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帽子とチェーンソー





 冷たい。

 冷たい物を浴びせられ、飛び起きた……つもりだった。

 しかし、身体は動かず割れそうに頭が痛み実際は目を開けただけだった。

「目ぇ覚ましましたぜ」

 バケツを持って笑っている男が後ろを振り返りそう云っている。 

 どうやら、俺は頭を何かで殴られて気を失ってたらしい。

 しかし、ここは何処なんだ?

 埃臭くて、酸化した油の匂いがする。暗くてよく判らないが、廃工場とか廃倉庫とかそんなものだろうか? 不良の溜まり場と云ったらそんなもんだし。

 いや、そんな事より、さっき俺に水を掛けたのは誰だ? “ジャスティス・タイガー”の奴等が、俺をここに運んでくれたんだよな? じゃあ、バケツの男が声を掛けたのは虎正か? ちくしょう、頭が割れそうで何も考えたくない。

「よお」 

 聞き慣れない声がした。虎正でも、鮫島でも、俺の知っている誰の声でも無い。

「お前、虎正じゃねえの?」

 こいつは俺を虎正だと思って此処へ連れて来たらしい。 と、云う事は。

「おいコラ! これ虎正じゃねえべ」 

 怒号が飛び、鈍い音とうめき声、バケツの転がる音。

「す……すいません胡麻崎さん! 虎正の単車の側に倒れていたんでてっきり……」

 そのやりとりを訊いて、疑問は不安になり、不安は絶望へと変わる。

 こいつら、“護摩蛇羅”だ、しかも、偉そうに吠えてる奴は護摩蛇羅の総長、胡麻崎だ。そして、俺は手足を縛られて身動き出来ない。

「虎正捕まえて来いっつたべ? こんなザコ引き摺って来てどーすんの? んああ?」

 そう云いながら、倒れたバケツ男の腹を蹴っている。

 酷い奴だ。不良に酷いも良いもある訳が無いが、味方にすらこうなのか。もしかしてジャスティス・タイガーのメンバーが減っていたのもコイツが陰で何らかの圧力をかけていたのかも……

「あーもう面白くねー! 誰かコイツに目隠ししろや」

 “コイツ”と云うのはバケツ男の事だと思ったら、何と、俺だった。

 頭が痛い上に縛られて、その上目隠しか。何をする気なんだろう? と考えても最悪のシナリオしか思い浮かばない。 

「胡麻崎さん、まさか……」 

 バケツ男とは違う取り巻きの一人が震えた声で訊く。

「おうよ、チェーンソー持って来い」

 チェーンソー、目隠し、ああ、もう此処から生きて帰る事は出来ないだろう。

 運が良くても、五体満足で帰る事は出来ないだろう。

 目隠しをされ、冷や汗が背中を伝うのを感じていると、チェーンソーが作動した音が聞こえた。

 胡麻崎達は何か云ってるらしいがチェーンソーの音に掻き消されて解らない。

 身体が小刻みに震える。誰か、誰か助けてくれ。

「誰だゴルァ」

 突然、チェーンソーが止まった。誰かが此処へ入って来たらしい。

「あ、良太、こんな所にいた。探したんだよ」

 アキラの声だ。何で奴が此処に?

「オメエも虎正の仲間か?」 

「何? 虎正って? 僕は良太を探しに来ただけだよ」

 緊張感の無い声が響く。駄目だ、アキラ、逃げろ。逃げたついでに警察を呼んでくれ。それが最善の方法だ。

「この野郎、妙な帽子なんか被りやがって!」

 肉と骨がぶつかる音。アキラが殴られた。

 しかし、その直後聞こえた悲鳴はアキラのものでは無い。

 どう云う事だ?

 アキラが胡麻崎を殴ったのか?

 くそ、目隠しされてて何が何だか。

「ち……近寄るな!」

「ぐふぉっ」

 何か……吐いてるような声がする。酸っぱいような匂いがして来たから吐いてるんだろう。しかし、何故?

「帽子返してよ」 帽子、取られたのか。

 平然と云ってるところを見るとアキラは無事だ。 

「ひいいい!」

「ぎゃあああ」

 何なんだ? この悲鳴は? 

 “阿鼻叫喚”とはこの事を云うのだろう。まるで化け物でも現れたような騒ぎだ。

 暫くして、少し静かになり、俺の目隠しが外された。

「良太、もう大丈夫だよ」

 アキラは相変わらず、目深に被った帽子の下から口角の上がった口だけを覗かせている。後ろには放心した様子の胡麻崎達。

「また……助けて貰ったな」

「あ、これ? 助けた事にはならないよ」

 安心したせいか、意識が遠のく。胡麻崎達に何が在ったんだろう? そんな疑問も意識と一緒に飛んで行った。



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