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砦の主



「うぁぁ……なんてバカなことをしたんだ自分!」


 暗い牢の中、メルファは昨日の一連の出来事を思い出してため息をついた。あれから案の定すぐに捕まったメルファは、そりゃあもう力の限り暴れた。

 盗賊たちがうんざりするくらいわめき散らして、しまいには『あーっ、もう!うるせえ女だな!おい、あれ持ってこい!』という盗賊の一言によって口に布を当てられて何かを吸わされ気を失ったのだ。

 だがまあ、思い返してみればあれだけ暴れたのに手足を縛られて牢に入れられるだけですんだのはある意味幸運とも言える。それでも状況が良いとは言えないのが現状なのではあるが。


 さあて、どうしたもんかなぁ。

 牢の中はじめじめしてカビ臭いし、いいかげん早く出して欲しい!ていうかここの床にカビとか生えてないよな?私、直に座ってるんだけどなんか汚そうだぞ!

 このどうなるか分からない状況下、実にどうでもいいことを考えながらメルファは大きくため息をつく。


「あーあ、誰もこないし、お腹も空いたし。……叫んだら誰かくるかな」


 そう呟いてメルファが息を吸った時だった。薄暗い中で物音がした。


「おいっ、女!出て来い、今度は暴れたりすんじゃねえぞ!!」


 大きなダミ声ととも牢の鍵が空けられる。


「おー、おっさん!すごいタイミングだな!大人しくするから、とりあえず足の縄だけでも解いてくれ!ここ汚いから直で座っていたくない!」


 メルファには少しも恐れる様子がなかった。むしろ敵であるはずの相手に対して馴れ馴れしいほどである。盗賊の方はそんな彼女を変な生き物でも見るような目で見る。…無理もない。


「なんつー図太い神経した女だ……まあいい、たった今統領が砦に戻ったとこだ。お前をどうするかはこれからあのお方が決める!さあ来い!」


 そう言ってメルファ足の縄をナイフで切ると、盗賊は彼女を立たせて引っ張った。


「痛い痛い、んな引っ張んなくたって歩けるっつーの!離せ!」


 そう言いながらもメルファは盗賊の言葉を聞いて胸が高鳴るのを抑えられなかった。

なぜならーー


ーー統領、って言った!てことはマリンロークを持ってる張本人に会える!


 足取り軽く男に付いていくメルファはこのときすっかり忘れていた。自分が腕を縛られた状態でマリンロークを持っている張本人に会ったとしても取り返すどころではない、ということを。






「統領、お待たせしました!コイツが昨日砦に侵入した怪しい女です!」

「ほう、そいつがか?」


 そう言って怪しく口角を引き上げたのはがっしりとした体つきにヒゲを生やした大男だった。前に突き出されたメルファをじっとりと観察すると、男が口を開く。


「…ふん、それで?おめえみてえな小娘がコソコソなにしにきやがった。場合によっちゃ奴隷として売り飛ばしてやるぞ、見てくれは悪くねえようだからな」


 ニタリとさらに怪しい笑みを浮かべた統領に、メルファは待ってましたとばかりに叫んだ。


「マリンロークを返せ!!」

「…あん?小娘、なんでおめえがそれを知ってる?もしかしてあの村の人間か?」


 メルファがその名を叫んだことが意外だったのか、相手は軽く目を見開いてメルファの方へ近づいた。


「そうだ!あれは村の奴らが代々守ってきた大切なもんだ!お前らなんかが取っていいものじゃないんだよ!」

「はっはっは!言ってくれるじゃねえか小娘…だが残念だったな、あの石はもうここにはないぜ?」

「?!」


 ぐっとメルファに詰め寄って男は面白そうに笑った。


「ありゃ俺が報酬を受け取るかわりに頼まれて取ったもんだ。もう石は渡しちまったよ!」

「……その石を持ってる奴はどこにいる?」

「おっと、そりゃ言えねえな!もっとも今教えたところでおまえにできることなんざ何もねえがな!…なんなら今殺してやったっていいんだぜ?」

「………っ」


 そう言って不敵な笑みを見せる男にぐっと言葉を詰まらながらも、メルファは相手を睨んだ。

 この髭もじゃクソオヤジっ!さっきからニヤニヤむかつく笑い方しやがって!

