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王女として。奈帆として。セレーナとして。

 リナは少し落ち着くと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……ごめんなさい。奈帆さん」


 わたしは、それが自分の名前だったことを思い出すのに少し時間がかかった。そうだ、わたしは奈帆という名前だったな。同じくらい長くセレーナで生きてきたから、もう別人のように思える。


「あの日、奈帆さんを突き落としたのはわたしです……! でも、自分でやったはずなのに、勝手に体が動いていたんです!」


 ──やっぱりわたしと同じだ。コランタンがリュシーさんに話していた、異世界での宿主。リナのことなんだろう。


「事件のこととか調べてたら、わたしがもう、この世にいちゃいけない人間みたいに思えて、それで! ……線路に飛び降りたんです。記憶を失くして、今日まで生きてしまいました。ごめんなさい」


 途切れ途切れに話しながら、リナは頭を下げた。

 なんだか申し訳ない。自殺を選び、転生しても一人になろうとするほど、リナが追い詰められている。


「奈帆さんと一緒にいたのも、わたしが、罪滅ぼしをしているだけだったんです! わたしなんか、側に至ってこれ以上役に立てない!」


 そんなことない。十分すぎるほど役に立っている。

 だけど、リナの反省は止まらなかった。


「奈帆さんの人生をこれ以上邪魔しないように、わたしは一人でいた方がいいんです。むしろ、もっと奈帆さんの役に立てなかったのかとずっと思っています。……わたしは一生、たとえ二度目の人生であったとしても、償い続けると決めたんです。奈帆さんとしての幸せを、奪ってしまったことを」


 まっすぐで、正直で、優しいリナの性格が全て裏目に出ている。

 まっすぐ過ぎるから、突っ走って行動してしまう。

 正直過ぎるから、今まで言われてきたであろう悪意ある言葉も全て受け止めてしまう。

 そして、優し過ぎるからこそ……人を殺めてしまった自分を許せない。

 どうしたものかとわたしは思った。だって、わたしは──。


「リナ。わたしね、あのときの子がリナだと気づいたとき、ちっとも腹が立たなかったんだ」


 リナの泣き声が、一瞬止まった。


「だってさ、当たり前じゃない? わたしも人を殺しちゃったから分かるよ」


 リナはまだ、何も言わない。


「あの状態になったら、自分ではどうしようもないって。だからさ……」

「しょうがない、って言うんですか?」


 リナは強い口調で話を遮った。


「キネロのせいにすればいいなんてわかってますよ! だけど、みんながみんな、奈帆さんやわたしみたいに転生できるとも限らない。だったら、どうやって償えばいいんですか? どうやってごめんなさいと言えばいいんですか! わたしは、自分も同じものを差し出すしかないと思ったんです。……この世界には、天国も地獄もないみたいだから」


 顔を上げずに、リナは言い切った。


「そっか、そうだよね。地獄がないなら、自分で自分を罰しなくちゃいけないんだもんね」

「……そうです。早く離してください」

「離すわけにはいかないよ。リナが行くなら、わたしもついていかなくちゃ」


 えっ、とくぐもった声が聞こえてきた。


「もう忘れたの? わたしが人殺しのこと。これは変えようのない事実だし、その人は今のところ転生している様子もないし……うん。そうだね。わたしもついていく」

「……やだ。いやだよ! 奈帆さんは生きなきゃ。これから楽しいこといっぱいして、幸せになってもらいたいんだもの」


 また、リナは泣き出してしまった。


「ごめんね、少し言い過ぎちゃった。……けれど、同じことをリナにも、わたしは思ってるよ。リナには幸せになってほしい」


 得体の知れないものと向き合ってきた、リナに対してだから言えるんだ。


「たとえ、わたしを殺した相手だとしても」


 鼻をすするリナに、わたしは畳みかけた。


「わたしはあのとき死んだけど、だから今、この世界で大切な人に会えてる。もちろん、リナもそうだよ! 事実はこれからも変わらないけれど、それをどう思うかは自分で決められるからさ。だったら、わたしはリナと明るく生きられる方を選ぶよ」


