再会
僕は、軍隊長に捕虜として連行された。
……正直、軍隊長のことをなんて呼べばいいのか分からない。裏切り者だったのだから、本名のジェラールでいいはずなのに。まだ、父さんだと信じたくない自分がいた。
父さんだったのなら、僕たちを置いていってほしくなかった。なんで僕を一人にしたんだ。言いたいことは山ほどある。だけど、今はそれよりも優先することがあった。
どうやって、セレーナ様を助けにいこう。
手を結ぶ縄はきつく、全速力を出した僕の馬は疲れ切っていた。このまま逃げてもすぐに追いつかれる。
──今はどうにもできないのか。
機会を伺いつつ、僕はおとなしく軍隊長に従った。
そのまま草原を連れられ、フラナンズの街に着いた。
城壁をくぐってまず目についたのは、城に連行されるフラナンズ兵士だった。かなり数が多い。知っている顔はみな無事のようだ。
僕も軍隊長に従い、捕虜の列の最後尾に加わる。他の兵士は徒歩なのに、なぜか僕だけ馬に乗ったままだ。
城に近づくにつれて、民家に押し入るイーヒスト兵の姿も目立ってきた。食料を持ち出している隊や、住民を一家ごと連行している隊もいる。兵士がこれだけいるのに、まだ労働力が足りないのか? 何が目的なのだろう。
そうこうしているうちに城に着いた。僕も馬から下ろされる。
捕虜が集められていたのは、今日、セレーナ様が兵士に激励をかけた広場。伝統あるバルコニーにはイーヒスト兵が立っていた。
「フラナンズ国民よ。知っての通り戦の決着はついた。新しいフラナンズの王よりお言葉がある」
捕虜の間でざわめきが広がった。抗議や、王家の無事を心配する声も多い。
バルコニーに上がったのは、でっぷりと太った男だった。頭にはフラナンズ王国の冠が乗っている。
「皆のもの。今日よりフラナンズ国王となる、ポール・ド・イーヒストである」
イーヒスト皇太子だ。堂々と下を向いて原稿を読み上げている。抑揚もなく、話の内容が入ってこない。
「──えー、この国は長年、西のウェストニアとイーヒストの仲介役を務めてきた。しかし、それも今日までである。戦争に怯える日々に、私が終止符を打つ」
本題らしき言葉に、耐えきれず野次ろうとした捕虜も黙る。皇太子は一呼吸置いていたが、側にいる兵士に発音を聞いているだけだった。
「今後は私がジラマンド島全土を統治する。ウェストニアには通達をした。これより、ジラマンド統一戦争の開戦とする」
一瞬、場が静まりかえった。そして。
「ふざけんじゃねぇぞ皇太子!」
「そうだ! お前らの支配なんて望んじゃいねーんだよ、バルコニーから出てけ!」
「戦争なんて断固反対だ! 平和を返せ!」
命知らずの兵士を発端に、続々と罵声が皇太子に投げつけられた。イーヒスト兵より民衆の方が多いので命令も行き届いていない。
「貴様ら──わしが下手に出てやったのになんだその態度は! おい、うるさいのは連れて行け!」
メッキが剥がれてきた皇太子の命令で、何人かが捕えられる。武器を持って威嚇する兵士を前に場が鎮まる中、一際大きい声で叫ぶ民間人がいた。
「セレーナ様はまだ捕まっていないぞー! 俺たちはセレーナ様と共に戦う!」
いつの日か、セレーナ様にサツマイモを渡していた商人だった。
「黙れ! あの女は行方不明だ。何もない草原で生きているわけない」
「そっちこそセレーナ様のことを分かっていないな! あの方はこんなことで諦めない。国民のために何だってする方だ!」
兵士に口を塞がれるまで、商人は叫んでいた。
「くっ、邪魔が入ったな。貴様ら、今後もこのような態度を続けるようであれば命はないぞ」
「どうせ皆殺しだろ?」
間髪入れずにつっこんだ捕虜が、また捕えられた。
「──えー、私は諸君らと敵対するつもりはない。ウェストニアからの抵抗に備え、諸君らには城壁の強化を願いたい。協力する者には、恒久的な平和を約束しよう。以上だ。さっそく仕事にとりかかれ」
台本を読み終え、皇太子はさっさと退場した。未だ暴言で沸き立つ広場は、怒りと希望に満ちていた。皇太子の失言により、セレーナ様が生きている可能性が皆に知れ渡ってしまったからだ。ただ台本を読んでいた方がマシだったかもしれない。
