第十三章
直巳がくるり達の元に戻って、ユアを下ろす。
くるりは楽しかったねー、と無邪気に話し、ユアはそうだね、と笑顔で返す。
直巳が時計を見ると、時刻はそろそろ5時になろうとしていた。帰る頃合いだろう。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
直巳が言うと、全員がうなずいた。
「なおにーちゃん……これからも、Bと遊んでいい?」
くるりが直巳にたずねてくる。駄目と言われることを恐れているのか、少し心配そうだ。
「もちろん。Bはちょっと危なっかしいけど、仲良くしてね」
直巳がそういうと、くるりは、ほっとしたような表情をした後、すぐ笑顔に変わった。くるくると表情の変わる、元気な子だ。
「ユアちゃんも、Bのことよろしくね」
直巳が言うと、ユアはにっこりと笑って、「はい」と答えた。
「ああ、でも、Bと遊ぶのはこの辺にしてもらっていいかな? 迎えにもきやすいし、B、どっかいっちゃうと危ないから」
直巳が念のために付け加える。Bを色々なところに連れ回すと騒ぎを起こしかねないし、連絡が取れる子ではないので、迎えに来ることを考えても、この辺にいて欲しい。
「ええ、大丈夫です。ここから遠くには行かないようにしますし、夕方にはちゃんと帰るようにしますから」
ユアがお姉さんらしく、しっかりとした返事をする。
「ここ、広いからたくさん遊べるもんね。ちょっと寒いけど」
くるりも、ユアに同意するように言った。
「まあ、開けてるからね。ちょっと寒いかもね」
直巳が苦笑しながら言うと、くるりは周りを見回して、不思議そうな顔をした。
「でも、なんでここだけ木がないんだろ? なんかあった場所なのかな?」
「たしかにそうだね。人の手が入ってるようにみえるけど……お兄さん、知ってますか?」
ユアも、どうしてここだけ開けた場所なのかが気になるようで、直巳に聞いてきた。
「いや、俺もわからないなあ。なんだろうね」
結構な広さがあり、木が1本もない。人が作った草原だとしか思えない。
「ここは昔、馬を放していたのですよ」
直巳も一緒になって悩んでいると、突然、背後から声がした。
「うおっ……って、Aか……」
話しかけてきたのはAだった。いつの間にか直巳の背後にいた。
「驚かせてしまいましたか。失礼しました」
まったく悪いとは思っていない態度で、慇懃に頭を下げる。
「直巳様のお帰りが遅いので、何かあったのではないかと思い、お迎えにあがりました」
丁寧な物言いだが、要約すれば、「お前が帰って来ないから、迎えの迎えにくる羽目になったんですよ」ということだ。
「……今から帰るところだったんだよ」
「さようで。とにかく、何もないようで安心しました。ところで、こちらの方々は?」
Aがくるりとユアを見て、にっこりと微笑む。
直巳の知り合いだということはわかっているのだが、「突然あらわれた、執事服に派手な眼帯をした、男だか女だかわからない美形」にユアもくるりも固まっている。ユアはもう、内心ではかなりの警戒をしているだろう。早く紹介した方がいい。
「えっと、彼女はA。Bと同じ主人に仕えてる執事。別に怯えなくても大丈夫だから」
くるりは少し悩んだ後、あー! っという声をあげて、Aを指さした。
「A! Bのメモに書いてあった、高宮家のしつじの人だ!」
「ああ……そういえば、Bちゃんのメモにあった……」
くるりの言葉で、ユアもAの存在を思い出したようだった。
「あのメモをご覧になったのですね。ええ、そうですよ。私が、あのメモを書いたAです」
「本物の執事さんだ……」
ユアは少し感激した様子で、Aのことを見つめている。たしかに、本物の執事を見かける機会など、滅多にないだろう。一応、Bも本物のメイドなのだが、あれは一般的なメイドとは別枠に入れられてもしょうがない。
「高宮家の執事、Aと申します。どうぞお見知りおきを」
Aは手を胸に当て、大げさに執事らしく挨拶をすると、ユアは何かのショーをみたように感激をし、くるりはなぜか拍手をしていた。
