ただいま
地上に戻ると、召使いたちがバタバタと忙しそうに働いていた。その中の一人を呼び止め、両親とペティー、ばあやの居場所を聞く。
「皆様なら、若いお二人の邪魔はするなと申されまして。今は勝利宣言の準備中かと」
礼を言うと、すぐに仕事へと戻っていってしまった。
「しっかし、若い二人ねぇ」
もうツッコむのも面倒くさくなる。まぁ、父上も母上も過去のことは知らないし、知る必要もないのかもしれない。自分の娘と数個しか年の差がないと知ったら驚くだろう。余計なことで関係性が変わるよりも、今のままがいい。
だけど、ペティーには話しておきたいな。これからもお世話になるんだし。隠し事はなしだ。
たどり着いた寝室のドアを三回ノックした。
「私です。入ってもよろしいで──」
「セレーナさまぁぁぁあ!」
勢いよくドアが開き、ペティーが飛び出してきた。
「よかった……生きていらっしゃる! 私、セレーナ様の役に立てなくて、私のせいで負けてしまったから、本当に──よかったぁぁあ!」
わぁわぁ泣くペティーを、そっと抱きしめた。
「ペティーのせいじゃないよ。たくさん頑張ってたじゃん」
二週間。よく見ると髪や服も、まだぼさっとしている。あのとき軍隊長に止められて渡せなかった情報を抱え、どれほど後悔していたんだろう。
「背負い込みすぎちゃだめだよ。こちらこそ、生きててくれてありがとう」
「ううっ。セレーナ様……」
ペティーがこれほど泣いている姿、久しぶりに見た。
「ごめんねぇ。ありがとうねぇ」
いい子いい子と、ペティーの頭をなでていると、後ろにいる保護者陣が目に入った。
「二人とも、立派になって……」
ばあやがそう涙ぐむ隣で、今にもこちらに駆け寄ってきそうな父上。母上の腕に押さえつけられている。
「セレーナ! もちろん、信じていたさ。君なら絶対に大丈夫だと言っただろう!」
「どうせ山ほど無理したんでしょう? ……お疲れ様」
優しく微笑んでいる二人を見て、私の目にも涙が滲んできた。
「父上、母上……ご無事で、よかったです」
色々、話したいことはあるのに言葉も出てこない。
「──もう我慢できん! セレーナ!」
父上が母上を振り解いて駆け寄ってきた。そのままペティーごとぎゅっと抱きしめてくれる。そこに、母上の腕も重なった。
あったかい。本当に──。
「みんな、ただいま!」
生きていて、よかった。
「よく頑張ったなぁ! おかえり!」
そう言って、父上がバンバン背中を叩いてくる。
「ちょっと。力加減には気をつけてよ」
なんとか父上を止めようとする母上。しかし父上は話も聞かず泣いている。
そして、遠慮して逃げ出そうとしたペティーをもう一度、私は抱きしめた。
……戦の前、あれだけ緊張感のある送り出しをしてくれたのに、帰ってくると実に騒がしい。けれど、やっぱりこれが落ち着く。
「あれ? セレーナ様、髪を切られたのですか?」
普段から服装に気を使うペティーが言った。
「ああ、これね。フラナンズに潜入するときの囮が必要だったからさ。切っちゃった」
ただ事実を言っただけなのに、三人は雷にでも撃たれたかのような顔をした。
「なん……ですって?」
「はい。わたしが死んだと見せかける罠のために」
「……あんなに、あんなに大事に髪を伸ばしていたセレーナが、作戦と為とはいえ、なんと立派な心がけで!」
火に油を注いでしまった。三人の思いはしばらく止まず、やっとばあやが引き剥がしてくれた。
「──もう、落ち着いてくださいよ。それで、勝利宣言はどのような形で行うのですか。やはりバルコニーで?」
「ええ。あなたのお披露目式と同じ、朝日とともにやるつもりよ」
さすが母上だ。そういうところは抜け目ない。国民に宣言する以上、気持ちを高めるための形は大事だ。
「今回の功労者などを発表し、今後の方針を説明するつもりだ。セレーナ。こたびの戦、君が先導したんだ。誰か貢献をした人物はいるか?」
「……それだったら三人います。アルベールと、ジェラールです」
そう言うと、三人はとても驚いていた。
「ジェラールって、軍隊長ですよね? あの裏切り者が功労者なんて。どんな皮肉ですか」
すごい言われようだ。ペティーの中ではまだイーヒスト側の人間らしい。
「違うって。ジェラールはわたしのことを助けてくれたし、色々と事情もあったみたいだから」
わたしは、悪魔などの理解しづらい箇所を端折ってジェラールのことを説明した。
「──ということで、概要になったけどこんな感じ。家族と国を助けるためだったんです」
「そうか……それは、たしかに功労者だな。よし。その二人にも参加してもらおう。あとの一人は?」
「旅の途中で出会った、小さな女の子です。多大なる貢献をしてくれたのですが、あまり人慣れしていないんですよね」
「でも、そこまで言うのならぜひお会いしたいわ。城内にいるの?」
「そのはずなのですが──」
こういう情報はばあやがよく知っているだろう。
「リナっていう、黒髪の女の子を知らない? わたしの髪束を持っているはずなんだけど」
「リナかい? ……いや。そんな子は聞いていないよ」
「えっ?」
リナが、まだ見つかっていない?
「そんな……探してあげて! 年齢は七歳。濃い緑色の服に黒いマント、腰くらい長い黒髪をしてるから!」
「そ、そうかい。じゃ、ちょっと聞いてくるよ」
そう言うと、ばあやは部屋を出ていった。
「……セレーナ。最後に会ったのはいつなの?」
母上がわたしに優しく尋ねる。
「リナとは、昼過ぎに広場で会ったあと、荷物を取りに近くの民家まで行くと言って別れました」
しかし、思えばあのとき少し様子がおかしかった。わたしをあんなに城まで急がせて──何かあったのか?
「父上、母上。馬を貸していただけませんか!」
「探しに行くのかい? もう日は落ちかけているし、他の兵士に任せたらどうだ」
「いえ。あの子はずっと、育ての親と二人きりで暮らしていました。だけどここまで一緒に戦ってくれた。わたしの命を助けてくれた。わたしが、探しに行きます」
それに、リナを放って城に戻ってきてしまった責任もある。あの子が一人でどこかに行こうとしているのならば、せめて一緒にいてあげたい。
「……必ず、日の出までに戻ってくるんだぞ」
父上の承諾を得てすぐ、わたしは馬小屋に向かって走り出した。




