第八章
真っ白の世界に翼は一人で立っていた。
「ここは?」
何もない空白の世界に自分の声だけが響いたが、しばらくして翼の問いに答える声が翼の耳に届く。
――ここは貴女の心裏。
「誰っ!」
翼は急に聞こえた声に驚き辺りを見渡すが、自分のほか誰もいない。
――私は貴女、貴女は私。
「……何を言っているの。」
問いかけるように喋る声に翼は空を睨み付けながら、じっと気配を探る。
しかし、気配は全くなかった。
――貴女はもう気付いているのでしょう?
「……っ。」
図星を指された翼は押し黙るしかなかった。
――私は貴女の中に眠るもう一人の貴女であって、『時の翼』の一部であり、その欠片であるモノ。
凛とした声音に翼は我に返る。
「何よそれ……。」
――貴女は何のために前に進むの?
「何を言っているの!」
――貴女はどうしたいの?
「何を言いたいのよ!」
怒鳴る翼に声はただ穏やかに翼に問いかける。
――貴女はこの『力』を制御する事は出来るの?
「――っ!」
翼の怒りが頂点まで達した。
「いい加減にして!」
怒りでぎらつく眼差しを虚空に向け、翼は怒鳴る。
「さっきから訳の分からない事を言わないで!」
――貴女は――。
「黙りなさい!」
翼は声を遮り、キッと睨み付ける。
「私は私の考えがある!それを無理やり問いかけるなんて、貴女はいったい何様のつもりなの!」
――私は何様でもない、貴女の一部だから。
「……だったら、何も言わないで。」
先程まで激しかった翼の眼差しが急に凪いだように、静かなものへと変化した。
「私はまだ何も知らない、本当に何も知らないのよ、それなのに「何をしたいのか?」なんて訊かれても困るわ。」
――……急ぎ過ぎたのね……。
声が沈んだように言った。
「そう、私も貴女も急ぎ過ぎたの、だけど、もうここまで来たら急ぐ必要もない、それに、後戻りは出来ないのだから。」
――そうね……。
「私は前を向いて進むしか出来ない、それはたとえ修羅の道や破滅の道でも私は…いいえ、私たちは進まなければならないのよ。」
翼の決意にも似た言葉に世界が揺らぎ始める。
――目覚めの時が来たのね。
静かな声音に翼は小さく頷いた。
「ええ、でも、まだだわ。」
――確かに今はまだ、でも……。
「近々。」
――そう、近々。
翼はこの世界の終わりを黙って見送った、次に目を開けた時にはもう後には引き返せないから、だから、今だけは自分に立ち止まる事を許可したのだった。
***
翼の瞼が震え、ゆっくりと眼が開く。
窓から入る陽の光に翼は目を細める。
「いつの間に…寝たのかしら?」
翼は体を起し、変な体勢で寝ていたために強張った体を軽く伸ばす。
翼の目の前にはあの幻の壁のあった先にあった本が山のように積まれていた。
「でも、何とか全て読めていたから良かったかしら?」
翼は小さく欠伸を漏らし、まだ完全に眠気が抜けないのか目を擦る。
「やっぱり本調子じゃなかったのね……。」
視線を壁に掛けてある時計にやり、翼は軽く目を見張る。
「最悪……。」
時計の針はなんと九時を指していた。
「これじゃ完全に遅刻ね……。」
翼はため息を付き、そして、眠気を覚ますために洗面所に向かった。
「どうせまだ体はだるいから、休むつもりだったけどこんな時間まで居眠りするなんて……よっぽど疲れていたのね。」
自分の事なのにどこか他人事のように翼が言っていると、急に誰かが彼女の肩を叩いた。
「誰……。」
翼は内心誰なのか分かっていたが、それでも口にした。
「はようさん。」
翼の肩を叩いた人物は元気よく朝の挨拶をし、翼は思わず肩を竦めた。
「おはようございます、仕事はないのですか?焔さん。」
皮肉を言う翼に焔は笑顔で口を開く。
「ああ、いいんだ、どうせ他の若い連中がどうにかしてくれているからな。」
「……若いって…。」
貴方も十分に若いのではないか、と翼は思ったが、それを口にしようとは思わなかった。
