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雇われ兵の義務


「ーー……っ、ぐぁぁあああっっっ!!?」


 すやすやと気持ち良く眠りこけていたはずのメルファは突如襲った尋常じゃない頬の痛みに飛び起きた。


「?!いひゃいいひゃいいひゃいいぃぃ…っ!」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが何の事は無い。ぎちぎちぎち、というえげつない効果音が似合いそうなほど思いっきりクライヴがメルファの頬をつねり上げていたのだ。


「っはにふんだ!はなへぇええっ!」

「あ?聞こえねーな」


 ぐぐぐぐぐ…


「っっ~~~!!」


 なんで!?どうして?!私なんかしたか!?

 真顔で力をこめてくるクライヴは一向に手を放す気配がない。なんで突然自分がこんな仕打ちを受けなければいけないのかまったくわからないがとりあえずこのままでは自分のほっぺたがもぎとられてしまう。そうなる前にメルファは訳も分からずとりあえず降伏した。


「ッひゅいまへん!!わたひが悪ひゃったひゃら、はなひてくだひゃいごめんなひゃいぃぃ!!」


 両手をあげて降参のポーズをとりながら涙目になって訴えると、クライヴが白けた表情で手を放してくれた。


「…で、それは自分が何に対して謝ってんのか理解しての謝罪なんだろうな?」

「……そりゃま…、ウ~ンと…」


 確実に赤くなっているであろう自分の頬をさすりながら、明後日の方向に目をそらして必死に頭を回してみる。無理にここまでついてきたこと、あげくお金がなくて必要もないのに傭兵として雇ってもらったこと、部屋に無理やり泊めてもらっていること。などなど、あげ始めればきりがないのだが、あえてこの真夜中にこの起こし方をしてくるのだから原因はこれとは別なのだろう。

 そんなメルファの態度もクライヴは予想の範囲内だったらしい。


「睡眠妨害」


 そう一言つぶやくと、緩慢な動作でメルファを指さした。正確にはメルファの肩口にかかる上掛けを、であるが。


「……」

「……」

「あー…、えーと、もしかしてこれ、私が…?」

「それ以外に何か理由が?」


 まさかひとりでに上掛けが動いて自分の体を包んでくれたわけはあるまい。…ましてクライヴが貸してくれたなど、なおさらのことだろう…。となれば、答えは一つ。


「す、スミマセ…」


 ぼふっ


 と、自分が何をしたのかに気づいて白状したとき頭に何かがかぶせられた。そして同時に上掛けはその一瞬で引っ張り返されてしまう。


「っ!?」

「それでも俺の睡眠を妨害するなら、次はねーぞ」

「え。」


 頭を出すとふわりと心地いい自然で柔らかな香りがかすかにした。


「っありがとう…」


 かぶせられたのは見覚えのある外套。クライヴのものだった。

 メルファが返した言葉にも大した反応を見せることなく、クライヴは早々に奪い返した上掛けを片手にベッドへと戻っていく。


「……」


 メルファは手荒くかぶせられた外套に再度しっかりとくるまると静かに瞳を閉じた。…暖かい。その夜再び眠りに落ちる寸前、彼女が考えたのは愛想も情もほぼ無に等しいと思っていたクライヴが、存外わかりにくく面倒見のいい人間なのかも、ということだった。




 ーー翌朝。


「…う~…ン、」


 目が覚めたメルファは朝日に目を眇めて部屋をぐるりと見回した。静まり返っていて人の気配はない。浴室も使われていないようだ。窓から差し込む朝日から察するにまだ夜が明けてそう時間もたっていない早い時刻のはずである。


「…んな時間からどこ行ったんだクライヴ…?」


 一瞬自分を撒くため宿屋に置き去りにされたかと思ったが部屋には荷物が残されている。外套も自分が使っているままだしその線はないのだろう。

 とりあえずメルファは手早く身支度をすませると1階の食堂へと向かった。…のだが、食堂へ入ってみればなんのことはない。クライヴが一人優雅に朝食をとっているところだった。


