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自称国王の男

 早朝。まだ空が明るくなりきっていない時間に、私たちは出発した。

 リナは普段の調子をすっかり取り戻していて、鼻歌まで奏でている。慣れない馬にまたがり、私にしがみつくリナはきっとにっこり笑顔なんだろう。


「調子、治ったみたいだね」

「うん! こんな長旅は初めてだからワクワクしちゃうよ」


 また鼻歌に戻ったリナ。どんぐりころころどんぐりこ。歌いながら旅は続く。

 そして、森を出てから六日目の朝。アルベールが言った。

 

「今日は日暮れ前に城の近くまで行けそうですね」

「本当に? すごい、近くの街まで歩いて一ヶ月くらいかかってたのに。お馬さんって速いね!」


 この旅の中で、リナはアルベールとも気兼ねなく話せるようになっていた。アルベールだって子ども慣れしているわけじゃないのに。ほんの少しのぎこちなさも、見ているだけで微笑ましい。


「よし、じゃあもうひと踏ん張りだね! 行こっか!」


 私たちはまた、馬に乗って城を目指した。



 ──暗い謁見室に、カタカタと貧乏ゆすりが響く。


「……なぜだ。なぜアルベールはまだ戻ってこない!」


 イスに座った不機嫌そうな男は、ドンと玉座の手すりを叩いた。歴代のフラナンズ国王に受け継がれてきたそれは、雑な扱いのせいですぐにでも壊れてしまいそうだ。


「アルベールの見張りどもが戻ってきてから一週間、あいつは一体どこをほっつき歩いとる! 兵たちも、いつの間にか縛られていたとか抜かしおって」


 不機嫌な男の向かいでひざまずく騎士は、なんとかなだめようとしていた。


「陛下、今しばらくの辛抱です。あやつは何か、事件にでも巻き込まれたのかも知れません」

「口だけならどうとでも言えるわジェラール! そもそも、お主が頼みこむからアルベールを生かしておいたんだからな? そうでもなかったら、今頃あやつらの仲間入りをしておったぞ!」


 自称国王の男は窓の外を指差した。真夜中にも関わらず、大勢のフラナンズ国民が、街を囲む城壁の増強工事に参加している。その中には、包帯を巻いた者からまだ年端もいかない子どもまで含まれていた。剣を腰に下げたイーヒスト兵が、重い荷のせいで転んだ子どもを蹴っている。


「フッ、我ながら名案ぞ。フラナンズを滅ぼしても、ウェストニアが攻めてくる前に防備を固めれば良いのだ。なに、半日働けば半日休息が取れる。わしのも良心というものがあるからのぉ。もっとも、反抗的なやつは指導が足らん。もう半日働けばいい」


 悪魔のように残虐な笑みを浮かべた男は、騎士に向き直った。


「アルベールも指導が足らんのだ、指導が! 正直なやつは扱いやすいが、感情的になられてもうるさい。帰ってきたらあの者どもに混じって働かせればいいさ。己の恵まれた環境に気づくだろうよ」


 男が高笑いをした、そのとき。


「陛下! ご報告がございます!」


 兵の一人が、ノックもせずに入ってきた。


「なんだ? 無礼だぞ」

「申し訳ございません。しかし、アルベールが戻ってきましたので、急ぎご報告をと──」

「なんだと!」


 男は立ち上がった。騎士も驚いて目を見開いている。


「現在、城の入り口近くで捕らえております」


 意地の悪い顔で、男は騎士を見下ろした。


「ジェラール、良かったのぉ。心配しておったであろう? まだ 殺しはせんから、安心するがよい」


 ここに連れてこいと命じ、ドスンと椅子に座り直した。



 謁見室に連れてこられた騎士は特に抵抗もしていなかった。後ろ手で縛られ、じっと俯いている。


「ご苦労。……さて、アルベール。どういう経緯でこんなことになったのか、聞かせてもらおうか?」


 騎士は、弱々しく声を発した。


「……申し訳ございません。兵たちは皆、無事でしょうか?」

「ああ、無事だ。おかしなことに、イーヒスト軍の訓練学校を卒業した者が学ぶ縛られ方をされておったよ。どういうことだ?」

「あの者たちは──セレーナの使う術によって錯乱状態になっていました。なので、仕方がなくあのように」

「お主、セレーナと接触したのか! 捕えることはできたか」


 食い入るように聞く男に、騎士は力なく首を横に振った。


「いえ。あの女は最後に、私を巻き込んで自爆しようとしていました。なんとか持ち帰れたのは、それらだけです」


 騎士は荷物を持ってきた兵士を見た。


「陛下! 持ち物の中からこれが」


 兵士が差し出したのは、金色の髪束だった。銀の髪飾りもついている。


「フッ……フフフッ、フハハハハハ! よくぞやったアルベール。ついにあの女は死んだ。これでわしの天下じゃあぁぁあ!」


 髪束を掲げた男は、高らかに勝利を謳った。


「早速明日、無礼者どもに勝利宣言を言い渡してやろう! アルベール、式にはお前も出てもらうからな。今夜は宴じゃ!」


 大股で部屋を出ていった男と入れ違いに、騎士がやってきた。縄を解きながら耳打ちする。


「おい。お前、逃げろと言っただろう? なぜ戻ってきた。本当に、姫様を殺したのか!」


 手首をさすりながら、騎士はニヤリと笑って呟いた。


「明日になれば全てわかるよ、父上」


 それ以降、騎士は何も話さなかった。

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