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(6) 戦士の召喚

 ラドヴァンはジャネッタ、カリーヌの協力で城から抜け出し、近くの山中へ向かう。

 月明かりとランプを頼りにして。


 空には雲ひとつなく、数限りない星が瞬いている。

 まさに星が降りそうな夜空であった。

 美しかったが、三人にはその光景を堪能する余裕はない。


 騎行する三人の雰囲気は重かった。

 ラドヴァン、ジャネッタに比べると、カリーヌの表情は明るめだが、二人の重い雰囲気を緩和するほどではない。


 山道、林道を少し走って、樹木がうっそうと生い茂る森に囲まれた草原に到着した。

 夜半であり視界が悪く、奥地に行くのは望ましくなかった。

 かといって、ドイェターンからはある程度、距離をとる必要がある。

 色々考慮した結果、ラドヴァンは程よく山に入ったこの草原を選ぶことにした。


「二人とも、山道の方に退避してくれ。誰か来るとしたら、山道からだろうし。万一にも化け物を召喚することになれば、山道から脱出すればいい」

 ラドヴァンは万一といったが、実際には化け物がでてくる可能性のが高いと考えていた。

 自分は正式な国王ではない。

 また、召喚する目的も帝国軍に対抗するためではあるが、自分のためという色合いが濃い。

 ラドヴァンの良心は完全な自己正当化を阻んでいた。

 だがそれでも、彼は苦悩の果てに召喚を選んだのだ。


 ジャネッタとカリーヌはラドヴァンに従い、山道の方へ退避する。

 二人は遠目でラドヴァンを見ていたが、カリーヌがジャネッタに話しかける。


「どんな戦士が出てくると思う、ジャネッタ?」

「……わからない。召喚が成功するのを祈るだけよ」

 カリーヌは気楽な様子だが、ジャネッタは気を張り詰めていた。


「祈らなくても成功するよ。強かったらいいんだけどね。一度、手合わせしてみたいな」

「あなたの思考回路は変だと思っていたけど、想像以上に変だったようね」

「そっかなぁ。ジャネッタは伝説の戦士と戦ってみたくないの?」

「それ以前に……」

 ジャネッタもラドヴァンとほぼ同じ危惧を想定していた。

 ラドヴァン本人と違い、ジャネッタはラドヴァンの正当性を疑っていない。

 彼女にとって唯一無二の主君である。

 ただ、建国王ルミール以外、まともに召喚できないのではないか、という恐れは抱いていた。


「考えすぎずに、殿下を信じようよ。ね、ジャネッタ」

 カリーヌはジャネッタに向かって、邪気一つなく微笑んだ。


「……ええ、そうね」

 ジャネッタは想い惑うのをやめ、カリーヌに向かって頷いた。


(ルミール様、ラドヴァン様に力をお貸しください)


 ジャネッタはラドヴァンの方を見つめながら、亡き建国王に対して祈りを捧げた。

 心から。

 心から、強く。

 天にも届くように。


 ラドヴァンには、二人の話し声は聞こえない。

 いや、もうすでに周囲に対して、意識を向けていなかった。


 ただただ、右手の薬指にはめたヴェイアロンの指輪に目を凝らしていた。

 指輪は金に銀に赤に青に緑に紫に、様々な色の光を発している。

 見るからに、ただの指輪ではなかった。


 指輪から放たれる光がラドヴァンの顔を照らしている。

 彼の表情は思いつめたものとなっていた。


(ラドヴァン、お前は本当に召喚を行うんだな。たとえ、どんな結果になったとしても)


 彼は指輪を凝視しながら、自問自答していた。

 一度決めたことなのに、ありとあらゆる最悪の想像が彼を苦しめ、最後の決断を鈍らせる。

 かつての王弟のように化け物を招来し、もっとも親しい二人を最初に喰らうかもしれない。

 そういった生々しい想像をしてしまうのだ。


 ラドヴァンは指輪から目を離し、二人の方を見やった。

 二人はラドヴァンの方を見ているようだ。

 主君と仰いだ少年の方を。


 思い悩む色がくっきりとでていたラドヴァンの双眸に鋭気がこもるようになる。


(成功させてみせる。万一の場合は、自分の剣で化け物を斬る)


