父の威厳?
久しぶりの街は前よりも人の往来が激しく、活気にあふれていた。
「おぉ! 今日は市場が開かれているな! あれ、この果物はなんだ? 」
一際人だかりのできた出店へと吸い寄せられていく父上。
「おーい、セレーナ! ミレーユ! この間輸入された果物があるぞ! 」
大声でわたしたちを呼び寄せる姿はまるで子どもだ。さっきの姿はどこへ行ったんだよ。でも、こっちの方がずっといい。
「母上、わたしも果物食べたいです! 」
「しょうがないわね。少しだけよ」
呆れ顔の母上の手を引き、わたしも果物屋へ向かう。
既に口をもぐもぐしている父上の横に行くと、お店のおじさんがわたしを見つけてニヤッとした。いくら普段より質素にしているとはいえ、王族の身なりは目立つのだろう。商品を売り込むターゲットにされたようだ。
「おや、お嬢ちゃん! かわいいお洋服を着て、父ちゃんたちとお買い物かい? 」
あれ? このおじさん、わたしが誰なのか知らないのか。横目で父上を見上げると、お茶目にパチンとウインクされた。なんだ、わざと教えていないんだな。仕方がない。期待に応えてあげようじゃないの。
「そうだ……よ! うん! 久しぶりにみんなでお買い物なの」
また父上を見ると、今度は指で丸を作っていた。母上を見ると、美しい笑顔を作っていた。わたしは知っている。あの顔は、後で父上にお説教するときの顔だ。
おじさんはそれを知らずに営業トークを続ける。どうやら、フラナンズ出身ではないらしい。西の国に多い黒い髪と日焼けした肌をしているから、旅人なのだろう。
「そうかい、よかったなぁ。せっかくだし、おじさんが海の向こうから持ってきたフルーツ、味見するかい? きっと、見たことも聞いたこともないと思うぞ」
そう言っておじさんがわたしにくれたのは、幾度となく味わった、なつかしい故郷の果実だった。
「……ミカンだ」
この世界に来てから初めて見た。オレンジじゃない。本当にミカンだ!
「そうそうミカン! って、なんで知っているんだい? 」
屋台から身を乗り出したおじさんが眉をひそめている。ヤバい、ミスった。
「え、えーっと……前に、本で読んだの! 」
「ふーん、そうなのかい。お嬢ちゃんは物知りだね! ただ、食べたことはないだろう。ほら、二つサービスさ。父ちゃんだけだなんてずるいだろう。母ちゃんにも渡してあげな」
そんな母ちゃんは、無理に笑顔を作り過ぎてギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてきそうだ。わかりますよー、父上ったら全然国王らしくないですもんね。誰がこの場を収めるのか考えていないですもんね。
「ほ、ほら母上! とってもおいしそうですよ! 」
わたしは無理やりミカンを握らせた。
「ほら、本に書いてあったんです。こうやって、おへそみたいなところに親指を入れて……!」
この一件のせいで母上がミカン嫌いになったら困る。なんとか一口食べてもらおうとしていたところ、近くにいた人が声をかけてきた。
「あれ? もしかして、フェリックス様ですか! 」
あ、まずい。
その一言をきっかけに、周りを囲む人だかりもこちらを見てざわつき始めた。
「やっぱり、フェリックス様だ! 」
あちこちから人が押し寄せてくる。
「フェリックス様! ずいぶんとお久しぶりですね。それにミレーユ様も。 その幼子は、もしかしてセレーナ様ですか! 」
「何? あんたたち、王様だったのか! 」
「おっさん気づくのおせーよ。まーたフェリックス様のいたずら好きが出てるぜ」
「ほら、フェリックス様。今年採れたニンジンだ。持ってきな」
その一つ一つに、最近忙しくてなぁとか、ありがとうと言って受け取る父上は、少年に戻ったように楽しそうだった。
「なぁフェリックス様、パン屋のおかみがカンカンになって怒っているぜ。こんなところで油売っていないで、早く行ってあげな」
「おっとそうか! それはまずい。私の命が危ないな。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」
慣れた様子で人混みをすり抜けていく父上の後をなんとかついていく。
「母上。父上っていつもこんな感じでしたっけ」
「街にいる間はね。本当、いつまで経っても子どもなんだから。でもほら、見て」
先を行く父上は、声をかけられるたびに何かもらっている。抱えきれないほどだ。
「……好かれているんですね。父上は」
「それはあなたも」
えっ? という前に、わたしと同い年くらいの子どもが駆け寄ってきた。
「あっ、あの、セレーナ様! これ、あたしが育てたお花なの! 」
やや乱暴に差し出してきたのは、見事な赤色をしたバラだった。
「……すごい。これをくれるの? 」
コクリとうなずく子ども。
「とってもうれしい! ありがとう! 」
お礼を言っただけなのに、子どもは笑顔で「セレーナ様、頑張ってください! 」と言ってくれた。
照れたのか、逃げるように走っていった。あの子は誰なんだろう。
知らない人から無条件に好かれるのが王家なのか。いや、違う。この信頼は、父上が長年積み重ねてきたもののはずだ。
「……やっぱり、父上ってすごいですね」
「あなたも十分すごいわよ。あの人を、すごいって思えるんだもの」
母上は、とても嬉しそうだった。




