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俺と奴




 変な奴だ。

 大きな帽子を目深に被って、あれじゃあ目が見えないだろうに。それなのに何処にも躓かずに歩いていた。

 その変な奴が俺に近付いて来て云ったんだ。

「助けてやる」って。

 何の事だか解らなかった。何故、俺にそんな事を云うのかも。

 帽子の下から口だけ見える。やけに大きいように感じるのは気のせいだろうか?

 春先になると変な奴が多くなるらしいが、こいつもそんな奴の一人だろう。


 そいつを無視して本屋に入った。別に本なんか欲しくない。本を万引きして、それを売って、金を作る為だ。今日やらないと明日遊ぶ金が無い。

 しかし、あの大きな帽子の変な奴は、じーっと俺の方を見ている。

 いや、見ているのかどうかは解らないけど。

 見られてたって別にいいや、どうせ頭の変な奴だ。


 写真集なんかは高く売れるので狙い目だ。あと、ハードカバーの本。ワイド版のマンガ本もいいが、人気があるからと云って高く買い取って貰える訳じゃない。そこの見極めが大事だ。

 店員の目を盗んで、キャンバス地の肩掛けバッグの中にこっそり入れる。当然バッグは重くなる。まとまった金にするには五キロぐらいは軽く超えるぐらいの冊数がないと。しかし、重そうにしていれば一発でバレる。だから軽々と肩に掛けるんだ。

 ちょっとしたパントマイムのように、涼しい顔をして、足取りを軽く、重いものを軽いように見せるんだ。

 そうして、レジの横を通過し、外へ出ようとしたら

「ねえ」びっくりした。さっきの奴だ。

「本、好きなの?」

 何でここで話掛けるんだ?

「そんなにいっぱい……本、好きなの?」

 俺が返事をしないのは聞き取れないからと思ったらしく、奴は目一杯大きな声で云う。

 ああ駄目だ、肩が重い。

「ちょっと、君、そのバッグの中身見せて貰っていい?」

 しまった、店員に気付かれた。ちくしょう。

 逃げなきゃ。でもバッグが重くて走れない。

 折角の戦利品を置いて逃げるのも厭だ。その時。帽子の奴が俺に云った。

「あ〜、アキラ、だから云ったろー? 買い物に来る時はあんまり荷物持ってくるなって」

 アキラって誰だ? 

「この子、君の友達?」

「はい、こいつ本好きで、片時も本を手放さないんです。本屋に行くときは本置いてけって云ってるのに……だからしょっちゅうあらぬ疑いを掛けられるんですよ」 

 店員は俺の顔をまじまじと見る。こんな、茶髪のチャラチャラした高校生が本好きなんて信じてくれる訳ないだろうに。

「そうか、おじさんてっきり万引きだと思っちゃった。ゴメンゴメン」

 マジかよ……あっさり信じやがった。


「助けてくれてありがとう」 

 奴の云ってた“助ける”とはこういう事なのか? と思い、礼を云った。

「まだ助けてないよ」 

 折角礼を云ったのに、意味不明な事を云いやがる。コイツ、絶対友達居ないだろ。 

「助けた事にはならないよ、むしろその逆」 

 あー、ますます意味不明。 


 しかし、それから俺はこの妙な帽子野郎にまとわり付かれる事になる。

 一体何が目的なんだ?

 何を助けてくれるって云うんだ?







「おう、良太。金持って来たか?」

 強面の取り巻きに囲まれた鮫島はその名の通り鮫の様な眼で俺を睨む。

 頭はスキンヘッドだし、歯はすきっ歯だし、眉毛無いし、本当に何から何まで鮫っぽい。

「も……勿論ですよ、鮫島先輩」

 勿論、と云っても昨日の戦利品を売った金は大した事無い。だから家からも少しくすねてきた。

 どうせババアが良い歳して男に貢がせた金だ。

「ど……どうぞ鮫島先輩」五千円札が一枚、千円札が五枚、結構な額だと思うけど……

「んああ? これっぽっちかよ!」

 えっ? 1万円で“これっぽっち”なのか?

「良太、オメエよう。何か勘違いしてねえか? 俺を誰だと思ってんだ?」

 誰って……鮫島龍二だろ?  

 何て云って欲しいんだ?  







「良太、またアンタ店の金持って行ったね!」

 家に帰るとババアが吠えてた。ちぇっ、もうとっくに店に出てると思ったのに。

「アンタねえ、あれだけ稼ぐのに母さんがどれだけ苦労してると思ってんの?」

 稼ぐって、男に色目使う事かよ。

「全く、高校入ったら急に悪くなっちゃって。アンタを生んで育てたアタシの身にもなってよ」 

 真っ赤な口紅を引いた唇を歪ませて、厚化粧した顔に皺を寄せる。店の客の男共はこんなケバいババアに色目使われていい気になってんのか。

「うるせえババア、生んでくれなんて頼んだ覚えねえよ!」

「良太!」

 そうだ、生んでくれなんて頼んだ訳じゃない。 何で産みやがった。こんな出来損ないを。  

 ババアは大号泣だ。泣いて何でも許されるのは若い女だけだ。見ろ、化粧が崩れてまるで化け物だ。

 その化け物のような顔で小さな仏壇に助けを求めるような顔をしていた。 







「腹へった」

 あまりにムカついたので晩飯も食わずに家を飛び出して来た。

 金も、持っていた全額を鮫島に渡したので無一文だ。

 行く宛ても無く近所の公園のブランコに揺られていると誰かが歩いて来る音がした。

 こんな時間に、こんな奴がブランコに乗ってたらおかしいだろう。立ち去る事にしよう。

「アキラ」

 だからアキラって誰だよ? えっ?

「やっぱりアキラだ。何やってんの? こんな所で」

 デカい帽子……あいつだ。

「俺はアキラなんて名前じゃねえよ」

「ごめん、アキラは僕の名前だ」 

 やっぱりコイツ、どっかおかしい。


 奴……“アキラ”は俺に「ちょっとここで待ってて」と言い残し、何処かへ行った。そして再び戻って来た時、手にはコンビニのレジ袋をぶら下げていた。

「お腹空いてない? パン食べる?」

 レジ袋を高く掲げてそう云う。

 ああ、また“助けて”貰った。




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