 化け物に勝てるかどうかはわからないが、自分が行った不始末は自分でとるべきだろう。

 かつての王弟は攻撃されなかったが、攻撃すれば反撃されるかもしれない。

 だが、それはそれでいい。

 それで死んだとしても、自業自得なだけだ。

 二人が逃げる時間を稼げれば、いいだろう。


 ラドヴァンは決意をついに固めた。

 小刀で左手を傷つけ、指輪に血を垂らす。

 すると、指輪から放たれる光が明らかに強くなる。

 それだけではない。

 色合いの変化が激しくなり、さらに多くの色が混じるようになった。


 ラドヴァンは父王から教えられた呪言を唱える。


「極て汚きも滞りなければ穢きはあらじ」

「内外の玉垣、清浄と申す」

 彼は間違えないよう慎重に、力強く唱えていく。


「我望む、とこしえの雄大なる力を」

「大いなる慈悲をもつて、我に授けたまえ!」

 ラドヴァンは呪言を唱え終えた。

 すると、指輪から放たれる光が強くなって閃光となり、彼はあわてて目をつぶる。

 指輪が熱くなり、肌がひりつくようになる。

 遠く離れていた二人ですら、指輪から放たれる光によって、直視できなくなった。


 ラドヴァンは指輪の表面を覆えば、閃光を防げると思ったが、実行に移さなかった。

 召喚に差しさわりがでるかもしれなかった。

 仕方なく次善の手段として、彼は目の上を左手で覆い、少しずつ目を開けて様子を伺う。


 すると、強い光はおろか、指輪はもう何の光も発していない。

 いつのまにか、指輪の熱もおさまっている。

 しかし、まだ青白い光が放たれていて、彼を照らしていたのがわかった。

 もう、目の上を手で覆わなくても大丈夫なほどの明るさだった。


 光源がどこなのか、ラドヴァンは手をはずして探ろうとしたら、目の前にいた。

 召喚した『究極の戦士』が。


 彼は召喚する前に様々な想像をしていた。

 成功すれば、いかにも戦士という屈強な男性があらわれ、失敗すれば、化け物だと。

 バリエーションあれど、大まかにはそのどちらかだと考えていた。

 だが、そのどちらでもなかった。

 彼の目が大きく見開かれる。


 彼の前には、青白い光をまとった一人の少女が立っていた。


 彼女の黒い瞳と目線が交わる。

 彼女は無表情だった。

 彼女は黒く艶やかな髪を肩の下まで伸ばしている。

 彼女はこの国では見られないような顔立ちだった。


 だがそれらをラドヴァンが感知する前に、彼は思った。


、綺麗だ、と。


 ラドヴァンは王子という立場上、美しい女性を何人も見てきた。

 しかし、この少女ほど美しい女性はいなかった。

 セドリアン王国に住む人々はほとんど金髪碧眼だ。

 別大陸に黒髪で黒瞳の人々が住んでいると聞くが、ラドヴァンは見たことがない。

 今まで見てきた美人と顔立ちは異なっていたが、彼女の佳麗な容貌がラドヴァンの心に刻みこまれていく。


 よく見ると、彼女は変わった服を着ていた。

 紺地に白の三本線が入った大きな襟が特徴的だ。

 胸元は開いており、その下には白の布地がうっすらと見える。

 胸元にある大き目の赤いタイが印象的だった。

 紺色のスカートをはいている。


 ラドヴァンは本来であれば、語りかけるべきであっただろう。

 しかし、少女が持つ美しさに見入ってしまっていた。


 だから、話しかけてきたのは彼女の方だった。


「ここはどこですか? あなたは?」

 無表情なまま、彼女はラドヴァンに問いかけてきた。

 徐々に彼女がまとう光は弱くなってきている。

 ラドヴァンは彼女に問いかけられて、はっとした表情でこたえる。


「私はラドヴァン=ルミール=ブレイハ=チェルノフ。セドリアン王国第四王子です。あなたのお名前は?」

 ラドヴァンはようやく、彼女が『究極の戦士』である現状を認識した。

 まずは僥倖といってよかった。

 見た目は屈強な戦士ではないが、化け物でもなかった。

 重要なことは、意思疎通が可能なことだ。

 ラドヴァンはそれが一番うれしかった。


「……私は神野波霧といいます」

「カミノ=ハギリさん。カミノさんですか、変わったお名前ですね」

「……あなたの名前の言い方だと、ハギリ=カミノかもしれませんね」

「カミノが家名ですか?」

「ええ、そうです」

 少女は淡々と受け答えをしていく。

 このことに、ラドヴァンは少し面食らう。

 自分がいきなり異世界に召喚されれば、これほど落ち着いていられるだろうか?