「お嬢様がたのお名前も、教えていただけませんか?」
Aが微笑みながらたずねると、ユアは一つ咳払いをして自己紹介を始めた。
「私はユア。こっちの子が、くるりです。Bちゃんと、仲良くさせてもらっています」
「ユア様に、くるり様ですね。Bがお世話になっております」
「はい! えーさんに質問です!」
突然、くるりが元気良く挙手をする。さすがのAも面食らったようだった。
「え、ええ……どうぞ。ご遠慮なく」
「えーさんは、ねーちゃんですか! にーちゃんですか!」
くるりにまったく悪気はない。たしかに、Aは中性的な美形だし、男装した女性の執事、というわけのわからない存在だ。くるりの知識量をはるかに超えてしまっているのだろう。
「私は、ねーちゃんですよ」
Aがそう答えると、ユアは、「わぁ……」と声を上げた。初めて本物の執事を見て、それがさらに男装の麗人だったのだから無理もない。
「じゃあ、えーねーちゃんですね!」
「はい。えーねーちゃんです」
Aもその呼び方を素直に受け入れた。くるりのことを面白がっているように思える。
互いの自己紹介も終わったところで、直巳は、草原の話しに戻すことにした。
「で、この場所が昔、馬を放していたって言ってたけど」
「ええ。ずっと昔ですけどね」
Aはそういうと、辺りをぐるっと見渡した。Aの言う昔、というのは、どれくらい昔なのだろうか。彼女達の生きている時間から考えると、数十年は当たり前。長ければ数百年前、ということもある。
「あの高宮の屋敷。前の持ち主が馬を飼っておりましてね。馬小屋や柵は朽ちてしまったので、すべて取り払いましたが。この餌場は、しっかりと残っておりますね」
「餌場? ここが?」
「ええ。ここに生えているのは、白詰草ですよ」
「白詰草……って、馬の餌になるの?」
直巳も白詰草は知っている。だが、それが馬の餌になるとは知らなかった。
「あの、馬は白詰草が好きなんですか?」
ユアも直巳と同じ疑問を持ったらしく、Aに質問をした。
Aは、「はい」とうなずくと、説明を始めた。
「白詰草は、別名を馬肥やしと言いまして、馬の餌に大変良いのですよ。それに、踏みつけにも強いですから。馬を放すには、とても良いのです」
「へえ……そうなんですね。知らなかったです」
ユアはAの説明を聞いて、素直に関心をしている。直巳も話を理解して、面白いなと思っていたのだが、1名、理解できていない子がいた。
「えーねーちゃん。白詰草ってなに?」
くるりが直球でたずねると、Aは優しく答えてやった。
「白詰草は、クローバーとも呼ばれます。ご存じ有りませんか? 幸運を呼ぶ、四つ葉のクローバーなどもありますね」
Aの説明を聞くと、くるりはびっくりしたような表情をして、しゃがみ込み、地面に生えて入る草を見つめた。
「クローバー……うん……クローバーは知ってるよ……四つ葉のクローバーも知ってる……持ってると、いいことがあるんだよね……」
くるりは、地面に生えている草を見つめる。それが、本当にクローバーなのかもわからずに。
「えーねーちゃん。この中に、四つ葉のクローバーってあるかな」
くるりの質問に、Aは困ったように首をかしげる。
「どうでしょう。今は季節ではありませんから。もう少し暖かくなれば、この辺り一面がクローバーで埋め尽くされます。その時に探されてはいかがでしょうか」
今は見つからないとAに言われると、くるりは心底がっかりしたような表情になった。
「暖かくなったらか……結構、先だね」
「しょうがないよ、くるりちゃん。暖かくなったら、一緒に探そう?」
うなだれるくるりをユアがなだめる。直巳もなんとかしてやりたかったが、さすがに季節を変えるというわけにもいかない。
そんな困った表情の直巳を見たAが、こっそりと耳打ちしてきた。
「直巳様。くるり様の願い、かなえてあげたいですか?」
「そりゃ、できることなら……もしかして、A、何かできるの?」
「さすがに、クローバーを満開にすることはできませんが。多少、気持ちを慰めるぐらいは」
「本当に? じゃあ、頼むよ」
