第三章
翼はせっかくの日曜日を自分の部屋で過ごしていた。
翼の目の前には山積みになった求人雑誌が並んでいる。
「はー、前の所本当に時給良し、待遇良し、近場で、まかないまで出してくれたのにー!」
過去の事をいくら嘆いても、戻る訳ではないのを知っているが、それでも嘆かずにはいられなかった。
「……休憩しよう、休憩!」
翼はうーんと言いながら背伸びをしながら強張った体を解した。
「……あー、本当にどうしよう……。」
机にうつ伏し、翼は珍しく弱気な発言をする。
「やっぱり、電気代、ガス代とか、払わなきゃいけないよね…。早く、次のバイト見つけないと……。」
急に微かに痛み出した頭に翼は顔を顰める。
「……っ…。」
頭痛はだんだん激しくなり、翼は片手で頭を押さえ頭痛薬の箱を引き出しから取り出す。
「…台所に行って、水貰ってこないと……。」
翼が立ち上がるのと同時に、ドアを叩く音がした。
「……。」
胡乱な目つきで翼はドアを見て、思わずこのドアを叩く人物が頭痛の原因じゃないかと疑いたくなった。
本当はドアを開けたくなかったが、それでも、外にでなくてはならなかったので、翼は意を決しドアを開ける。
「こんにち――。」
言葉を全て聞き終わる前に翼は開けたドアを勢いよく閉めた。
「……さっ…、最悪…。」
翼は眉間に皺を寄せ、今さっき見たものを忘れ去りたいと切に思った。
「翼さん、いきなりドアを閉めるなんて酷いですね。」
「……。」
外から否応なく聞こえてくる声に、翼は微かに殺意を覚える。
本を正せばこの人たちが原因のなで、ずっと避けるわけにもいかない、と翼は考え、息を吐き、再び意を決しドアノブに手を掛ける。
「……貴方がたに「酷い」と言われる筋合いはありませんよ。」
翼は廊下に立つ人物――光太郎を射るように睨み付ける。
「まあ、そうでしょうね。」
光太郎は笑みを浮かべながら、翼の言葉を肯定した。
「わたしたちが貴女を無理やり連れて来たという、事実は決して消えないでしょうね。」
翼は鋭い眼光を光太郎に向け、落ち着いた態度で対応する。
「分かっているのですね。」
「勿論ですよ。」
翼は光太郎の腹を探るようにじっと彼を見据え、光太郎もまたじっと翼を観察するように彼女を見詰める。
「……光太郎、いい加減にしたらどうだ?」
いつまで経っても話が進まないと見切りをつけた夜希が口を挿む。
「藤堂翼、君も無駄な事は止めるんだな。こいつの腹を探るなんて、疾風に物理を教えるのと同じくらい無駄な事だからな。」
「……疾風がどうのこうのは、よく分かりませんが、光太郎さんの腹を探る事は確かに一筋縄ではいきませんね。」
「なら――。」
「でも、止めることは出来ませんわ、これは私の癖みたいなものですから。」
翼はクスクスと笑うが、その目は決して笑っていなかった。
「……忠告はしたからな。」
夜希はむっつりしながら、それだけを口にした。
「ええ。ところで。」
翼は小さく頷き、そして、すぐさま凛とした瞳で光太郎を見る。
「何の用事でこちらまで来たのですか?こちらには貴方がたの部屋はなかったはずですし。」
翼の言う通り、二人の部屋は別館にある。
正確に言うと、翼の部屋は西棟にあり、光太郎をはじめ男性人は東棟に部屋がある。
そして、偶然でここまで来る事は決してないので、この二人はわざわざ翼に会いに来たのだった。
「……。」
「話が早いですね。」
翼の言葉に二人は感心する。
「ここで立ち話は何ですから、場所を変えませんか?」
光太郎の言葉に翼は微かに頷く。
「構いません。」
「……行くぞ。」
翼の肯定の言葉を聞いた夜希はそれだけ言うとさっさと歩き出し、光太郎も夜希の後を追う。
翼は部屋に鍵を掛け、彼らの後を追う。
しばらく歩き、翼が案内させられた部屋はなぜか書斎だった。
それも、かなり大きな書斎でざっと見渡しただけで何万冊もの本がある事が分かった。
「凄いわ……。」
「そうでしょうね。」
翼の言葉に光太郎は頷き、目を細める。
「ここはお前の父親が良く使っていた部屋だからな……。」
夜希は昔を懐かしむようにポツリと言った言葉が翼の耳に入り、とたんに翼の表情は強張った。
