弱い僕の嘘。
エルワンたちが死んでから、五日。
再び草原で出会った化け物は、セレーナ様のふりをしていた。
「アルベール。そうだよ。私、人を殺しちゃったの! けど、ほとんど何も覚えていない……」
騙されるな、僕。こいつはセレーナ様ではない。何人も殺した化け物だ。
「こんなこと、信じられないかもしれないけれど、体が悪魔に乗っ取られて、目覚めたらあの子の家にいた。だから教えて! あの日、何があったの?」
「何も……言うな!」
弱い僕は剣を振り下ろした。セレーナ様が血を流す姿を見たくないので目をつぶってしまう。そのせいで狙いが外れた。
「アルベール」
「黙れ!」
迷わないうちに剣を構え直した。今度こそ、とどめを指す。
化け物は、セレーナ様のように優しい顔をしていた。
いや、何をしているんだ。早くとどめを!
「ねぇ、アルベール。 私ね、みんな死んじゃったと思ってた。王様は倒せたけれどあの戦力差だったから……寂しかった。もう城に戻れてもひとりぼっちだと思った」
「うるさい」
「でも、アルベールが生きてる! 私、すっごくうれしいんだ!」
「うるさい!」
これ以上その姿で言われたら、僕は──!
「──殺されても悲しくないよ。アルベールが、生きてたから」
僕は、またあなたを信じたくなる!
「黙れぇぇえ!」
剣をその身体に突き刺そうとした、そのとき。
セレーナ様が、剣を捨てた。
カチャリとなって落ちる剣。両手を広げ、無防備なセレーナ様は目を閉じていた。
──何をしている。今だ。やれ! やるんだ!
エルワン、マルガリ、セドリックさん、みんなの仇を!
僕が……討つんだ。
「……あれ?」
セレーナ様が不思議そうにこちらを見ている。僕の両手は震え、剣の先は脇腹の目の前で止まっていた。
「──ごめん」
「え?」
「ごめん! ごめん! ごめん!」
涙があふれ出してくる。剣を地面に叩きつけて、僕は泣いた。
「ど、どうしたの?」
呆気に取られていたセレーナ様が、そっとこちらに近づいてきた。
「何があったの? ……いや、そうだよね。私、人殺しだし。当然だって」
「そんなことないです!」
僕は懸命に涙を拭って叫んだ。
「あなたは何もしていない! 悪くない! 悪いのは、あいつなんです……」
僕が、そう信じたいだけだ。
こんなに優しいセレーナ様が、あんな化け物なわけない。現に、泣き叫ぶ僕を心配している姿は、出会ったときと変わっていなかった。
僕はセレーナ様を信じたい。
「あなたは、何も悪くないんです……」
膝から崩れ落ちた僕を、セレーナ様がそっと抱きしめてきた。
「──もう、離れたりしないから。心配させちゃってごめんね」
その言葉だけで十分だった。
この方は、セレーナ様だ。
「申し訳ございません──私は、弱いです!」
「そんなことないよ。いつだってアルベールは強いから」
大丈夫、大丈夫と背中をさすってくれている。
この方に、現実を伝えることができない。あなたが殺したのは僕の友人であると話したら、優しすぎるセレーナ様はどうなってしまうのか。
僕は、ただ泣いていた。
エルワン。みんな。弱い僕を許してくれ、ごめん、と謝りながら。
ああ、エルワン。君は、リザーヌ様の元で怒っているのだろうか。
いったい何が起こっているんだろう。
アルベールが切りかかってきたと思ったら、急に泣き出してしまった。ごめん、ごめんとつぶやいている。鼻をすする頭を、よしよしとなでた。
そのとき、後ろから足音がした。そういえば、リナの方に行った兵士は?
振り返ると、少し髪がボサボサになったリナがいた。
「ごめん、セレーナさん! 記憶を消す魔法使うの遅くなっちゃった! ……って、あれ。どうしたの?」
リナが不思議そうに首を傾げた。
「ごめんね、私もよく分からなくて。──だけど、アルベールにはたくさん無理させちゃったみたいだから。少し休憩させないと」
いくらでも努力してしまう人だ。兵士はリナがなんとかしたみたいだし、もう少しこのままでもいい。
そう思っていたら、アルベールが立ち上がった。
「──申し訳ございません。また、姫様に剣を向けてしまいました」
直角に礼をしている。……本当、真面目だなぁ。
「私は大丈夫だよ。──でも、何があったかだけ、聞かせて」
アルベールが鬼の形相で切りかかってきたんだ。とてつもないことが起きたのは間違いない。まぁ、何と言われようと許すけど。
「もう、九日前です。姫様が行方不明になり、城は陥落。フラナンズの実権は、イーヒスト皇太子のポールが握っています」
ここまでは想定内だ。
「それで?」
「ポールはフラナンズ国民に新王の誕生と、ウェストニアとの戦争を宣言しました。もちろん国民から不満が止まらず。……姫様が生きているはずだと信じる国民の心を折ろうと、捜索隊を派遣したのです」
「なるほどなぁ。でも、アルベールはどうして私を、その……」
なんで、私に剣を向けたんだろう。
「あれは……姫様に、前イーヒスト国王と同じ化け物が取り憑いていると思ったからです。実は、襲いかかってくる兵士を躊躇なく殺した姫様を目撃したんです。その姿がイーヒスト国王と重なってしまい、倒すなら私がやるべきだと思いまして」
なるほど。やっと腑に落ちた。──実際、少し正解だし。
私の身体にはイーヒスト国王と同じ悪魔のキネロ、アルベールの言う化け物が宿っている。キネロが出てきている姿を見てしまったのなら、混乱して当然だ。そして……私は、やっぱり人殺しになってしまったのか。
ここは戦場だ。ある程度覚悟はしていた。それでも、私を探している兵士だったのなら、少し話したかった。戦うかどうか、自分の意思で決めたかった。
私はまた、心の奥底に潜むキネロを呪った。色々と落ち着いたら、殺してしまった兵士を弔わなければ。
「ありがとう。そして、ごめんね。人を殺したのは本当なの。こんな主君……いやだよね」
つい、後ろ向きな言葉が出た。
「今ならまだ間に合うよ。私をフラナンズに連れて行けば、アルベールもまたイーヒストの兵士に──」
「絶対にいやです」
めずらしくアルベールが私の言葉を遮った。そして、ゆっくりと跪く。
「……私、姫様が化け物ではなく、姫様のままでいてくれていて安心したんです。どうか、どうか生涯、私の主君でいてください」
「アルベール……」
こんな私に、まだ忠誠を誓ってくれるのか。うれしい。けど、少し怖い。アルベールが何か、背負いすぎているような気がしたから。
でも、この気持ちは本物だ。
「うん。──もちろん」
アルベールはずっと、跪いていた。
「……もう、なんか照れくさいって! 今さらすぎでしょ、こんなの。早く立ってよ」
「いえ、こういうのは形が大事なんです。一度ならず二度も姫様に剣を向けた私は──」
「いいから!」
手を取って無理やり引き上げた。全く、堅物だな。
「そうだ、姫様。あの少女は誰なのですか?」
アルベールは私の後ろを見て言った。振り向くと、少しむくれたリナと目が合う。
「やっとわたしの番だね、二人とも。待ちくたびれちゃったよ。早く魔法の説明させて!」
そうだ。ここで終わりじゃない。
アルベールが来てくれた今、フラナンズ奪還もできるような気がしてきた。
絶対に戻ってみせる。
私の生きがいがある、あの場所に。