直巳が喜んで頼むと、Aは薄く微笑みながら言った。
「ただ、私は別にどうでもいいんですよね。あの子が喜ぼうが、落ち込もうが。子供を喜ばせて楽しむ趣味はないですし、何の得もありませんし」
微笑んではいるが、言葉の内容はド畜生だった。
「……何? どうしろっていうの?」
「直巳様のお願いであれば、ということです。直巳様が、どうしてもということで、私に無理を言ってお願いするのであれば。貸し1つになってもやれ、というのであれば、です」
子供の笑顔のために無償で動く――Aがそんなことをするわけがなかった。何よりも恐怖を好むような悪魔、アスタロトに、そんなことが期待できるわけがない。
ただ、直巳に貸しが作れるのならば面白いと判断したのだろう。
「どうなさいますか? 直巳様がどうしてもと、頭を下げるというのであれば――」
「わかった。どうしてもだ。頭も下げるし貸し一つでいいから、頼む」
直巳が渋々ながらAの提案に乗ると、Aはわざとらしく溜め息をついた。
「かしこまりました。そこまで言うのなら仕方がないですね。貸しですよ」
Aは綺麗なウインクをきめると、落ち込むくるりのそばに歩み寄った。
「くるり様。ここで四つ葉のクローバーを見つけることはできませんが、代わりに面白いものをお見せいたしましょうか?」
「え? なになに?」
Aの思わぬ言葉に、くるりの表情がパァっと輝く。
「四つ葉のクローバーの絵が載っている図鑑が、屋敷にあったはずです。それでよろしければ、ご覧になりますか?」
Aの提案というのは、図鑑を見せることらしい。偉そうに貸し一つ、というわりには、少しがっかりな内容だと、直巳は思った。
「図鑑……うん! 見てみたい! 四つ葉のクローバー、見たことがないから!」
ただ、それでもくるりは喜んでいた。とにかく、見られるなら嬉しいらしい。
「くるりちゃん……そんな……駄目だよ……」
すっかり、Aに付いていく気になっているくるりを、ユアが注意する。
「ユア様も、よければご一緒にいかがですか?」
Aがユアに手を差し伸べると、ユアは少し迷った後に、小さく首を横に振った。
「いえ、私はここで待っています」
ユアがどういうつもりで、一緒に行かないという選択をしたのか、直巳にはわからなかった。くるりが心配なら、一緒に行くと思っていた。
「ここで、Bちゃんとお兄さんと一緒に待っています」
ユアはAの目を見ながら言うと、Aは、「さようで」と言ってうなずいた。
「それでは、私はくるり様と屋敷に行ってまいります。すぐに戻りますので。まあ、何もないとは思いますが」
後半の言葉は、ユアに向けられている。ユアは硬い笑顔でうなずいた。
そして、Aがくるりの手を引いて屋敷へ向かった。Aは直巳とすれ違う時、直巳にそっと耳打ちした。
「直巳様とBは――人質みたいですよ」
「えっ」
直巳がその真意を聞き出す前に、Aは屋敷へと姿を消した。
ぼうぜんとAとくるりの背中を見送る直巳。次の瞬間、直巳は右手を、ぎゅっと掴まれた。
「では、私達はここで待っていましょう。ね?」
ユアが笑顔で直巳の手を握っていた。こんな甘え方をするような子だとは思えない。
Aが言うように、本当に人質のつもりなのだろうか。
くるりが戻ってくるまでは逃がさないと――そういうことなのだろうか。
もし、くるりが無事でなかったら、直巳をどうにかする力が、あるというのだろうか。
「――そうだね。ここで待っていよう」
いや、そんなはずはないだろう。Aが変なことを言うから、意識してしまっただけだ。直巳は妙な考えを捨てて、普通の態度でユアに微笑みかけた。
「Bちゃんも、おいで」
ユアは、空いた手で、Bと手を繋ぐ。
Bは特に警戒もせず、人形越しにユアの手を握り、彼女の顔を見つめていた。
Aはくるりを連れて、高宮邸に入っていった。
「うわー……おっきい家だなー……」
くるりはまず、高宮邸の大きさに驚き、きょろきょろと見回している。
「広いですから、迷子にならないようにしてください」
「うん、わかった」
