あれから色々と
「エルワン! 生きていたのか──僕、てっきり殺されたのかと」
「バカ言うんじゃねーよ。そう簡単に死んでたまるか」
僕はエルワンと、人混みから抜けるために歩いていた。
「あれから色々とあってな。あいつも無事だぞ」
少し静かな場所に、男が二人立っていた。そのうち一人は、ツルッとした頭をしている。
「おー、どうだった? あれ、そいつは……アルベール⁉︎」
僕を見つけるなりマルガリが突進してきた。
「生きてたかー! よかった、フラナンズに辿り着いてたんだな。俺、あれから心配で心配で──」
「はいはい、思い出話はあとにしろ」
エルワンに引き剥がされてブツブツ文句を言っている。
なんか懐かしいな。この感じ。
二人とも、本当に生きている。
「……ん? お前、泣いてんのか?」
こういうところに目ざといエルワンが言った。
「あれあれあれ? 感動の再会で泣いちまったか! そうだよなぁ、もう七年経ったんだもんな」
「お前も人のこと言えねぇだろ」
マルガリの頭がパシッと叩かれる。
「う、うるっせぇな! 俺だって泣くことくらいあるんだよ!」
涙目のマルガリは、照れ隠しに顔をごしごし擦っていた。
「──よかった、本当に。生きててくれて」
僕たちがしんみりしていたとき。
「おーい、俺を置いてけぼりにするなよ」
マルガリと一緒にいた男だ。ふさふさとした髭をなでながら、僕と二人の顔を見比べている。見覚えがない。
「この方は……?」
「ああ、紹介するよ。俺が育った孤児院の先輩」
「セドリックだ。よろしく」
握手のために出してきた手が大きい。背丈も見上げるほどあり、モジャモジャした頭のせいで余計に高く感じる。
「アルベールです。よろしくお願いします」
「あー、そっか。思い出したぞ! お前、亡命したっていう兵士だな。なんだ、ちゃんと礼儀正しいじゃねぇか」
礼儀正しい? 首を傾げる僕に、セドリックさんは笑いながら訂正した。
「いやいや、悪気はないんだよ。エルワンがお前に惚れこんでたから、てっきりクマみたいなやつなのかと──」
「どういう意味だよ!」
セドリックさんは、エルワンのツッコミも華麗にスルーしていく。
「ま、話の腰折って悪かったな。そろそろ情報のすり合わせといこうや」
どうぞと促され、エルワンは不服そうにしながらも真面目な顔を作った。
「そうだな。──もう七年か。あのとき水路に落っこちて、どうせ死ぬなら今がいいと思ったから、泳ぎもせずに沈んでいたんだ。そうしたら、あの狐目が俺を岸まで引き上げた」
苦々しげにエルワンは吐き捨てた。
「あいつ、『全て想定済みなのですよ。あなたを私の後任に指名いたしましたので、まずは牢にいる兵士が持つ手紙を読んでください』なんて言い残して逃げやがった。俺は除隊処分になったけど処刑はなし。その代わり、裏であいつがやってた仕事を引き受ける羽目になった。──不倫のもみ消しや、戦争の手引きとかな」
なるほど、裏の仕事ってやつだ。島一番の騎士を目指していたエルワンにとっては面白くなかっただろう。
それにしても──やっぱり、二人もこの戦争に関わっていたのか。
「あ、俺はなんかお咎めなしだったけど、このまま兵士やるのもどうかなって思って。こっちから辞めてやったよ。また、お前ら二人に隠し事されるのも嫌だったしな」
「それは……悪かったって」
結局マルガリも巻き込んでしまった。申し訳な──。
「申し訳ないなんて思うんじゃねーぞ! 大体な、俺は怒ってんだ!」
鼻息荒くマルガリは続けた。
「同期なのに、大事なこと何にも言わねーでさ! 孤児だったとか、親父の話とか初めて聞いたよ! ……相談しろって。そんなに、俺は頼りなかったか?」
「──ごめん。マルガリには、家族もいたから」
「おいおい、そんな心配いらねぇって。俺も立派に裏稼業してるからさ。こっちの方が収入もいいんだ」
な? と言われたエルワンは、まぁなと不服そうに言った。
「月に一回、狐目から指示書が届いて、指定されたやり方で報告書を送るとまた返信が届く。報酬も一緒にな。……嫌な野郎だよ。あいつの指示通りにしたら、貴族の不倫も何もかも、全部丸く収まる」
「しかもいちいち鼻につくんだよな。『あなたのご活躍を聞くのが毎月の楽しみです』って、俺のこと忘れてさ」
論点が違う気がするが、たしかに嫌味にしか聞こえない。
「で、戦争が始まって、俺らも参加しろって狐目からのお達しが来てよ。さすがに本隊とは合流せずに旅してたら、セディの兄貴が襲ってきたんだ」
「え?」
当の本人のセドリックさんは、「何回その話するんだよ」と呆れていた。
「……孤児院を出てからまともな仕事に就けなかったからな。兵隊なら何かしら持ってんだろって、ほんの出来心」
「そこをエルワンがコテンパンに! とっ捕まえたらセディ兄さんなんて言い出してさ。フラナンズなら仕事もあるし、一緒に来ないかって誘ったんだ」
「……兄さんには孤児院で、色々と世話になったからよ」
へぇー、エルワンが慕う人間なんていたのか。
「アルベール、お前なんか変なこと考えてないか」
すぐにバレた。
「──まぁ、色々あったんだよ。おかしいよな。俺、お前と別れたときは戦争を止めようとしていたのに。生きるためとはいえ、戦争に加担しちまった」