「やっと起きたのか」


 食堂へ入ってきたメルファに気づきクライヴがスっと目を細めて言う。


「やっと、って今何時だと思ってんの。まだ明るくなったばっかの早朝でしょ」


 なんで私のほうがおかしいみたいな言い方をされなければいけないのか。どう考えてもおかしいのはそっちだろう、とメルファが抗議する。しかしそれに対して次にクライヴが発した言葉にメルファは絶句した。


「何言ってんだ、ここを出るまであと10分程度だぞ。俺が朝飯食い終わればすぐにだ」


 10分、10分…。それまでに私は朝食食べて支度整えて荷物も準備して…


「…って、ええ?!聞いてない、聞いてないんですけどぉ!?今日こんな早く宿屋出るとかアナタ昨日一度でも私に言いましたかねェ!?」

「いや?聞かれてないからな」


 馬鹿か!!


「そういうのは聞かれてなくても言うもんでしょ!!もし私が起きてなかったらどうするつもりだったんだよ!」

「置いてくけど」


 ですよね!!

 寸分違わず予想通りの返事だよ!聞くまでもなかった!


「~~っ」

「なにか言いたそうな顔だから一応言っとくけど、おまえは俺に雇われた身だ。俺から言われる前に翌日の予定くらい自分で聞いて来れば良かったのにな?」


 そう言って嫌味な笑みを浮かべたクライヴ。


「……っんの…完全に確信犯だろ…っ」

「どうでもいいが、もう少し時間を気にしたほうがいいんじゃないか?おまえが今朝飯を食べ損ねたとしても道中で食う時間なんてとらねーからな」

「……っっ!」


 言い返したいという気持ちでいっぱいだったがここで朝食を逃したら本当にクライヴは道中で何も食べさせてくれないことは確実だ。仕方なくメルファは朝食を文字通り掻き込むようにして食べた。



__________________

_____



「で?こんなに早く出たのにはなにか理由でもあるのか?」


 なんだかんだ言いながらも奇跡的に10分ですべての準備を整えたメルファは少々非難の色を含んだ声でクライヴに問いかけた。

 たしかに赤目の男を見つけ出すという目的のためには道のりを急ぐに越したことはない。だがこんな極端な時間にすることはないだろうに。なによりクライヴのけだるげな雰囲気からは急いでいる様子が見受けられなかった。そして案の定その理由はただ単に先を急いでいるからではなかったらしい。


「砂漠越えだ。もう次の宿で休めばその先はすぐ砂漠になる。今日は日が暮れ始める前には宿に着いていたい」

「え?もう砂漠なんだ?」


 そう言えばクライヴが砂漠を超えるのは相当大変で厳しいことだとか言っていた気がする。ということは早めに宿で休んでおいて体力を温存しておくということか。

 それなら今日の早出にも納得がいく…はずなのだが。メルファは反対に隣を歩くクライヴを見て首を傾げた。


「(……クライヴってそんな体力温存だとかに気を使うような人間かな?)」


 なんとなくクライヴが体力温存のために宿に早めに行くという自分の解釈が腑に落ちなかった。しかしここで掘り下げて質問を重ねても彼がわずらわしがるのなんて目に見えている。


「なに変な顔してんだ」

「あ、いや別に」


 まあ、ここは気にしないことにしよう。


「あっそ。…ところでおまえ馬には乗れるのか」

「馬…?昔一度教えてもらったことがあるけどその一度きりだしもうだいぶ前だからどうだろうなあ…てか、なんで馬?」

「そのへんの小せぇ砂漠じゃねえんだから徒歩はないだろ。馬を買う」

「砂漠ならラクダのほうが良くないか?」

「ラクダは砂漠で終わりだが馬はその先も使える」


 なるほど、この先もどうやら先は長いらしい。


「ていうか、さっきも言ったけど私そんな乗馬に自信ないぞ。大丈夫なのか?」

「俺に聞かれたって知らねーよそんなこと。嫌ならお前だけ歩くか?」

「歩くか!乗るよ乗る!乗ればいいんだろ!」



 ということで話が落ち着いたのがつい先刻。2人は毛並みのよい2頭の馬の前に立っていた。


「ほら、ただの傭兵ごときにわざわざ買った馬だ。さっさと乗れ」


 メルファの前で小さくいななく馬は、クライヴが先ほど身に着けていた装飾品を売って手に入れてくれた内の一頭である。元々自分一人分として想定された資金しか持っていなかったためそうせざるを得なかったのだが、それにしたって腕輪一つで何枚もの金貨を手にしてきたクライヴを見て改めてメルファは彼の高貴な身分を思い知った。


