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作戦会議の夜

「それでね、魔法のことなんだけど……」


 おずおずと話し始めようとしたリナを、「待ってください」とアルベールが止めた。


「先に、この兵士たちを縛っておきましょう。ここは他の部隊も通る地域です。少し離れてから、ゆっくり聞かせてください」


 そう言うと、アルベールは草原に倒れている兵士たちに近づいていった。


「ふふん。わたしも頑張ったんだよ? あと数時間は起きれないって」


 リナは誇らしげにしている。


「本当だ──いったい、どうやってこんなことを」


 手際よく兵士たちを縛りつつ、アルベールは目を丸くしていた。


「護身用の、相手を気絶させる魔法。大人数にはかけられないんだ。数人でよかった。前後数時間分の記憶も消したから、セレーナさんのことも魔法のことも覚えていないと思うよ」

「へー、魔法ってそんなこともできるんだね」

「わたしが見つけたわけじゃないよ。これもお母様の研究成果」


 謙遜するリナの頭をなでると、にっこりと笑ってくれた。


「あの、さっきから魔法と言っていますが何のことですか? 数百年前に消滅してしまったのでは」


 全員縛り終えたアルベールが不思議そうに聞く。


「えーっと、そうなんですけど……」


 リナは、照れたような感じでもじもじしている。


「どうしたの? 魔法のこと、言っちゃいけなかった?」


 アルベールに少し待っててと身振りで伝え、小声で聞いてみた。


「いや、セレーナさんが信頼してるみたいだから大丈夫なんだけど──実はわたし、男の人と話すの初めてで」

「え、そうなの?」


 たしかにリナの生い立ちから考えると当然だ。親の記憶もなく、森の外に出たこともあまりないのだから。


「大丈夫。さっきは鬼みたいな顔してたけど、お仕事だったから。タメ口でもいいよ」


 そう言うと、リナの顔がぱぁっと明るくなった。


「よかった! じゃ、じゃあアルベールさん。わたし、実は魔法使いなの!」

「──は?」


 何を言っているんだという顔をしている。が、すぐさまリナが持っていた魔法の袋を爆発させた。瞬時に飛び散る分厚い本、緑の液体が入った瓶、クッキーを入れていた缶など、手のひらサイズの見た目から想像できない量に唖然としている。


「魔法……? 手品とかではなく」

「ご覧の通り、タネも仕掛けもございませーん!」


 予備の袋を取り出してまた荷物を入れていくリナに、空いた口が塞がらないみたいだ。私の方を見て、本当ですかと訴えかけてくる。大きく頷いてあげた。


「……あとでちゃんと、しっかり、話を聞かせてください。とりあえず逃げましょう。案内します」


 混乱しているであろう頭を切り替え、アルベールは自分の馬にまたがった。

 私ははリナに「馬、乗れる?」と聞いたけど、案の定「乗れない!」と返ってきたので、二人で一匹を使うことにした。

 しばらく草原を走り、辺りが暗くなってきた頃。アルベールは馬を止めた。


「今日はここで野宿しましょう。ここなら別の隊が通りかかることもありません」

「準備なら任せてください。色々持ってきたから!」


 どうやって降りるか四苦八苦しているリナに手を貸す。ストンと着地したリナは、また袋を取り出した。破裂させて出てきた中身には、昨日も使った鍋や火打石、たき木用の薪まである。用意の良さはリュシーさんが叩き込んだのかなと、勝手に想像した。

 簡単に夕食を済ませたあと、三人でたき木を囲む。


「改めて紹介するね。このかっこいい騎士様が、私のお付きだったアルベールだよ」

「だったではありません。今もそうです。……それよりも、魔法使いなんてまだ残っていたんですね」


 リナは照れながら答えた。


「えへへ。やっぱり、まだ慣れないなぁ。──セレーナさん。代わりに、魔法のこととか説明してくれない?」

「え、私でいいの?」


 ……まぁ、リナの話は長くなりがちだからありがたいけれど。


「うん。違うところがあったら言うから」

「そう? ……どこから話そうかな」


 考え始めてみると、この数日が目まぐるしすぎて話すことが多い。

 とりあえず、私はリナとの出会いから話した。リナは魔法が使え、育ての親のリュシーさんは数百年前の大戦争に関わっていた、と。


「その化け物。キネロが、私の中に潜んでいるの。前イーヒスト王にも入っていたんじゃないかな。今はリナが結界を張ってくれているから大丈夫なんだけど、その……兵士の皆さんを殺したときは、視界が奪われて、身体の自由も効かなかった。だからといって、犯してしまったことは変わりないんだけどね」


 私が人殺しだということ、リナには伝えていなかった。心配をかけたくなかったからとは言い切れない。自分の罪と、まだ向き合えていなかったから。先送りにしていた。

 ショックを受けているかなと思いリナを見ると、何か考え込んでいた。……そうだよなぁ。七歳には重すぎる現実だ。これからさらに巻き込んでいくのか。いやだな。

 でも、止まっていたところで何か変わるわけではない。アルベールは、静かに先を促した。


「こんな私だけど、どうしてもフラナンズにまた平和を取り戻したくてさ。リナと街を目指していたら、アルベールと再会したの」


 アルベールは、深くため息をついた。


「……そのようなときに、お側にいれなかったこと、申し訳ございません。私も志は同じです。姫様に、どこまでもついていきます」


 アルベールは、いつも通りだ。優しい笑顔で変わらず生きていてくれている。それだけで、私はうれしい。


「ありがとう。ほら、今度はそっちの番だよ。……そういえば別れる前に、軍隊長が何か話そうとしていたよね」


 軍隊長は裏切り者だ。分かっている。だけど、十七年仕えてくれたあの姿が全て嘘だと信じたくなかった。詫びの言葉一つでもあったのかな。


「軍隊長は──私の、実の父でした」

「え⁉︎ それって、アルベールが子どもの頃に行方不明になった?」

「はい。……信じ難いのですが、時系列も、動機も説明できてしまうんです。父のジェラールが行方不明になったのが、私が三歳だったとき。今から十七年前です。ランスロがフラナンズに現れたときも、その頃だったのでは?」