 泣き続けるリナの頭をわしゃわしゃとなでた。


「たぶんね、わたしが人を殺したことは罪に問われない。戦争中だったし、わたしがお姫様ってこともある」


 自分でも理不尽な話だという自覚はある。けれど、これが現実だ。

 わたしは戦勝国の姫。

 だからこそ、できることがある。


「せっかく権力のあるお姫様に生まれたのだから、もう二度と戦争が起こらないような世界を作りたいんだ。……そのために、リナの力も借りたい」


 もう一度、わたしはリナのことをぎゅっと抱きしめた。


「これからも、わたしの役に立ってくれない?」


 少しの沈黙。

 また鼻をすする音がして。


「わたしなんかで、いいんですか。アルベールさんとか他にも、すごい方がいるんじゃないですか」

「とんでもない。これから忙しくなるから、人手はいくらあっても足りないから」


 ──ようやく、コクンとリナは頷いた。


「お仕事は大変だよー。森に引きこもってた方が楽なんじゃないかと思えるくらい」


 コクン、コクンと、またリナは頷いた。


「それでも、大丈夫?」

「──はい!」


 涙で濡れた顔を見せたくないのか、ゴシゴシ顔を拭きながらリナは答えてくれた。


「ありがとう。……それじゃ、城に戻ろっか」


 星座の知識はたいしてないから、あとどのくらいで日の出かわからない。急がなくちゃ。

 リナが馬の上に乗る手伝いをしていると、とてつもないスピードで近づいてくる馬の足音が聞こえてきた。


「セレーナ様!」

「アルベール⁉︎」


 どうせ周りの反対を押し切って探しにきたんだろう。颯爽と現れた騎士は、とても急いでいるようだった。


「迎えにきてくれたの? この通り、リナは見つかったよ。ジェラールとは話せた?」

「──先ほどはお見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。しかし、今はそれどころではありません。もう数時間後まで日の出が迫ってきています」


 ……あー、そっか。


「早くお乗りください! 全速力で走れば間に合います。さぁ、早く!」


 アルベールに急かされて、わたしは馬に乗った。早く行かないとみんなに示しがつかない。


「慌ただしくてごめんね。走りながらちゃんと説明するから!」


 リナにそう呼びかけ、わたしは馬に拍車をかけた。



 走り続けて数時間。

 リナにあらかたフラナンズの伝統や歴史を話していて、気づいた。そういえば、リナはわたしの名前を知っているけど、わたしは知らない。


「リナって、向こうの世界ではなんて名前だったの?」


 後ろでしがみつくリナは、風に負けないよう叫んだ。


「野口莉菜! わたし、向こうでもリナだったんだ。お師匠様は、やっぱり全部お見通しだったんだね」


 そう言うと、リナはフフッと笑った。

 どんぐりころころどんぐりこ。鼻歌の響きが懐かしく……って、あれ?


「それ、フラナンズまでの旅の途中にも歌ってなかった?」

「──そうだっけ。本当だ。転生したことは隠そうと思ってたのに。もしかして、隠せてなかった⁉︎」


 ……うっかりさんだ。記憶があってもなくても、リナはリナ。それがいい。


「まぁ、わたしも気づかなかったし。おあいこだね!」

「たしかに。セレーナさんはちゃんと気づかなくちゃ。──あれ。どんぐりころころどんぐりこだっけ、どんぶりこだっけ」

「えっ」


 どっちだ。生前もよく話題になってたやつ。今度こそ覚えたって思っても次の日には忘れてるやつ!


「──ググってもいい?」


 だーめ! と言ったリナは、声をあげて笑った。

 やっと、リナと仲良くなれた気がする。そんな夜だった。

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