コロッケパンと焼そばパン
◇
俺の親父は、俺がまだ物心つかないウチに家を出て行った。
何でも、俺の後に出来た子供が産まれてすぐに死んでしまって、それから夫婦仲が悪くなったと訊いている。
だから俺には親父がいない。母は昼間寝ていて夜、自分の経営している飲み屋で働いているので、一緒に飯を食った事も覚えている限り無い。
夕飯はババアが作ったクソ不味い冷えたのを食って、朝や昼はコンビニで何か買って食う。
「焼そばパン美味しいね」
奴の、帽子の下の口が笑っている。
奴の買って来た二種類のパンを半分ずつ分け合う。
コロッケパンの半分を食いながら、こんな風に誰かと物を食ったのって、ひょっとして初めてかもしれない。と思った。
「また助けて貰ったな」
物を食いながら会話するのは結構難しいと云う事を初めて知ったから。
「助けた事にならないよ」
これはもう奴の常套句なんだろうな。きっと謙遜してるんだろう。
そういえば、コイツ、高校生なんだろうか? 中学生なんだろうか? いつも私服なんで判らない。
「アキラ、お前いくつだ?」
「十五才」
「俺より二コ下か、中学三年か? 高校一年か?」
自分より年下の奴に食い物を奢って貰うなんて少し心苦しい。
「学校行ってないよ」
「えっ?」
それは、中卒で働いていると云う意味なんだろうか? それとも不登校とか?
「学校、行ってみたかったな」
ちょっとまて。
「もしかして、お前、高校どころか中学も小学校も行ってねえの?」
奴は黙って頷いた。
理由を訊く気にはならなかった。いや、物凄く訊きたかったんだけど、訊いたら物凄く面倒臭い話をされそうで。
だから俺は、“アキラはこの変な性格のせいで小学校に入ってすぐにイジメられてそれからずっと不登校になっている”と勝手に頭の中で設定した。
「学校あんま面白くねえよ、行かなくて正解だよ」
実際、そう思ってる。
「そう? そう思う?」
何故か奴は喜んでる風に云う。
「勉強なんて俺、嫌いだし、規則で息が詰まりそうだし、恐い上級生居るし」
そうそう、行かなくていいじゃん。
「良太は、学校嫌い?」
……あれ?
俺、コイツに名前教えたっけか?
“俺の名前はアキラじゃない”とは云ったけど、名前を教えたかどうか忘れた。まあ、いいや。
「嫌いに決まってるよ。好きだなんて奴がいたらソイツぜってー頭オカシイって」
「へー」
俺の頭じゃ良い高校は入れなかったし、ババアの稼ぎに見合う所と云えば、今通ってるクズ高校だ。
しかし、高校やめても特に何かやりたい事がある訳じゃないので仕方無く行ってるだけだ。
「全く、こんな出来損ないの為に金出して高校通わせてるババアの気が知れねー」
「出来損ない?」
ふと、奴の声のトーンが変わった。何か低いっつうか、暗いっていうか。
やべ、もしかして自分の事だと思ったのか? よくいるよな、人の話よく聞かないで変な解釈しちゃう奴。
「俺の事だよ」慌てて云う。でも。
「良太、出来損ないなの?」
帽子の中から、俺を舐めるように見ているのが解る。
「そうなんじゃないの?」
やっぱり、コイツはオカシイ。
奴が帰ると云うので、公園で別れた……振りをした。
何か気になったんだ。せめて何処に住んでいるのか突き止めたくて。
奴はどんどん歩いて行って綜合病院に入った。
……えっ? 患者なのか?
精神科の入院患者で、時々こうして抜け出しているのかも……と、思ってみたら妙に納得出来た。
でも、この病院に精神科は無いはずだ。
別の病気と云う気もしない。
……ああ!
きっと、医者の息子なんだ!
少しオカシイと云うか天然と云うのも金持ちのボンボンだからだ。金持ちは変わり者が多いらしいし。
「なーんだ」
俺は何だかガッカリした。奴とは色々通じるものがあるような気がしたのに。
金持ちなんて俺とは違う人種だったとは。
あくまでも俺の推測なのに裏切られた感じがした。