第二十一章
翌日の午後。直巳が休み時間に携帯を見ると、メールの着信があった。
発信者はAで、内容は、「くるり様達は来ています」と、言うものだった。
直巳は、ほっとして携帯を閉じる。もしかしたら、正体のばれたくるり達は、あのまま姿を消してしまうのではないかと思っていたのだ。
直巳が嬉しそうな顔で携帯をポケットにしまうと、隣の若林に声をかけられた。
「何ー? にやにやしちゃって。女の子から?」
「ま、女の子絡みかな」
くるり達のことなので、嘘ではない。直巳が冗談っぽく言うと、若林は、「げー」と言いながら、引いた仕草をする。もちろん、これも冗談だ。
「きっとまた、別の女の子なんだ。やだねー、遊び人は。今度はどんな子なんだろうねー」
直巳は、くるりやユアのことを詳細に説明してやろうかと思ったが、今度は冗談ではなく引かれそうなのでやめておいた。さすがに、ロリコンの称号を背負うのはつらい。
直巳が乾いた笑いで誤魔化すと、若林もそれ以上は追求してこなかった。
それから、2人で冗談を言い合って休み時間を過ごす。途中、他のクラスメイトが入ってきて、若林を中心として話が盛り上がった。直巳は少し離れて、その様子を見守る。
若林は、よく喋り、よく笑っていた。学校を休む前と同じように。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、クラスメイト達は自分の席に戻っていく。
直巳が次の授業の準備をしていると、若林が体を寄せてきて、小声で話しかけてきた。
「ねえ、椿……お父さん、治ったんだ」
「――え!? そうなの!? よかったじゃん!」
直巳が白々しく驚く。普通は治るようなものではないので、もっと大げさに驚いても良さそうなものだが。
若林は小さくうなずくと、直巳をジッと見つめながら言った。
「椿……ありがとうね」
照れ臭そうに笑う若林。クラスメイト達に向ける笑顔とは違う、初めて見る表情だった。
「そんな。俺は何もしてないよ」
直巳の返答に、若林は何か言いたそうな顔をしたけど。
「――話、聞いてくれたじゃん。私、あれですごく助かったんだよ」
結局、それだけを言って、若林は直巳から離れた。
それから、すぐに先生が教室に入ってきて、授業が始まる。
この後、若林が直巳に何か言ってくることはなかった。
まあ、以前より、若林が直巳に馴れ馴れしくなったから注意しないとな、と――今度は若林本人が怪我をして学校を休むことになったら大変だし、と――その様子をずっと見ていた伊武は思った。
それから数日の間。くるり達はいつもどおり白詰草の草原にきて、夕方までBと遊んで、直巳が迎えにいって――ユアの態度は少し、ぎこちなかったけど――これまでどおりの時間を過ごしていた。
ある日の夕方、2人だけで生活しているのも大変だろうと、直巳と伊武が、くるり達に夕食を作ってやったことがある。アイシャには内緒で、2人を高宮邸に招いた。
Aに協力を依頼すると、「は? どうして、私がそんなことを?」と、ごねていたが、伊武がちょっと、「お願い」をすると、笑顔で給仕をしてくれた。
くるりはオムライスを食べたことがないという。他にも、ハンバーグやエビフライに憧れているようだったので、直巳は伊武と2人で、これでもかというぐらいに、それらの料理を作ってやった。
くるりは目を輝かせながら、「世界一おいしい!」と言って、喜んで食べてくれた。
あまりにも量が多かったため、(伊武は腕力に任せて、オムライスを米4合分作った)残りはタッパにいれて持ち帰らせると、ユアは何度も何度もお礼を言って、頭を下げていた。
楽しい時間は過ぎていく――この先どうなるのかなんて、誰も口には出さないままで。
こんな時間が長く続くはずないと、みんなわかっていたのかもしれない。




