第十六章
「いぶねーちゃん! でかい! 背もおっぱいもすげーでかい!」
くるりが、はしゃいで伊武の腕にしがみついている。ユアはそれを止めようと、伊武のすぐそばで騒いでいる。
子供嫌いの伊武は、まとわりついてくる少女達の声だけで、すでにうんざりしていた。
伊武がAに言われた場所へBを迎えに行くと、そこにはくるりとユアがいた。少女が2人いるとは聞いていたが、こんなにうるさいのがいるとは思わなかった。
くるり達も、最初は伊武という存在に驚いていたが、Bがやたらと懐いているので、それで大丈夫だと判断したのか、すぐに近寄ってきた。まるで子犬のようだなと、伊武は思う。
くるりは伊武の腕から降りると、今度は背伸びして伊武と自分の胸を交互に触り、その恐ろしいまでのサイズの違いに驚いていた。なお、伊武が大きいのとは別に、くるりは、ほぼ無い。
「うわ! うわー、すごーい……いぶねーちゃん、どうしたら、こんなにおっきくなるの?」
「あなたも……そのうち……なるよ……」
伊武が面倒くさそうに答えると、くるりは言葉をそのまま受け取って喜んだ。
「本当に!? やった! ねえユア! あたしも、あんな風になるって!」
「ど、どうかなー……お姉さんは、普通よりも大きいんじゃないかなーって……」
くるりと違い、一般のサイズというものを知っているユアは、引きつった笑顔で言った。普通の女性は、どうやってもあそこまで大きくはならない。だが、「あんなに大きくはならないよ」と、伊武の目の前で言うのも失礼だろう。
伊武は、胸にまとわりついているくるりを片手でどかすと、疲れた声で言った。
「もう……遅いから……今日は……帰ろう?」
伊武はとにかく、さっさとBを連れて帰りたかった。
「えー。5時まで、まだもうちょっとあるのにー」
だが、くるりは不満そうだった。もっと遊びたいらしい。
「いぶねーちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」
「……嫌」
伊武はくるりを見下ろして、きっぱりと断る。
「えー、そんなー。遊ぼうよぉー」
それでも、くるりはくじけなかった。ねーねーと言いながら、伊武にしがみつく。
子供が苦手な伊武は、その声を聞いているだけで頭痛になりそうだった。
「わかった……少し……少しだけ……ね……」
「やった! じゃあ、何して遊ぶ!?」
「遊ぶ……か……子供と……」
伊武は、子供との遊び方を必死で考える。が、自分が子供のころに遊んだ経験もなく、成長してからも、子供嫌いのために、一緒に遊んだ記憶がない。子供と遊ぶと言われても、何をしていのかが、まったくわからない。
「……どうしよう……かな」
伊武は必死で頭を悩ませる。自分の記憶にないので、テレビや映画などで見た、子供と遊ぶシーンを思い出してみた。
「……あれで……いいのかな」
伊武は自分にもできそうなことを一つ思いついた。
「じゃあ……遊ぼうか……おいで……」
「何!? 何するの!?」
伊武に呼ばれたくるりは、何の警戒もすることなく近寄っていく。
すると、伊武はくるりの脇の下を抱えて、高く持ち上げた。
「おおー……高い……で? こっからどうするの?」
「……これで……終わり」
「ええー……終わりー?」
くるりはそれなりに喜んでいるが、いまいち煮えきらないようだった。肩車を経験したくるりにとって、これぐらいの高さでは、もう満足しない。
伊武は困っていた。おかしい。テレビで見た子供は、これで喜んでいたはずだ。たかいたかーい、などと、ヘラヘラしながら子供を持ち上げれば、それでよかったはずだ。
しかし、くるりは不満そうな顔をしている。
「高さが……足りない……の……かな……たかい……たかーい……」
そう呟くと、伊武は突然、くるりを天高く放り投げた。
伊武が全力で放り投げたため、くるりは遙か上空へとすっ飛んでいく。チアリーダーが1人を高く放り上げるやつの、数倍は飛んでいる。
ユアは何が起こったか理解できず、ただ呆然と、宙に舞うくるりを見つめていた。
そして、くるりが落ちてくる。絶対に無事では済まないほどの高さから。
「く、くるりちゃーん!」
ユアが大声をあげるが、伊武とBは平然としている。
そして、落ちてきたくるりを、伊武は平然とキャッチした。衝撃もきちんと殺している。
「お……おあ……?」
くるりは茫然自失になって、ただうめき声をあげている。
伊武はくるりを抱きかかえたまま、その顔を見てたずねた。
「もう一回……やる?」
くるりはブンブンと首を横に振る。ちなみに、ちょっと漏れている。
「か、帰るよ! 暗くなってきたし!」
「そう……わかった……」
そういうと、伊武はくるりを地面に下ろす。くるりは腰が抜けたのか、ぺたんと地面に座り込んだ。
「く、くるりちゃん! 大丈夫! ちょっと、お姉さん! 危ないですよ!」
くるりを心配し、伊武に抗議するユア。だが、伊武は平然とした表情で返した。
「危なく……ない……力は……抑えた……から……安全……」
「あ、安全なわけないでしょう!」
ユアのいうとおりだった。安全なわけがない。
ギャーギャーとわめくユアを見て、伊武は頭を抱えた。くるりが大人しくなったと思ったら、今度は、こっちの子が騒ぎ出した。
「わかった……わかった……から……ほら……」
そういうと、伊武はユアを抱え上げた。
「え、いや……お姉さん? なんで……」
「危ない……っていうのは……こういう……高さ……」
「ひっ!」
何をされるのかわかったユアが、小さく甲高い悲鳴をあげる。
「たかい……たかーい……」
伊武の手により、ユアが空中に発射される。くるりの時よりもずっと高い。
「うわ……うわー……」
あまりの高さに、くるりが感嘆の声をあげる。
「あ……駄目……かな……?」
伊武は空中のユアを見つめたまま、不穏なことを言い出す。
「駄目ってなに!? いぶねーちゃん! ユア、駄目なの!?」
「いや……ちょっと……落下地点がずれただけ……」
騒ぐくるりに面倒くさそうに返事をすると、伊武は少し歩いて、ユアの落下地点に入った。
そして、落ちてきたユアを衝撃を殺しながらキャッチする。ユアの体には、打撲どころか痛みすらなかったはずだ。
「は……はは……」
ユアは、伊武の腕の中でガタガタと震えている。くるりと違って漏らしてはいない。
伊武はユアを地面に下ろす。ユアは自分の足で立っていたが、膝が震えていた。
「ほら……ね……高くしても……大丈夫……でしょ……」
伊武が言うと、ユアはガクガクと首を縦に振ってうなずいた。これ以上、口答えすると、さらに高く放り投げられてしまうかもしれない。
「じゃ……帰る……けど……いい? それとも……もっと……遊ぶ?」
「いえ、帰ります! お姉さん、さようなら!」
従順になったユアが、はきはきと返事をする。
「……うん……それじゃあ」
伊武は満足そうにうなずくと、Bを小脇に抱えて高宮邸へと戻っていった。
伊武は、初めて子供と遊ぶことができたと、妙な達成感を覚えていた。
今度、子供と遊べと言われたら、できるだけ高く放り投げてやればいいと学習した。