くるりは素直に返事をすると、Aの手をぎゅっと握った。Aは瞬間的に嫌悪を感じて反応したが、拒絶して泣かれても嫌なので、仕方なく、その手を握り返した。
2人は3階へ向かうと、書庫の中へと入っていった。
書庫の扉が、キィと小さな音を立てて開く。中には、綺麗に整理された書物が棚いっぱいに保管されていた。並んでいるのは様々な図鑑や辞典。それから、無数の魔術書。
室内は少し埃っぽい匂いがする。図書館のような、古本屋のような匂いだ。
Aはくるりの手を引いて、どんどん部屋の奥に入っていく。くるりは、本の迷路を案内されていくうちに、少し不安な気持ちになっていた。子供にとって、難しくて大きな本は、特別な威圧感がある。
Aは窓際のとある棚の前で足を止めると、棚の最上段にある図鑑に手を伸ばした。
そして、図鑑を取り出そうとした時のことだった。
「おっと――」
Aが思わず声をあげる。本の入れ方が悪かったのか、取り出す時に引っ掛かって、同じ棚に入っていた図鑑が、いっせいに落ちてきた。
落ちてくる図鑑をぼうぜんと見上げるくるり。Aは舌打ちをして、くるりに覆い被さり、彼女をかばった。いくら興味のない子供とはいえ、ここで怪我をさせては面倒だ。
重たい図鑑が、いくつもAの頭や背中に落ちてきて、そのたびに鈍い音を立てた。これぐらいは痛いだけなのでAは構わない。それよりも、自分に必死にしがみついてくる、くるりの温かく、柔らかい感触の方が不快だった。
最後に、いくつかの図鑑がAの後頭部に当たる。少し、危ない当たり方をした。
もう図鑑が落ちてこないのを確認すると、Aはゆっくりと、くるりから離れた。
「大丈夫ですか?」
「う……うん……」
笑顔のAに、くるりはコクコクとうなずくだけだった。まだ驚きが抜けないのだろう。
「申し訳ありません。どうも、本のしまい方が悪かったようで。お怪我は?」
「な、ないよ……それより、えーねーちゃんは……大丈夫なの?」
心配そうなくるりに、Aはクスッと笑ってみせた。
「少し痛いだけですよ。くるり様にお怪我がなくて何より――」
「どこが痛いの?」
「まあ、頭と……背中が少し。でも、大丈夫ですよ。怪我というわけでは――」
Aが頭と背中、と言った途端に、くるりはAにしがみついた。
「ごめんなさい。くるりのこと、かばってくれてありがとう」
Aは自分に抱き付いている少女を見下ろしながら、どうしたものかと迷っていた。子供とベタベタするのは好きではない。こちらも大丈夫だと言っているのだから、大げさにせず、それで終わりにして欲しい。アイシャなら、もう何もなかったことにしているのだが――。
Aがそんなことを考えていると、くるりが顔を上げたので、笑顔に戻した。
「えーねーちゃん。もう、痛くない?」
「え……? ええ……そうですね」
Aは、突然そんなことを聞いてきたくるりを不思議に思っていたが、彼女を納得させるために、いつもどおりの笑顔で答えた。
そして、答えてから、全身のどこも、まったく痛くないことに気が付いた。
「そうですね――ええ。もう、どこも痛くありませんよ」
自分が思っていたよりも、たいしたことはなかったのだろうか? 運がよかったのか、回復能力が予想以上に早く働いたのか――とにかく、Aの体は、もうどこも痛くない。
「そっか。よかった」
くるりは、ほっと息を吐くと笑顔になり、Aから離れた。それからしばらく、くるりは照れ臭そうに後頭部をずっと触っていた。
Aはくるりの態度や、痛みが突然消えたことを不思議に思いながらも、落ちた図鑑の中から、目的のものを見つけた。
「こちらの図鑑ですね」
Aは図鑑のページをパラパラとめくり、真ん中辺りでピタリと指を止める。そのページには、三つ葉のクローバーと四つ葉のクローバーの挿絵が記載されていた。
「こちらが普通の三つ葉のクローバー。こちらが四つ葉です。幸運のクローバーですね」
Aが本を持ったまま、くるりにそのページを見せる。
くるりは食い入るようにページを見ると、感嘆の声をあげた。
「うわ……本当に4枚あるんだ……それも、こんな綺麗に並んでる……くるりは、4枚の方が普通じゃないかと思うなあ」
