ」
アイシャは直巳の手を掴んで自分の頬を押しつけると、クスクスと笑った。
「言うじゃない――いいわ、今回は口説かれてあげる」
アイシャは直巳から離れると、部屋に置いてあった、ソロモンの壷を指さした。あの壷には、まだ多くのソロモンの悪魔が眠っている。直巳が魔力を注ぎこむことにより、悪魔達を復活させることができるし、すでに復活している悪魔が、壷の魔力を使うこともできる。
「その天使遺骸、魔力にして壷にいれておいてちょうだい。Bが少しぐらい使っても文句は言わないわ」
「わかった。感謝するよ、アイシャ」
そういうと、アイシャは直巳から離れて部屋を出ていってしまった。
Bを貸してくれた。魔力まで使って良いという。直巳は心の中でアイシャに礼を言うと、天使遺骸を取り出し、神秘呼吸で魔力を吸い出して、すべてソロモンの壷の中にいれた。
直巳が下へ降りると、伊武が立っていた。もう、戦闘服を着ている。
「椿君……私も……行っても……いい? その……あんまり戦えない……けど……」
「頼む。戦わなくても、伊武が来てくれると心強い」
直巳が頭を下げる――戦わなくてもいい――それでも来て欲しいという――伊武はもう、絶頂すら迎えそうになっていた。
「何でも……するから……ね?」
伊武は必要であれば、自分の体がどうなっても全力で戦うつもりだった。魔力だってアブエルだって使う。誰だって、何人だって殺す。自分が死ぬ必要があるなら死ぬ。それをとまどうほど、伊武の理性はしっかりしていない。
「それじゃ、後はBだ。伊武、どこにいるかわかるか?」
「……さっき、Aに連れられて……外に出て行った……はず」
「外? まいったな……近くにいると良いんだけど」
直巳と伊武がBを探そうと玄関から外に出たところで、どこから来たのか、カイムが直巳の肩にとまった。
「カイム? どうした?」
「どうしたじゃないでしょう。そんなやる気になってるのはいいですけどね。くるりちゃん、どこに行ったかわかってるんですか? 聞き込みとか捜査とかしらみ潰しなんてしてる時間はないでしょう? まったくもう、直巳はもう。本当にまったくもう」
「……何が言いたいんだ?」
「くるりちゃんがどこへ向かったか、僕が案内しますよ。追ってましたから」
アイシャは、高宮邸の前にくるりが来た後、カイムを呼びだして、後を追わせた。カイムはくるりがどこへ向かったのか、しっかりと突き止めている。だが、アイシャの指示で、ということは黙っていた。それは直巳に言うなと、アイシャにきつく言われていたから。
「本当か! ありがとう、カイム! 今度、何でも買ってやるからな!」
「ま、当然ですね。それじゃ、いきましょう――うわっ!」
カイムの指示した方向へ行こうとすると、今度は1台の車が直巳の前で、乱暴に停車した。
「ゴリラとツグミを連れて、変わった鬼退治ですね。もう一匹ぐらい欲しいところですが」
窓から顔を出したのはAだった。
「送りますよ。私も用事があるので、送るだけですが」
「――助かる。でも、待ってくれ。Bを連れてこないと」
「Bなら後ろに積んでますよ」
そう言われて直巳が後部座席を見ると、Bがちょこんと座っていた。
直巳は後部座席のドアを開けて、Bに話しかけた。
「B――くるり達に会いに行こう」
「おー……くるり……いく」
Bはこくこくとうなずいた。どこまでわかっているかは怪しいが――。
「びー……くるり……まもる」
大事なことは、覚えていた。
直巳達が車に乗り込むと、すぐにAが発進させる。
カイムがAの肩にとまり、口うるさく方向を指示した。
「ええと、ここを真っ直ぐいって、大きなお店が見えたら左に曲がってください。大きなお店って言っても、飲食店じゃなくてお店です。飲食店だったらちゃんと飲食店って言いますからね僕は。ええと、あれはドラッグストアっていうんですか? あれ? コンビニだったかな? ああ、そうだ思い出した。たしか、店頭にティッシュペーパーが積んであったからあれはドラッグストアです。こう、花柄の模様が付いたティッシュペーパーが表に積んであるドラッグストアが見えたら左です。ティッシュペーパーの箱って大体花柄なんですが、小さな花がたくさんついているような感じですよ。花柄、柄ですからね。大きな花じゃないです。ニュアンスでわかるでしょう? いいですか? 花柄の模様がついたティッシュペーパーの箱が表につんであるドラッグストアが見えたら左です」
カイムが話している間に、そのドラッグストアは遙か後方に遠ざかっていた。
「カイム。いいから目的地を言いなさい。それ以外のことは、一切話さないように」
Aは相当いらつきながら、カイムに目的地を吐かせた。カイムの話を聞いていても、それがどこなのか、直巳にはまったくわからなかったのだが、Aがたくみに重要な目印を聞き出し、目的地の場所を割り出し、カーナビに位置を入力した。
「地図で見ると、広い空き地のようですが……何の場所かはわかりませんね」
「どれくらいで到着する?」
「飛ばし続ければ、1時間はかからないでしょう。安全運転とはいきませんが」
「それでいい。急いでくれ」
「言われなくても。私にも用事がありますからね――うん、上手い具合に近い――ま、近くても、おかしなことはないですかね」
「Aの用事って……なんなんだ?」
Aは車に乗る時にも、用事があると言っていた。
今は他に動いている件はなかったはずだ。一体何をするつもりなのだろう。
「どうせ動くならね。稼がないと割に合わないんですよ」
Aはそれ以上のことは言わず、口元をゆがめて笑うだけだった。




