番外5話「レムイック平原の歩き方(下)」
5
しばらくして、サフランが数人のメイドとともに部屋に戻ってきた。サフランの背後に控える彼女らは皆揃いも揃って同じ顔立ちである。違うところは髪型のみ。
そんな中、1歩前に出てサフランが言った。
「それではお嬢様、わたくしたちはこれより敵の情報を探ってまいります。ですがその前に……」
サフランはこちらを見ている
「えっと、どうしたんですか? サフランさん?」
「わたくしがいない間、お譲さまはどうなさるおつもりですか?」
そういえば考えてなかった。てっきり、サフランがずっと護衛してくれるのだろうと思って……
そこで何かが引っ掛かった。えっと……
「あれ? でもサフランさんの後ろにいる人たちってサフランさんの分身でしょ?」
「厳密に言うと違いますが、おおむね間違っていません」
そうでもいいことだが、後ろもメイドたちも同時に頷いた。ある意味でとても壮観な光景だ。
「だったらなんでサフランさんも加わる必要があるんですか?」
分身たちに調査を任せて自分は私の護衛に回った方がはるかに効率的だろう。
「それはですね、わたくしの分身はあくまでもそれ1つで1つの個体であり、わたくしではないのです。したがってわたくしが情報を整理し彼女たちに指示をしなくてはならないのです。わかりましたか?」
「ええ、何とか……」
「でもそうすると、困ったことになりました。わたくしたちのいない間にどうやってお嬢様をお守りしましょうか?」
背後のメイドたちの困りましたと言いたげな表情を浮かべた。
「それなら、きっと大丈夫。この村は大きな部類に入るから冒険者の1人ぐらいはいると思う」
そう言って私は村のギルドへといった。しかし、誰一人として冒険者はいなかった。
その後サフランに頼んで<転移魔法>を使用してもらい近くの都市、クレライトへ向かった。
クレライトはさきほどまでいた村テームルよりも発展している大きな街だ。
流石にここにはいるだろう。私にもそう思っていた時期がありました。
結果は同じく、誰もいなかった。気になって、カウンターに座っている受付嬢に冒険者不在の理由を尋ねた。なんでもこのあたりに住むオズワルド公爵がアッシュフォード王国臨時特別会議に出席するに当たっての往復路の護衛としてカートルへと連れて言ったそうだ。
最早頼りとなるものを失い、当てもなくただ気の向くままにふらふらと歩いていた。
そんな時だった。
全身を覆ういかにもいかにもな服装をした男と出会ったのは……
「どうやら、お困りのようだね? お譲ちゃん」
その男は言った。その声からは、男が初老に近い年齢であると推測できる。
「別に私が困っていたからといって、貴方になにかあるのですか?」
ついついヤケになってしまい、適当に言葉を返してしまった。王女としてあるまじき失態だ。
男は苦笑しながらも、ある一つの家を指さした。そこに何かあるのだろうか?
「あの家には今後、どんな冒険者よりも強く成長するであろう者たちが暮らしている。今は本職の冒険者には程遠いが、それが我慢できるのならお勧めだ。それとも、他に頼れる人物はいるのかい、フラーモ王女?」
そう言って男は去っていた。
男の言う通り他に頼れる人物はいないので、ダメもとで頼みに行くことにした。
6
男の指し示した家はいかにも新築であろう一軒家だった。
本当にここで合ってるのかなと思いながらもドアをノックする。
「すみませーん、だれかいませんかー?」
「おい、誰か行けよ」
すると中から少年のものであろう声がする。
「じゃあ、お前が行けよ」
「待って、ここは最年長である私がいく」
少女2人の声が、次々に聞こえてくる。どうやら、誰が対応するのか相談しているようだった。
「いや、ここは私が行く」
さっきとは違う少年の声。いったい中には何人いるのだろう。
「いや、ここは俺に行かせてくれ」
「だ、そうですよ。ここは友紀ちゃんが行ってくれるそうですよ」
どうやら、ユキという少女が対応することに決まったようだ。
「そうね、ここは友紀ちゃんの希望を優先してあげましょう」
「うん、お姉ちゃんあれだけ行きたそうに言ってたしね」
「なんで? なんで俺が行くことになってるの? ねえ、教えて」
「いや、だってお前が行きたいって言うし」
「いやいや、そこは空気を呼んでお前が行くべきだろ」
「なんで? 俺や風音さんたちはかわいいかわいいお前の意思を尊重してやってだけだけど?」
しかし、なおのこと言い争いは続く。
「あのー」
とりあえずもう一度、呼んでみる。
「誰がかわいいだって?」
「お前に決まってるだろ? この文脈でそれ以外にだれがいるってんだ?」
「すみませーん」
まだ来ない。もう一度。
「成実とか」
「普通なら姉に似ててかわいいけど、この世界方向性が違うからな。後やっぱりお前はシスコンか」
「だれでもいいんで」
「シスコンじゃねえよ。じゃあ、風音さんとか」
「さっきまでの会話の中に、いつ風音さんの名前が出てきたんだ?」
「きてくれませんか?」
誰も来ない。それに心なしか言い争いがヒートアップしている気がするのは気のせいでしょうか?