 そのメルファの内心の悪態は口には出さずとも相手には伝わってしまったらしく盗賊の統領の口元が怪しくゆがんだ。


「おーおー、威勢がいいな。だが俺は気が強い女は嫌いじゃねえんだ。…そうだな、なんなら小娘。おまえ俺たちの仲間にでもなるか?たしかに上物ではあったがあんな石のことなんて忘れちまえ。そうすりゃ助けてやらねえでもないぜ?」


 いや、やっぱり俺の女になるっていう選択肢も捨てがたいな。そう付け足した後、メルファの顎をつかんだその手にひやりと嫌な悪寒が走った。

 そしてそれと同時に彼女はいいもしれない怒りがふつふつと込み上げてくる感覚に下げていた目線を上げる。


ーーこのやろう、マリンロークをあんな石、だとっ!!


「…ふっざけんなよっ!!」


ドカッ


「っ?!」


 鈍い音ともに気づいたときには統領が地面に倒れ伏していた。

 自分が自由になった足を振り上げて相手を蹴り上げたのだと言うことは一目瞭然だった。やってしまった、そう思って後悔するもすでに後の祭り。腹をおさえてむくりと起き上がった統領はその目にハッキリと怒りの炎を宿していた。周りで見ていた他の盗賊たちも顔面蒼白だ。


「…いてえじゃねえか小娘、やってくれたな…」

「あ、えーっとその…今のはですね、その…あれですよ、そう!足が勝手に「野郎ども!!このクソ女さっさと縛りつけろォォォ!!!」

「ぎゃあああぁぁぁ!!!」


ーー数分後。


 ものの見事にメルファはその体ごと柱に厳重に縛り付けられていた。

 今にして考えてみると、さっきの話に乗っかって一度仲間になっておけばうまくやれば逃げられたかもしれないのに。メルファは柱に縛り付けられながら心の中で頭をかかえるのだった。


「さぁて小娘。お前の処遇を決めようか。」


 仲間の1人から水を受けとってゆっくり飲み干し、見事メルファの蹴りから復活を遂げた統領に話しかけられてもメルファには状況を打破する計画の一つも浮かばなかった。冷静になった頭とともに体から冷や汗が流れるばかりである。


「は、はは…できればおてやわらかにおねが「売り飛ばす。」」

「………ですよね、ハイ。」

「安心しろ、この国では人身売買は犯罪だからな。バレちゃかなわねぇから奴隷取引がされるのは夜だ。それまではお前が俺に食らわせてくれた蹴り以上にたーぷりとここの奴らが可愛がってやるからよ、喜べクソ女。」

「って喜べるか!!」

「オラ野郎ども!さっさとやっちまえ!」


 そのかけ声とともにメルファはこれから起こるであろう地獄に備えてぎゅっと目をつぶった。


ーーしかし、予想していたようなことは起こらなかった。


「…なんだ?おい!てめぇらどうした!?」

「と、統領、大変ですっ!!」

「どうした?何が起こったんだ?!」

「分かりません!砦の入り口の方で何かあったようです!!」


 かわりに聞こえてきたのは焦ったような盗賊たちの声。そっと目を開けたメルファはそこで初めて周囲の様子がどこかおかしいことに気付いた。遠くの方からはなにやら騒がしい叫び声や物音が響いている。何事かとここにいた盗賊たちも様子を見に行くが、徐々にその騒がしい音がこちらに近づいてくるのが分かった。


『ぐぁっ……』

『や、やめろ!ここに何の用だ!!』

『いててててっ、うわっ、やめろっ!……ぎゃあああっー!!』


 そのすさまじい叫び声に誰もがごくりと息をのむ。何か凄まじいことが起きているのは明らかだった。

 しかしその中でしだいに大きくなる、おそらくは盗賊たちのものであろう悲鳴にメルファだけは人知れず心を躍らせていた。街の自警団だろうか、そうだったら晴れて私も自由の身に…!だがそんなメルファの心情とは対象的に、盗賊たちはもはや混乱の境地に陥っていた。なにしろ様子を見に行った人間がそれきり誰一人として戻ってこないのだ。


「落ち着けてめえら!ここにはこの俺がいるんだぞ!自警団だろうが何だろうが多くてたかだか数十人だろう、ぶちのめす!!」


 それでもさすがは統領ということだろうか。慌てる仲間を落ち着かせると、武器を手に取り静かに敵を待ち構えた。周りもそれに従った。

 張り詰めた空気のなか、どれくらいたっただろうか。少しずつ喧騒が小さくなり、とうとうメルファたちのいる場所の間近で低いうめき声とともにトサッと人が倒れる音がした。


ーー来る。


 そこにいる誰しもがそう思って構えたとき、メルファは一人、首を傾げた。


ーーおかしい。自警団ならある程度の人数を揃えて来るはずなのに……少し静かすぎじゃないか?


 そこまで考えたとき、カツン、と静かな靴音が響いた。


 はたして、現れたのは1人だった。




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