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シゴデキのおかげ

「……ナさん! セレーナさん! 」


 わたしを呼ぶ声で、目が覚めた。まだ体がふわふわしている。何があったっけ。フラナンズに戻ってきて、あの男を追い詰めて、闇に吸い込まれて、それで──。


「──コランタン⁉︎」

「うわぁ!」


 起き上がった拍子に、誰かと頭をぶつけてしまった。

「いったたた……もう。大丈夫なの?」


 頭を抑えたリナが、心配そうにこちらを見ている。


「ごめんごめん! 大丈夫。元気だよ。それより、何があったの?」


 わたしは壇上で倒れていたようだ。持っていたはずの剣は、少し離れた場所に転がっている。血はついていない。本当に、誰も殺していないようだ。


「わたし、アルベールさんが出ていってから、近くの家で待機していたんだけどね。突然袋が破裂して、お師匠様の本が飛び出してきたの」


 そう言うと、リナは例の本と破けた袋を見せた。


「何かあったのかなと思ってこっちを見たら──セレーナさんが男の人に斬りかかろうとしてた」


 あのときか。でも、そこからは真っ暗闇の世界に行ってしまった。


「でもでも! ステージにいた騎士様が、セレーナさんの手をパシッと止めてたの。そのあとセレーナさんが倒れたから、心配になって出てきちゃった」

「そっか……迷惑かけたね」


 きっと、リナの言う騎士様はジェラールのことだ。実は目が覚めてからずっと、首の後ろが痛い。手刀を入れて気絶させてくれたらしい。──それにしても痛い。


「それで、あの男と騎士はどこにいったの?」


 逃げられていたらまずい。交渉も考えると、人質は必須だ。


「それがね……男の人は一目散に逃げていったんだけど、騎士様が『セレーナ様に、ネズミを捕まえて参ります、とお伝えください』って言って、追いかけていっちゃったんだよね」

「なんだよ、あのシゴデキめ! 本当に有能だな」


 アルベールに変身したわたしに対する態度で、なんとなく分かっていた。ジェラールは裏切りたくて裏切ったんじゃない。何かしら、止むに止まれぬ事情があったんだろう。

 帰る場所は、用意してあげなくちゃね。


「ああ、そうだそうだ。結界を張っていたのにキネロが暴れだした理由なんだけど」

「うん。わたしからも話したいことがある」


 リナは、これはあくまでも予想ね、と前置きして話し始めた。


「キネロは、『人を傷つけたい!』とか、『もう疲れた。何にもしたくない!』っていう思いに入り込むのが上手いんだと思うんだ」


 破壊衝動や諦観……心当たりはある。さっきのわたしは剣をちらつかせることで、皇太子の心を傷つけようとしていた。


「お師匠様の結界も、実際にキネロを防げるって確認したわけじゃないんだよね。今まで森に入ってこれなかったから大丈夫だとされていた。けど実際は、宿主が負の感情を持ったとき、結界も突破できる」


