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あたふたと怯えるような少女。
「…?」
ああそうか。
つまり階段の踊り場で俺はぼんやり外を見ていて…
で。
それに気付かずこの女がぶつかった、と。
いきなり背中にぶつかってきたのは同学年くらいの女だった。
特徴のない地味な容姿、子供っぽいしぐさ、気の弱さ丸出しの尻すぼみの声色。発育不良の雛鳥の印象だが、制服から高等部の進学コースだとわかる。
「…いや、立ち止まってた俺も悪いし」
謝る女を遮り声をかけた。すると、それまで逸らしていた視線がはじけるようにこちらへ向かってきたのだった。
「え…あ…葛城くん!?」
「なんで俺の名前知ってるの」
食い入るように見開いた目をハッとしたように背ける少女。
「いえ…ゴメンなさ…い」
その下へ下へと泳がせる目線になぜかイラつき詰問していた。
「あんた、ナニ謝ってんのかしらないけど、なんで俺の名前知ってんだよ」
少女は黙っている。
何か言いたげに口を動かし…また俯いた。
「聞いてんだよ」
怒気に気圧され、少女は肩を震わせた。
またか、と思う。
「あんたさ。高校生だろ」
中等部からこういう連中はいた。
誰がカッコイイとか勝手に騒いで顔しか知らない他人の私生活に踏み込んで。
勝手に人をアイドル扱いにして。
「いい加減、人を顔で判断するのはやめるんだな」
「あ…あたしは…」
俺は冷たく言った。
「でないと後悔する」
さわさわと桜が揺れる。
人気のない廊下。
小さな身体がびくりと震える。
唾液をたっぷりと絡める。呻き声は風に掻き消され、少女は背中をのけ反らしたまま受け入れ続けた。
やがて。
肩から手をどけ少女から離れた。身体を折り胸に手をあてて荒い息遣い…髪に隠れて表情はみえないが。
「これは、サービス」
俯いたままの彼女に教える。出来るだけ、優しく。
「俺、最近ちょっと欲求不満でさ。本当はこういうのは宗旨変えみたいで嫌なんだけど」
意味がわからない、とでもいいたげに少女はこちらを見つめてきた。
顔は真っ赤だが、とろんとした表情に俺は安堵した。
「葛城…くん?」
「だからセクハラで訴えんなよ?」
「う…ん」
「いきなりキスしたのはあんただけだから」
「え…」
「髪サラサラで気持ちいい」
彼女の髪を、頬を触るたびびくりと少女の身体が震えるのが…面白い。
なんだろう。
雰囲気が似ている、というか。
空気感。自然に一歩下がることが染み付いた感じ。
希望的感情を否定する頑なさ。
「ゴメンなさい…あの、わたし…もう行ってもいいですか…」
「好きにすればいいだろ」
意地悪くそっけなく言われ、少女はむしろホッとしたようだった。
「あ…本当にゴメンなさい…じゃあ…」
そそくさと2階に向かって走っていく少女。白い筋ばった膝裏が目に留まる。
「ふぅん…」
俺はなぜだかその後ろ姿を消えるまで眺めていた。
※※※
「ハルキ」
隣のトマがニヤニヤ笑いを押さえもせずに囁いてくる。
俺の入室で途切れた報告書を読みあげていた声。それが再開したのを見計らい、トマはひそひそ言いはじめた。ただし、母国語で。
「なあなあ、図書委員会ってあんま期待してなかったんだけど結構愉しめそうじゃね?」
「なにがだよ」
「だからさ…他コースのコ…あ、あのコもカワイイなぁ〜」
見ると、確かにいかにも自分の魅力を知ってます、と言わんばかりの美少女が、トマの視線を一応はにかんで受けている。
ふわふわした髪に似合う面白い部分纏め髪、気の強そうな瞳、化粧も上手い。
幼稚舎からの持ち上がりの付属コースのお嬢様か。
「あーあれはダメだやめとけ」
「なんでだよ」
「後が面倒そう」
「そっか…じゃああっち」
素直にトマは退くと、新たに目線で示されたのは、その二人組だけ違う色の襟元を飾る緑のリボン、崩さずきっちりと着込んだ制服は進学コースの目印だった。
「結構美人だしさ、たまには面白いかなと」
階段の踊り場で舌を入れた生暖かい感触が蘇る。
少女は下を向いていた。
間違いない、さっきの女だった。
「…オマエあんな地味なのがいいのか」
「えっ?」
トマは俺を見ると、ああ、と呟いた。
「違う違う、俯いてるのじゃなくて。こっち見てる女だよ。黒髪でさ、日本人形みたいな…清楚系だよなあ」
黒髪…の女は地味女のすぐ横にいて、目線があうとゆとりある微笑を返してきた。言われてみれば和服が似合いそうな美人だが、トマに言われるまで不思議と全く顔に目がいかなかった。
「いいよなあ…オマエも思うだろよし、まずはあのコにしよっと」
勝手に盛り上がるトマの横で俺は、あの少女をじろじろと眺めていた。