「……それで、何のつもりで待ち伏せしていたのですか?」
「あー、やっぱ気付かれてたか。」
言葉とは裏腹に全く悔しそうな素振りを見せない焔に翼は呆れ顔になる。
「ワザとらしく言わないで下さい。」
「ワザとらしいつもりはないんだけどな?」
ニヤニヤしながら言う焔にとうとう翼の額に青筋が浮かぶ。
「いい加減用を言って下さい!」
目くじらを立てる翼になぜか焔は肩を震わせる。
「――っ!笑わないで下さい!」
「……あー、悪い、悪い。」
「……。」
焔は謝って見せるが、それが子どもをあやす時に使う謝罪だという事に翼は気付いていたので、翼はニッコリと微笑み焔の足を踏みつけた。
「っ――!」
顔を顰める焔に翼は冷ややかな笑みを見せる。
「いい加減にして下さいって言いましたよね?」
微笑んでいるにも拘らず翼のその表情は一言では言い表せないほどの感情が浮かんでいた。
「……。」
「言いましたよね?」
「……ああ。」
翼の迫力に負けた焔はその勢いで謝る。
「悪い。」
「分かればいいわ、ところで用件をさっさと言ってくれないかしら、私は貴方みたいに暇じゃないのよ。」
「……。」
翼の言葉に焔は苦笑しながら、壁に背を預けた。
「分かった、なあ、姫さん。」
「……「姫さん」なんて呼ばないで、薄ら寒いわ。」
「まあ、いいじゃないか、どうせ、ここでは姫様みたいなもんだしな。」
「……その話はまた今度にするわ。」
翼は小さくため息を付き、焔を見詰める。
「さあ、どうぞ。」
翼に促され焔は口を開くしかなかった。
「姫さんはこれからどうする気なんだ?」
「何のことかしら?」
ニッコリと微笑みながら翼は首を傾げた。
「どうせ何かこっそり何かしでかす気だろ?」
「あら?何かって何かしら?」
「そう来たか……。」
焔はまるでゲームをしているかのように、楽しげに言った。
「どうせ、年少組みも姫さんの手伝いをしてるんだろ?」
「ええ、彼らは手伝ってくれているわ。」
「おっ。」
焔は少し意外に思ったのか、驚いた顔をした。
「あら、そんなに驚くことかしら?」
「ああ、驚くな、姫さんなら一人で何らかと進めそうだから、手伝いどころか、足手まといになるあいつらを引き入れるなんて思わなくてな。」
「残念ね。」
クスリと翼は声を出して笑った。
「彼らは役に立つわ、確かに役に立たないところもあるかもしれないけれど、適材適所。」
「そうだな、確かに役に立つところでは役に立つな。」
「そうでしょ?」
翼は不意に表情を真剣な物へと変えた。
「貴方はそれだけを言いに来たのではないのでしょ?」
「ああ、勿論だ。」
焔は口の端を上げて笑った。
「黙って出て行くなよ。」
「何が言いたいの?」
怪訝な顔をする翼に焔は彼女の頭に手を乗せた。
「そのまんまの意味さ。」
「……。」
「せめて、書置きぐらいはしておけよ、そうじゃないと探すのが大変だろ?」
「……貴方こそ何処まで知っているの?」
「さーてな、姫さんの予想の範囲内か?」
不適に笑う焔を翼は一瞥し、ため息を付く。
「いいわ、書置きはしといてあげる、だけど、分かりやすい場所に隠すかは保障しないわよ。」
「上等、上等。」
何度も頷く焔に翼は肩を竦める。
「私を野放しにしていいのかしらね?」
「そこは大丈夫さ。」
焔は翼の頭に乗せたままの手を下ろし、彼女の顔に自分の顔を近づけた。
「誰かが動かないと、何も始まらない。」
「そうかしら?何もしなくても終るかもしれないわよ。」
「でも、姫さんは動くんだろ?」
「そのつもりだけど、それが?」
「それなら、おれが止める必要はないさ。」
翼は怪訝な顔をし、焔から少し離れる。
「光太郎さんとかは止めたいんじゃなくて?」
「そうかもしれねえガ、おれには関係ない。」
「仲間でしょ?」
「仲間だが、おれたちは一人、一人、違う考えを持つもの同士だ、だから、相容れない考えを持つのは可笑しくないだろ?」
「……そうかもしれないわね。」