「俺や風音さんたちはってちゃんと行っていたはずだが」
「風音さんの名は、そこで一度出ただけじゃねえかよ」
「あのー」
「出たもんは出ただろうが」
「そういうことじゃねえっての」
「すみませーん」
「じゃあ、どういうことなんだよ」
「それは……」
「だれかー」
いまだにだれも来ない。本当にここで合っているのか徐々に不安が増してくる。
「何か言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「……」
「ほんとにだれでもいいんできてください」
「「部外者は黙ってろ」」
「ひっ」
突然の大声に、少し驚いた。そのとき、別の声が聞こえた。
「二人とも、いい加減にしたら?」
その言葉で、エスカレートしていた言い争いが水をうったかのように静かになった。
「まあいいわ。ほら、入りなさい」
ドアが開かれる。そこには10代半ばぐらいの少女がいた。その後ろで下を向いている少年と少女がさきほど言い争いを繰り広げていた二人なのだろう。あの2人の間だけどこか気まずい沈黙が束酔っている。
初めて他人の家に入るのは少し緊張した。
「それで、私たちに何か用なの?」
入口に居た少女が私に問いかける。
「えっと、その。頼みたいことがあるんですけど」
「何かな。俺たちにできることなら、なんでも引き受けるよ」
口喧嘩していた2人の少年のほうが口を開く。それによって男の指し示した場所がここで合っていることを確信した。
「実は、わたしたちの馬車が襲われてしまって……。だから、父上たちを助けてください」
私は、依頼を簡潔に述べた。実際冒険者に依頼をしたのは初めてだし、どうすればいいのかわからなかったのだ。
「助けてやりたいのは山々なんだが、それは難しいな」
しかし、あっさりと拒否されてしまった。
「報酬ならちゃんと出しますし、準備や食料、宿泊代だって出します。だから……」
「それでもだ。出来れば他を当たってくれ」
「もうこの街には、あなた方以外に頼める人がいないんです」
「そうか、なら仕方ない。あきらめてくれ」
「なんでですか。なんで受けてくれないんですか」
少年はことごとく断り続ける。ついカッとなって護身用にとサフランが持たせたナイフを少年に突きつける。
「俺を殺してどうするつもりだ?」
しかし少年は平然としている。
「もちろん他にあたります? あなたの遺言どうりに」
「やれるものならご自由に」
「死んでから後悔してもわたしは知りませんよ」
「ちょっと待てー」
言い争いをしていた少女と、今まであまり喋っていない少年が二人掛かりで少年から私を引き離す。
「放してください。わたしはその男を殺さないといけないんです」
「えっと、君は何しに来たの? ソレを殺しに来たんじゃないんでしょ」
入口に居た少女の言葉で、ふと我に返る。
危うく本来の目的を忘れるところだった。
「どうして、助けてあげようとしないの?」
入口の少女が少年に問う。
「いや、別に助けないとは言ってませんけど」
「あれ? さっきは無理だって言ってなかったけ?」
あまり喋っていない少年がもう一人の少年に言う。
確かに、さっきまであんなに断っていたのにどこが拒否していないと?
「難しいとは言ったが、無理だとは言ってない」
どういうこと? 私をそう思った。
「は? すまん。もう一度詳しく説明してくれ」
少女が私の心を代弁するかのような問いをした。もっとも、この場にいた誰もが思ったことかもしれないが。
「いいか。まず前提条件として、俺はこの依頼を内容を一切知らない」
どういうことだろう? さっき依頼の内容は言ったはずだけど?
