お喋り看護師とカエルのオバケ
◇
「地下の分娩室?」
そうだ、アキラの言葉があまりにも妙で、その違和感に気が付かなかった。
何で、赤ん坊が産まれると云う本来“おめでたい”場所が霊安室やら倉庫やらがある地下の薄暗い場所にあるんだろう?
なので、バイタルチェックに来た看護師に訊いてみたんだ。しかし。
「分娩室は三階よ? 産婦人科が三階にあるから、同じ階にあった方が便利でしょ」
「えっ?」
看護師の云う事ももっともだ。しかし、確かに俺は地下の分娩室を見たし、十五年前に弟を産む為に母は確かにそこへ入った。
しかし、あまりしつこく訊くのも、何だと思い、ここは引く事にした。
「そうっすよねー、普通に考えればそうすよねー、俺、漢字苦手だから別な事書いてあるのを読み間違えたのかも」
いくら何でもそれは無いが、そう云っといたら看護師は妙に納得した顔をしたのでムカついた。
「ねえ君、山口さんに地下がどうとかって訊いてなかった?」
別の看護師が来てそう云った。さっきの看護師は山口と云うのか。
「はい」
何だか見るからにお喋り好きと云うか噂好きそうなオバチャン看護師だ。
「地下の分娩室って確かにあるわよ。でも今は使ってないの。地下で使っているのは霊安室ぐらい」
「何で使われなくなったんですか?」
と云う事は昔は確かに使われていたのか。
「あそこはね、元々、死産が確定している赤ちゃんを産む妊婦さんが使う場所だったのよ、あと妊娠後期の中絶とか……前の院長がね、そうゆうの分けた方がいいって言い張って地下に作ったのよ、でもね……」
オバチャン看護師は誰かいないか確認するように周りを見渡し、続ける。
「そういう不幸な赤ちゃんばかりだったせいか、霊安室の隣に作っちゃったせいか……出るのよ」
オバチャンは胸のところで両手をだらんと下げる。つまり……“出る”ってソレか。
「それは……死んだ赤ちゃんの霊って事っすか?」
「違う」
「じゃあ、霊安室に安置された亡くなった人の……」
俺、そんな恐い所を一人でさ迷っていたのか。今更ながら身震いした。しかし。
「違う」
どっちも違うって何だ? 一体何が出ると云うんだ?
「まさか“ネズミが出る”とか“ゴキブリが出る”とか云うオチじゃないっすよね?」
何だか苛々して来た。
もしかしてこのオバチャン看護師はお喋りの相手が欲しくて俺をからかってんじゃないか? と云う気さえして来た。
「いやね、ネズミでもゴキブリでもないわよ。ちゃんとしたオバケよ」
真顔だ。オバチャンの真顔の方がオバケなんかよりよっぽど恐いような気がするが、一応真剣らしい。
「どんなオバケが出るって云うんすか?」
「あのね……カエルのオバケが出るのよ」
俺は言葉を失った。
何だそれ? ギャグのつもりなのか? 全然怖くも面白くも無い。どうリアクションしていいのか判らない。きっとジェネレーションギャップって奴だな。このオバチャンと同世代しか通じないギャグなのだろう。
「カ……カエルっすか! そ……それは恐いっすね!」
別にカエルなんて恐くも何ともない。好きでも嫌いでもない。
何とかオバチャン看護師に合わせてやろうと苦肉のリアクションだ。
俺の頭の中では地下の薄暗い廊下を、半透明のカエルがぴょんぴょん跳び跳ねている。
そんな変な話を聞いたせいか、変な夢を見た。
俺は例の地下にいる。
何故かアキラも一緒だ。
「なあ、アキラ、知ってる? ココ、カエルのオバケが出るんだってさ、チョーウケる」
俺がそう云うとアキラは、デカイ帽子を取りながらこう云う。
「カエル? そのカエルって、こんな感じかな?」
帽子を取ったアキラの顔は緑色のカエルになっていた。
いや、いつの間にか服も脱いでいて全身がカエルだ。種類はよく解らないが田んぼで良く見かけるカエルだ。
カエルになったアキラはぴょんぴょん跳び跳ねて分娩室に入って行ってしまう。
「あ、アキラ、どこ行くんだよ」
アキラが心配で俺も分娩室に入る。
何故かその中にはアキラは……と云うかアキラだったカエルはおらず、看護師達が忙しそうにしている。分娩台では今よりちょっと若い母が眠っている。
俺は小さい子供になっている。
赤ん坊の泣き声が聞こえる。そう云えば、弟が産まれたんだった。
「あかたーん」
舌足らずの声で弟を呼ぶ、産まれたばかりの弟が返事をする筈はないのに。
自分の背より高い台の上に小さな手が覗いている。
「あかたんいたー」
ピンクの小さい手。泣き声に合わせて動いている。
弟の顔が見たくてしょうがない俺は、小さな椅子を持って来て、よじ登る。
「あかたん」
文字通り、産まれたままの姿で臍の緒を付けたまま手足をばたつかせている赤ん坊。
でも、その赤ん坊の顔はカエルだった。
ピンクのカエルだ。