「……父がですか……。」
苦虫を百くらい噛み潰した顔をしながら翼は低く吐き捨てるように言う。
「……夜希。」
光太郎は微かに夜希を睨み付ける。
「すまん、失言だった。」
まさか、翼に聞かれるとは思っていなかったので、夜希は自分の失態を深く反省した。
「……翼さん。」
「……話を、始めて下さい、だから、私をここまで連れてきたのでしょう?」
翼は爪を突き立て手の甲を自ら傷つけ、自分の感情を押し隠そうとした。
「……分かりました。」
光太郎はこれ以上翼に何かを言っても無駄だと気付き、余計な言葉を言わないようにした。
「貴女は先日わたしが言った事を覚えていますか?」
「……『マスター』云々の話ですか?」
「ええ、そうです。さすが、話が早いですね。」
「そんな言葉はいいんです。」
ばっさりと光太郎の言葉を切る翼は鋭い刃のような目で光太郎を見る。
「言っておきますが、私の気持ちはあれから変わっていません。」
「……。」
「私のような小娘に何かをさせようとは無謀極まりない事ですよ。」
「わたしはそうは思いませんが。」
「それは貴方の目が節穴だからでしょう。」
翼は冷笑を形のいい口元に浮かべ、目を細める。
「私はただの女子学生で、貴方がたは秘書にボディーガード。全然見る世界は違うでしょう?」
「本当にそう思っているんですか?」
「ええ、思っているわ。」
翼の言葉を聞いた一瞬夜希の目が失望の色を映し、翼は心の中でほくそ笑む。
「…………嘘ですね。」
その言葉を発したのは光太郎だった。
光太郎の言葉を聞いた翼は思わず顔を顰め、小さく舌打ちをする。
一方、夜希は光太郎の言葉を怪訝そうに聞いていた。
「貴女はそういう人ではありませんよね?」
「……。」
「ただの女子学生がここまで肝が据わっているとも思えませんし、それに、貴女は大人とか、子どもとかで人を判断する人ではなさそうですから。」
「……。」
「ふふふ、わたしを騙せると思っていたんですか?」
光太郎の言葉を聞くうちに翼の顔が苦虫を噛み潰したような顔になり、夜希も気の毒そうに翼を見ていた。
「……やっぱり、貴方は騙せそうにありませんね。」
「お褒め頂光栄です。」
「ところで、父の消息は掴めたんですか?」
「――っ!」
「……ほう。」
突然の翼の言葉に夜希は目を丸くし、光太郎は感心したように翼を見た。
「なぜ、わたしたちが貴方の父を探していると思ったのですか?」
「……貴方のような人が簡単に上の人物を切り捨てるとは思いません。」
翼の瞳は氷のように冷たい眼差しになり光太郎を射抜くが、彼は何も感じていないのか平然としている。
「……お前は何処まで知っているんだ?」
珍しく夜希が口を挿み、翼は一瞬夜希に和らいだ笑みを見せる。
「さあ、何処まででしょうね?貴方が思っているより知らないし、貴方が思っている以上には勘付いているかもしれないわね。」
「……夜希、君では翼さんの相手にはなれませんよ。」
光太郎はニッコリと笑い、翼と対峙する。
「貴方なら私の相手が出来るというの?」
「ふふふ、わたしにも分かりませんが、やれるだけやってみるつもりです。」
「…………ずっと疑問に思っていたので聞きたいのですが、いいですか?」
「――?何ですか?わたしなら構いませんよ。」
翼が改めて尋ねてくるので何か重要な事かと光太郎は思ったのだが、翼の口にした言葉は光太郎が一瞬の間で予想したどの質問にも全く当てはまらなかった。
「なんで、そんな喋りにくい言い方で話すんですか?」
「……はあ?」
翼の問いかけに光太郎は間の抜けた声を出し、夜希は微かに眉間に皺を寄せる。
「そんな事を言われても…、わたしはこの口調の方が喋りやすいんですよ。」
「……すいません、言い方を間違えました。私が言いたかったのはどうして態々「わたし」なんて言うんです?」
「……。」
「多分、いつもは別の言い方でしょうに、なのに私の前では態々そう言うので気になっていたんです。」
「さすがですね……。」
光太郎は口元に苦笑を浮かべた。
「別にさすがと言われる程、たいした事はありません。」
