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やがて世界は何色に染まる  作者: あきゅう
1/4

1.間凍球期

 今日も、よく冷える。

 紅茶の注がれたカップからゆらゆらと立ち上る湯気が、天井から垂れ下がっているランプに当たって音も無く霧散していく。

 年季の入ったトースターで焼いたパンは炭のように真っ黒になっており、歯が先に負けてしまうのではと思う程にカチカチに固まってしまっていた。喉を無理矢理通っていくそれを、手元の紅茶で強引に流し込んで胃に収めていく。

 

『続いて、お天気の情報です。先日に続き、気温が大きく下がり、昼頃には5℃に満たない地域もあるでしょう。皆さん、お出かけの際はコートや厚手の靴下などを身につけ、防寒対策を忘れないようにしてくだい』

 

 音割れの酷いテレビからは、見てくれだけ良い女のキャスターが自身の背後に映る大きなモニターを指差しながら、つらつらと今日の天気について言葉を連ねていく。

 

『つい最近まで、温暖化問題で持ち切りだったと言うのに、夏にここまで気温が下がるんですから、たまったものじゃありませんね』

 

 神妙な面持ちでコメントを残す威厳のありそうな初老の男。そんな彼の様子を見ていると、乾いた笑いが口先から零れる。表情は一切変わらないが。

 

『急激な気温の変化で農作物にも大きな影響が出ているようです。今後も、野菜の値段は上がり続けると予想されます。現役の農家さんにお話を伺って来ましたので、VTRをご覧下さ――』

 

 テレビの画面が切り替わると同時に、その画面はバツンと切れ、室内には乱暴にリモコンを叩き付ける音が響いた。

 何も、寒冷化が危惧され始めていたのは昨日や今日では無いというのに。多くの研究者が、その身を削って打ち立てたデータも、金にならんという理由だけで一蹴し、間抜けかと言わんばかりに世間の晒し者にしてきた事実を、彼らは既に無かったものかのように扱っている。

 朝からこのようにストレスを貯める事は、一日のスタートラインを幾度も書き換えるように煩わしく、精神衛生上宜しくない事だとは分かっているのだが。如何せん私ももういい歳だ。カラカラに焼いた一切れのパンと淹れたての紅茶を朝食に取りながら、朝一番のニャースを見るというこのルーティンを崩せば、この老体からボロボロとネジが抜け始める起点になるのが何となく分かる。故に、このテレビが壊れるまでは仕方なく続けようとは思っている。――先にリモコンが壊れそうだが。

 フツフツと胸の内が熱くなって来ているのを何とか押さえ付けながら、パンを歯で削っていく。

 紅茶がカップの半分にも満たない量になった頃、卓上の固定電話がリンリンとつんざくような鳴き声でまくし立て始める。そろそろ頭の血管がちぎれそうだ。

 旧式の電話の為、ご丁寧に着信元の名前が表示されたりなどという機能はない。が、この朝っぱらからこの電話を鳴らす無礼者が誰かなど、受話器を取らずとも分かる。

 

「……何か」


 カップを片手に、嫌々に受話器を取って耳に押し当てる。するとそこから、鼻にかかったような男の声が電波に乗って鼓膜に流れてくる。

 

 『ああ……先生。私先日、先生の素晴らしい論文を拝見いたしまして……。現代社会に急激に訪れた寒冷化現象についてお話をお伺い出来たら……と』


 受話器越しにでも分かる、その無理矢理に腰を折っている態度。誰もいない壁に向かって必死に頭を下げ、引きつった作り笑顔を浮かべている様がありありと脳裏に浮かぶ。

 ただでさえ今は機嫌が悪いというのに。これ以上朝の精神的負担を増やすのは勘弁して欲しいものだ。


「まず初めに名乗らんような奴の話など聞く気にもならん」

『ああっ……ちょっと――』


 バツン。

 テレビのリモコンに続いてこちらも叩き付けるように受話器を置く。口から気怠げなため息が零れた。この部屋には自分以外誰もいないというのに、まるで聞き手を欲しがっているかのように愚痴が溢れてくる。

 

