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第一章

 伊武希衣(イブ マレイ)が地面に倒れる。血は一滴も流れていない。殴られてもいない。何かをされたのだが、それが何なのか、まったくわからない。ただ、伊武は両方の脇腹から広がる痛みや苦しみ――理解のできない感覚に襲われ、動けなくなっていた。

 襲撃者は伊武の持っていた天使遺骸を悠々と奪い、逃げていく。

 離れた場所で、伊武の乗ってきたバイクが燃えている。

 襲撃者は逃げる際、炎上するバイクの横を一瞬、通り過ぎた。

 炎に照らされた一瞬、襲撃者のシルエットが浮かび上がる。

 顔まで隠した黒ずくめの格好。小さな背丈。そして、揺れる長い黒髪。

 それらを目に焼き付けたところで、伊武は気を失った。



 話は前日にさかのぼる。

 伊武の過去を知る魔術具作成者(クリエイター)のHgを倒してから、1週間が経過した。

 「椿(ツバキ) 直巳(ナオミ)」は、「いつもと違って」誰かと争うでもなく、平和な日常を過ごしていた。

 Hgの作った、「双頭の孔雀」という魔術具により、直巳の姉である、「椿つばめ」の容態も安定している。

 このまま穏やかな日常を過ごしたいところではあるが、そういうわけにもいかない。

 直巳達には、日常を満喫するよりも、やるべきことがあるからだ。

「ようするに、どうやって魔力を集めるかって話よ」

 リビングに集まった一同に向かって、金髪の美少女、「高宮アイシャ」が強い口調で言った。アイシャは見た目こそ美少女なのだが、3000年以上生きている不老不死の少女であり、ソロモンの悪魔達の主でもある。

 直巳達の当面の目的は、「魔力を集めて悪魔達を復活させる」ということになっている。

 これはそもそも、アイシャの目的なのだが、直巳の目的にも一致するのだと彼女は言う。

 アイシャの目的――魔力を集めて、ソロモンの悪魔達をすべて復活させる。

 直巳の目的――「天使の奇跡」により、下半身が石膏化した姉のつばめを完全に治療する。

 一見関係ないように思えるが、悪魔達を復活させていけば戦力は充実する。魔力集めや、つばめの治療方法の捜索も加速する、というのがアイシャの言い分だ。

 そして何より、また、「何か」と戦うことになった時、戦力は少しでも多い方がいい。どこかの勢力に襲われて、負けてしまえばそれまで。つばめの治療も何もあったものではない。まあ、襲われるだけじゃなくて、こちらから襲うこともあるとは思うのだが。

 これについて、直巳も特に異論はない。アイシャに上手く利用されている気もするが、直巳には他に方法も思いつかないし、少しずつでも前には進めるだろう。

 それに、今の戦力を維持するのにも、つばめの症状を抑えるためにも魔力がいる。魔力がなければ、目的を果たす以前に、現状維持すらできない。

 結局はアイシャが言うように、どうやって魔力を集めるか、という話に収束する。

 直巳も魔力を集める方法については色々考えていたのだが、アイシャよりも魔術や、その世界に疎いため、特に良い案は思いついていなかった。

「天使狩りで……いいんじゃ……ない……かな」

 ボソボソと、感情の薄い声で言うのは、「伊武(イブ) 希衣(マレイ)」だ。180センチを超える大柄な伊武は戦闘能力が高い。特に、降臨した天使を狩る、「天使狩り」には絶対の自信を持っていた。切り落とした天使の両腕、「天使遺骸」は魔力の塊なので、魔力集めの効率は素晴らしく良い。

「ですが、天使はそう簡単に降臨しませんし、強制的に降臨させる、「嘆きの涙」は、最近ほとんど手に入っていません。ですから、他の方法を考えた方がよろしいかと」

 アイシャに仕える眼帯の女執事、「高宮A」が、伊武の意見に対して、そっと注意を入れた。

 伊武はAの言葉を無視して、じっと宙を見つめているだけだった。この2人は、戦いや緊急事態の際には、きっちりと連携も取るのだが、普段はこのように仲が悪い。悪いというか、不必要に絡んでくるAを、伊武は鬱陶しく思っている。

 伊武は何も言い返さないので、沈黙が続く。場の空気が悪くなってきたので、直巳はフォローを入れることにした。ここにいる者達は、空気が悪くてもまったく気にしない人達なので、直巳がやるしかない。

「ま、まあ、たしかに天使狩りが一番良いんだけどさ。天使狩り以外の方法も見つけないと。「嘆きの涙」は簡単に手に入らないし、派手に天使狩りをすれば、天使教会にも目を付けられる。リスクは分散した方がいいから」