「そうでしょうか、大抵の人はその事に全く気付きませんので、とても新鮮ですよ。」
翼は微かに目を細め、そして、形のいい口が言の葉を紡ぎあげる。
「…………、雑談はこんなものでしょうね。ここからは本当の質問をします。貴方がたは私に何を期待しているの?」
「……。」
「貴方がたが私を見る目は何処となく、何かを期待しているような、品定め…いえ……、試しているような目をしています。」
「……気付いていたんですね…。」
「勿論です。自分で言うのは何ですけど、私の容姿は結構人の目を集めるので幼い頃から人の目を気にしていましたから、ですから、無意識に人の視線に含む感情とかも読んでしまうんですよ。」
翼は近くの本棚に凭れ掛かり、腕を組みながら光太郎と夜希を交互に見据える。
「それに、最近何処からか見られている視線を感じていたわ。貴方がたに会った時はてっきり貴方たちだと思った、けれど、違った。」
光太郎と夜希は黙って翼の言葉に耳を傾けている。
翼は唐突に力の篭った瞳を二人に向ける。
「その視線は貴方たちのモノではなかった。だけど、貴方がた……いえ、貴方たち二人は知っているはずよ、この視線の持ち主を。」
光太郎の口の端が持ち上がり、彼は笑みを浮かべた。
「他の人たちはどうか知らないけれど、間違いなく貴方たちは知っている。知っているから、父がいなくなった後、私をここに連れ来たのでしょ?」
翼の目が完全に光太郎に向けられる。
光太郎は翼の視線を受け、ニッコリと笑いながら拍手をする。
「本当に貴女は素晴らしいですね。」
「コウ……。」
夜希は光太郎の言葉に非難の目を向ける。
「茶化すな。こいつに失礼だ。」
「……成程、夜希、君は彼女を認めたのですね?」
夜希は光太郎の言葉に何かを決意した瞳を宿しながら黙って頷いた。
「そうですか、君は決めたのですね。」
「ああ、始めは決して自らは決めないと思ったが、こいつの眼を見たら、離せなくなった。」
翼はこの二人のやり取りを怪訝な表情で黙って見ていた。
「だから、オレはこいつを認める。」
「……確かに認めるには値しますよ。けれど、彼女はボクたちを受け入れてくれるでしょか?」
「…分からない、だが――。」
「お話のところ失礼だと思いますが、いい加減私にも分かるように言ってくれませんか?」
二人で話を続けるものだから、翼はとうとう話の内容に付いて行けなくなって夜希の言葉を遮り、不機嫌そうな声音で二人に話しかける。
「貴方がたが私を品定めしているのは知っています。そろそろその理由を話していただけませんか?いい加減になさらないと私の忍耐も持ちませんから。」
「……コウ。」
夜希はちらりと光太郎を一瞥し、光太郎は苦笑の笑みを漏らす。
「貴女は本当に素晴らしい方ですね。」
「そんな世辞はいりません!」
翼は刃のように鋭い瞳を光太郎に向ける。
「いい加減話してください!」
翼の凛とした声が室内に響く。それはとても重々しく感じられた。
しばらく黙っていた光太郎の口が開く。
「……貴女は後悔しませんか?」
「後悔なんてしません。たとえ…とてつもなく信じられない事でもそれを聞くといったのは私ですから、決して後悔なんてしません。」
「本当にいいのですね?」
光太郎の声音がいつもよりも硬い事に気付き、翼は真剣な眼差しで重々しく頷く。
「そうですか…。」
「コウ……、話すのか?」
心配そうに訊いてくる相棒の夜希に光太郎は諦めたような笑みを浮かべる。
「ええ、いつかは話さなければいけない話ですし。それが早まっただけだと考えればいいんですよ。」
「そうか……。」
夜希はかなり珍しい事にいつもは仏頂面の顔に微かに柔らかな笑みを浮かべた。
「お前が後悔しないのならばいい。」
夜希のこの言葉はどちらかに向けられたかは分からない、もしかしたら両方に語りかけたかもしれない。
「それで、間違っても、オレは付いて行く。」
それだけ言うと夜希は壁に凭れ掛かり硬く目を瞑る。
「翼さん、いいですね?」
光太郎の硬い声音に翼は何かに挑むような真剣な表情で神妙に頷いた。
「ええ、いつでも構いません。」
