番外3話「レムイック平原の歩き方(上)」
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私の名前は、フラーモ。フラーモ・R・アッシュフォード。
初代アッシュフォード王国国王アッシュ・D・ケーブリックを祖とする、この国唯一の王族。それが私の血統、家族。
王家唯一の王女で、絶世の美少女。王位継承候補者の1人にして、王位継承最底辺。それが私の立場、評価。
国民的アイドルのように国民から慕われている。むしろそれしか能のない、王家のお荷物。それが私の才能、存在。
生まれたときから、王女として育てられた。政略結婚のために、王国の未来のために。それが私の感情。
本当に? 本当に? 本当に?
それだけ?
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それは、王家直轄地の1つである温泉街カートルへの旅の途中に起こった出来事である。
一行は私の祖父母である国王夫妻と、父、母、そして2人の兄と1人の弟。そして私。それに約500名の聖騎士隊や、王宮魔法師連隊の方々50名。その他衛兵や使用人など総勢1000に近い大規模なものになった。
王都を発って1日。この日はとくに何事もない平凡な1日だった。
このあたりの街道はよく整備されていて、あまり馬車が揺れずにすむ。むしろたまに少しくぼんだ所を走ったがために生じる揺れが心地いほどである。
2日目。空はどんよりと曇っている。
父が、何か良くないことが起こる前触れのような気がする、と言っていた。もちろんのこと、祖父にそんなことはないといわれていたが。
午後になると、天気は回復していき、晴れ間がのぞいた。
心地いい日の光の中一行はカートルへ向けて進んでいく。
3日目。先に自らの領地を出発した叔父からカートルへ到着したという文面の手紙が届いた。また手紙によると他の貴族たちも続々とカートルに集まってきているようだ。
アッシュフォード王国臨時特別会議。叔父が開催を強く推したために開催が決定した会議。この場では王族も弱小貴族も対等に意見をかわし、今後の国のあり方を決める場所。
今回の議題は、ここ最近同盟国である南の国ハクルヒャミンに侵攻を開始した東の国トラクレクス帝国の動きと今後の対応について。
やはり、国の一大事とあっては貴族たちの関心も高いようだ。
4日目。国内でも有数の都市であるクレライトに寄った。
フォームリン地方以外にはあまり出かけた事がないので、この地方の名産品や特産品の中には、初めて見るものが多くあった。
人々はあわただしくも充実した生活を営んでいた。
この日の宿では、この地方の郷土料理をいただいた。少し辛めの味付けだったが、この地方ではこれが普通らしい。
5日目。クレライトを発った。
また雲行きが怪しくなってきた。
雨がふらないといいんだが。父が心配そうに言った。
確かに雨は降らない方がいい降ると地面がぬかるんで馬車が走りにくくなったりするから。
でも、雨は降った方がいい。早く降った方がいい。会議の期間に降られるよりはずっとましなのだから。
母にそう言ったら、たしかにね。と同意してくれた。
その顔に少し陰りが見えた気がした。
6日目。天気に回復の兆しは見えない。むしろ昨日より雲の色が暗くなってきた。
これは本格的に降り始めるかもしれない。父が言った。
予想通りに、夕方から雨が降り始めた。
雨は瞬く間に強くなっていき、気がついたときには土砂降りになっていた。比較的雨の少ないこの地域では珍しい事だそうだ。
激しい雨にさらさられ、地面が流されたらしく、街道に巨木が横たわっていた。
撤去作業に半日の時を要した。
7日目。雨は一向に止む気配がない。次第に強くなってきている。
正直ここまで来ると、本当に何かよからぬことが起こるのではないかと思ってしまうから怖い。
祖母も少々困惑したような顔を浮かべている。何でも物ごころついてから1度もこんなに雨が降ったことはなかったそうだ。
8日目。心なしか少し雨が弱まった気がする。気のせいかもしれないが。
川が氾濫し通れないということなので、少々遠回りになるが迂回することにした。
昼過ぎには雨も和らぎ、一行は落ち着きを取り戻していった。元から落ち着いていたといえばそれまでだが……
今回の豪雨はただの気象現象だということになった。
そこに、魔法の力が加わった形跡はなかったと思われる。
そしてついに9日目。カートル到着予定日となっているこの日。
事件は起こった。