「傭兵ごときって…もうちょっと言い方ないのか…」


 しかしそんな高貴な身分にもかかわらずまったく紳士さのかけらも見受けられないのだからそれを失念するのは仕方ないんじゃないのか。開き直ったメルファは悪態をつきながら何年も前の乗馬の記憶を引き出すことに集中した。


「えーと、まず…こっちの足から…」

「…!馬鹿おまえ!」

「へ?」


 クライヴの声を聞いた時には、すでに足をかけた馬具に思い切り体重をかけたところだった。その瞬間、ぐらりと体が後ろに傾く。


「ぅ…わッ!?」


 まずい。この体勢からでは受け身がとれない。そう頭の片隅で悟った時にはすでに視界に広がるのは澄み切った青空だった。

 あぁ、これは間違いなく後頭部から真っ逆さまってヤツだーー…


 ガシッ


「…アレ?」

「………馬鹿」


 予想していた後頭部への衝撃はなんとか回避できたらしい。おそるおそるきつく閉じていた目を開ければ至近距離で麗しいお顔が不機嫌そうに歪められている。

 さすがのクライヴも目の前で人が後頭部から真っ逆さまに落ちていれば助けてくれるんだな、とまったく恩知らずなことを考えながらメルファはやっと自分が彼に助けられたことを理解した。


「…あ、ごめん、ありがと…。…あの、そんでさ、どうしても一つ言いたいことがあるんだけど。」

「あ?」

「助け方、胸倉掴む以外になんかなかったのな、と。」

「………ねぇよ」


 いやあったでしょ。なんだ今の微妙な間は。

 ムッと眉間に皺を寄せたメルファだったが、とはいえ助けられたのに変わりはない。グッと続く不満を飲み込んだところで後ろに倒れかかったままだった体勢をクライヴがそのまま引き戻した。


「ぐぇっ…!」

「ほら、そのまま手はそっちにもってって足はさっきと逆にして乗ってみろ」

「ん……こう?」


 言うとおりすると今度はさっきとは比べ物にならないほどすんなりと馬に乗ることができる。


「よし。そのまま小さく回ってみろ」


 言われた通りに少しだけ手綱を引いてその場を円を描くように回ってみる。ぎこちなくではあるが、うまく操ることができた。


「まぁ及第点ではあるのか……いや待て、これは…全速力で走らせるとなると…どうだろうな……」


 メルファにしてみれば元々大した技術もない上に久々なのだから良くできた方なのではと思ったが、あいにくクライヴは違ったらしい。眉をしかめてなにやら呟いている。


「…まあいい。本当は砂漠の手前で買うはずだった馬を早めに買ったのもお前を乗馬に慣れさしておくためだ。さっさと乗りこなせるようになっておけ」

「まかせとけって!この程度歩かせるくらいなら楽勝だな!」

「その程度歩かせたくらいで満足した気か。どうなっても知らねーぞ」

「でも砂漠では馬だって体力の消耗も激しいし走らせることなんてないだろ?あるとしたらそれこそ砂漠にいるっつー肉食獣が出て逃げるときくらいだ。それだって奴らが出没するのは夜だけだって言ってたし」


 そりゃぁ走らせることもできたほうがいいに越したことはないのだろうが、とりあえず歩かせることができればいいじゃないか。するとなぜだかクライヴの口角がわずかに上がり、その顔に怪しげな笑みが浮かんだ。

 そしてそのままさっきのメルファとは比べ物にならないくらい軽々と、どこか気品さえ感じさせる動作で自分の馬に乗った彼を見てメルファは思った。ーー何かとてつもなく嫌な予感がする、と。





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