 まず、無理だろう。

 もう少し話をしてみよう、とラドヴァンは思った。


「ここはセドリアン王国といいます。あなたはどこの国の方ですか?」

「……日本」

「ニホン、ですか」

「……セドリアン王国。そんな国は聞いたことがありません。私は公園にいたら、急にまばゆい光に包まれて、気づいたらここにいました。あなたは何かご存知ですか?」

 ついに質問されたか、とラドヴァンは思った。

 はぐらかそうと思えばはぐらかせるが、時間稼ぎにしかならない。

 それに真実が露見したら、心証は最悪だろう。

 もっとも、召喚して無理やりこちらへ呼んだという時点で最悪だろうが。

 ラドヴァンは意を決して話をする。


「私がこの指輪を使って、究極の戦士を召喚したところ、あなたが来たのです」

「指輪? 究極の戦士? 私が?」

「はい」

「……意味がわかりません。もっと説明していただけますか」

 ラドヴァンは全ての事情を彼女に説明していく。

 包み隠さず、全てを。

 いつの間にか、ジャネッタとカリーヌが少し離れたところに立っていた。

 二人は主君の話を邪魔しないよう、黙っていた。


 ラドヴァンは話を進めていきながら、召喚された少女の表情をうかがう。

 おそらく、厳しい表情になるだろう、自分を詰問してくるだろう、と思いながら。

 しかし、彼女は相変わらずの無表情で黙っていた。

 だが、ある話に入ったとき、彼女は反応する。


「私を必要としていて、その帝国軍と戦って欲しいんですね」

「ええ、そうです。……私のために」

「……国民のためと言わないんですか?」

「……帝国の治世はそれほど悪くありません。民からすれば、セドリアンの統治より優れている部分すらあるかもしれません」

 ラドヴァンは少しうつむき、表情には翳りを帯びていた。


 クリストフ征服帝治世下の帝国は戦争、戦争、戦争であった。

 それゆえに軍事費がふくらみ、戦死者も出る。

 しかし、財源を確保し、他の出費を限りなく抑制していた。

 常勝不敗ということもあり、皇帝のきめ細やかな手腕と相まって、帝国は財政破綻することなく絶妙なバランスで運営されている。

 おそらく、支持率調査をしても、皇帝の支持率は五十パーセントを超えていただろう。

 戦死者の遺族は皇帝を恨んでも、戦勝につぐ戦勝、国土拡大によって、富み潤う者も多かったからだ。

 ただし、国土が広大なだけに歯車が狂いだすと止まらない可能性がある。

 老齢な皇帝が死ぬか、一度大敗でもすれば……

 そういう危惧を抱いている重臣も何人か存在していた。

 皇帝の前では誰も口に出さないが……


「……そうですか」

 と言って、ハギリは黙り込んだ。

 ラドヴァンから視線をはずして、月を見上げる。

 彼女から発せられる青白い光はもうなくなり、月明かりのみが彼女を照らす。


 その姿は“様”になっていて、ラドヴァンばかりでなくジャネッタやカリーヌも見入った。


 しばらくして、彼女はラドヴァンに向き直る。


「要約すると、あなたは自分の為に私に命がけで戦え、というわけですね」

「……そうなります」

「しかも、相手は十万をこえていて、こちらは三千しかいない、と」

「……はい」

 ラドヴァンには返す言葉もない。

 自分でもひどい話だと思っていたが、改めて問われると、反論しようがなかった。


 ラドヴァンにはわからなかったが、彼女はいきなり少し笑った。

 その笑みは彼にはとても魅力的だった。


「なぜ、綺麗事を言わなかったんですか。攻められたのは事実なんでしょう。なら、国民が虐げられているとでも言えばいいでしょうに。戦争だったら、そういう方が何人かいるのは間違いないでしょう。あなたは嘘をつくことにならなかったはずです」

