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迷子と変な単語




 俺は分娩室の扉の前に立っている。その後方と云うと……霊安室か?

 さっき考えた馬鹿げた想像が甦り、死臭まで漂って来そうだ。

 死んだ人間を安置しとく訳だから、少なからず死臭はするのかもしれないが。

「何やってるの?」 

 背後の“モノ”は突然声を掛ける。

 心臓が跳ねた。

 いや、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思う程驚いた。

 恐る恐る後ろを振り向くと、デカイ帽子が見えた。

「アキラ?」

 アキラだ。

 ほっとするやら何やらで、俺はその場にしゃがみ込んだ。  

「良太、こんな所でなにやってんの?」

 この時程、この緊張感の無い声が有り難いと思った事はない。

「びっくりさせんなよ〜、只でさえ霊安室とか在って薄暗くてビビってたんだからよー。売店探してたら迷っちゃってさ」

「売店は一階。ココは地下だよ。廊下がスロープになってるから間違えたんだね」

 スロープ? そう云えば緩めの下り坂になってた。しかし、随分詳しいな。

 安心してアキラが出て来たとおぼしき扉の方を見てみると“第○倉庫”と書かれていた。そうか、霊安室はもうひとつ向こうだ。

 でも

 アキラは倉庫なんかで何してたんだ?

 部外者は立ち入り禁止だろう。普通。

「なあアキラ」 

「何?」

「お前こそ何してたんだ?」

 それは訊いては行けない言葉のような気がした。だが、あえて訊いた。

 アキラは黙っている。 帽子の下の口を真一文字に結んで。 

 ふいに、その口が開いた。

「売店で何買うつもりだったの?」 

 例の緊張感の無い声が緊張感の無い事を云う。

 スルーか、俺の質問スルーか! しかし、何故だかほっとした。

「何って訳じゃないけど暇だったからさあ、小腹も減ったし」

「じゃあ僕は焼きそばパン買うから良太はコロッケパン買いなよ。また半分こして食べよう」

 何だ? 勝手に決めやがって。でも

「お、それも良いな」

 コイツが何者かなんて本当は関係ないのかもしれない。何だか兄弟みたいに気が合う所もあるし、一緒にいると安心するのも確かだ。

 

 陽当たりの良い面会室でパンを食いながら、もし、コイツと兄弟だったら……なんて事を想像する。

 悪戯して叱られて、泥んこになって叱られて、兄弟喧嘩して叱られて。なんだか叱られてばっかりだな。でも男の兄弟なんてそんなもんだろう。

  

「パンみたいに……も、半分こ出来たらいいのになあ」

 ふと、アキラがぼそりと呟いたので我に返った。

「え? 何? 何を半分こ?」

 今なんて云った? アキラ。

「何でもない何でもない」

 なあ、何て云った?

 アキラはパンを食べ終わると口の周りを手で拭い、立ち上がる。

「もう、行かないと」

「ああ、俺ももうそろそろ病室へ戻らないと、看護師に怒られるわ。またな」

「うん、またね」

 席を立ち、病室に向かいながらアキラの言葉を反芻していた。

 ……も、半分こ出来たらいいのになあ……

 聞き取れなかった訳じゃない。

 その単語があまりにも突拍子の無いものだったから。

 ……脳味噌も、半分こ出来たらいいのになあ……

 アキラは確かにそう云ったんだ。



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