「たしかに……」

「父は近衛兵をしていました。皇太子と、近い関係にあってもおかしくないです」


 苦々しげにアルベールは言った。


「実際に、私が姫様の捜索に加わったのも軍隊長の口添えがあったからです。……もう、今は赤の他人ですが」


 迷いがあるその言葉に、私はただ「そっか」と言った。その葛藤は、アルベール自身が処理しなければならないことだと思うから。下手に口出しもしたくない。ただ、寄り添うことならできる。


「──話は変わるけれど、フラナンズの状況は?」

「はい。ポール皇太子らが城を占拠し、外壁も国民による強制労働で強化しています」


 不幸中の幸いというべきか、圧倒的なイーヒスト軍を相手にした戦いでの死者は、前イーヒスト王が直接手を下したという砦以外ではなかったそうだ。


「ポール皇太子の狙いはこの島全体です。武力を振りかざして犠牲を増やすより、労働力を取ったのかと」

「じゃあ、フラナンズ国民の生存は約束されているってことね。どう? 何か勝機のある話はない?」

「……草原には姫様を探す多数の兵士がいますし、正面から行っても勝ち目はないかと」

「まぁ、そうだよねぇ」


 アルベールがいたって、簡単に攻略できるとは思っていない。


「あ、でも一つだけ」

「どうしたの?」

「ポール皇太子がフラナンズ城のバルコニーに立ったとき、とてつもない量の抗議が飛び交ったんです。本当に──罵声や暴言ともとれるような。みなさん命知らずだなと思いました」

 苦笑いするアルベール。私もなんとなく想像できた。きっと、出てけだの引っ込んでろだの、王族に向けられるはずない言葉ばかりだったんだろう。

 フラナンズ王国は王家と国民の距離が近い。様々な政情に翻弄される我が国では、両者の信頼関係を何より大切にしてきた。厳格な上下関係があるイーヒスト出身者から見たら、その光景はさぞ不可解だっただろう。

 フラナンズ国民がいるから、フラナンズ王家は立ち上がる。──それは、逆もまたしかりなのではないか。


「ねぇ、思い切って真っ昼間に奇襲なんてどう?」


 アルベールは信じられないといった顔をして首を振った。


「無茶です。昼間は見つかりやすいですし、圧倒的な戦力差もありますよ」


 私はニヤリとした。そこは織り込み済みである。前回の戦いではその圧倒的な戦力差と奇襲攻撃、それとスパイのせいで負けたんだ。やり返させてもらおう。


「ねぇ、リナ。協力してもらいたいことがあるんだ」


 長いこと放ってしまったリナは、退屈そうにあくびをしていたところだった。


「なぁーに? もう眠くなってきちゃった」

「ごめん、ごめん! これだけだから」


 私は、考えた作戦を二人に説明した。


「えー! 何それ、面白そう。やろやろ!」

「……そうですね。少し危ない気もしますが、やってみますか」


 アルベールも乗り気になってくれた。そうでなくちゃ。


「リナ、ごめんね。どんどん戦いに巻き込んじゃって」



 守ろうと思っていた人を、危険な目に遭わせてしまう可能性がまた増えた。


「いいの、いいの! 自分の身は自分で守るから。さっきみたいなやつ以外にも、魔法は使えるんだよー!」


 いたずらするように言ったリナがおかしくて、私はクスッと笑った。アルベールもつられて笑う。

 草原に、笑い声が響いた。

 こんなに楽しいのはいつぶりだろう。大切な人がそばにいる。フラナンズを助けるために、みんなで考えてお話しして。火を囲んで笑って、楽しくて。

 ……転生する前にも、こうやって誰かとおしゃべりしたなぁ。

 ふと、涙がこぼれた。

 あれ? なんで? 悲しいことなんて一つもない。この十七年間、辛いこともあったけど、こうして大切な人ができたのに。ふとした瞬間、あの日のことを思い出してしまう。

 いつの間にか笑い声は止み、二人が心配そうにこちらを見ていた。


「セレーナさん? 大丈夫?」

「何か不安な点があるのならば話してください。絶対に、お守りしますから」


 ……本当に、二人は優しいな。

 もう秘密にしたくない。

 本当のことを話そう。嘘みたいな事実を。たとえ、信じてもらえなくても。


「……ごめんね、二人とも。実は、生まれてからずっと、隠してきたことがあるんだ」

 二人はきょとんとした顔で私を見つめている。なんだか緊張してきた。

 けれど、これから共に戦う二人には、腹を割って話さなければ。


「──私ね。実は、異世界で殺されて、この世界にやってきたんだ」

「……え?」


 顔を見合わせる二人。そして。


「えぇぇぇえ⁉︎」


 二つの叫び声が、夜の闇に吸い込まれていった。

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