「……そうだな。だけど、完全に誰のせいとも言えない。フラナンズ軍にも裏切り者がいたんだ。まさか、実の父親だったなんて思わなかったけど」
「は? お前、親父見つかったのか!」
これをきっかけに、僕が近況を話す番になった。
草原で行き倒れていたところを拾ってもらったこと、セレーナ様の騎士になったこと。──それと、父さんのことも。
「なるほどなぁ……お疲れさん」
マルガリは、ポンと僕の肩を叩いた。
「セレーナって、これから俺らが追跡する姫様だろ?」
セドリックさんが、顔色を窺うように聞いてきた。
「はい。……そうだ。みんなの仕事の邪魔になるけれど、これから僕はセレーナ様を見つけて、この国を取り戻す」
見張りがいないことを確認した。この三人なら密告されることもないだろう。
「セレーナ様は、この島の平和に必要な方なんだ。絶対に守る。例え、命を捨ててでも──」
「やめろよ」
急に、エルワンが口を挟んだ。
「……何を?」
「そういう、命捨てるとか、主君に忠実にってとこだ」
冷めた目で僕を見ている。
「どうして。セレーナ様に僕は救ってもらったんだ。それに、広場の様子も見ただろう。セレーナ様は必要とされているんだ」
「だからってお前が無理する必要はないだろ。俺らは運がいいんだ。何度も死にかけたけど生きている。それをまた投げ出すっていうのか? 自分勝手な人間が始めた戦争に命賭けんのか」
「ああ、そうだ。セレーナ様が諦めない限り、僕はなんだって──」
「そうやって。さっきから姫様のことばかり言っているが、お前の気持ちはどうなんだよ。裏では何考えてんのかわかんねぇんだぞ」
「は? ……今、なんて言ったんだ」
セレーナ様が、何か企んでいるとでも?
「お、おい。落ち着けよ二人とも」
マルガリが間に入ったが、エルワンに黙ってろと突き飛ばされた。
「お偉いさんなんていつ裏切るかわかんねぇって言ってんだ。セレーナセレーナセレーナ、取り憑かれたみたいに繰り返して。周りが見えてない! お姫様を救ったところでどうする。敵だらけのここに突撃するのか? 捕まったとき、私の命だけでも助けてなんて言われたら? 死ぬぞ」
「セレーナ様はそんなことしない」
「いざとなったら金もプライドも差し出すのが人間だ! 俺はそういう奴を仕事で山ほど見てきた。聖職者もマフィアも貴族も、みんな最後は命乞いをするんだ。なぁ、楽に生きようぜ。俺らは生きているんだ。親父さんに助けてもらったんだろ? 幸せじゃないか。もっと自分を大事にしろ」
「いやだ」
「なんでだ!」
「セレーナ様は、まだ生きているから」
苛立つようにエルワンは頭を掻きむしった。でも構わない。
「僕はセレーナ様に助けてもらった。セレーナ様がいたからここまで生きてきた。自分を大事にだって? そんなの、セレーナ様がいなくちゃ始まらないんだよ」
それと、と僕は付け加えた。
「さっきから、まるで戦争が終わらないでほしいみたいな物言いだな。狐目に毒されたか?」
「……あ?」
エルワンは僕の胸ぐらをつかんできた。
「誰に向かって言ってんだ。一緒に亡命しようとした仲だろ。俺だって──好きでこんなことしてるわけじゃねぇよ!」
数秒睨み合う。僕だって譲る気はない。
やがて、突き放すようにエルワンは手を離した。
「もういい。お前、やっぱ誰かに仕えてなくちゃやってられないんだな。世界は広い。それを自分で狭めてる。……俺がお前のしがらみ、全部解いてやるよ」
武器を手に取り、エルワンは厩舎の方に向かった。
「おい、待てよエルワン! ──アルベール、お前も言い過ぎだぞ」
マルガリが武器を持ちながら言った。
「……ごめん。セレーナ様が侮辱された気がして、つい」
「お前にとって姫さんが大事なのはわかる。だけどエルワンは、お前のことを心配して言ってんだぞ。……ああ、もう。不器用だな二人とも! とにかく、俺たちはセレーナ捜索隊に参加するから。次会えたら、ちゃんと仲直りしてくれよ!」
早口で言い切ると、駆け足でエルワンを追いかけて行った。
「あーあ。若いっていいねぇ。主君のためになんでもするのもよし。だけどな、生きてなきゃなんにもならねえんだよ」
へへっと笑い、セドリックさんも行ってしまった。
……やってしまった。完全にエルワンを怒らせた。
エルワンがどんな経験をしてきたのかも想像がつくし、だからこそあんなこと言うべきじゃなかったのに。突き放してしまったのは僕の方だ。
謝らなければ。今すぐ。
僕も厩舎に向かおうとした。すると、「アルベールさん」と呼び止められた。
「なんですか?」
イーヒスト兵が四人。ああ、この人たちが見張りか。
「馬のご用意はあちらにしています。それと、こちらをどうぞ」
厳重に封をされた手紙を渡された。ブラン家の紋章で印をされている。軍隊長か。
中の便箋に書かれていたのは、たった二文だけ。
セレーナ様を見つけ次第、見張りを倒して亡命しろ。
無茶はしないように。
……悪いけれど、言うことを聞くつもりはない。
セレーナ様、必ず助けに行きます。待っていてください。
僕は手紙を握りしめた。