「えっと、どういうこと?」
入口の少女も同様のことを思ったようだ。
「とりあえず一番重要なことは、俺が依頼人の名前を知らないことだ」
「あれ? わたし名前名乗りませんでしたっけ?」
そういえば、さっき依頼の内容しか言わんなかった気がする。
そこから、全員で簡単な自己紹介することになった。
「フラーモといいます。よろしくお願いします」
少年阿倍、少女友紀、話さない少年成実、入口の少女風音さんの順に行われ、最後に私が自己紹介をした。
それにしても、全員訊いたことのないような名前だ。もしかしたら出身地がこのあたりではなく、別の国なのかもしれない。この国にも、たびたび亡命を希望する者たちが訪れるのだから。
「よし、これで前提条件は整ったわけだ。さて、次に依頼内容を確認しよう」
「わかりました」
一瞬これで終わりかと思ったが、まだ依頼の内容を細かく説明していないことを思い出した。
「さて、まずは場所だな。襲撃された場所とここから何日かかるのかだな」
「レムイック平原付近です。ここからだと結構な距離になりますから早くても5日はかかりますね」
「となると、襲撃から十日ほど。別の場所に移動している可能性が高いな」
「いえ、ここまで来るのにかかった時間は半日ですので、ここからの日数だけです」
ここまで来るのには<簡易転移装置>を使用してきたが、あれは1人用。流石に5人は不可能。それぐらいわかると思ったが、
「どういうことだ。さっきは五日ほどかかると言ったはずだが」
阿倍はかなり驚いた様子だった。やはり、<簡易転移装置>は、他の国ではさらに見かけないのだろうか。
「わたしの隠れ家がこの近くの村にあるので、そこまで転移しましたから」
実際は、そこからさらにここまで転移してきたのだが、そこまであえて言う必要はないだろう。
「そこから再び転移はできないのか?」
阿倍の質問。何故ここから転移できるかきかないのかは不思議だったがとりあえず事実を答えた。
「出来ることにはできるんですが、転移対象が私だけなので皆さんは同行できなくなってしまいます。そして、それでは皆さんと契約する依頼が意味をなくしてしまいますから」
「やはりそうか」
「どうするのんだ?」
「どうするも何も、歩くか馬車しかないだろ」
「馬車なら、村に着いてからすぐ手配します」
確かあの家には生活に必要なものがそろっているとサフランが言っていた。ならば馬車ぐらいならあるはずだ。
「村によることは確定なのか」
「はい。ここからだと、やや方向は違いますけど確実に馬車が手配できるので、手に入るかどうかわからない町でひたすらさまようよりも効率的かと」
実際にはあるか不明ですが。と、言いそうになるのを必死にこらえた。言ってしまうとお互いにいい事がないから、ここは言わずが仏というやつです。
「そうだな、それともう一つ」
「なんですか?」
「依頼内容についてだ」
「圭ちゃん、それはさっきも説明されたんじゃ?」
風音さんの質問はもっともなことだ。さっき説明したばかりなのに、また訊くなんて。
「確か聞いたさ。だがな、はたして今から向かったところでその場所にいるとは限らない。いや、むしろ連れ去られるか殺されている可能性の方が極めて高い。ならば、連れ去られていることを前提にしてフラーモの父親たちの救出や、殺された時を考え襲ってきた奴らの殲滅なども視野に入れといた方がいいと思っただけだ」
考えたくなかったことを阿倍は言った。しかし、少し冷静に考えればわかることなのだ。もし万が一そうなったら……
「依頼内容は、父上たちの救出。それが不可能となった場合、もしくはその過程においての敵の殲滅。これでお願いできますか?」
私は依頼内容を告げた。もし不可能になったのでもお金は用意できる。それで再び依頼をすれば済む話なのだから。
「わかった」
阿倍はそう言い、右手を差し出してきた。私は力強く、それを握った。
連載開始1周年企画も今回で最終回ということなのでなので本編1話分の倍近い分量になってしまいました。
本編もこれぐらいの文章が書けるといいなと思いました。
さて、受験まであと1カ月を切っているので受験が終わるまで本編、番外編ともに更新しません。受験終了後の「命がけの救出作戦」またお会いしましょう。
最後に伍し報告キャンぺーン。締切り迫る。2月15日当日消印有効。




