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第十八章

 若林神父を救出した日の深夜。

 Aは高宮邸の自分の部屋に帰り、ナース服を脱ぐと、いつもの執事服に着替えた。

 医療用の眼帯を捨てて、いつもの眼帯を付けると、ようやく元の姿に戻った気がする。

 仕事を始める前に、煙草を吸いたいなと思ったが、屋敷内で吸うとアイシャが嫌がる。それが例え庭だとしても、ばれると良い顔はしない。

 そのためだけに外出するのも面倒だと思い、Aは煙草を我慢することにした。

 Aが追っている依頼に変化がないかとPCをチェックしようとしたところで、携帯が着信を伝えた。

 発信者は天木 来栖。付き合いのある魔術商で、何かと裏で暗躍しているのだが、上手い具合に自分達とはギリギリで敵対しないように立ち回っている。食えない人間だった。

 Aが電話に出ると、電話越しに聞き慣れた軽薄な声が聞こえた。

「あ、もしもしー? 天木ですー」

「はい、こんばんは。こんな夜更けに、いかがされましたか?」

「夜更け? あ、そっか。今はそっち夜中だ。ごめんねー」

「そっちは、というと。天木様は今、海外に?」

「そうなんだよー。仕事でしばらく居ないといけないんだよー。もう、こっちの食べ物飽きちゃったよー」

「それはそれは。それで、今回は何のご用件で?」

「ああ、そうだそうだ。今、その辺りでね。素性不明の天使遺骸を売りさばこうとしてる人がいるみたいなんだけど、手を出さない方がいいよって、伝えておこうと思って」

 突然、電話をしてきたと思ったら、なかなか面白いことを言い出す。Aは笑みを浮かべながらも、声は冷静なままで答えた。

「それはどうも、ご親切に。しかし、どうして買ってはいけないのですか?」

「いや、売ろうとしてるのがさ。明らかに素人っぽいんだ。取引きの仕方も慣れてないようだし、素性も明かそうとしない。でも、天使遺骸は本物らしいんだよね。商売仲間から、そんな話しを聞いてさ」

「素人が持っている、素性不明な天使遺骸ですか……それはたしかに、わけありですね。ところで、その天使遺骸は1組ですか? それとも、1本ですか?」

「たしか、1本だったと思うけど」

 天使遺骸は、天使1体から両腕分、つまり2本が取れる。それで1組だ。

 最近、この辺りで行方不明になった1本の天使遺骸について、Aには心当たりがある。もちろん、伊武が盗まれた天使遺骸だ。

「天使狩りをして、自分で入手したなら1組ですからね。たしかに、少し怪しい」

「でしょ? だから、変なことに巻き込まれないように、手を出さない方がいいですよって、伝えておこうかなーと思って」

「なるほど。天木様の言うとおりでございますね。ご忠告、ありがとうございます」

「いやいや。だってほら、アイシャは放っておくと、そういうの全部に首突っ込むでしょ? それに、天使遺骸欲しがってるしさ。危ないかなーと思って」

「ええ。アイシャ様は活動的な方ですから」

 首を突っ込んでいるどころの話ではない。天木の言う、素性不明の天使遺骸が、伊武から盗んだものであれば、完全な当事者だ。

「ところで天木様。1つ、お伺いしたいことが」

「はいー、なんでしょう?」

「その天使遺骸について――今回の件について、天木様は何か関係しているのですか?」

 いつも、なんだかんだと天木は裏で絡んでいることが多い。今回も、もしかしたらと、Aは思っている。この情報を流したのも、何か思惑があってのことではないかと疑っている。

 天木はAが何を言いたいのかを察したようで、あきれたように溜め息をついた。

「今回の件って……もう、首を突っ込んでいるんですか?」

「そういうわけではありませんが、天木様は活動的な方でいらっしゃるので、念のため」

「――今回、僕は本当にノータッチ。海外にいるから、何もしようがない。表でも裏でも、本当に関係していないし、これ以上のことは何も知りません」

 天木は人をあざむくことはあるが、嘘をつくことはない。悪魔と同じだ。

「そのお言葉を聞いて安心しました。今回は信用しましょう」

「いつも信用してくださいよー。それじゃ、また何かわかったら連絡しますー」

「はい。それでは、良い旅を」

 Aは電話を切ると、天使遺骸の取引き情報について調べることにした。

 今度は、天木から新しい情報が入ってきた。それが核心に迫る情報でないとしても、こうやって周りは埋まっていくものだ。

「――逃がしませんよ」

 犯人の姿は見えなくても、その匂いだけは、必ずどこかに残っている。

 Aは、こうやってじわじわと獲物を追い詰めていく感覚が大好きだった。

 まだ核心には至っていないが、それを取り巻くノイズは、徐々に消えている。

「そろそろ、あっちも決着をつけましょうか」

 Aは、そうつぶやいて、最後に残った大きなノイズのことを考えた。

 Aは自分の後頭部にそっと触れる。先日、くるりに四つ葉のクローバーを渡した際に、図鑑が落ちてきた箇所だ。相当に強く打ったはずなのだが、くるりに触れられると、その痛みも腫れもすぐに消えてしまった。

 もう一つある。Aが、私は魔法を使えるんですよと、冗談でくるりに言った時のことだ。

 くるりは、「すごい、魔術が使えるの?」と言ったのだ。

 魔法と魔術――些細な言い間違いだ――だが、ただの子供から、魔術という言葉が自然に出るだろうか。わざわざ、そんな言い間違いをするだろうか。

「ノイズを除去して――何が見えますかね」

 Aは楽しそうにつぶやくと、机の引き出しを開けて、折りたたみ式のナイフを取り出した。

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