さらに、なぜこんなに捕虜を残しているのかも合点がいった。城壁の強化という大規模工事、人手はいくらあっても足りないはずだ。うかつに殺せない以上、捕虜も反抗し続けるだろう。
僕も工事に駆り出されるんだろうか。すでに広場では捕虜の選別が行われている。列に並ぼうとすると、「お前はこっちだ」と、軍隊長に引っ張られた。
「なんですか? 先ほどから少し扱いが違うようですが。僕はただの捕虜ですよ」
「姫様のお付きだっただろう。十分フラナンズ王国の重臣だ。お前には特別な任が与えられる。いいか、絶対に何も話すなよ」
それっきり何も答えず、軍隊長は僕を城の中に連れて行った。
城内では、イーヒスト兵が財宝や兵器を運び出していた。僕はそのまま玉座の間に連れて行かれる。不機嫌な皇太子が、取り巻きに当たり散らしていた。
「くそっ、王族に楯突くなんて一体どういう教育が──おお、久しぶりだな。ジェラール」
「ご無沙汰しております」
軍隊長が僕の頭をつかみ、無理やり礼をさせてくる。
「こちら、私の息子のアルベールです」
「ほう……例の、亡命したという」
不服だ。きっと皇太子はニチャニチャと笑っているんだろう。誰のせいで亡命したと思っているんだ。
「はい。お願いがあって参りました」
軍隊長が続ける。
「息子は本来、打首になるのでしょう。しかし、このまま亡くしてしまうのは惜しいと思うのです。どうか、恩赦をいただけませんか」
「恩赦? ──ああ、戦の前にこいつから聞いた。セレーナ捜索隊に加えたいんだろう?」
取り巻きを指差して皇太子は言った。七年前の晩餐会で殺されかけていた貴族の中にいた気がする。なぜか、怯えるようにそわそわしていた。
しかし、僕に恩赦か。無理だな。僕は皇太子にとっての敵でしかない。
「信じがたいとは思いますが、先代王は塵になり、セレーナは強風に飛ばされました。恐らく、先代が用いていた術をセレーナが奪い、風を起こして逃げたのかと」
「それはまた、突飛な発想だな」
僕もそう思う。前半は合っていたけれど、後半は完全にでたらめだ。ここからどうしようというのか。
「陛下。セレーナは戦の準備の一環として、数百年前に伝承が途切れた魔法を復活させようとしていたそうです」
怯えた様子の取り巻きが口を挟む。どこから出てきた情報だ。
──いや、軍隊長が描こうとする話は見えてきたぞ。
「なんと、それは本当か!」
「はい。裏通りで情報収集をさせていた話もありますし、案外事実なのではないかと」
「そうか、だとしたら──セレーナがあの、化け物じみた強さになっているかもしれん」
「そこで、アルベールが有用なのです」
軍隊長が言った。
「息子はセレーナの護衛でした。魔法は使えないそうですが、止め方は知っているそうです」
な? と言われ、僕は頷いた。ここは話に乗る方がいい。
「あの力を止められるのか! ……そうだな。よし、分かった。アルベールに恩赦を出そう。ただし、お前以外の見張りをつけることにする」
「ありがとうございます」
今度は僕も自分から礼をした。腕の縄を解かれる。
つまり、軍隊長は僕にセレーナ様を探させたいんだろう。そしてイーヒストの転覆を狙っている。……いや、本当にそうなのか?こいつは裏切り者だ。
一体、何がしたいのだろう。
促されるまま訓練場にきた。イーヒスト兵士が大勢集まっている。
支給された甲冑には、イーヒストの紋章が刻まれていた。懐かしい。──亡命していなかったら、僕たちもこの戦争に加わっていたんだろうな。
「あれ? おい、ちょっと待てよ」
あの頃から僕の目的は変わっていない。託してくれた仲間のために、平和を守る。
「待てって。どこ行くんだよ!」
そのためにはセレーナ様が必要だ。
絶対に、守ってみせる。
「おい!」
後ろから急に肩を叩かれた。もうイーヒスト軍に友人はいない。誰だろう。
「人違いじゃないですか──」
振り返った先には、僕より少し背の高い男がいた。
暗めの茶髪に黒い瞳。見慣れない傷跡があるけれど、忘れるわけない。
「お、お前? まさか!」
生きていたのか!
「久しぶりだな、アルベール」
そこには、死んだはずのエルワンが立っていた。