たしかに、3枚よりも、シンメトリーの4枚の方が綺麗に見えるかもしれない。最初から4枚の葉がある植物なんだよと言われても、納得できるだろう。
くるりがページを楽しそうに見ていると、Aは突然、その本を閉じた。
「わっ! ビックリした! ……もう終わり?」
驚いたくるりの顔を見ると、Aは芝居がかった口調で話し始めた。
「くるり様。実は私は、魔法が使えるのですよ」
「えっ!? そうなの!?」
くるりは疑うこともなく、素直に驚く。
「ええ。実は今、この図鑑に魔法をかけました。もう一度、ページをめくってみてください」
「わ、わかった」
Aはしゃがみ込み、図鑑を床に置いた。くるりは床に膝をついて、ドキドキしながら、ゆっくりとページをめくり始める。Aの鮮やかな手付きとは違い、少し時間がかかったが、先ほどのクローバーの絵が載っているページにたどりついた。
そして、そのページを開いた瞬間、くるりの顔は、一瞬で驚きと喜びに彩られた。
「――四つ葉のクローバーだ!」
ページには、本物の四つ葉のクローバーが挟まっていた。押し花にしてあるので、ペタンコになってはいるが、間違いなく本物だ。
「くるり様が本物を見たがっていたので、私が魔法をかけて、絵を本物に変えました」
Aは得意気に言うが、なんということもない。最初から、このページには四つ葉のクローバーが挟まっていたのだ。それをくるりに見せる前に抜いて、ページを閉じた時に、もう一度挟み直しただけだ。
相手がユアだったら、Aの手品だとすぐに見抜き、笑って済ませただろう。だが、くるりはAの言うことをすっかり信じ込んでおり、四つ葉のクローバーとAの顔を交互に見る。
「すごい……えーねーちゃん! すごい! 本当に魔術が使えるんだ!」
興奮したくるりの言葉に、Aの動きが一瞬だけ止まる。Aはそれを自覚して、くるりに気づかれないように、再び笑顔を作った。
「ありがとうございます。そこまで褒めていただいたお礼に、これは差し上げましょう」
片膝をついたAが四つ葉のクローバーをつまみ、くるりに差し出す。
「い、いいの? だって、四つ葉のクローバーって、珍しいんでしょ?」
「構いませんよ。差し上げます」
「でも、幸運を呼ぶんだよ? えーねーちゃん、幸運呼ばなくていいの?」
「ええ、構いませんよ。私には――」
Aは微笑み、くるりの手を取ると、クローバーを握らせた。
「幸運は似合いませんので」
くるりは少し不思議そうな表情をしていたが、すぐに笑顔に変わった。
「――えーねーちゃん、ありがとう! これ、くるりの宝物にするね!」
Aは微笑んで、「はい」とだけ答えた。
「では、ユア様のところへ戻りましょうか」
「うん!」
Aがいうと、くるりは自分からAの手を握った。
もう片方の手には、大事そうに四つ葉のクローバーを持っていた。
悪魔からもらった、幸運の四つ葉のクローバーを。
Aとくるりが高宮邸から戻ってくる。ユアは何もなかったか気にしているが、くるりは大丈夫だよ、と笑っていった。図鑑が落ちてきた件は、黙っておくことにしたようだ。
Aはそのやり取りを見て、くるりが言わなかったことに胸をなで下ろした。ユアにばれたら、またうるさいことを言われるかもしれないからだ。
そして、くるりがひとしきり、四つ葉のクローバーを見せびらかして満足したところで、2人を帰すことにした。
くるりとユアを見送った後、直巳達もBを連れて帰ることにする。
直巳はBの手を引き、Aはその少し後ろを歩いていた。
「直巳様、これからもBを、あの子供達と遊ばせるおつもりで?」
「そのつもりだけど……やっぱ、まずい?」
話しかけてきたAに、直巳は振り返って答える。
「いえ、問題ありませんよ。ただの確認です。送り迎えだけは、してくださいね」
「ああ、わかった……」
いやに物わかりの良いAを、少し不審に思いながらも、直巳はそう答えた。
直巳が再び前を向くと、Aは気づかれないように口元をゆがめて笑った。
この日、Aには気になることが2つあった。