翼はこっそりと笑みを浮かべた。
「でも、後から光太郎さんに怒られるでしょ?」
「そん時はそん時さ、何とかなるって。」
「これで、貴方の話は終わり?」
「ああ、そうだ、約束は守れよ。」
「言われなくても守るわ、今回は間違いなく、私たちの手では負えそうもないから。」
「おっ、分かってるんだな、偉い、偉い。」
小さい子が正解したように焔は翼の頭を撫でようとしたが、翼は伸ばしてきた手を力いっぱい弾いた。
「止めて、子ども扱いしないで頂戴。」
顔を顰める翼に焔は目を細めた。
「そういう事で怒るのはまだガキな証拠だ。」
「……。」
そう言われると流石の翼も反論出来なかったのか押し黙った。
「んじゃ、気をつけろよ。」
焔は片手を上げ、翼に背を向けた。
翼はその背中をしばらく睨み付け、彼の姿が見えなくなるのと同時に自分がしようとしたことを思い出し、行動に移ったのだった。
***
「おはようございます……。」
「はよう……。」
「おはよう。」
前二人は眠そうに、最後の一人は普通に挨拶をしてきた。
「おはよう、大地君、鉄也、疾風。」
翼は微笑みながら挨拶を返し、眠そうな二人の前に飲み物を置いた。
「ありがとうございます……。」
「サンキュウ……。」
飲み物を受け取った二人は律儀に感謝の言葉を述べた。
ただ一人、飲み物を出されなかった疾風は何か言おうとしたが、翼に睨まれ、結局何もいえなかった。
「……翼さん…何か収穫はありましたか?」
「ええ、そちらは?」
「何とか朝方に……。」
「そうご苦労様。」
翼はそっと立ち上がり、冷蔵庫から作り置きしていた菓子を机の上に載せた。
「甘いものを食べれば少しは疲れも取れるでしょ?」
「ありがとうございます。」
弱々しく微笑む大地に疾風は微かに哀れみの色の混ざった視線を彼に向けた。
「鉄也さんの方は?」
「ああ、オレの方は、まあ日にちが変わる寸前に一通りは出来たけど、最終チェックとかやってたら夜が明けていた。」
大きな欠伸をしながら鉄也は目の端に浮かんだ涙を拭う。
「翼…、悪いけど、コーヒーを淹れてくれないか?」
普段ならなんで私が、などと文句を言いそうだが、流石にこんな無茶をさせたという自覚があるのか翼は何も言わず立ち上がった。
「他にコーヒーのいる人は?」
「ああ、出来れば俺も。」
「………分かったわ。」
翼は一瞬だが疾風を軽く睨み、そして、嫌々そうに言った。
「大地君は?」
声を和らげ翼は大地に尋ねた。
「僕は紅茶の方がいいです。」
「分かったわ。」
翼は頷き、席を立った。
残された三人はそれぞれ他の二人の顔を見遣る。
「なあ。」
「ん?」
鉄也の呼びかけに疾風は微かに首を傾けた。
「昨日、翼はなにやってたんだ?」
「あー、昨日はな……。」
「書庫で必要な情報を集めていたわ。」
「えっ。」
「あっ……翼…。」
いつの間には翼が戻ってきて、手にはお盆を持っていた。
翼は机の上にそれぞれの頼んだものを置き始める。
「……あの、翼さん…言いにくいのですが…。」
大地は本当にいいにくそうに言葉を紡ぎだす。
「あの書庫には貴女の求めているような本はないと思うんです……。」
「ええ、確かにあそこにはなかったわね。」
大地の言葉を肯定する翼に彼は目を見開いた。
「ですが、貴女はさっき……。」
戸惑いを隠せない大地に翼は微笑む。
「収穫はあったといったわ。」
「……どうやってですか?」
「貴方は知っているかしら?あの部屋に隠し部屋がある事を。」
「えっ!」
驚く大地に翼は「やっぱり知らなかったのね。」という言葉を漏らす。
「私も疾風が偶然に見つけてくれなかったら、分からなかったはずね。」
「疾風先輩が?」
「ええ。」
大地が自分を見るものだから疾風は気まずく思い、顔を逸らせる。
見つけた時の様子がアレだったものだから疾風はその事を一切口にしようとも思わない、口にするくらいなら死んだ方がマシだとすら思っている。