 直巳が言うと、アイシャは呆れたように溜め息をついた。

「そう。それを言っているわけよ。天使狩り以外の方法を考えるために、わざわざ集まって話をしてるわけ? わかる? ねえ? 天使狩りのまれーちゃんさあ?」

 アイシャは苛立ちながら、隣りに座っているメイドの少女、「高宮B」の頭を、丸めた新聞紙でパンパンと殴る。Bは殴られてもボーっとしているだけで、特にリアクションはない。

「……お?」

「ハムよりバカなメイド」であるBは、何も無い空中をじっと見つめていた。手にはめている猫とカエルの人形の目も、Bと同じところを見つめている。おそらく、Bにしか見えない蝶々でも追っかけているのだろう。いつものことなので全員放っておく。Bの行動は常人にも、異常な人達にも理解できないので、基本、放っておくのが一番良い。

「そういう……アイシャは……何か……ある……の?」

 名指しで叱られた伊武が、若干、不機嫌になりながらたずねると、アイシャは薄い胸を張って自慢げに話を始めた。

「もちろん、あるわよ。あなた達と一緒にしないでもらえる?」

「ふうん……そう……」

 伊武、これを流す。いや、それを突っ込んで聞こうよと思いながら、直巳が口を開いた。

「へ、へえ。アイシャが思いついた方法っていうのは、どういうの?」

 直巳がたずねると、アイシャは自信ありげに話し始めた。

「前に、HgやPORと戦った時に思いついたんだけどね。魔術具の回収をするのよ。魔術具は魔力を持ってるでしょ? それを集めて魔力を抜くの。塵も積もれば、ってやつ? ものによっては、すごい魔力を蓄えてる魔術具もあるしね。天使降臨みたいに、偶然に頼る必要がない。安定した補充が見込めるってわけよ」

「へー……なるほど……それはたしかに、いいかもしれない」

「魔力さえあるのなら、使い道のないクズ魔術具でも構わないわけです。そんなものを手に入れても、魔力だけ抜くなんていう芸当ができるのは、直巳様だけですからね」

 Aが穏やかに笑いながら、直巳に言った。

 Aが言っているのは、直巳が持っている特別な能力、「神秘呼吸(アルカナ・ブレス)」のことだ。人や物に左手で触れれば魔力を吸い取り、右手で触れれば魔力を与える。戦闘能力が一般人レベルの直巳が重宝されているのは、この能力のおかげだった。

「ま、そういうわけでね。早速今晩、魔術具をゆずってくれる人間と会うことになってるの。直巳も来てもらえる?」

「え? 俺が?」

 アイシャの突然の指名に、直巳が驚きの声をあげる。

「ええ、そうよ。向こうが会いたがってるから」

「向こう? 魔術具をゆずってくれる人間って……天木さんとか?」

 直巳の脳裏に、付き合いのある魔術商、「天木(アマギ) 来栖(クルス)」のティッシュよりも薄っぺらな笑顔が思い浮かぶ。天木には何度も力になってもらい、同じぐらいに利用されている。会釈のように土下座をし、鼻を噛むより簡単に涙を流せるような、油断のならない男だ。

「天木じゃないわよ。あいつとは関係の無いルートにしたいのよ」

 直巳の想像は違っていた。天木ではないらしい。

「なら……誰? 俺の知ってる人?」

 他に、直巳が知っていて、魔術具を取り扱っている人間などいただろうか?

 アイシャは、少し面倒くさそうに溜め息をついてから、その名前を言った。

「高田よ。高田(タカダ) 陽治(ヨウジ)

「はぁ!? 高田ぁ!?」

 高田は敵として倒したこともあるし、協力したこともある、「自称魔術師」の、魔術具コレクターだ。魔術マニアと言ってもいい。高田はめちゃくちゃ弱いし、利用価値も薄いのだが、なんというか、腐れ縁のようになってきている。

「そう、高田よ。今晩、食事会がてら、魔術具を受け取ることになってるから。私とAと直巳で行くわ」

 アイシャはBの頭を掴んで自分の方を向かせると、目を見て笑顔で言った。

「B。ちゃんと、まれーに面倒見てもらうのよ」

「おー……お?」

 Bは椅子を降りると、伊武の方へ鈍くさそうに、とてとてと歩いていき、膝によじのぼった。

 伊武はBが苦手なのだが、Bはなぜだか伊武に懐いている。というか、「ご飯をくれて風呂に入れてくれるマシーン(大型)」だと思っている。

「おー……まれー……」

 Bが伊武の頬を引っ張ると、伊武はその手を振り払って、深い深い溜め息をついた。

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