「……そういう話をするのも考えました。でも、私は、いや、俺は戦いを強要することになる相手に嘘をつきたくなかったんだ」

 ラドヴァンが取り繕っていた口調は素の口調となり、語気も多少強くなった。

 彼の言葉を聞くと、彼女の笑みがやや哀調を帯びたものとなる。


「嘘をつかないって、私はとてもいいことだと思いますよ。それに、私相手に丁寧語とかは別にいりません。私はあなたに仕えることになるんでしょう?」

「それって、いいのか。本当に? 俺の為に戦ってくれるというのか?」

「はい。私が必要だというなら、あなたの為に戦いましょう。どこまでやれるかわかりませんが」

「なぜだ!?」

 血相をかえてラドヴァンは問いただした。

 ラドヴァンは喜ぶべきなのに、驚きの方が遥かに強かった。

 彼にとって、あまりにも少女の態度はおかしすぎた。

 強制召喚されたあげく、命を賭けて戦えと言われたのに、ほとんど抗うこともなく「はい」と答えたのだ。

 普通なら、ありえない話だった


「なぜって、あなたは私に戦って欲しいんじゃないんですか?」

「それはそうだが、俺はこんな簡単に戦ってくれるとは思ってなかった」

 もしかしたら、指輪の力でこんな受け答えをしているのか、とラドヴァンは思った。

 だが、彼の考えが違っていたことはすぐにわかった。


「……普通なら、抵抗するかもしれませんね。でも、私には私の事情があります」

「事情とはなんだ?」

「言いたくなれば言います」

「……そうか」

「まさか、異世界に召喚されるなんて。こんな事あるんですね」

 寂しげな調子でハギリにそういわれると、ラドヴァンは俯かざるを得ない。


「ハギリ、本当にすまなかった。事が成れば、ハギリに悪いようにはしない」

「……いえ、別にいいんですよ。これでよかった、と思う面もありますから」

 ハギリは少し笑うが、ラドヴァンの眼には儚げに見えた。


「でも、私は剣術をやっていましたけど、千人と同時に戦えるほどの実力ではありません。そもそも、そんなことできる人が本当にいるんでしょうか?」

「そうなのか、いや、しかし」

 ラドヴァンは少し口ごもる。

 確かにハギリの見た感じは、千人と戦えるような戦士ではなかった。


「殿下、ハギリさん、よろしいですかっ」

 カリーヌが二人に口を挟む。

 ジャネッタがカリーヌを小突くが、カリーヌは無視した。


「なんだ、カリーヌ。ああ、ハギリ、紹介しよう。俺付きの武官のカリーヌとジャネッタだ」

 ラドヴァンに紹介され、二人とハギリは挨拶をかわした。


「で、どうした?」

「簡単ですよ。ハギリさんに剣を渡して、剣技を見せてもらえばいいんです! ハギリさんは究極の戦士ですし、危険はないと思います」

「なるほど、な。ハギリ、よければいいか?」

「わかりました。やってみます」

 ハギリはカリーヌから剣を受け取った。

 その途端、ハギリの顔が怪訝な表情となり、三人がそれに気づいた。


 ハギリは三人から少し離れて、鞘から剣を取り出し、軽く振るった。

 何回か振るううちに、怪訝な表情から、気迫こもった顔つきとなる。


 振り下ろし、なぎ払い、突き、と繰り出し、他にも様々な剣技を披露していくハギリ。

 剣速凄まじく、三人が見たことないほどであった。

 剣風がこちらまで伝わってきそうな迫力だ。

 三人は驚愕の表情となり、つい、顔を見合わせてしまった。


 やがて、ハギリが三人の下へ戻ってくる。


「両刃の真剣は初めてなので、使いこなせないかと思いましたが、何とか使えそうです」

「何とかじゃないよ、すごいよ、ハギリはっ! そうだよね、ジャネッタ」

「ええ。これほどの剣技を見たのは初めてです」

「いや、凄かった。戦士の伝説は真実だった」

 華奢に見える彼女の肢体のどこにあれだけの膂力が潜んでいるのか、ラドヴァンは本気で考え込んでいた。


「この剣はやはり、鉄でできているんですよね?」

「そうだよ。武具も甲冑も鉄でできてるよ。鎧は革鎧のが多いけどね」

 カリーヌは興奮さめやらず、頬を紅潮させたまま、ハギリの問いに答えた。


「やはり、そうですよね。理由はわかりませんが、この世界では私の筋力はかなり強化されているようです。今の力なら、千人はわかりませんが、かなりの敵と戦えるでしょう」

「そういう事なのか……」

 指輪の力は、究極の戦士を呼び出すのではなくて、戦士が持つ力を増幅した上で呼び出すものなのか、とラドヴァンは推測した。


「それと、こうやって話ができてますが、考えてみれば不可解な事です。自動翻訳かと思いましたが、唇の動きを見ているとそうではないようです。つまり、日本語とセドリアン語ですか? は、同じ言葉ということになります」

 ハギリの言葉に三人は驚いた。

 言われてみればその通りなのだが、指輪の力で話ができると思い込んでいたのだ。


「指輪、召喚、言葉と俺達にはわからないことばかりだな。真実を知っているのは伝説の大導師だけか」

 ラドヴァンは少し忌々しげに話した。


「もう一つ試したいことがあります」

 ハギリはそう言うやいなや、殺気を込めて、ラドヴァンに斬りかかった!