「隠し部屋には私の求めていた本が何冊もあったわ、その中で私が知った事を話したいと思うのだけどいいかしら?」
「構いません。」
「そのために呼んだんだろ?」
「話してくれ。」
三人ともそれぞれの反応で翼の言葉に肯定し、翼は頷き、言葉を紡ぐ。
「大地君と鉄也さんは『時の翼』という言葉はご存知かしら?」
「何ですかそれは?」
「聞いた事もないな。」
知らないと答える二人に翼は予想していたのか、ただ頷いただけで大きな反応は見せなかった。
「それなら、なぜ、貴方がたに不思議な力があるのかは?」
「……知りません。」
「……何が言いたいんだ?」
横に首を振る大地に怪訝な顔をする鉄也は真直ぐに翼を見詰める。
「疾風には簡単には話したけれど、私の一族は女児だけが受け継ぐ『力』があって、『時の翼』という巫女的なものがあったの。」
「巫女っていうのは神とかに仕える女性の事ですよね?」
「ええ、そうよ、だけど、私の場合は神かどうかも分からないけど、それでも巫女という言葉を使わせてもらっているわ。」
「そうなんですか。」
「ちょっと待ってくれ。」
「何?疾風。」
「……頼むからもう少し分かりやすくいってくれ…。」
「……疾風もしかして、意味分かってなかったの?」
「……。」
口を閉じる疾風を見て翼はその無言を肯定だと察した。
「さっき大地君が言ったように、巫女というのは神に仕える女性の事で、多分私の一族も昔は神に使えていたかもしれないけれど、私はそういうのは見た事も、聞いた事もないの、だから、自分が巫女だとは思っていないわ。」
「翼さん先程、女児だけといいましたよね?」
「ええ、男児…つまり男はそういう例は見られていないわ。」
「そうなんですか…。」
「ええ、そして、その『時の翼』に選ばれたものには八人の『守護者』もついてくるわ、まあ、ここまで言えば分かるでしょ?」
「……はい、つまり、僕たちがその『守護者』なんですね。」
「正解よ。」
翼は頷き、そして、昨夜読んだ文献に書かれていた事を加え話し出す。
「八人のものにはそれぞれ『力』が宿るわ。それは『光』・『闇』・『火』・『水』・『風』・『地』・『木』・『鋼』。そして、彼らには何処かしらにその印である文様があるわ。」
翼は風のない水面のような眼差しで疾風、鉄也、大地を順に見ていく。
「貴方たちの何処かにあるのでしょ?」
「……。」
黙りこむ三人に翼はクスリと声を出し笑う。
「言いたくないのなら、別に言わなくても構わないわ。」
「……いいえ、別に言いたくない訳ではありません。」
大地はそう言うと服の袖をたくし上げ、右腕を露にさせる。
そして、台地の右腕に刻まれている文様に翼の目は釘付けになる。
「これが……?」
「はい、そうです。」
大地は頷き、そして、鉄也も大地と同じように自分の文様を見せる。
鉄也の場合は左手首に大地と同じ文様があった。
「疾風先輩。」
「……ああ。」
大地に名前を呼ばれた疾風はしぶしぶ左の袖をたくし上げた。
疾風の左腕にもその文様があった。
「少し違うんだ……。」
「何が?」
他の二人の疑問を代表して鉄也がその言葉を口にした。
「えっ、ああ、口に出していましたか……。」
翼は苦笑し、自分が思った事を言の葉に変える。
「ええ、大地君と疾風の文様はどちらとも腕という共通点があるのに、だけど、ほら、場所が少し違うでしょ?」
翼は大地と疾風の文様の位置を指差す。
大地の文様はひじと手首との間にある腕で、疾風の場合は肩口に近い腕に文様があった。
「気にした事はなかったけど、確かにそうだな。」
「うん、そうだね。」
翼の言葉に頷く二人に翼は苦笑する。
「それにしても、面白い文様ね。」
「ん?」
「そうですか?」
「どういう意味だ?」
三人は翼の言葉にそれぞれ己の文様を見詰める。
「ええ、その文様よく見たら羽のように見えませんか?」
「そう言われればそうですね。」
「そうでしょ?」