「ハッ、馬鹿馬鹿しいとは思わないか。世間はあれだけ私達の研究を足蹴にしてきたというのに、いざ自分達の過ちを突き付けられると、オドオドとして何も行動出来ない。……同じ人類として羞恥心が止まない」


 カラカラと嘲るような笑いを浮かべ、カップに残っていた冷えた茶を喉の奥へと流し込み、乱雑に口元を拭った。

 皿の上にはまだ黒焦げのパンが半分以上残っているが、どうもこれ以上食べる気にはなれなかった。

 重い腰を上げて椅子から立ち上がり、ハンガーに掛けられた白衣に身を包む。もう何日も洗っていないせいであちこちにシミやシワが目立ってしまっている。


 私の研究所と自室は隣接している。故に扉を一つ開ければそこには何十年と通い続けた職場が広がっている。

 真っ暗だった部屋に青白い明かりが灯った。紙や実験器具、資料のファイルなどがあちこち乱雑に積み重ねられているその部屋の中央部には、大きな円柱状の水槽が立ち呆けていた。


 「……きっとこのままでは人類は滅びるだろう。進化を捨て、道具や知識に頼らなければ先に進めなくなった生き物には、この先生き抜くことは不可能だろう」

 

 私はその水槽に額を押し付けた。結露により水滴が垂れるその水槽はひんやりと冷たく、朝から火照った体を冷ましてくれた。

 結露を手で拭うと、その水槽いっぱいに入れられた培養液からボコリと気泡が立ち上る。


「……君は、必ずや人類――いや、生物を存続させる鍵となるだろう。私が君に大きな枷を履かせてしまっているのは承知の上だ」


 培養液の中には数多の配線や、養分を運ぶチューブが絡まりあっている。そしてその中心には、産まれたままの姿で力無く浮かぶ、年端のいかない一人の少女が収められていた。

 力無く開かれた翡翠色の双眸が、じっと私の事を見詰めている。その虚ろな瞳はまるで私を透かして世界そのものを見ているかのようであった。


「……っ。どうか……救いを。どうか、裁きを。……そして、どうか、赦しを」

 

 風も無いはずの部屋で、観葉植物の葉が、わずかに震えた。

 


 ――



 

 幾度と無く、地球には絶滅という名の牙が突き付けられてきた。大量絶滅が起きたとされているものだけでも、オルドビス紀、デボン紀、ペルム紀、三畳紀、白亜紀と五回あり、観測されていないものや、大量絶滅に含まれないものも含めれば、この星は数え切れない程の絶滅と、それに伴う生物の進化を行ってきたと言えるだろう。

 従来、地球は五から十万年の周期で『氷期』と『間氷期』を繰り返して来た。

 その比較的暖かな間氷期で、人類は良くも悪くも大規模な発展を遂げ、地球上の支配者と成ったのだ。未来永劫の人類絶対主義。その歩みは留まる事知らず、足りぬ資源を求めて他の惑星にまで進出しようとしていた。


 そんな中、突如として六回目の大量絶滅が発生した。


 

 それが起こったのが『凍球期』とされている。氷期、間氷期では言い表せぬ程の気温の低下により、地球が全球凍結した事がその名の由来である。

 それは突如弱まった太陽エネルギーの影響で地球表面の気温が低下し、人類史で最も深刻な氷河期の事を意味する。

 100億人を超えることを危惧されていた世界人口は瞬く間に5000万人程に数を減らした。生き残った人類は地表での生活を捨て、降り積もる雪から逃れるべく洞窟の中で新たな文明を築き始めた。

 暗い洞窟の中、小さなコミュニティを形成しながら命を繋ぎ、果てしない時間の流れの末に『凍球期』は終わりを迎え、人類は再び陽の光の元で生活を始めるのだった。

 無論、外界の気温は尚も低く、日照時間も『凍球期』以前とは比べ物にならない程短い。人類にとって、未だ外界は過酷な環境であると言える。それでも何故、彼らは安定し始めていた洞窟での生活を捨て、陽の元での生活を目指したのか。



 


 ()が言った。



 ――それでも、人は空を見たかった。






 

 


 

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