 ラドヴァンは咄嗟のことに、また、ハギリの余りの速さに反応できなかった。

 ハギリの剣刃はかろうじて、ラドヴァンの鎧すれすれで止まった。

 紙一枚はさめるかどうか、だ。


 ラドヴァンは驚愕の表情となるが、ジャネッタの反応は速かった。

 剣を抜いてハギリに斬りかかるが、ハギリは剣を翻して、ジャネッタの剣を斬り払った。


 本来なら、剣を交えることになるはずだが、ハギリのその一撃でジャネッタの剣は空を舞う。


「そ、んな……」

 ジャネッタの衝撃は大きかった。これほどまでに無様なのは初めてだ。

 だが、ハギリの一撃はあまりにも重すぎて、ジャネッタの力では止められなかった。

 剣を持っていた右手が痺れてしまっている。


 カリーヌの表情も常になく厳しいものになるが、そもそも彼女はハギリに剣を渡していた。

 それでも、ナイフを取り出そうとしたところで、ハギリは剣を鞘におさめる。

 カリーヌはナイフに手をかけたところで、ひとまず動きを止めた。

 少し、艶やかな笑いを見せて、ハギリはこう言う。


「私は殿下の意のままというわけではないようです。やはり、建国王でしか完全な戦士を召喚できないというのは事実かもしれません」

 ラドヴァンはごくりとつばをのむ。


「……俺を殺すか? そうされても、仕方ないところではあるが」

「その気なら、最初で殺してます。従順なお芝居を続けようかとも思いましたが、殿下も私に嘘をつかなかったのだから、私も嘘をつきません」

「……では、どうする? どこかに行くか。俺にコントロールされないなら、俺の為に命がけで戦う必要はないだろう」

 ラドヴァンは自嘲した。

 ジャネッタとカリーヌはハギリが動けば対応しようと身構えていた。

 しかし、二人ともハギリを止める自信はないのか、表情に余裕はなかった。

 いつも快活なカリーヌすらも。


「この異世界でどこに行くというのです。先ほどは無礼な振る舞いをしてすみませんでした。お二人にもお詫びします。自分の意思がどこまで自由なのか試したかっただけです」

 ハギリは殊勝な顔をして、軽く頭を下げた。


「……縛られていないのに、俺の為に戦うのか?」

「はい、そうです」

「それこそ、訳がわからん! なぜだ!?」

 ラドヴァンは激語した。


「殿下ほど、綺麗な男性を見たのは初めてなんですよ」

 ハギリは眼を細めて、ラドヴァンを見つめた。

 ラドヴァンはハギリの瞳に吸い込まれそうになる。

 しかし、彼は踏みとどまった。


「……嘘を言わないんじゃないのか?」

「殿下ほど綺麗な男性を見たのは初めてです。それは間違いありません」

「……だから、俺の為に戦うのか?」

「……それは、違いますね。なぜ戦いたいのかは言いたくなれば言います」

 二人の視線が絡み合う。

 やがて、ラドヴァンは落ち着いてきた。


「わかった。ハギリ、俺に力を貸してくれ」

「はい、殿下」

 それにジャネッタが口を挟む。


「待ってください、殿下! この女は危険です!」

「それはわかっている。だが、今は力が必要だ」

「でも!」

 食い下がるジャネッタにカリーヌが声をかけた。


「私たち二人じゃ止められない。それに、そういう力じゃなけりゃ、この状況を覆すのは無理だと思うよ」

 ジャネッタはカリーヌをきっとにらむが、少しして俯いた。


「もう一度お詫びします。お二人ともよろしくお願いします」

 ハギリは二人に軽く頭を下げた。


「そうだね。頼もしく思うのは事実だし、一緒にがんばろう!」

 カリーヌは一転して、軽く笑った。


「……監視させてもらうから」

 だが、ジャネッタの表情は硬いままだった。

 ジャネッタの方がラドヴァンにはわかりやすかった。

 カリーヌのあっけらかんさは彼も意表をつかれる。


「では、城へ戻ろう」

 ラドヴァンの言葉に三人は従った。


 馬を持っていないハギリはラドヴァンの馬に同乗した。

 ジャネッタは反対しようとしたが、思いとどまった。

 殺す気ならあの時に殺していた、というのは事実だろうから。

 彼女は無理やり、自分を納得させた。


 ラドヴァンの腰にはハギリの両手が巻きついていた。

 彼も男性であり、腰の部分を意識せざるを得なかった。

 軽くハギリの甘い香りが漂い、妙な気分になるが、自制する。


 ラドヴァンはハギリの表情が気になるが、彼からは彼女の表情は見えなかった。

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