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その日の朝はひどく寝苦しかった。
ベッドから出て(いくら馬車の中とはいえさすがは王族専用。とても馬車とは思えないほどの豪華さ)シャワーを浴びる。炎系統の魔法におかげで、程よく温まったお湯を浴びながら今日の予定について考える。
私の今日の仕事は、会議に参加する貴族の方々に笑顔で、手を振っていればいいだけだ。
なんて簡単な仕事だ。王家のマスコット的な扱いしか受けられないような自分にふさわしい。そして、そんな自分に嫌悪感を抱く。
――――なんで王家なんかに生まれたんだろう。
幾度となく考えた事が一瞬頭によぎる。
「お嬢様、朝ごはんの準備が整いました」
そんなとき、名前すら覚えていないメイドの内の一人が私を呼びに来た。
その声にハッとし、自分の馬鹿げた考えを意識から追い出し、十分で支度を済ませると食堂へ向かった。
そう、自分は王女。王女は王女らしく国や国民のためを思って生きて行かなくちゃ。そう意識しながら。
食堂にはすでに祖父母と父、母それに2つ上の兄と3つ下の弟が集まっていた。
とりあえず朝の挨拶をかわし、自分の席に着いた。それから間もなくして5つ上の兄が姿を現した。どこか疲れきったような顔をしていた。
「お兄様、どうかなされたのですか?」
上の兄が座るのを見計らって、私は訊いてみた。
「いや、なんでもないよ」
こちらを見ながら少し笑みを浮かべ、兄が答える。しかしその言葉にも疲労の色がうかがえる。
「取れで全員そろったな。では本日の予定だが……」
父から定例となりつつある本日の予定を言い渡され、朝食をとり始めた。
食事を開始してからおよそ1時間後。一同は食後のお茶を楽しんでいた。
そんなとき、ドンというなにかが爆発したような音が聞こえた。刹那、馬車の壁に穴があく。
室内がほのかに光りながら徐々にその輪郭をあいまいにさせていく。空間拡張系の魔法が解けていくのだと理解するのに、数秒かかった。
そしてその数秒が命取りとなった。魔法が解け、今まで床だったはずのところが何もない虚空に変わり、私たちは地面に落ちた。
普段なら決して起こり得ない状況だ。
なぜなら、総勢500名にも達する聖騎士隊や、王宮魔法師連隊50名に守られているはずなのに……
不審に思い辺りを見渡す。するとどうだろうか。
己の得物を携えこちらへと走ってくる、護衛たち。こんなにも仕事熱心だったっけという疑問も無いわけではないが、さすがに今日は国内で1番重大な日。護衛にも力が入るのだろう。そう思った。
「どこの誰だか知らないが、我らアッシュフォード王家に危害を加えるなど言語道断。万死に値す」
父が言った。
「総員、迎撃態勢。敵戦力は未知数。ただちに索敵を開始せよ」
祖父が叫んだ。
「その必要はありませんよ、国王陛下」
いつの間に背後へと回り込んだのだろうか?
騎士団長のアルフレッドがそこに立っていた。
「必要ないとはどういうことだね。すでに敵の位置はつかんでいるのか」
ええ、とアルフレッドは言った。
国王の首筋にきらりと光る刃物を突き付けながら。
アルフレッドの謀反に気付いたのか、他の騎士たちが駆け寄ってくる。
それを見て安心したのか、刃物を突き付けられながらも祖父の顔から余裕は消えない。祖父はアルフレッドに言った。
「ふ、馬鹿め。たかがお前如きが裏切ったところで、残りの500人の騎士たちが……」
しかし、その言葉を最後まで言うことはできなかった。
なぜなら、
「この俺がなんの計算もなしに、こんなことするとでも思うか?」
という、アルフレッドの言葉に遮られたということもあるし、何よりも、
普段なら私たちを守るはずの騎士たちが各々の武器で私たちに牙を向けているからかもしれない。
恐怖によって気絶した祖父を投げ捨て、アルフレッドは言った。
「くれぐれも殺すなよ。あのお方の命令だ。それに、腐っても王族だ。新体制が成立した時のいい見せしめにもなるだろう」
その声は、王家を裏切った多数の騎士の声によってかき消された。
歓喜と狂気に支配された声で……
アカウント作成1周年記念とか適当に考えながら書きました。
どうも、受験勉強など(などを強調)で忙しいマチャピンです。
今回のは見ていただけるとわかるとおり依頼に来る前のフラーモです。
近々中編、後編も公開します。
最後に恒例の誤字にうつらせていただきます。
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