翼はそっと、手を伸ばし、近くにいた大地の文様に触れる。
翼の指はほっそりとしていて、まるで白魚のようだ。
「それに、不思議な色ね……。」
翼の目は真直ぐに文様を見詰める。
「銀色…なのに、光に当てれば皆それぞれ違うようにも見えるわ。」
「……翼さん?」
「ありがとう。」
翼は大地に名前を呼ばれ、お礼を言うのと同時に顔を上げた。
「さあ、本題に戻りましょうか?」
翼は凛とした表情でその場を仕切る。
「先程言った『時の翼』は『時間』を操る『力』を持っているらしいけど、まだ『覚醒』しきっていない私にはその『力』は使えないわ。」
「そうなんですか?」
首を傾げる大地に翼は不思議そうな表情を向ける。
「何でそんな事を言うの?」
「だって……。」
「大地、言うな。」
何か言おうとする大地を鉄也が止め、翼は怪訝な顔で鉄也を見た。
「どういう事ですか?」
「言えない。」
何も言おうとしない鉄也に翼はため息を付く。
「別にいいです、どうせ、そのうち分かる気がしますから。」
心からそう思う翼に鉄也は少し悲しげな顔をしたが、翼は気付かなかった。
「ところで、大地君。」
「何ですか?」
「父は何処に?」
「――!」
翼の言葉に疾風は嬉しさと驚きを混ぜた表情で翼を見、大地はただ目を見開き翼を見詰め、鉄也は微かに驚きと、悲しみの混じった表情を見せていた。
「いいのですか?」
「ええ、勿論よ、その為に貴方たちには準備をしてもらったのだもの。」
翼の表情は最初の頃よりも父親に対する嫌悪が微かに消えていた。
消えているといってもごく僅かで、それでも、彼女の顔には嫌悪が浮かんでいた。
「翼……。」
翼の顔に嫌悪が浮かんでいるのを見て、疾風は諦め交じりのため息を付く。
「これでも、少しは父の想いも分かった方なの、だけど、長年の嫌悪感は簡単にはなくならないのよ。」
翼の言葉には偽りはなかった、今も翼の部屋の机の上に積まれている本の山には父の手書きのノートが一冊混じっていた。
その中には翼のことが幾つも書かれていた。
まるで、自分がいなくなった後に翼が見つけることを予見していたような、そんな内容のものが書かれていた。
なぜ、自分が母と翼を置いて行ったのか。
なぜ、八人の男性の元に翼を置いたのか。
なぜ、自分が狙われるのか。
なぜ、こんな事を書いたのか。
それらの事が父の言葉で書き表されていて、翼は本当に僅かな、気持ちほどしかなかったけれど、父に会いたいと思ったのだった。
翼はそんな自分の変化に微かに驚き、だけど、不思議とそれを受け入れる事が出来たのだった。
「だけど、少しは貴方の想いも分かったような気がするわ。」
翼は疾風に視線を向けそう言った。
「あの時の事は決して謝らないけれど、それでも、今の私ならあの時とは違う言葉を言うそれだけは間違いないわ。」
「そうか……。」
疾風の顔に微かに笑みが浮かぶ。
「大地君、場所は?」
「港の倉庫、B倉庫です。」
「……そう、とてもそれらしい場所に囚われているのね。」
翼は苦笑に似た笑みを浮かべる。
***
「実行するのは夜がいいわね、そうすると夕方にはここを出ないとね。」
「今日片を付けるのか?」
「勿論よ、早めに行動しないと、父の命がない。」
「――なっ!」
「……っ!」
「……。」
疾風は驚くが、鉄也は少し悲しげに、大地はただ真直ぐに翼を見ていた。
「もしかしたら、亡くなっている可能性もあるけどね。」
翼の哀しげに言う姿にいつもだったら怒鳴る疾風も言葉を噤むしかなかった。
「父がいなくなって、もう何日にもなるんですもの、その可能性も頭に入れて置かないといけないわ。」
この言葉を自分に向けているのか、それとも他の三人に向けているのか翼自身分からなかったが、そう口にしていた。
「大地くん、鉄也、疾風。」
翼は真剣な顔で三人を見詰める。
「私に力を貸して下さい。」
真摯に頼む翼に三人は肯定するように頷いたのだった。