 だけどね、とリナはあの魔力入れと宝石を取り出した。宝石はひび割れ、魔力入れはどす黒い液体で満たされている。


「ジェラールさんが、『キネロが出てきた状態で気絶している』っていう、お母様が言ってた条件を作ってくれたから。宝石を使って、魔力入れにキネロを閉じ込めたの!」

「本当に!」


 あの暗闇から救ってくれた緑の光は、そのときのものか。


「魔力が多すぎて、宝石はひび割れちゃったんだけどね。あの森に戻せば復活するんじゃないかな。今はセレーナさんに結界は張っていないんだけど、気分はどう?」

「……全然苦しくない。コランタンの声も聞こえない!」


 わたしは立ち上がった。すごい。体がちゃんと動く。自分が思った通りにできる。転がっていた剣を拾い、鞘に収めた。


「ありがとう、リナ。実はね、意識がなかったときに、コランタンと話したんだ」

「えっ⁉︎」


 驚くリナに、わたしは笑いかけた。


「リナのことを、リュシーにそっくりで、強い意志のある子だって言ってたよ」

「本当? ……なんか、すごいことしてるよね。セレーナさんって」

「リナだってすごいじゃない。師匠の手に負えなかったキネロを封印したんだから。リュシーさんも、きっと喜んでいるよ」

「そう? ……だといいな」


 心なしか、あの本が跳ねた気がした。


「そうだ! アルベールさんがね、すごい勢いでお城を制圧してたよ」

「えっ、もう?」


 あまりにも早くないか? もっと時間かかるかと思ったのに。まだ日も暮れていないぞ。


「うん。もう王様たちも解放されたって、ここを通った人たちが話してた。早く行ってあげたら」

 そうだな。自分で言うのもなんだけれど、わたしはこの戦争の主役だ。それが不在でどうする。


「分かった。教えてくれてありがとう。リナも、一緒にお城まで行こうか」

「わたしは──」


 一瞬、リナは言い淀んだ。


「──ちょっと、荷物取りに行かなきゃいけないから! そう、まだあの家に置きっぱなしなの! 先に行ってて」

「えっ、でも。道わかる?」

「うん。大丈夫。わからなくなったら他の人に聞くよ」


 たしかに、周りには多くの人がいた。みんな笑顔で、城の方を目指している。これなら迷う心配もないだろう。


「分かった。じゃあ先に行ってるね。たぶん向こうに行ったら忙しくなると思うんだけど、絶対に、ついたらわたしのところまで来て。何か証明できるものは──」


 わたしは周りを見た。ちょうど、髪留め付きの髪束が落ちている。


「じゃあこれ! お城で働いている人に見せたら、わたしの知り合いだってわかるから」


 わたしはリナに、昨日切ったばかりの髪束を渡した。ちなみに、切ってくれたのは他でもないリナだ。


「うん、分かった」


 リナは笑顔で了承した。


「じゃ、またあとでね!」


 わたしは、群衆の中に入り込んだ。




「──奈帆さん。さようなら」


 リナは呟くと、人の流れとは反対方向に走っていった。




 城には、本当に多くの人が詰めかけていて、最初は前にほとんど進めなかった。しかし途中で、「あっ! セレーナ様!」と、近くにいた人が言うと、「なんでこんなところに!」や、「早く陛下たちのところまで行ってくだされ」という言葉と共に道を開けてくれ、早く辿り着くことができた。

 まぁ途中で、「アルベール様もお待ちですよ」って言ってくる人もいたけど。

 そこは誤解しないでほしい。本当に本当に、そういう関係ではない。第一、アルベールにその気はないはずだ。実年齢も知られちゃったし。どうせアラフォー間近のおばさんですよ、わたしは。

 心の中で毒づきながらも、わたしは久方ぶりの入城を果たした。

 ここまで本当に長かった気がするけれど、実はまだ二週間ほどしか経っていない。目まぐるしく状況が動き、ここにいる国民はもっと大変だったはずだ。にも関わらず、やっぱりみんなは笑っている。「おかえりなさい!」と声をかけてくれる。


 笑顔を絶やさないこの国に、わたしはやっと帰ってきた。


 城内に入ってまず目についたのは、大量のイーヒスト兵士だ。全員縛られて、床に座っている。

 アルベールが出迎えてくれた。両腕に意識のないイーヒスト兵を抱え、さわやかに笑っている。


「この二人で確保終了です。入りきらなかった分は訓練場に。姫様、意識が戻られたのですね。お側にいられず、申し訳ございません」

「ううん! 全然いいのよ! それにしてもすごい数ね。獅子奮迅の活躍だったらしいじゃない。怪我しなかった?」

「もったいなきお言葉です」


 アルベールと話していると、近くにいた兵士の話が耳に入った。


「いやしかし、アルベールさんもすごいよな。一人で乗り込んで、城内の兵士をみーんな片付けちゃったんだから」

「……わお」

「どうかなさいましたか、姫様?」


 驚くわたしを、アルベールが覗き込んだ。奇襲だったとはいえ人間離れした戦功。うん。アルベールは敵に回しちゃダメだ。


「なんでもない! それより、あの二人は?」

「──ジェラールとポール皇太子ですよね。地下牢に幽閉しています」

「分かった。案内して」


 わたしたちは城の奥深く、先ほどまで両親たちがいた場所に向かった。

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