「では、貴女は自分が普通の人間ではないと言われたらどうします?」
「……。」
唐突な質問に翼は微かに眉間に皺を寄せる。
「……私は何が「普通」なのかは知りませんが。それでも、少なからず傷つくでしょう。」
「……そうですか。」
翼の答えに光太郎は微かに痛みを堪えるような顔をする。
「貴女は残念ながら普通の人ではありません。」
翼の目に微かな悲しみの色が映る。
「貴女は特別な存在なんです。」
「……。」
「ですから――。」
光太郎は言葉を紡ごうとするが、不意に彼は口を閉ざした。
彼は見てしまったのだ、翼が憎しみを込めた目でこちらを見ている事に。
「つ、翼…さん?」
光太郎の声が掠れる。
「何が。」
翼の口から唸るように呟く声が漏れる。
「特別な存在なの……。」
翼は憎しみの篭った顔を歪ませ、今にも泣き出しそうな表情をする。
「本当は…、分かってたわ。私が「普通」じゃないことくらい。」
「翼さん…。」
「分かっていたわよ…。確かに私は「普通」じゃないわ。だけど、何?私には「普通」の日常を望んではいけないの?」
「……。」
「私はただ、ほかの子と同じように過ごしたかった。なのに……なのに、私が「特別」だから、こんな事をするの!」
翼はずっと前から分かっていたのだ、自分が「普通」じゃない事に、そして、それを他の人に始めて言われてしまい、感情を抑える事が出来なくなった翼は涙を零し始めた。
一粒、一粒、翼の頬を濡らす涙。
翼の言葉から本当の彼女の心の声が漏れ始める。
「私は、私は!絶対に貴方たちの事を許さない。」
涙を零しながら翼はまず光太郎を睨み付け、次に夜希を睨み付けた。
「私は貴方たちの仲間になるつもりなんてないわ!もう、私にそんな話を持ちかけないで!」
翼はそう怒鳴ると勢いよく部屋から飛び出した。
「……夜希、ボクは間違っていたのでしょうか?」
珍しく弱気な発言をする光太郎に夜希は目を見張った。
「彼女をあそこまで追い詰める気はなかった。けれど……。」
「泣かせてしまったな……。」
「ああ、失敗してしまった。」
光太郎は項垂れ、ズルズルと床に座り込む。
「……これからどうするか…。」
「分からない。」
夜希は頭を振り、光太郎の近くまでよる。
「だが、これだけは言える。」
「何を?」
光太郎は見上げ夜希の顔を見る。
「……そこに座り込むな、服が汚れる。」
ぶっきらぼうに言われた言葉に光太郎は一瞬本気で夜希が何を言ったのか理解できなかった。
「この部屋は掃除してないんだぞ。」
「……っ、くくく……。」
ようやく夜希が何を言いたいのか分かった光太郎は肩を揺らしながら笑い出す。
「夜希、それだと、何を言っているのか分からないですよ。」
「そうなのか?」
夜希は怪訝そうな顔で光太郎に尋ねる。
「そうですよ。もう少しストレートに言って下さい。」
夜希が光太郎に言いたかった言葉というのは「いつまでも落ち込まずに前を見ろ。」という事だった。
「……コウ。」
夜希は仏頂面で光太郎をじっと見る。普通の人が見れば何も感情を見出すことは出来ないが、長年ともに過ごした光太郎には夜希が自分を心配している事を読み取る事が出来た。
「大丈夫ですよ。」
「……本当にか?」
「ええ、もう大丈夫です。」
光太郎は一つ頷くと、右膝に右手を置き立ち上がろうとしたが、丁度力込める少し前に夜希が光太郎に手を差し出す。
無言に差し出された手に光太郎は笑みを浮かべ、素直に彼の手を取る。
「ありがとうございます。」
「……。」
夜希は無言のまま礼を述べた光太郎の腹に拳を入れた。
「……っ…ごほっ…、よっ、夜希?」
光太郎は体をくの字に曲げ、床に膝を付く。
夜希はそれを無言で見下ろす。
「いきなり何をするんです……。」
苦悶を浮かべる光太郎に夜希は冷ややかな声音を出す。
「今のは『マスター』を泣かせた者の罰だ。」
「……先程はボクを励ましてくれたのにですか?」
「それとこれとは話が別だからな。」
素っ気なく言う夜希に光太郎はついつい苦笑を漏らす。
「オレは言ったはずだ、あいつを『マスター』と認めると。」
