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地下牢のこだま

 光源が松明しかない地下牢は、フラナンズの犯罪件数が少ないこともあり、直近は誰も入っていなかったはずだ。空っぽの牢屋をいくつも通り過ぎた先に、あの二人がいた。

 ポール皇太子は失神し、手枷足枷がついた状態で寝かされている。その向かいの牢に、元軍隊長は座して瞑目していた。


「ネズミ退治ご苦労様。ありがとう」


 わたしが話しかけると、ジェラールはゆっくりと目を開けた。


「とんでもございません。私は、ただ自分の罪を軽くするために。感謝される筋合いは──」

「あるわよ」


 少し驚いて、ジェラールは顔を上げた。


「わたしがこの男に斬りかかったとき、止めてくれたそうじゃない」


 わたしは首の後ろをさすった。正直、まだジンジンと痛む。


「それどころかネズミまで届けてくれるなんて。わたしとしてはぜひ軍隊長に戻って欲しいのだけれど」


 ジェラールは俯いて首を振った。


「いえ……私には、一生かかっても精算できないものがあるので」

「そうだ。大きな大きな、過去が残っている」


 ずっと黙って横にいた、アルベールが口を開いた。


「父さん。なんで母さんと僕を置いていったんだ? 再会してから今まで……母さんが死んだって言ったときも、ひとりぼっちだったと知ったときも、何も、感じなかったのか?」


 アルベールの嘆きが、暗い地下牢に響いた。

「……二人を、守るためだったんだ」


 顔を手で覆い、ふぅっとため息をつく。


「近衛兵として護衛をしていたとき、言われたんだ。皇太子はいずれ島中を支配する。協力しろと。フラナンズへの潜入が決まり、お前たちも連れて行こうとしたんだ! ……だが、人質として残せと言われ、私は従った。妻と息子は城で保護し、不自由なく暮らせるように援助もある。だから、私は──」


 ジェラールのすすり泣きが牢に響く。

 静かに、アルベールは問いかけた。


「……なんで話してくれなかったんだ。もうイーヒストに家族はいない。裏切ればよかったのに」


 たしかにそうだ。

 それでも、ジェラールは首を振る。


「お前も知っているだろう? 狐目の黒髪を」


 ペティーが追っていたという不審者か。


「あいつは皇太子の最側近だ。私でも本名は知らない。素性を徹底的に隠したまま、イーヒストの政治を握っていた。私にフラナンズ潜入を持ちかけたのも狐目だ」


 ……この戦争の、黒幕。


「アルベールが亡命してきた少し後、あいつは私を裏通りに呼び出した。家族のことを問い詰めると、それがどうした、イーヒスト王が並外れた力を得た今、私たちと手を組んで戦争を筋書き通りに収めることが、やるべきことではないのかと言われ……。結局、私はその言葉に同調してしまった」

「なんだ、それ。砦の兵士たちは筋書き通り死んでいったってことか!」

「それは私も知らされていなかった! あいつは肝心なことを隠している。ただ言えることは、フラナンズ軍が一度敗北することも、セレーナ様が反撃に成功することも、狐目の想定通りだったということだ」


 気まずい沈黙が流れた。

 狐目の黒髪。ずっと、わたしたちはそいつに踊らされていたということか。


 でもなぜだ? どこか引っかかる。


 並外れた力を持つイーヒスト王を倒すことが、狐目のシナリオに入っていた。それは、リナの魔法やこの島の過去にも関わる話だ。

 なぜそんな情報を持っていたのか。王族のわたしでさえも知らなかったのに。

 ……いや、待てよ。

 わたしは後ろで伸びている現国王の入った牢を開けた。いいタイミングで国王が目を覚ます。状況がよく理解できていなさそうで、「ここは……どこだ?」と言っていた。


「その前に、お聞きしたいことがあります。イーヒスト王家に伝わる、建国の歴史についてです。コランタンとリュシーという名前に聞き覚えはありますね?」

「……あぁ、それがどうした?」


 やっぱり。この男、数百年前の話を知っている。


「わたしも詳しく聞きたいと思いまして。素晴らしきイーヒスト王家の戦いを。一子相伝だそうですね。でも、誰かに話さないと忘れてしまうでしょう? ……ほら、あの狐目の黒髪のように」

「おお、そうかそうか。お前も聞きたいのか! よかろう。あれは数百年前のことだ。なんとこのジラマンド島では、魔法が使えたのだ!」

「えぇ! 本当ですか!」


 派手にリアクションして見せると、うれしそうに頷いている。一子相伝だとか、素晴らしきイーヒスト王家だとか口から出まかせで言ってみたが、大体当たっているらしい。

 コランタンの興したイーヒスト王国は、元々宗教色が強かった。時代が経つにつれて忘れられた戦いの歴史はリザーヌ教の原点であり、そう簡単に失うわけにはいかない。先祖が守ってきた話を、この男は武勇伝として捉えているらしい。

 憎き魔女をどうとか、西からの敵がどうとか。嬉々として語る姿は、ヒーローを語る子どものようだった。……そりゃあそうだよな。話の中には執行者など、負の歴史が入っていない。子孫が純粋にリザーヌ教と先祖を信仰できるような洗脳が、イーヒスト王家を覆っていた。

 しかし、誰がいるのかも分からない状況でペラペラと。隠し通そうとした先祖が報われないぞと思いつつ、聞き出すことに専念した。


「──こうして、偉大なる初代イーヒスト王のドミニク様は、様々な危機を乗り越えていったのだ。そして、ワシがその志を継ぐ者なり!」


 ドヤ! としているその姿、悪いが全く可愛くない。


「あの狐目も言っておったわい。ワシはイーヒストに留まらず、島全土を支配できる。そのために、多少の犠牲は目をつぶるべきだと。って、なんでこんな話をしていたんだ?」


 やっと正気に戻ってきた男だったが、目の前の危険には気づいていない。


「……アルベール。このお方は人質だ。顔よりも腹の方が傷が目立ちにくい」

「奇遇ですね、父さん。私も同じことを考えていたところです」


 あーあ、怒らせちゃった。多少の犠牲なんて絶対言っちゃだめでしょ。焚き付けたのはわたしだけど、自業自得だよね。あーあ。

 腕まくりをしながら近づくアルベールに、そっと道を譲ってわたしは通路に出た。あとは二人に任せようかな。


 長い廊下を通る途中、「ぎゃあぁぁぁぁああ!」と男の叫び声が、後ろで響いていた。

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