「ええ、確かに言っていましたね……。」
「だから、オレはあいつを泣かしたお前を許すわけにはいかないからな。」
「……連帯責任だと思っていましたが…。」
やっと苦痛が和らいできたのか光太郎の顔に微かな笑みが浮かぶ。
「……連帯責任じゃない。お前はまだ、藤堂翼を認めていないんだろ?」
「そうですね。」
光太郎はそう言いながら体を再び起す、今回は、夜希はただ黙ってみているだけで手助けも邪魔もする気配はなかった。
「ボクはまだ彼女を『マスター』と認める事は出来ません。」
「そうか…。」
光太郎の言葉を聞き、夜希はこの部屋のドアへと向かう。
「夜希。」
「何だ?」
呼び止められた夜希は不機嫌そうな顔でこちらを見るが、実際はそんなに機嫌は悪くはない。
「理由は訊かないのですか?」
「訊く必要はないだろ、どうせ、お前の考えている事は少なからず分かるからな。」
夜希は微かに不機嫌な声音を混ぜそう言った。
「そんなに嫌悪しなくてもいいじゃないですか。」
光太郎は笑いながらそう言い、夜希の側まで歩み寄る。
「ボクたちは仲間なんですから。」
「……あいつを、藤堂翼を認めていないのに仲間と言うのか。」
「ええ、彼女が現れるずっと前からボクたちは運命を共にしていたのですから。」
「……なんか嫌な言い方だな…。」
「そうでしょうか?」
光太郎はクスクスと笑いながら夜希の肩をぽんと叩く。
「事実そうなのだからしょうがないでしょう?」
「それもそうだが……。本当にお前の言葉は嫌だな…。」
「まあまあ、これはこの辺までにしておきましょうか。」
夜希は肩を竦め、光太郎の言葉に肯定の意を表す。
「夜希、ボクは思うんです。彼女が本当にボクたちの仲間になっていいものかを……。」
「今更何を言っているんだ。」
夜希の言葉に光太郎は哀しげな笑みを浮かべる。
「ええ、確かに今更です。ですが、今言わないと遅いのだと思います。」
「……。」
「彼女は間違いなく、ボクらの主、『マスター』になるべき方だと思います。」
「……なら――。」
「待ってください、話はまだ終っていません。」
夜希の言葉を遮り光太郎は苦しげに首を横に振った。
「ボク以外の全ての仲間が彼女を認めるでしょう。そして、もう認めた者もいます。」
「……。」
「もし、全員が彼女を『マスター』だと認めたらどうなると思いますか?」
真剣な瞳で問われる夜希は真直ぐな眼差しで相棒である光太郎を見据える。
「何も変わらないだろう。」
「いいえ、変わりますよ。」
静かな声音に夜希は思わず顔を顰める。
「……いったい何が変わると言うんだ。」
「彼女はボクたちの『絆』という鎖に雁字搦めになるからです。」
「お前はいったい何を言いたいんだ……。」
その言葉を聞いた光太郎は微かに哀しげな表情を作る。
「簡単な事ですよ。ボクたちは彼女を求めています、ですが、彼女はボクたちと係わる事が嫌なのです。」
「……。」
「ですから、もし、全員が彼女を認めてしまったら、彼女は押し潰されてしまうでしょう。」
「……あいつはそんなに柔じゃないと思うが。」
「ええ、確かに翼さんは柔ではないです。ただ、それは見た目だけかもしれませんよ。ボクたちはまだ本当の彼女を知らないんですよ。」
「………確かに。」
夜希は片手で口元を覆い考える素振りを見せる。
「お前はそこまで考えていたのか……。」
「まあ、そうですね。夜希、君は気づいていますか……彼女は、翼さんは危うい存在だという事を。」
「どういう事だ?」
夜希は怪訝そうに光太郎を見た。
「どういう事も何も、そういう意味ですよ。」
「訳がわからん……。」
眉間に皺を寄せ、夜希は険のある目つきで光太郎を見る。
「確かにボクも最初は気付きませんでしたよ。ですが、先程彼女に会い確信しました。」
「だから、いったい何を言いたいんだ…。」
光太郎は夜希の言葉を聞いていないのか、自分の言いたい事しか言わない。
「これは困った事になりますね。」
完全に話が通じないと悟った夜希は不機嫌な顔で部屋から出て行った。
一人部屋に残された光太郎は何か目に見えない何かが廻っている事に気付き始めていた。